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第四章 クラウディアを得んと暗躍する者達。
視察先へ到着。
しおりを挟む長閑な田園風景が続く。
馬車に揺られながら、窓の外に釘付けになるクラウディア。
少し距離はあるが、広大な麦畑が見える。
その鮮やかな色彩に引き込まれた。
黄金の稲穂と比喩されるてきた理由がよく分かる風景。
太陽の光を受けて黄金色に輝くその姿は圧巻である。
柔らかい風が穂を波打つように揺らし、黄金の絨毯が何処までも何処までも続いているように見えた。
前世では自然が少ない街に住んでいたので、麦という植物の姿は教科書に載ってたので知っているし、何なら麦畑もテレビや映画のシーンで観ている。
けれど、けれどもである。
自分の目で直接見るのは、全然違う!
やっぱり画面越しと生で見るのは違うんだなぁ! 初めて見たような気分。
クラウディアの興奮は隠しきれず、頬はバラ色に紅潮し、瞳は興奮に輝き、鼻息もフンスフンスである。
今日は馬車の隣にはシュヴァリエは座っていない。
書類とずっと片手に、時折何かを書き記していて忙しそうである。
最近何だか色々と妙なちょっかいをかけられているので、クラウディアはこのほっとかれている感じが落ち着く。
「ディア、楽しそうだな?」
窓の外に目を奪われていたクラウディアは、突然声を掛けられてビクッと身体が少し跳ねるほど驚いた。
声を掛けられる直前にシュヴァリエの事を考えていたから余計に。
「ははっ、臆病な猫みたいだな」
「私はニンゲンですー。急にお兄様が声を掛けて来るから驚いたのですー。」
柔らかい表情で笑いかけられて、ついつい素っ気なく言い返してしまう。
シュヴァリエには今までも散々甘やかされてきたし、かなり過保護に守られて過ごしてきた自覚はある。
(でも、何か今までと違う気がする……何処がって聞かれても分からないんだけど……私を見る瞳も違うような……)
「あまりにも可愛い顔で外を見てるから、つい、な?」
「……ほら、これよこれ。」
ボソッとクラウディアは恨めし気に小声で呟いた。
「ん?」
シュヴァリエが聞き返すように視線で問うが、クラウディアはスッと視線を逸らしてスルーした。
「お兄様、視察先は小麦の産地ですよね。産地なだけあってパンの種類が豊富とかだったらいいですね。」
シュヴァリエの妙に甘い態度をバッサリと斬るように、食へと話題を変える。
花より団子である。
「……まだまだか。視察先のホーデンハイムは小麦が主力の産地だ。ただ、パンの種類がどうだったかは知らないな。産地とあって小麦の消費量は高いようだから、もしかしたら種類が多いかもしれないな。」
ふむふむとシュヴァリエの話を訊く。
当然の事とはいえ、視察先の情報もしっかりシュヴァリエは把握している。
脳筋なだけではないのだな兄は。と、内心で大変失礼な事を考えるクラウディア。
「麦の視察の後にでも街に出て、ディアの好きそうなパンを一緒に探そうな。」
「え、いいのですか? 行きたいです!」
パンの食べ歩きとかいけるのかな!?
いつも皇宮の奥に居てばかりで、外出する事もないし……この提案は物凄く嬉しい!
さっき、脳筋なのにちゃんと勉強してて偉いなって失礼な事考えてゴメンね。と、心の中で謝る。
シュヴァリエは皇帝陛下なんだけれど、私の前では過保護で刺繍物をコレクションするマニアで、身近な存在で……容姿は大天使だけど中身はちょっと残念な所がある人って印象なのである。
「よし、じゃあ決まりだな。」
「はいっ、とっても楽しみです!」
嬉しそうに微笑みを向けられて、クラウディアもはにかんで微笑み返した。
――兄妹っていいな。
ほっこりした気分でニコニコするクラウディア。
「…………。」
クラウディアの微笑み攻撃にやられてしまい、無言で書類に目を落とすシュヴァリエ。冷静に書類を読んでいる振りをしながら、耳の縁を赤く染めていた。
忘れがちであるが、シュヴァリエもまだ成人に達していないのだ。
令嬢に常に追い掛け回されその必死さに心の底からウンザリしてきた為、
女遊びなどしたことも考えたこともない。
世継ぎを望まれる立場としてどうかとは思うが、そのような意味で女に触れたいと思った事もなかった。
だから、大帝国ヴァイデンライヒを率いる皇帝シュヴァリエは、クラウディアが初恋なのであった。
視察での滞在先はホーデンハイム伯爵家が所有する屋敷であった。
仰々しい護衛の人数を引き連れ、門を抜け屋敷へと皇帝一行が到着すると、
当主を筆頭に伯爵一家総動員で出迎えるのは当然のことで、勿論、使用人も総勢でお出迎えであった。
年若い皇帝であっても、この皇帝は色々と規格外で侮る事は没落を示す。
伯爵は今まで生きてきた中で、今の今が一番緊張して気を張っている気がした。
視察先に選ばれた事は光栄である、皇帝が直接来訪される事は大変な栄誉であるからだ。
おまけに今回は皇女殿下まで同行しているのだ。
特別な栄誉を賜った気さえした。
だが、それは全てこの視察でのおもてなしが恙なく終わる事が出来た場合のこと。
伯爵にはひとつ心配事がある。
我が家にはお陰様で五人の子宝に恵まれた。
一番上に嫡男、長女、次女、三女、次男の五人の子供たちは、愛する妻が授けてくれた宝物である。伯爵は目に入れても痛くない程に可愛がっていた。
けれど―――
今回の視察で滞在するのは、我が屋敷である。
適齢期の息子や娘達が粗相をしないかが不安で仕方がない。
優秀な家庭教師で勉学に励ませ、マナー講師も一流の者を付けた。
しっかり教育して育てたつもりである。
だが、伯爵は知っている。
どんな賢人も恋の前では愚者となることを。
美貌の皇帝、愛らしい皇女殿下、その二人を前にして、理性を強く持つ事が出来るだろうか、まだ多感な子供らである。
それは誰にも予想のつかない事であった。
皇女殿下は慈悲深く穏やかな気性だと訊く、しかし皇帝は……
――――血生臭い事を好み、女嫌いで有名。
護衛騎士達が馬を降り、馬車の扉前に並び立つ。
扉が開き、皇帝がまず降り立った。
皇帝が即位した即位式に一度お会いした皇帝陛下。
あの時より少し時が経ち、精悍さが増した気はするが―――
その美貌はさらに磨きがかかり、息を呑む程である。
伏せた瞼を上げ目線がこちらに向く。
心臓をひとつ掴まれるような瞳だった。
ドクンと掴まれた心臓、呼吸を忘れる程の圧倒的な存在感。
すぐに視線は外され、皇帝は後方を振り返り手を伸ばす。
小さな白い手が、皇帝の手の上にそっと重なる。
静かに降り立つ。
人とは思えない美貌の少女が馬車のステップから降り立つ。
何と可憐な姿か。
目が離せなくなった。
一度お披露目の時のご挨拶の時に拝見したと思う。
そして、その後遠目にもお見掛けしたが、あの時は隣国の双子王子とずっと共にいた為、こんな近くでしっかりとお姿を見る事が出来たのは今回が初めてだった。
娘の粗相ばかりを気にしていたが、息子の粗相も気にしなければいけないのだろうか……。
「帝国の太陽にご挨拶致します。我が領へお越し下さり恐悦至極でございます。
陛下と殿下が恙なくお過ごし頂けますよう、伯爵家一同心よりお世話をさせて頂きたく思っております。長旅お疲れ様でございました。すぐに休めるよう部屋を整えございますので、ご案内致します。」
家族を陛下に紹介するのは、陛下と殿下を見た状態を一度確認してからだと判断したのであった。
陛下が興味があるのに紹介しないのは不敬であるが、陛下は気にしていない。
伯爵は玄関へと招き入れながら、自分の子供が信じられないとは、何て嘆かわしい事だと思っていた。
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