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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
1-3 懐かしい味
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合うどころか、香りと味が子どものころに飲んだものとそっくりだった。と言うか、これ同じものじゃないのか。うっかり懐かしいとか思ってしまったじゃないか。
「これ、シュナイゼル?」
「はい、本店のオリジナルブレンドでございます。パントリーにこちらの空き缶がございましたので、同じものを購入して参りました」
シュナイゼルは店先に王室御用達のエンブレムがかかっている老舗の紅茶専門店で、オリジナルブレンドは母が特に気に入っていたから朝も昼も夜も、果てはティータイムまでお茶と言えばこの茶葉と刷り込まれている。ワゴンにはいつも金のふたがついた缶が載っていて、小さなエリオットのカップには火傷をしないように必ず氷を二つ入れてくれた。
針のむしろだった王宮は今でもへどが出るくらい嫌いだけど、この紅茶だけはなぜか無性に飲みたくなる。けれど、正規のオンラインショップで取り寄せたのにどうしてもあの味にならなくて、あそこで飲んでいたのは、一般向けには販売していない「王宮専用の」オリジナルブレンドだと思っていた。
「氷入れて。二つ」
「かしこまりました」
無駄に柔らかなパンケーキを口に入れつつ、キッチンを観察する。
予想通り、シンクには開封したばかりの食器洗剤とスポンジ。ボウルや泡だて器なんて見たことがないから、発掘したんでなければこれも買ってきたのだろう。
「……材料とかの代金、あんたが払ったのか?」
「お気遣いなく。経費で申請いたします」
「は?」
寝言は寝て言え。
エリオットはフォークを置いて席を立ち、リビングのチェストから財布を取ると中を確かめる。現金を使わない生活だからいつ口座から引き出したかも覚えていないが、それなりに入っていた。ダイニングへ戻り、紙幣を数枚テーブルの向こうへ押しやった。
「ヘインズさま」
「あんたは家事『代行』だろ。それなら、買い物もおれの財布でしてもらわないと困る」
侍従が「経費」と言えば、それは王宮の支出だ。つまり国民の税金。金額は微々たるものかもしれないが、それを当然と受け取るほどエリオットは恥知らずではない。
「……申し訳ございません。次回より事前に稟議を作成いたします」
「めんどくさすぎて死ぬ。口頭にしろ」
「承知いたしました」
真面目くさって両手で紙幣を受け取るバッシュへお茶のお代わりを要求し、ソーセージにフォークを突き立てた。
いちごとパンケーキプレートと言うファンシーなブランチをたいらげたエリオットが、午後までかかって屋上の温室でプラスチックトレーにゼラニウムの挿し木をしているあいだ、放置されたバッシュも部屋中から探し出してきた衣類を洗濯しまくっていた。しかも乾燥したものにアイロンをあて畳んで収納するフルサービスだ。さすが元衣装係なだけはある働きぶり。地雷っぽいから口には出さなかったが。
夕方近くになって、スニーカーから土を落としながら戻ってきたエリオットに「明日は床の掃除をさせていただきます」と宣言し、バッシュは帰って行った。
なんだもう帰るのかと正直、拍子抜けだ。バッシュの口からは選帝侯の「せ」の字も出なかった。これでは、本当に家事だけをしに来たみたいじゃないか。
どう言う作戦なのだろう。まず家事能力のないエリオットを生活面から懐柔してじわじわ説得、と言うことか。それとも単にあの男が世話好きなのか。
「と言うかあいつ、おれのこと格下げしたな」
早めの夕食――今日はちゃんとパスタをチンした――を片付けて届いたばかりのDVDを見ながらひとりごちる。昨日と今日で「公爵」から「ヘインズさま」に呼び方を変えられていた。一人称も「わたくし」から「わたし」だ。勝手に距離を詰められたみたいで腹が立つ。誰が許可したんだ。
「『単なるバッシュ』? 意地でも呼んでやるか」
「これ、シュナイゼル?」
「はい、本店のオリジナルブレンドでございます。パントリーにこちらの空き缶がございましたので、同じものを購入して参りました」
シュナイゼルは店先に王室御用達のエンブレムがかかっている老舗の紅茶専門店で、オリジナルブレンドは母が特に気に入っていたから朝も昼も夜も、果てはティータイムまでお茶と言えばこの茶葉と刷り込まれている。ワゴンにはいつも金のふたがついた缶が載っていて、小さなエリオットのカップには火傷をしないように必ず氷を二つ入れてくれた。
針のむしろだった王宮は今でもへどが出るくらい嫌いだけど、この紅茶だけはなぜか無性に飲みたくなる。けれど、正規のオンラインショップで取り寄せたのにどうしてもあの味にならなくて、あそこで飲んでいたのは、一般向けには販売していない「王宮専用の」オリジナルブレンドだと思っていた。
「氷入れて。二つ」
「かしこまりました」
無駄に柔らかなパンケーキを口に入れつつ、キッチンを観察する。
予想通り、シンクには開封したばかりの食器洗剤とスポンジ。ボウルや泡だて器なんて見たことがないから、発掘したんでなければこれも買ってきたのだろう。
「……材料とかの代金、あんたが払ったのか?」
「お気遣いなく。経費で申請いたします」
「は?」
寝言は寝て言え。
エリオットはフォークを置いて席を立ち、リビングのチェストから財布を取ると中を確かめる。現金を使わない生活だからいつ口座から引き出したかも覚えていないが、それなりに入っていた。ダイニングへ戻り、紙幣を数枚テーブルの向こうへ押しやった。
「ヘインズさま」
「あんたは家事『代行』だろ。それなら、買い物もおれの財布でしてもらわないと困る」
侍従が「経費」と言えば、それは王宮の支出だ。つまり国民の税金。金額は微々たるものかもしれないが、それを当然と受け取るほどエリオットは恥知らずではない。
「……申し訳ございません。次回より事前に稟議を作成いたします」
「めんどくさすぎて死ぬ。口頭にしろ」
「承知いたしました」
真面目くさって両手で紙幣を受け取るバッシュへお茶のお代わりを要求し、ソーセージにフォークを突き立てた。
いちごとパンケーキプレートと言うファンシーなブランチをたいらげたエリオットが、午後までかかって屋上の温室でプラスチックトレーにゼラニウムの挿し木をしているあいだ、放置されたバッシュも部屋中から探し出してきた衣類を洗濯しまくっていた。しかも乾燥したものにアイロンをあて畳んで収納するフルサービスだ。さすが元衣装係なだけはある働きぶり。地雷っぽいから口には出さなかったが。
夕方近くになって、スニーカーから土を落としながら戻ってきたエリオットに「明日は床の掃除をさせていただきます」と宣言し、バッシュは帰って行った。
なんだもう帰るのかと正直、拍子抜けだ。バッシュの口からは選帝侯の「せ」の字も出なかった。これでは、本当に家事だけをしに来たみたいじゃないか。
どう言う作戦なのだろう。まず家事能力のないエリオットを生活面から懐柔してじわじわ説得、と言うことか。それとも単にあの男が世話好きなのか。
「と言うかあいつ、おれのこと格下げしたな」
早めの夕食――今日はちゃんとパスタをチンした――を片付けて届いたばかりのDVDを見ながらひとりごちる。昨日と今日で「公爵」から「ヘインズさま」に呼び方を変えられていた。一人称も「わたくし」から「わたし」だ。勝手に距離を詰められたみたいで腹が立つ。誰が許可したんだ。
「『単なるバッシュ』? 意地でも呼んでやるか」
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