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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。

ディアと呼ばせて貰っても? アレス side

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 兄シュヴァリエとは異なるが、それでも強者の持つオーラというのだろうか。
 クラウディアはパニックになってやらかしてしまった。
 大きな声で「叔父様と呼んでいいですか!」だなんて……。

「あ、やっちゃった……。」
 と内心の声をそのまま口に出してしまった事にも気付かない程に慌ててしまう。




 ヴァイデンライヒ帝国の智を支配し縁の下の力持ちとして守護している大公殿下。
 強大な帝国であればこそ、有象無象の魑魅魍魎が権力を求めて欲望を押し付けてくる。幾百幾万幾千を排除しようとも、無限に沸いてくる執着の塊たち。

 美しい顔をして綺麗な言葉を艶やかな唇から零して、腹は真っ黒な淑女もどき。
 忠誠を誓うと胸に手を当てる二心持ちの騎士。
 帝国を選り良く導くお手伝いをさせて欲しい。友として頼って欲しい、国を支える貴方様を支えさせて下さいと、親の傀儡の側近候補の坊やたち。
 尊い身分への憧れ等では無く、貴方様だから慕っているのだと穢れなど知らない天使の微笑みを浮かべるご令嬢、その裏は使用人と秘密の遊戯に夢中な阿婆擦れ。

 力の無い幼い時から、父親を粛清し皇帝に即位し地位を盤石にしたその時まで、シュヴァリエはそんな人間達が群がっていた。

 アレスはそれら狡猾な害悪を排除しきれないと早々に理解すると、管理へと方向転換した。
 叩けば埃の出ない貴族など稀である。
 皇城に出仕するような地位も能力もある貴族で清廉潔白な者などいない。
 大なり小なり弱みを持ち、後ろ暗い事をしているものだ。
 それを全て掌握し管理する。
 シュヴァリエは直情過ぎて奸計向きではなく、力でごり押しするような暴君である。
 不得手なソレらをアレスが一手に担い管理し時に間引きもして、アレスはそうやって愛する甥シュヴァリエを影に日向に庇護してきたのだ。
 愚兄が愛さない分、叔父の自分が大切に愛すつもりで、兄を諫められなかった贖罪の気持ちもあった。

 側室が産んだ娘クラウディア。
 あの姪も冷遇されていたと知ったのは、彼女が五歳の頃。
 その時は既に姪の傍にはアンナがべったりと張り付いて守っていた。
 女だてらに武芸に秀で、非凡でありながらも女だからと後継にはなれなかった。
 しかし、当主も愚かではなく、これ程の才能を外に出す事を惜しみ、侯爵家の裏の片翼を担う事は任されているようだ。
 そのアンナが居たのだから、冷遇されていたとはいえシュヴァリエ程に身の危険もなく、何某かの手段を講じて魑魅魍魎も近寄らせる事もなかったのだろう。

 姪ではあるが、シュヴァリエ程には距離は近くない相手。
 そして最近になって血縁者でも無い事が分かってしまった。
 稀少過ぎる血を持つ少女――――
 シュヴァリエが酷く執着して手放さまいと必死になる少女……。
 二人の仲睦まじい姿を見て、羨ましくなる。
 その家族の輪の中に、私も入れて貰えるだろうか。
 体調を崩したと訊き、甥が一時間に一度の頻度で姿を消す。
 執務室には皇帝でなければ決裁出来ない書類がある。
 玉璽を預かったからといって、全てアレスがする訳にはいかないものもある。
 それを側近のマルセルが半泣きで訴えていたようだが、訊き入れるつもりはないようで。取り敢えずやれる所だけはやってやるかと、急務のものは目を通してやってやったりしていたら数日が過ぎていた。

 そして本日、快癒したとの報告を受け、先触れを初めて姪に出した。
 諾の返事を受け年甲斐も無く喜んでしまう自分が居た。

 姪が住まう月の宮へと足を向け、扉の前に立つ。

 開かれた扉の奥で、美しい少女が寝台の上に座り見つめていた。
 頬を薔薇色に染め、私の挨拶に返答する姿。
 宰相閣下と私を呼び、姪との間の距離感に内心憂いを感じていると、
 堅苦しい会話は嫌だと伝えてくれた。

 ああ、勿論、喜んで。
 そう真っすぐ言葉にするつもりが「そうですね。姪との会話にしては堅苦し過ぎますか。」と、結局丁寧な返しをしてしまい、そんな自分がおかしくて笑ってしまった。

 快癒したとはいえ、頬が真っ赤だな……と気になりながら姪の傍へと歩み寄ると、

「叔父様って呼んでもいいですか!」

 突然、姪が大きな声で。

 すぐその後に、

「あ、やっちゃった……。」

 と呟いた。

 呆気に取られたのは一瞬で、胸にこみ上げてきたのは歓喜と笑い。

 思わず吹き出して笑い出してしまった私を、クラウディアが驚いたように固まって凝視しているのが見えた。

 すまない。その表情もなんだかおかしくて笑いが止まらない。

 目線がくるくると移動し、その所作が全て小動物がパニックに陥ったソレで。
 可愛くて面白くて、愛らしい。
 そうか。甥が夢中になり執着するのも分かる。
 思わずその柔らかい髪に手を乗せて、頭を撫でてしまいたくなる。


「はははっ、すまない、笑うつもりはない、のだが」
 笑いを抑えながら何とか姪に話しかけた。

「はい……。」
 姪は目元と頬を薄っすらと赤らめて俯いてしまった。

「叔父様って呼んでくれると、嬉しい。」
「えっ」
 パっと顔を上げた姪は嬉しそうで。

「私はクラウディアではなく“ディア”と呼ばせて貰っても?」
 ああ、瞳が輝いた。感情が素直に顔に出るのだな。
 皇女としては宜しくないが、姪としては愛おしさが増すな。

 背後に静かに佇み、この場を見守っていたアンナが幾度となく溜息を漏らしているのを、聞いてないようでいて、実は耳に拾ってはいた。

 後でディアに説教するんだろうが、お手柔らかに頼むよ。
 後ろの方へ振り返りアンナを見遣り微笑んでみる。

“ソレは私には効きませんよ”とばかりに睨まれた。

 私はキミの家が守護すべき皇家の者なんだけどね?

 やっぱりキミは苦手だなぁ……と、静かに苦笑いする。


 寝台に近づき、ベッドサイドに置かれていた椅子へ断りを入れて座る。
 ディアへお見舞いの品を渡し、初めて叔父と姪として会話をした。

 少しだけ家族の輪に入れた気がする。
 これからは、姪と過ごす時間を取るようにしよう。
 自分のスケジュールの空き時間を作るために、頭の中で幾通りか浮かべる。
 思ったより取れそうだと判断すると、目の前で嬉しそうに話しかける姪の話にご機嫌に相槌を打つのだった。
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