2 / 27
02話 クリスティアン・ローランド・ノヴァーク ①
しおりを挟むクリスティアンが令嬢達から凄まじい程に人気を得ているのは、何も神に愛されたような絶世の美貌だけが理由ではない。
勿論、あの滴る色気溢れた容貌ひとつで、今日廃嫡されて放り出されたとしても、何十人(何百人?)の令嬢や夫人方に唸るほど貢がせて、毎日仕事もせず愛玩されるペットのように何ひとつ金の心配の要らぬ贅沢で怠惰で肉欲に塗れた生活を生涯過ごせるであろう。
もしかすると、今の仕事とさして変わらないかもしれない。
仕事じゃない分、クリスティアンの興が乗らなければ、寝台に寝そべったまま好き勝手にさせてやるから自分でしろとほっておく事も出来るだろう。
猫のように擦り寄って見せるが、気が乗らないなら寄り付きもしない。
そんな自由な暮らしが出来そうな男である。
―――まぁそれはさておき。話を戻そう。
貴族の頂点である公爵家嫡男という肩書きも、匂い立つ程の美貌と同等の価値があるだろう。
王族に次ぐ地位と魔性の美貌。
どんな女だってクリスティアンから一瞬の視線でも欲しがり、一言でもいいから声をかけて欲しくなる。
王国に四つある公爵家のうち、二家の公爵家がクリスティアンと同じ年頃の嫡男がいた。
地位と美貌を兼ね備えているのはクリスティアンだけではない。
その二家の嫡男も、クリスティアンとはまた種類の違った美貌を持つ、魅力的な殿方なのである。
王国の騎士団総長である父親を持つリンデンベルグ公爵家嫡男と、王国の宰相を父親に持つキースフィア公爵家嫡男。
どちらの家も武と知の代表の家であり、血筋も素晴らしい。
リンデンベルク公爵家は古くから騎士団総長を代々輩出している名家で、キースフィア公爵家も長い歴史において宰相を代々輩出している。
公爵家の血筋だから選ばれている訳ではない事は、代々選ばれて来た者達が優秀故に選ばれたと証明している。
そして、それぞれの家の今代の跡取りも優秀で将来が楽しみだと既に有名らしい。
勿論、この二人は各家の当主や令嬢方に大人気だ。
デビュタントの時、遠目ではあったが凄い人数の令嬢達がいくつも固まってる所があった、そこだけ人口密度がおかしかったので目立っていた。
恐らく、そのいくつかの塊の中心にはこの二人も居たのだろう。
勿論、クリスティアンも。
きっと集まる令嬢は頭一つ飛び抜けて多かったとは思うが。
クリスティアンがこの二人よりも飛び抜けて人気がある理由は――――
公爵家の中で飛び抜けて莫大な資産があるという事。
皆、お金大好きだもんね? って所である。
お金はダレもカレも大好きだけれど、多すぎた金は身を滅ぼす。
お金関係では命まで取られる事だってあるのだから、怖すぎる。
…話を戻そう。
ノヴァーク公爵家は古くから続く由緒ある大名家であり、かなり広大な領地を所有している。
広大な領地を隅々まで管理し運営して行く事が驚く程に巧みで、所領地はどれもが特色を活かし豊かに繁栄し続けている国内トップの資産家である。
その上、国内は言うに及ばず国外にも支店をいくつも持つ大商会の経営も手がけている、正にやり手の大貴族であった。
自国の有力貴族とも大商会を通じて繋がっており、様々な国とも商会を通じて繋がりがある為、少しでも野心がある貴族はノヴァーク公爵家と繋がりを持ちたくて必至なのだ。
そこまで堂々と手広くやっている公爵家は、出過ぎる杭は打たれる法則になりそうだが、王家が手広く商売をする公爵家に介入してくる事は、今まで一度として無かった。
国のパワーバランスを考える時、ここまで大きくなり過ぎた公爵家は、少しばかり力や財が削がれていてもおかしくない。
だが、王家は何も言わない。
そして、誰もその事に言及する事も、噂する事も、ない。
ある意味特別視されているのだが、貴族から不満が噴出した事もない。
それは王家が黙ってる以上、誰も彼も虎の尾を誰も踏みたくないというのもあるだろう。
いわば触れたら爆発しそうな腫れ物状態なのである。
腫れ物ではあっても、王族に何も言わせない事には特別さを感じる。
その権力の匂いに令嬢達はますますクリスティアンに心酔するのだろう。
大貴族というのは常に笑顔で全ての物事に対応する。
その笑顔を保ちながら、冷徹で非道な判断を下し、黒を白に白を黒に変える。
淡々と粛々と、目の前に立ち塞がった邪魔な存在を排除する。
華やかなで麗しい見目と金の匂いに騙されるヤツは、気付かぬうちに養分にされる。
華やかで美しく素晴らしい血筋を持つから大貴族になれる訳ではない。権力と金が集まるところに清廉潔白を求めてはいけない。
王家が口を閉ざし、ノヴァーク公爵家の力を削ぐことも介入する事も一切してこなかったのは、誰も知らない語られない理由がある。
その華麗な大貴族の姿は表の顔、その美しく華やかな顔を隠れ蓑にする事により、社交界の闇を縦横無尽に泳ぎ、そこから得る情報と人脈、そして強大な公爵家の力を使って、国を大国へと押し上げ続けているのだ。
大掛かりな目立つ戦争はなくとも、水面下で様々な国の思惑が絡んだ情報が飛び交い、大金が動いているのだ。
影として王家の背後を守りながら、国に利益を齎す。
代々ノヴァーク公爵家が国の為に身命をかけて行ってきた事である。
そこまで王家に尽くしているのだから、当然の事だが王家からは全幅の信頼を寄せられている。
様々な任務に対応する為にも、公爵家は専属の騎士団を所有する事も許可されている。表向きは外交で他国に行く事が多く、国の騎士団をあちらこちらに連れていけない為としている。
だが、総員が何人いるか真実は王家と公爵家しか知らないこと。
表向きの人数は、本来の人数の三分の一に過ぎない。
影として三分の二が常に情報を探り、王族を守り動いている。
王族と公爵家で婚姻関係を結ばれる事はない。
大きな力同士は結ばれる事も介入される切っ掛けも許されないのだ。
王の影として代々仕えている事は、一握りの選ばれた人間しか知らぬ事。
そうして代々王の影・懐刀として続いてきたのだった。
266
お気に入りに追加
4,462
あなたにおすすめの小説
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。
しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。
そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。
王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。
断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。
閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で……
ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる