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第三章 クラウディアの魔力
クラウディアの魔力。
しおりを挟む「と、言う訳だ。アンナ、お前の方にもこちらに伝えておかなければならない事はないか。」
シュヴァリエは、予測し得る全てをアンナを始めこの部屋に居る者達に話し終えた。
それを訊き終えた皆は一様に難しい表情で考え込んでいる。
明かされた内容が内容だけに、かなり繊細な案件だった。
「はい。これは…(姫様が蒸し返して欲しくないと避ける話題の為)お話するべきか非常に迷ったのですが―――」
アンナは迷うようにしながらも、内心でクラウディアに謝罪しつつ、情報共有の為と割り切る事にした。
アンナからの話、それはクラウディアにとっては後に黒歴史となった五歳児っぽい行動や態度に妙に拘ってた時期の話である。
あの頃のクラウディアは幼い姫を演じる事が役目とばかりに張り切っていたのだ。
張り切っていた割には大雑把な本性が駄々漏れで、アンナを含めた周りからは「優秀であれば皇帝陛下に殺されると怯え、無能の子供のように振る舞う可哀想な姫」とそっと見守られていたのだが。
アンナが口を開くまでに少しの時間を要す。
待たされる事を好まないシュヴァリエも神妙な表情で無言で待った。
ふう…とひとつ吐息をつくとアンナは語りだした。
それはクラウディアの奇妙な行動をアンナが知った頃。
まだ月の宮に居を移す前の話。
アンナがクラウディアを寝かしつけた後の話。
クラウディアがぐっすりと眠ってからおよそ一時間前後、クラウディアは突然起き上りベッドから抜け出した。
まるで夢遊病患者のようにフラフラと歩き出し、小さな庭へと歩を進める。
アンナはクラウディアがベッドを抜け出し歩き回った事に早い段階で気付いた。
翌朝にクラウディアのお世話をする時、ベッドのシーツが土に汚れていたし、クラウディア自身も足の裏が土に汚れていたからだ。
それに気付き、クラウディアを観察するも何処にも怪我などない。
まして、賊や暗殺者の類が侵入すればアンナが気付かない事など絶対にない。
魔力はあれど防御魔法が余り得意ではない為に強固ではないが結界魔法も展開してある。
様々な外的要因を潰し、残ったのは本人が就寝後にこっそり動きまわっている事くらいしか考えられなかった。
「姫様、昨夜は夜更かしをされたのですね?」と、厳しい口調で尋ねるも、本人は「ええーねてたよお?」とあどけない顔をしている。
誤魔化しているのかと様々な言い回しを使って探ってみたが、真実を語っているとしか思えない。
―――では、精神干渉するような魔法を使われ、呼び出されているのか?
その線を思い立ちゾワリと身体が震えた。
アンナの結界をすり抜け精神干渉魔法を姫個人に特定して発動させる手練れを雇い、姫をおびき寄せる事に何の利が…?
皇子が姫を鬱陶しいと消したいのであれば、あの性分の方だ、わざわざ誰かに指示して暗殺するなど周りくどい事などしない。
考えれば考える程に深く悩んでしまったアンナは、今夜にでも直接目で確認する事にした。
その夜にクラウディアが起き出す事があるかどうかと思っていたが、その夜クラウディアは寝た事を確認したアンナが部屋を一度出た数十分後に起き出して部屋を出た。
アンナは目の前をフラフラと歩くクラウディアの後を着いて行きながら、精神干渉の魔法の痕跡を探ったが何も引っかからない。
余程の手練れなのか―――?
どういう事なのだと不安が増す。
クラウディアは絶対に守ると決意を新たに後をついていく。
そこで、アンナが見たものは――――
クラウディアは魔法を使っていた。
それも見た事もないような不思議な魔法を。
夜空に溶け出すように昇っていく綺麗な金色の魔力。
見惚れるような美しい魔力を放出しながら行使される魔法たち。
魔法に造形が深い訳ではないが、基本的に多く見られる魔法は我が家の厳しい教育での手合せの際に見た事はあるが・・・
それは攻撃魔法とも防御魔法とも思えない。
クラウディアが魔力を放出する度に、クラウディアの周囲の花々が凄い勢いで成長していく。
まだ土の中で眠っていた花の種も突然起こされたとでもいうように、芽を出し葉をつけ花が開く。
それだけでもアンナは唖然としたのだが、クラウディアの魔力によって成長させられているとしか思えない周囲の花々は、どの花々もとても大きいのだ。
(どういう事が今私の目の前で起こっている・・・・・・)
呆然としながらも、目が逸らせない。
これは、これは、とんでもない力の片鱗を見せられているのではないか。
もっと恐ろしいのは―――
これだけの大量の魔力を放出しているというのに、クラウディアに魔力の減少が見られない事だった。
(姫様・・・・・・)
アンナはそっとクラウディアの傍に寄り、クラウディアの隣に跪く。
クラウディアの魔力がアンナを包み込んだ。
(何て温かい・・・優しい魔力なのでしょう姫様・・・)
あまりの優しさにうっとりとし、それがきっとクラウディアの性質なのだと思うと、あれだけ辛い境遇であったクラウディアが歪む事なく真っ直ぐ育ってくれた事にジワリと涙が浮かぶ。
そっとクラウディアの手を握ると、プツンと糸が切れた様にクラウディアがアンナの胸に倒れ込んだ。
「っ! 姫様!?」
全く気付かなかったが急に魔力の枯渇が起きたのだろうか? 取り乱しクラウディアの顔色を確認するが、おかしな所はない。
では、何か別の不具合が・・・!
「すぅ・・・すぅ・・・」
慌てるアンナの耳に穏やかな寝息が聞こえる。
クラウディアを抱きとめたまま、アンナはホッとし過ぎて草の上ではあったが座り込んでしまう。
「姫様・・・気持ちよさそうに寝ていらっしゃる。」
ふふっと笑いが込み上げ、クラウディアを抱き上げたまま立ち上がると、そのまま室内へと向かったのだった。
「―――と、いう訳なのです。ですが、そのような徘徊は翌日からはパッタリと無くなりまして、あれは夢か現かと思いながらも、姫様の身の安全を考えますと、今日まで口にする事はなかったのです。」
「俺には報告するのが義務ではないか?」
冷たい声のシュヴァリエ。
クラウディアに対する事で知らぬ事はないと思っていたシュヴァリエは、アンナの報告を全て訊き終えた後、ぐっと不機嫌になったのだった。
「・・・私はヴァイデンライヒ帝国の皇帝陛下に家臣として忠誠を誓っております。
その忠誠心には何の翳りもございません。
ですが、ほんの小さな頃から慈しみ見守って来た、幼き妹のような我が子のようなクラウディア王女様に関する事だけは、姫様の本当の味方であると私が確信出来るまで、姫様の命の危険が無いと信じられるまで・・・何事においてもお話するつもりはありませんでした。
それが叛意だと仰るのであれば、我が命、この場で斬り捨てて頂いて構いません。」
アンナは全てを吐きだすように話すと、決意したような強い眼差しをシュヴァリエに向けた。
「お前を斬って捨てた後、お前が慈しみ大切にしてきたクラウディアが悲しむとは思わないのか? その異能を知った俺がクラウディアを利用するかもしれないが?」
「陛下は冗談がお好きですね。私は姫様の傍で陛下を見て来ました。それは、姫様を掌中の珠だと言わんばかりに愛で大切にするその姿を常に見ていたという事ですよ。その陛下がクラウディア様を利用するなど有り得ない。家臣である私が主人である陛下に叛意を疑われ、その事で側付きになっている姫様にも害が及ぶ事でもあれば、斬って捨てて頂きたく。」
ブワリとシュヴァリエから殺気が放たれ、以前に経験した重い魔力がアンナや周囲に伸し掛かる。
(―――何度経験しても慣れる事はないな)
アンナは膨大な魔力が頭上から床へと押し付けるように伸し掛かるのを感じる。
段々と増してくる圧力に、床に膝をつきそうになるが、ギリギリと唇を噛みしめ耐えた。
「ほう、まだ耐えるか。」
ぐぐぐっと圧力が増し、吐き気が込み上げてくる。
(以前経験したのより濃度が増している・・・! 精神干渉を混ぜて来ているようだ、先程の私が姫様を尾行した際の話を訊いて、わざとしているのだろうか。本当に本当にお人が悪いな!)
身体に圧力がかけられ指一本すら動かせないが、その上に思考までもがぐちゃぐちゃに混乱させられそうになる。それを保つだけでも精一杯だが、そんな酷く辛い状況であっても、アンナは内心で文句を言うのは忘れない。
どれ程の時間、この蹂躙されるような苦行の圧力に耐えていたのだろうか。
アンナのぐちゃぐちゃになった意識が少しずつ少しずつ戻り始め、意識がハッキリした頃には、身体も圧力から解放されいた。
「フン、お前がディアをこの俺よりも最優先に考えている所は、実は気に入っている。だが、ディアに関する事でこの先、俺には一切隠し事はするな。よいな?」
「陛下が姫様を何よりも大切にしている事は、今までの行動で充分に理解しております。ですから、この度全てを詳細にご報告させて頂いたのです。
これから先、陛下が望むのであれば、姫様の全てを詳細に、毎日の起床時から就寝まで全てご報告致しますが・・・」
同じ室内に居たというだけで、シュヴァリエの怒りの魔力に巻き込まれた被害者二人のマルセルとレイラン。
刈り取られそうな意識を意地でもしばらく保っていたアンナに対し、意識が飛びその間の記憶すらも有耶無耶な二人は、アンナとシュヴァリエとの会話が耳に届き、ぼおっとしながら段々と意識が正常化してきたばかり。
横に居るレイランに視線を向けると、レイランもマルセルに視線を向けていた。
((陛下も流石に起床時から就寝までの報告は流石に望んでいないよな?))
目線だけで会話をする。
(アンナはちょっとおかしいんだよ、姫様の事になると。)
同期であるマルセルはアンナを語る時に遠慮も配慮もない。
(陛下も同じ穴の貉と思うけど、そこのところどう思う?)
レイランはシュヴァリエも似たようなものだと思っている。
けれど・・・
流石に朝起きてから夜寝るまでの全てを毎日報告とかは、必要ないだろう。
何か気になる事があれば報告を上げればいいことではないのか。
お披露目は終えたが、陛下は他貴族が参加する茶会などに参加させるつもりなど毛頭ないようだし。
とすれば、姫様は城から出る事も・・・もしかしたら月の宮から出る事すらなさそうだ。
そんな幼い姫の日常など似たり寄ったりな筈。
毎日のように報告する意味もないが――――
「ああ、よろしく頼む。」
シュヴァリエが機嫌よさそうに頷いていた。
「承知致しました。」
さも当然だと頷きながらアンナも了承する。
クラウディア超過保護同盟が結ばれた瞬間である。
それにギョッとするマルセルとレイラン。
((ええー・・・うちの陛下、シスコンが過ぎる・・・))
((私(俺)たちだけは、ノーマルでいような。))
顔に出さずに視線だけで会話を終えたマルセルとレイランであった。
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