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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
2-1 食べもので釣れると思うなよ
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翌朝、人の安眠を妨害したなんてつゆとも知らないバッシュが、カートに荷物を満載してフラットへやって来た。
ホームセンターから直行してきたような風体で勝手に玄関の扉を開けて入って来くると、栄養ゼリーを吸いながら国営放送のニュースを見ていたエリオットにため息をつく。
「本日から、数食分作り置きしていきます」
「おいあんた今どうやって入ってきた」
玄関の呼び鈴も、昨夜ちゃんと施錠したはずの鍵さえスルー。チェーンまではかけてなかったエリオットもうかつだが、立派な住居侵入罪だ。通報するぞ。
「昨日、合鍵をヘインズさまよりお預かりいたしました」
「そう言えば……っておい!」
ふつうそのまま持って帰るか? 帰らないだろ、返せよ。
王宮にクレーム入れてやろうか。お宅の職員が人さまの家の鍵を無断で持ち出しましたって。侍従長にかみなり落とされて洗濯係にでも回されてしまえ。むしろあんたがドラム式洗濯機でごろんごろん回されろ。
「あんた、性格悪いな」
「ヘインズさまほどでは」
「なんだって?」
「間違えました。ヘインズさまほど育ちがよろしくありませんので」
だったら国民の九割九分九厘が性悪ってことになるだろうが。嫌だそんな国。
「それで、なにその荷物。必要なものは事前に申請するって言ってなかったか」
「各種汚れに対応するクリーナーと、清掃道具です。こちらはわたしの私物ですので、ヘインズさまに代金をご請求することはございません」
「あっそ」
私物? これが?
カートから突き出したモップの柄を胡乱な目で見つめる。そのエリオットがゼリーの朝食を終えたと見るや、バッシュはさっそく追い立てにかかった。
「本日は床面の清掃を行います。つきましてはヘインズさま、終わるまで肘掛け椅子かベッドの上においでいただけるとありがたいのですが」
邪魔ならそう言え、どっちもお断りだ。
「屋上にいる!」
「承知いたしました。昼食には一度お戻りください。サンドイッチをご用意いたしますが、ご希望はございますか」
「……ベーグルサンド」
「かしこまりました」
バッシュが床からラグやサイズの小さいじゅうたんをはがしているあいだに、寝室でいつものジャージに着替えたエリオットは、ミネラルウォーターのボトルだけを手に階段をのぼる。家主を部屋から追い出すとはとんでもない侍従だ。しかもバッシュは王宮から出向してきているだけで、ヘインズ家の使用人ですらないと言うのに。
「あれ? じゃあおれ、なんであいつの言うこときいてんの?」
突っぱねればよくないか? 最悪、不法侵入で通報すれば。
「駄目だ。ラスが絡んでるんだった」
では、侍従長に連絡をして引き取ってもらうか。
「どの面下げてって話だよ……」
かなえるつもりがないのに、希望を持たせるようなことはしたくない。だいたい、侍従に振り回されて困っているから助けてくれなんて。
告げ口みたいじゃないか。恥ずかしすぎて死ぬ。
地団駄を踏み、無性に叫びたい気分だ。こんなフラストレーションも久しぶりに感じる。
十年前、炎上必至のスキャンダルの当事者になり、母フェリシアの実家であるヘインズ家の屋敷で世間から身を隠していたときには、ずっとこんな不安定な精神状態の繰り返しだった。誰にも見つからないガゼボでアニーとすごした箱庭に戻りたいと、カーテンを閉め切った寝室に閉じこもり泣き伏すのも珍しくなかった。
ホームセンターから直行してきたような風体で勝手に玄関の扉を開けて入って来くると、栄養ゼリーを吸いながら国営放送のニュースを見ていたエリオットにため息をつく。
「本日から、数食分作り置きしていきます」
「おいあんた今どうやって入ってきた」
玄関の呼び鈴も、昨夜ちゃんと施錠したはずの鍵さえスルー。チェーンまではかけてなかったエリオットもうかつだが、立派な住居侵入罪だ。通報するぞ。
「昨日、合鍵をヘインズさまよりお預かりいたしました」
「そう言えば……っておい!」
ふつうそのまま持って帰るか? 帰らないだろ、返せよ。
王宮にクレーム入れてやろうか。お宅の職員が人さまの家の鍵を無断で持ち出しましたって。侍従長にかみなり落とされて洗濯係にでも回されてしまえ。むしろあんたがドラム式洗濯機でごろんごろん回されろ。
「あんた、性格悪いな」
「ヘインズさまほどでは」
「なんだって?」
「間違えました。ヘインズさまほど育ちがよろしくありませんので」
だったら国民の九割九分九厘が性悪ってことになるだろうが。嫌だそんな国。
「それで、なにその荷物。必要なものは事前に申請するって言ってなかったか」
「各種汚れに対応するクリーナーと、清掃道具です。こちらはわたしの私物ですので、ヘインズさまに代金をご請求することはございません」
「あっそ」
私物? これが?
カートから突き出したモップの柄を胡乱な目で見つめる。そのエリオットがゼリーの朝食を終えたと見るや、バッシュはさっそく追い立てにかかった。
「本日は床面の清掃を行います。つきましてはヘインズさま、終わるまで肘掛け椅子かベッドの上においでいただけるとありがたいのですが」
邪魔ならそう言え、どっちもお断りだ。
「屋上にいる!」
「承知いたしました。昼食には一度お戻りください。サンドイッチをご用意いたしますが、ご希望はございますか」
「……ベーグルサンド」
「かしこまりました」
バッシュが床からラグやサイズの小さいじゅうたんをはがしているあいだに、寝室でいつものジャージに着替えたエリオットは、ミネラルウォーターのボトルだけを手に階段をのぼる。家主を部屋から追い出すとはとんでもない侍従だ。しかもバッシュは王宮から出向してきているだけで、ヘインズ家の使用人ですらないと言うのに。
「あれ? じゃあおれ、なんであいつの言うこときいてんの?」
突っぱねればよくないか? 最悪、不法侵入で通報すれば。
「駄目だ。ラスが絡んでるんだった」
では、侍従長に連絡をして引き取ってもらうか。
「どの面下げてって話だよ……」
かなえるつもりがないのに、希望を持たせるようなことはしたくない。だいたい、侍従に振り回されて困っているから助けてくれなんて。
告げ口みたいじゃないか。恥ずかしすぎて死ぬ。
地団駄を踏み、無性に叫びたい気分だ。こんなフラストレーションも久しぶりに感じる。
十年前、炎上必至のスキャンダルの当事者になり、母フェリシアの実家であるヘインズ家の屋敷で世間から身を隠していたときには、ずっとこんな不安定な精神状態の繰り返しだった。誰にも見つからないガゼボでアニーとすごした箱庭に戻りたいと、カーテンを閉め切った寝室に閉じこもり泣き伏すのも珍しくなかった。
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