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19話 熱いお見送り。

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畑仕事をしてた頃は慣れていたはずの夜明け前起床。

 実のところ朝が弱い私には、もはや趣味と化した畑仕事の為とはいえ、ちょっぴり毎朝辛かった。

 早起きを手伝ってくれていたメイドにも「リア様!」と最終的に大声で叱られて起床するまでが朝の1セットである。



 公爵家にお世話になるようになって、地獄の教育には心の中で泣かされているけれど、以前の夜明け前に起きていた生活が遠い過去のようにも感じる。

 そんな風に思えてしまうほど、ここでの暮らしが濃いのだろう。



 睡眠に関しては地獄メニューはなく、あるとすれば夜更かし厳禁で睡眠はたっぷり取る事と決められている事くらい。

 睡眠を貪れるこの環境。趣味の畑仕事は出来なくなったけれど、二度寝が出来る環境というのは悪くない。限度はあるけど。



 そんな睡眠ハッピーモーニングを満喫するため眠っていた薄暗い早朝。



 ガチャリと私の寝室への扉が開き、侵入してくる者が一名。

 まだ明けぬ夜の薄闇に溶け込むような人の影が、スヤスヤと眠るプルメリアのベッドへ近づき――――



「お嬢様、起きて下さいませ。」

 ゆさゆさと熟睡するプルメリアの体を揺さぶる。



「ん、ん、うう……だ、だれ……」



 しつこくねちこく揺さぶられるうちに、段々と意識が覚醒してきたプルメリア。



「レイチェルでございます。坊ちゃまがお仕事に出掛けられる際の朝のお見送りを本日からするようにと奥様が……」



(ボッチャマって誰……ボッチャマ……ムニャムニャ)



 まだぐずぐずとベッドから起き上がる様子もないプルメリア。

 揺さぶり続けるレイチェルも段々と困ったような声色になっていく。

 何度も揺さぶるうちに申し訳なくなってきたのか、揺さぶる強さも少しずつ弱々しく……



「プルメリアさま……くすん」



 レイチェルの鼻を啜る音で覚醒した。



「はい、起きます起きます。ああ、泣かないで、ゴメンねレイチェル。私、朝が本当に弱くて……」

 慌てて起き上がりレイチェルの顔を確認後、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしょぼしょぼする目を擦った。



 お義母様の命で起こしに来たのなら、起こせなかったらレイチェルの咎になるかもしれない。

 そんな可哀想な目には合わせられない。

 私の睡眠への執着のせいでそうなりかけてしまったが。



 そういえば昨夜の晩餐でお義母様がそんな事を言ってたような言ってなかったような、曖昧だが――――レイチェルがこんなに朝早くに起こしに来たということは、おそらく言ってたんだろう。



「お嬢様、おはようございます。こちらモーニングティーです。本日は夜明け前という事で少し寒いですのでお体をじんわり内から温めお目覚めがスッキリされますようにと、ジンジャーティーになります。お熱いのでお気を付け下さいね。」



 レイチェルが優しい手つきでそっち私の手を取りカップを持たせてくれた。



「ありがとう、レイチェル……」



 なんていい子なの……。

 レイチェルなんて私以上に早起きしてるだろうに。



 私、ちゃんとするわ。専属のレイチェルが誇らしいと思える淑女になる!

 地獄の教育もレイチェルのために頑張るよ。

 だって、私の専属メイドはレイチェル。

 私が素敵な淑女になれば、レイチェルの株だって上がる。



 ふわりと湯気が鼻先をくすぐり生姜の良い香りがする。

 フーフーと息を吹きかけて冷ましたジンジャーティーをこくりと飲むと身体がポカポカしてきて、さらに目が覚めるような気もする。

 ほんのり甘みがあるな……と考えていると、すかさずレイチェルが「今朝は乾燥しているので、喉に良い蜂蜜を少し入れてあります。」と説明してくれた。



 私がジンジャーティーを飲みながらレイチェルの心遣いに心も体もほっこりと温まっている間に、レイチェルは朝の仕度の準備を手際よく始めていた。



 飲み終えたカップを受け取り置くと、鏡台に座らせられる。

 優しく髪を梳かして貰ったあと、上半分だけを緻密なレースの白いリボンと一緒に両サイド編み込み、残った下半分に艶が増すまで櫛を通すと、後ろで両サイドの編み込みをまとめて緻密な細工が美しい金の髪飾りで留めて完成だ。

 あまり厚化粧が好みではないと伝えているので、私の浮腫んだ寝起きの顔に簡易的にフェイスマッサージを施してくれたあと、薄化粧を施して貰って準備完了である。

 あら不思議、浮腫んだ瞼もスッキリとして薄化粧でも寝起き顔は誤魔化せている。

 レイチェルは魔法の手を持ってるに違いない。



「お嬢様はお肌がきめ細かく美しいので、薄化粧で十分ですね。」

 と、唇と頬にだけ朱をのせただけで終了した顔をレイチェルがジッと見つめている。



 レイチェルはお世辞上手なんだから。

 お世辞でも嬉しいので「(お世辞でも嬉しいわ)ありがとう」とお礼を言っておいた。



 準備を終えた私は部屋を出た。

 レイチェルに誘導されるまま向かった先は、玄関である。



「坊ちゃまがもうお出になられますので。」

「もう? 私が起きるの遅すぎたから……?」

 少しヒヤヒヤしながらレイチェルに訊くと、朝食は馬車内で簡単に手で摘まめるものを取るらしい。

 クリスティアン様って、少しの時間も惜しい仕事人間なのかもしれない。



 玄関前にいそいそと到着すると、ライアンさんがクリスティアン様の肩に外套を着せている所だった。



 まだ薄暗い玄関に現れた私を見てクリスティアン様が驚いている。



「プルメリアか……?」



 信じられないように名前を呼ばれる。

 私はプルメリアである。薄化粧だから別人化している訳ではないし。



「はい、クリスティアン様。プルメリアでございます。」

「まさか、昨夜の母の言葉を律儀に守って?」

「はい。クリスティアン様のお見送りに参りました。」



 あ、やっぱりお義母様言ってたんですね。セーフ。



「こんな時間なんだ、ゆっくり寝ていていいのに。」

「いえ、そんな訳に参りません。私、クリスティアン様の婚約者ですので。」

「そう……」



 玄関扉前近くに居たハズのクリスティアン様。

 私が瞬きひとつしたら、目の前に立っていた。



「ひっ……」

 その距離にビクッと身体が跳ねる。

 え!? また瞬間移動的な何なの!?

 私との距離は軽く見積もっても四歩ぐらいの距離がなかった!?



「美しい人の健気な思いに婚約者として応えてあげなければ、ね?」

 ふわりと朝には似つかわしくない色気を漂わせる。

「行ってきますとお出掛けになられて、ただいまと何事もなく帰って来て頂けるだけで充分です。」



「つれないその態度にぞくぞくする、私の可愛い婚約者はわざと焦らしてるのかな?」

「はい?」



 色気漂う美貌のご尊顔から気まずさで目を逸らしていたが、聞き捨てならない言葉に思わず視線を上に向けてしまった。



 あ―――何かやばい。



 と、思った瞬間には、顎に手を添え持ち上げられ唇に柔らかいフニッとした感触が。

 カッと見開いた目にはどアップ過ぎるクリスティアン様の瞳。

 柔らかな感触はしばらく続き、最後にプルメリアの下唇を濡れた舌がぺろりと味見するように這って離れていった。



「ごちそうさま。」



 硬直したまま動かないプルメリアを見て、目元が笑みに緩む。



「熱い見送り、有難う。お陰で仕事にもやる気が出たよ。じゃ、行ってくる。」



 そう話し、固まったままのプルメリアの頬指先でひと撫でして、クリスティアンは颯爽と玄関を出て行った。



(く、くちびる、し、しし舌が!?)



 プルメリアの脳内でクリスティアンの唇の感触と唇を舐められたときの感触……クリスティアンの間近で見た瞳が綺麗だったこと。

 そんなことがいつまでも何度でもぐるぐると再生され続けていた。



 お戯れ上級者のクリスティアンにとってそこまで意識される行動だとは思っていなかったが、ド素人のプルメリアには心と脳には大打撃を与える刺激的な行動だった。
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