箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第一章

1-3 選帝侯

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 何度読み返しても、王太子の気が狂ったとしか思えない内容だ。

 おいおい王子さま、マリッジブルーで本当におかしくなってるんじゃないのか。

「選帝侯について、ご説明は必要でしょうか」

 バカにしているだろ。いや、次期国王の結婚が決まったことすら知らなかったくらいだから、バカにされても仕方ないか。

 はるか昔、大陸を超大国が支配していた時代に、君主である皇帝を選出する選帝権を持っていた貴族や司教のことを選帝侯と言う。そんな大国などかけらも残っていない現代では、もちろんすたれた制度なのだが、この国では次期国王に関する儀式に選帝侯「役」の人間が立ち会う伝統がある。

 役に選ばれるのは王太子の近しい親戚、または自身の指名する貴族とされ、立太子の儀、成人の儀、成婚の儀に即位の儀と他もろもろある儀式に参加するのは、毎回同じ人物でなくても構わなかった。主な役割は儀式の主役たる王子にガウンもしくは冠を授けること。成婚の儀では、妻となる妃にもティアラをその頭にのせてやらなければならない。だから王太子は「わたしたち夫婦」と書いてきたのだ。

 体がしぼみそうなくらい長いため息をついて、エリオットは便せんをテーブルへ落とした。

「招待状は受け取った。殿下には、お祝い申し上げると伝えてくれ」
「承知いたしました。では、ヘインズ公を王宮へお招きする詳しい日程でございますが……」
「それは断る」

 ようやく次のフェーズへ移ろうとしたバッシュが、出鼻をくじかれてエリオットが床に投げだした足元を見下ろす。

 初めて訪れた部屋なのに、じつに落ち着き払っている。王宮の正門にあるちっちゃな詰め所に立つ衛兵みたいに、そこが初めから定められた待機場所であるかのようだ。きっとこの男は、世界中のどこにいても自分が立つ場所に迷ったりしないんだろう。与えられた繭に丸まっているだけの自分とは違って。

 それが侍従としての習いなのか、もとからの性質なのかは知らないが、エリオットとしては心地いい安全地帯に当たり前の顔をして立っていられるのがおもしろくない。

 接ぎ木をしてようすを見守ってきた繊細な枝に、虫が這っているのを見つけたときとおなじような不快感。そしてこの男も、黙っていては消えてくれない。悪さをする虫はつまんで庭から追い出さなければ。

「相手が王太子だろうが神だろうが知らないけど、この国の法律は、すべての国民に職業の自由を保障してるんだ。おれは王宮へなんて行きたくない。お断りだよ」

 はたして、このいら立ちは無遠慮に訪ねてきたバッシュにか、それとも信じられない要請をしてきた王太子にか。判然としないまま、エリオットは早口で並べ立てた。

「選帝侯は職業ではございません。儀式の招待者です。それに現在……公爵は定職に就いておられないと伺っております」
「ああそうだね、ありがたいことに。なにか文句あるか? 水道光熱費、年金に税金だって一度も滞納してないからな」

 収入なら、このフラットの家賃だけでも十分だ。都心の一等地は古い建物でもお高い家賃が安定して入ってくる。不労所得ばんざい。ここを残してくれてありがとう、じいちゃん。まだ生きてるけど。
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