上 下
6 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第一章

2-1 秘密の花園

しおりを挟む
 ようやくエリオットが肘掛け椅子から足を下ろしたのは、正午を回ってからだった。

 バッシュが訪ねてきたのが十時すぎ。滞在時間は三十分もなかったはずだから、ひとりになってから一時間半も合皮のクッションに引きこもっていたことになる。
 予告なしで初対面の人間を相手にしたことを思えば上出来だ。二か月前、設備点検の業者が数人で上がり込んできたときには半日寝込んだ。

 冷凍パスタを電子レンジに入れる気力もなく、エリオットは冷蔵庫を開けて買い置きしてあるゼリータイプの栄養食をひとつ掴むと、キーボックスから小さい鍵束を外して玄関を出る。

 五階建てのフラットは、各階に四部屋の計二十世帯が入っている。オーナーの部屋は最上階の角。古い建物でエレベーターがないのがつらいと上層階の住人が愚痴をこぼしているらしいけど、エリオットは週に一度くらいしか一階まで下りないのでさほど不便は感じない。食料品や水、土などを頻繁に運び上げる配送業者には恨まれているかもしれないが、彼らはそれが仕事なので頑張ってもらっている。

 向かったのは下界へ続く階段とは逆方向、エリオットの部屋の前を通り過ぎた突き当りにある、鉄製の扉だ。ところどころねずみ色のペンキが浮いた扉には、味気ない『立ち入り禁止』のプレートが張り付けてある。
 見るまでもなく、手触りだけで束から選び出した一本を鍵穴に差し込み半回転。
 かちりと歓迎の音が鳴った。

 体重をかけて重い扉を開け、外壁から突き出すように生える階段をのぼると、一気に視界が開ける。市街は景観保護のために建造物の高さが規制されているから、太陽の光を遮る隣家も不躾に見下ろす者もいない、外周をぐるりとフェンスに囲まれた屋上がエリオットの庭だ。

 バーベキュー用の芝生なんてはなから敷くつもりはなく、わざわざ専門の業者に頼んで排水や耐荷重の問題を片付け、土を入れて作ったのはイングリッシュガーデンと育苗用のハウスと作業小屋。

 階段からゆったりとラウンドする遊歩道をはさむ花壇には、大きくなりすぎない木を背景にして一年中開花が途切れないように気を付けている。今の時期は春から初夏にかけての橋渡しシーズンだから、地植え(屋上だが)はグリーンが多い印象だ。地上を歩く人たちは、都心のフラットにこんな場所があるなんて思いもしないだろう。
 ドローンでも飛ばさない限り見つからない、秘密の花園だ。世間一般ではニートでも、エリオットはこの花園を管理する王さまで、植物たちに気を配る召使でもあった。

 もう少ししたら花壇に移すラベンダー、デルフィニウム、ラナンキュラスが待機しているコンテナの間を歩き、エリオットはやっと深呼吸した。太陽に温められた土と、葉を茂らせる緑の匂い。たった一階分違うだけなのに、ここの空気は部屋で吸うものよりずっと酸素が多い。眠気さえ誘うような陽気で鼻腔を満たしながら、そう言えばあの男はクローゼットの匂いがしたな、とどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 遊歩道を外れて、エリオットは鉄くさいフェンスにもたれかかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...