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20話 これが公爵家の婚約者教育です。②

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不意打ちのキスに硬直したままに意識を何処かへ飛ばしてしまったプルメリア。



「あ、私……」



 何だか五分くらい放心してた気もするが、一分も経って無かったのかもしれない。



 曖昧な時間感覚を感じながら周囲を見回すと、ライアンさんとレイチェルがまだ居た。



「大変破廉恥なものを見せてしまいました。わ、忘れて下さい」

 忘れてと言いながらも忘れることなど出来ようもなく。あのキスを思い出してしまい、羞恥に赤くなったり青くなったり忙しくしていた頬にまた熱が集まっていく。





「もっと大胆に応えられても良かったですけどね。婚約者の熱いお見送りには物足りない感じです。御心配なさらずとも決して破廉恥ではないと思いますが。クリスティアン様は大層機嫌よくお出掛けになられましたし、仲を順調に深められているようで大変ようございました」



「そう、ですか……?」



 クリスティアン様がどんな様子で出掛けたかは全く見てなかった。

 唇と舌の感触ばかりが――――

 プルメリアは、またあの柔らかく湿った感触を思い出して、さらにぶわわっと顔も首も身体全体が真っ赤になってしまう。





「かなりお早い時間ではありますが、眠気も完全に覚められたようですし、朝食をお取りになりますか? すぐにご準備出来ます。」



 ライアンさんに訊かれて「そうですね、眠気は完全に覚めちゃいましたね」と苦笑して答える。



 身支度は整えてあるし、そのまま行ける。



「では準備をするように伝えてきますので、失礼しますね。

 あ、プルメリア様、朝食後は私の授業の時間になりますので、そのおつもりで。」



 ライアンさんはニッコリと微笑み会釈をすると颯爽と去って行った。





 また物騒な歴史を喜々として語るのだろう。

 プルメリアは遠い目になりつつ、ライアンさんの背を見送る。



 すると、ライアンさんがまた踵を返して戻って来た。



「プルメリア様、午前中にはランデス伯爵夫人と、ヨミクス侯爵夫人も講師としていらっしゃいますからね。そのおつもりで。それでは」



 と、綺麗な所作で一礼すると去っていった。





(またハードな一日の始まりね……)



 見送りのキスから始まり、これからハードな講義が待っている。

 私、頑張れるかしら……。







「プルメリア様、聴いていらっしゃいますか?」



 拷問とは……を訊いていて吐き気を催しているなんて言えない。



「……うぅ、すみません、ちょっと気持ち悪くなってしまいました……。」



 拷問は諜報活動にも身近なものであるらしい。

 拷問「する」方になったり、「される」方になったりする世界だ。



 その拷問によって得られた情報はより重要であると考えられ、情報戦においては信憑性の高い情報を得る為のスタンダードな手法である。



 拷問をする時は、尋問と組み合わせて用いられる。

 欲しい情報を多く引き出すために肉体的にも精神的にも苦痛を与えて逃げ場を無くして追いつめていき、耐えられなくなった対象者を自白させる。

 拷問するとひとつにいっても、公爵家では様々な手法をもっており、痛みを与えずに薬で自白を誘導する場合もある。

 自白を少しずつ引き出し、それと引き替えにすぐに苦痛を和らげて見せる事で、自白をすれば楽になれる解放感を与え、絞れるだけ搾り取る。

 肉体的な拷問の見極めは難しく、殺さぬ一歩手前のスレスレを保たなければならない。

 その為、拷問のさじ加減を分からない諜報員にはさせることはない。



 その見極めの失敗例を聞かされていたら……そりゃあ吐き気を催すってものですよ……。

 ライアンさん、目が爛々としていて喜々として語ってますけど、どう見たってヤバイ人ですよね?

 プルメリアは、もう公爵家の婚約者なんて絶対私には務まらないと思っている。





 格下の我が家からは言い出せないので、是非ともノヴァーク公爵家から「落第」として解消して頂けないだろうか……。

 拷問の話を訊いて随分と弱気になるプルメリアであった。







「ワン、トゥー、ワン、トゥー」

 手をパンパンとリズムを付けて叩いているのはランデス伯爵夫人。

 ダンスをする際の優雅さが圧倒的に足りないという事で、私は今……前世でいう「バレエ」に良く似た特別メニューの特訓を受けている。



 片手を壁について腕を伸ばし、特別レッスン用の衣装を着て、足を膝の高さまで持ち上げては下ろし、持ち上げては……を夫人の掛け声に合わせて幾度となく繰り返している。



 衣装はバレエのレッスン衣装に似ている。

 ドレスよりも長けは短く膝くらいの位置、素材はシフォン素材でフンワリと軽い。

 足を持ち上げる度にふわりふわりと裾が舞う。



 プルメリアの額にはびっしりと汗が浮き、額から伝い落ちた一雫の汗が蟀谷を伝っていく。



(この特別授業……あとどれくらいあるのかしら……)



「ワン、トゥー、ワン、トゥー」とランデス伯爵夫人の掛け声が止む気配はない。



 プルメリアは、掛け声に合わせて足を上げながら、この掛け声は夢に出てきそうだと思った。



 特別授業で熱くなった体をクールダウンさせる為の柔軟体操までしっかりとさせられて、本日のランデス伯爵夫人のレッスン講義は終了した。



 もうこのまま寝転んで寝てしまいたい誘惑に既にかられているが、小休憩を挟んで今度はマナーレッスンが待っている。



 レッスンが逆ならまだいいのに。

 マナーレッスンが先だったら、その前のレッスンで疲労困憊状態になって、マナーの時に腕をぷるぷるさせてしまう事も回避できるのではと考える。



 いや……今の順番が正しいかもしれない。

 美しい所作やマナーでお茶を飲んだりお菓子を食べたりして、あの果てしない運動をさせられたら、吐いてしまうかもしれない。

 適当だと思っていたレッスンの順番も、実はしっかり考慮されているんだなぁとプルメリアは思うのだった。





 小休憩という名のただ呆然と横になっているだけの休憩を終えると、マナーレッスンが始まる。



 今日は崩れ易くて欠片を零し易い焼き菓子数種を品良く食べるマナーと、美味しいという時の貴族的言い回しと、好みではないという時の貴族的言い回しを勉強するらしい。

 貴族的言い回し……。

 舌戦的なヤツだったら嫌だな……そういうのは何だか苦手。



「焼き菓子は正面から左側にフォークを添え、右側に――――」



 キレイな食べ方のコツのような物を聞いた後、実践する。

 駄目な所は即座に注意が入りやり直す。

 完全に崩れてしまった場合は、新しい焼き菓子に取り換えられる。

 それを何度も繰り返させられる。

 ヨミクス侯爵夫人の完璧な手本を見てコツをしっかり頭に叩き込みながら、ヨミクス侯爵夫人の手本ほ模倣する練習をする。



(この量食べて夕飯が入るかしら……。)





「美味しいとお伝えしたい時は、美しい言葉を付けて褒めましょう。もし思い浮かばなければ、シンプルに“大変美味しい”を添えて分かり易い言葉でお伝えして下さい。」



(シンプルでもいいならば、全部シンプルで行きたいな……美しい言葉とか思いつかないかもしれないし)



「ただ、シンプルな返答ばかりですと“語彙力”を持たない令嬢だと頭の出来を下に見られることもございますので注意しなければいけませんわ。普段から詩集や美しい言葉が記されている本などを読書し、さまざまな美しい言葉の引き出しを増やしていないのが丸わかりになってしまいますからね。」



「そうなのですね……気を付けます。」



(今夜から詩集を読んで寝よう)



「ただ言葉を羅列すればいいというものでもありません。大袈裟過ぎる言葉も嫌われますから。程よく美しい言葉の選択はセンスが問われますので。」



「はい……精進致します。」



 その後、使い勝手の良い美しい言葉をいくつか教えて貰ったり、侯爵夫人のお薦めの詩集を教えて貰ったりして、その日のマナーレッスンを終えたのだった。



「見込みはあるのだから頑張ってね」と夫人に慰めの言葉を頂いた。

 ……どこら辺を見込まれたのだろうか。



「同じ貴族なハズなのに……果てしなく大変な仕様なのは公爵家だから……?」



 プルメリアはマナーレッスンが終わった室内に一人残り、独り言を呟くのだった。

 やがて学んだアレコレを息を吸うように自然とこなせるというが信じられない思いである。



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