12 / 332
世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
1-1 無精なので
しおりを挟む
いつ縄を取り出されるかと気が気ではなかったが、どうやらそれは本当に最終手段らしい。DVDの箱をリビングのローテーブルにおろし、「補佐をさせていただくにあたり、まずは相互理解が必須かと思われます」とのたまった侍従は、フラットの状況からエリオットの生活スタイルの検分を始めーー脱ぎ散らかした服や放置したマグ、部屋の隅に積み上げられた新聞にーー三分でキレた。
「ヘインズさま、身の回りのお世話を行う者は雇っておいでですか」
肘掛け椅子に両足を上げて座る家主に、戸口に控えたバッシュが尋ねる。
「ない」
「では僭越ながら、わたしがさせていただいて構いませんでしょうか」
メイドへの転職宣言か?
「あんたになんの権限があるんだよ」
「ヘインズさまに関しては、わたしの裁量で処理をさせていただく、と申し上げたはずですが。そしてその旨、王太子殿下にもご了承いただいていると」
くそ、やっぱりそう来たか。
エリオットは舌打ちした。
筋を通している以上、バッシュの行動はサイラスの意向と言うことになる。王太子と公爵、兄と弟、どちらの関係からみても無下にできない。昨日、エリオットが権力でやり込めたのと同じ方法でやり返してきたのだ。
「好きにしろ」
ハウスキーパーの真似事なんてしたって、絆されたりしないからな。
「まずは室内の片づけをいたします。わたしが触れてはならないもの、目にしてはならないものはございますか」
「……洗面台のキャビネット」
「承知いたしました。では、ヘインズさまはごゆっくりお寛ぎください」
だれの家だ!
わめくエリオットを丁重に無視したバッシュは白手袋を外し、ジャケットを脱いでシャツのそでを肘まで折り返す。上着がなくてもしぼまないご立派な胸板はもちろん、無遠慮にさらされた前腕も適度に日焼けしていてたくましい。エリオットも庭の手入れで日焼けはするが、貫禄と言うものが違う。
リビングの窓を全開にして、床に点々と落ちているTシャツ、スウェット、靴下を集めて回り、テーブルに忘れ去られたマグカップを三つ、シンクへ投入。すでに幅を利かせているグラスやカトラリーと一緒に洗おうとしたのだろうが、あいにくこの家にある洗剤は食洗器専用。スポンジ? あるわけがない。手洗いへのこだわりと現実を秤にかける数秒の静寂があり、シンク下の食洗器を引き出す音がする。残念でした。
寝室からシーツをはがして来たあたりで監視に飽きたエリオットは、庭に水を撒いて来ることにして玄関までの間にあるランドリーを覗く。
「ちょっと出てくる」
真剣な表情で色物とそうでないものを仕分けしていたバッシュが、すぐさま立ち上がる。
「お供させていただいてよろしいですか」
「いらない。屋上行くだけでフラットからは出ない」
「承知いたしました。……ご不在の間に買い物へ出ても構わないでしょうか」
さてはスポンジでも買ってくるつもりだな。
何か入用は、と聞かれて首を振る。この部屋に足りないものなんて何もない。エリオットはキーボックスから一本鍵を取ると、わざわざ玄関までついて来たバッシュに投げ渡した。
「部屋の合鍵。玄関、オートロックだから。なくすなよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
きっちり四十五度のお辞儀で送り出され、エリオットはドアを閉めた。
鉄扉から外階段に出たところで、頭を抱えて叫ぶ。
「なにが『いってらっしゃいませ』だよ、ありえないだろなんなんだあいつ!」
何よりありえないのは、他人と普通に会話が成り立っているエリオットだ。慣れた配送業者とはもちろんしゃべる。と言ってもせいぜい数分だ。玄関先の「お荷物です」「どうも」で終わる。昨日はリビングの入り口に立たれただけでも、姿が見えなくなった瞬間に力が抜けて立ち上がれなかった。それなのに、今日は部屋の中を歩き回られても体調に異変は来していない。
あの激しすぎる裏の顔にびっくりして、平気になった?
ショック療法か。そんなので治ったら苦労しない。じゃあなんだ。髪と目のカラーリングがサイラスに似ているから、気が楽とか。
「……それはありそうだな。うん。たぶんそうだ。年も同じくらいだし」
不可解な事象を無理やり納得させて、エリオットは早足で屋上へ向かった。
「ヘインズさま、身の回りのお世話を行う者は雇っておいでですか」
肘掛け椅子に両足を上げて座る家主に、戸口に控えたバッシュが尋ねる。
「ない」
「では僭越ながら、わたしがさせていただいて構いませんでしょうか」
メイドへの転職宣言か?
「あんたになんの権限があるんだよ」
「ヘインズさまに関しては、わたしの裁量で処理をさせていただく、と申し上げたはずですが。そしてその旨、王太子殿下にもご了承いただいていると」
くそ、やっぱりそう来たか。
エリオットは舌打ちした。
筋を通している以上、バッシュの行動はサイラスの意向と言うことになる。王太子と公爵、兄と弟、どちらの関係からみても無下にできない。昨日、エリオットが権力でやり込めたのと同じ方法でやり返してきたのだ。
「好きにしろ」
ハウスキーパーの真似事なんてしたって、絆されたりしないからな。
「まずは室内の片づけをいたします。わたしが触れてはならないもの、目にしてはならないものはございますか」
「……洗面台のキャビネット」
「承知いたしました。では、ヘインズさまはごゆっくりお寛ぎください」
だれの家だ!
わめくエリオットを丁重に無視したバッシュは白手袋を外し、ジャケットを脱いでシャツのそでを肘まで折り返す。上着がなくてもしぼまないご立派な胸板はもちろん、無遠慮にさらされた前腕も適度に日焼けしていてたくましい。エリオットも庭の手入れで日焼けはするが、貫禄と言うものが違う。
リビングの窓を全開にして、床に点々と落ちているTシャツ、スウェット、靴下を集めて回り、テーブルに忘れ去られたマグカップを三つ、シンクへ投入。すでに幅を利かせているグラスやカトラリーと一緒に洗おうとしたのだろうが、あいにくこの家にある洗剤は食洗器専用。スポンジ? あるわけがない。手洗いへのこだわりと現実を秤にかける数秒の静寂があり、シンク下の食洗器を引き出す音がする。残念でした。
寝室からシーツをはがして来たあたりで監視に飽きたエリオットは、庭に水を撒いて来ることにして玄関までの間にあるランドリーを覗く。
「ちょっと出てくる」
真剣な表情で色物とそうでないものを仕分けしていたバッシュが、すぐさま立ち上がる。
「お供させていただいてよろしいですか」
「いらない。屋上行くだけでフラットからは出ない」
「承知いたしました。……ご不在の間に買い物へ出ても構わないでしょうか」
さてはスポンジでも買ってくるつもりだな。
何か入用は、と聞かれて首を振る。この部屋に足りないものなんて何もない。エリオットはキーボックスから一本鍵を取ると、わざわざ玄関までついて来たバッシュに投げ渡した。
「部屋の合鍵。玄関、オートロックだから。なくすなよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
きっちり四十五度のお辞儀で送り出され、エリオットはドアを閉めた。
鉄扉から外階段に出たところで、頭を抱えて叫ぶ。
「なにが『いってらっしゃいませ』だよ、ありえないだろなんなんだあいつ!」
何よりありえないのは、他人と普通に会話が成り立っているエリオットだ。慣れた配送業者とはもちろんしゃべる。と言ってもせいぜい数分だ。玄関先の「お荷物です」「どうも」で終わる。昨日はリビングの入り口に立たれただけでも、姿が見えなくなった瞬間に力が抜けて立ち上がれなかった。それなのに、今日は部屋の中を歩き回られても体調に異変は来していない。
あの激しすぎる裏の顔にびっくりして、平気になった?
ショック療法か。そんなので治ったら苦労しない。じゃあなんだ。髪と目のカラーリングがサイラスに似ているから、気が楽とか。
「……それはありそうだな。うん。たぶんそうだ。年も同じくらいだし」
不可解な事象を無理やり納得させて、エリオットは早足で屋上へ向かった。
45
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる