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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章

1-1 無精なので

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 いつ縄を取り出されるかと気が気ではなかったが、どうやらそれは本当に最終手段らしい。DVDの箱をリビングのローテーブルにおろし、「補佐をさせていただくにあたり、まずは相互理解が必須かと思われます」とのたまった侍従は、フラットの状況からエリオットの生活スタイルの検分を始めーー脱ぎ散らかした服や放置したマグ、部屋の隅に積み上げられた新聞にーー三分でキレた。

「ヘインズさま、身の回りのお世話を行う者は雇っておいでですか」

 肘掛け椅子に両足を上げて座る家主に、戸口に控えたバッシュが尋ねる。

「ない」
「では僭越ながら、わたしがさせていただいて構いませんでしょうか」

 メイドへの転職宣言か?

「あんたになんの権限があるんだよ」
「ヘインズさまに関しては、わたしの裁量で処理をさせていただく、と申し上げたはずですが。そしてその旨、王太子殿下にもご了承いただいていると」

 くそ、やっぱりそう来たか。

 エリオットは舌打ちした。
 筋を通している以上、バッシュの行動はサイラスの意向と言うことになる。王太子と公爵、兄と弟、どちらの関係からみても無下にできない。昨日、エリオットが権力でやり込めたのと同じ方法でやり返してきたのだ。

「好きにしろ」

 ハウスキーパーの真似事なんてしたって、絆されたりしないからな。

「まずは室内の片づけをいたします。わたしが触れてはならないもの、目にしてはならないものはございますか」
「……洗面台のキャビネット」
「承知いたしました。では、ヘインズさまはごゆっくりお寛ぎください」

 だれの家だ!

 わめくエリオットを丁重に無視したバッシュは白手袋を外し、ジャケットを脱いでシャツのそでを肘まで折り返す。上着がなくてもしぼまないご立派な胸板はもちろん、無遠慮にさらされた前腕も適度に日焼けしていてたくましい。エリオットも庭の手入れで日焼けはするが、貫禄と言うものが違う。

 リビングの窓を全開にして、床に点々と落ちているTシャツ、スウェット、靴下を集めて回り、テーブルに忘れ去られたマグカップを三つ、シンクへ投入。すでに幅を利かせているグラスやカトラリーと一緒に洗おうとしたのだろうが、あいにくこの家にある洗剤は食洗器専用。スポンジ? あるわけがない。手洗いへのこだわりと現実を秤にかける数秒の静寂があり、シンク下の食洗器を引き出す音がする。残念でした。

 寝室からシーツをはがして来たあたりで監視に飽きたエリオットは、庭に水を撒いて来ることにして玄関までの間にあるランドリーを覗く。

「ちょっと出てくる」

 真剣な表情で色物とそうでないものを仕分けしていたバッシュが、すぐさま立ち上がる。

「お供させていただいてよろしいですか」
「いらない。屋上行くだけでフラットからは出ない」
「承知いたしました。……ご不在の間に買い物へ出ても構わないでしょうか」

 さてはスポンジでも買ってくるつもりだな。

 何か入用は、と聞かれて首を振る。この部屋に足りないものなんて何もない。エリオットはキーボックスから一本鍵を取ると、わざわざ玄関までついて来たバッシュに投げ渡した。

「部屋の合鍵。玄関、オートロックだから。なくすなよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 きっちり四十五度のお辞儀で送り出され、エリオットはドアを閉めた。

 鉄扉から外階段に出たところで、頭を抱えて叫ぶ。

「なにが『いってらっしゃいませ』だよ、ありえないだろなんなんだあいつ!」

 何よりありえないのは、他人と普通に会話が成り立っているエリオットだ。慣れた配送業者とはもちろんしゃべる。と言ってもせいぜい数分だ。玄関先の「お荷物です」「どうも」で終わる。昨日はリビングの入り口に立たれただけでも、姿が見えなくなった瞬間に力が抜けて立ち上がれなかった。それなのに、今日は部屋の中を歩き回られても体調に異変は来していない。

 あの激しすぎる裏の顔にびっくりして、平気になった?

 ショック療法か。そんなので治ったら苦労しない。じゃあなんだ。髪と目のカラーリングがサイラスに似ているから、気が楽とか。

「……それはありそうだな。うん。たぶんそうだ。年も同じくらいだし」

 不可解な事象を無理やり納得させて、エリオットは早足で屋上へ向かった。
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