転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

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第三章 クラウディアの魔力

シスコンは器が小さい。

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「……で、出来たぁ!」
 室内に少女の歓喜に満ちた声が室内に響く。

「もう、しばらく刺繍はしない! 誰に何を言われようと!」

 正方形の大きさの酷く高価そうな滑らかな布を広げ、自分の目前に掲げ、キリっとした表情で決意表明をする。
 それから急に眉をへにゃっと下げた情けない表情になってブツブツと呟きだした。

「五枚って話したはずなのに、十枚寄越せって…多分鬼。
 おまけに二倍の量を一日でこなせとか…図柄まで指定してくるんだもん…鬼。
 とても緻密でめんどくさそうな図柄……ぜったい鬼。
 糸の色指定も紫系統のみを使用しろって全て指定してくるし?
 …まぁそれは別にそんな大変でもなかったけど、鬼。
 のちに別の色を追加してきたのがちょっとイラッと来たけど…お兄様のバカ。」

 クラウディアはブツブツ文句を言っている。

 緻密な図柄は紫色系統だけとの指定があったので、立体感を作るのに濃淡を駆使して苦労したのだ。
 青味の強い紫や赤みの強い紫でも印象が随分と違って、糸の組み合わせでガラリと雰囲気も変わる。ますます悩まされた。
 ああでもないこうでもないと刺繍糸を並べ組み合わせを考えるだけでも時間を多く使ってしまい、全部仕上げるのに朝から始めたのにもう夕方である。

 ワンポイントで楽しようと思ったけれど、どうせなら鬼をびっくりさせたいと欲を出したのがダメだったのかもしれない。
 縁取り全てに繊細な刺繍を施したり、中央にも模様や国章を施したりと色々と凝ったりしたのもダメだった…かも。
 その後、十枚全て同じ色味も面白くないので、濃い紫をメインに多用し、影には淡い紫を使用してみたりもした。
 何となく微妙に仕上がった…

 でも、六枚程こなした辺りで、シュヴァリエの侍従がオレンジとピンクと朱色を混じらせた刺繍糸を持ってきて「それと紫を使用した物が欲しいそうです」と突然言われたりして、微笑みながら受け取りはしたけど、心中「いやいや今頃!?めんどくさいんですけどぉ!?」と荒ぶってしまった。

 枚数は増やすわ、思いつきで刺繍糸持ってくるわ、図柄は細かい奴指定してくるわ、時間は一日しかないわで―――
 時間が無いからとそこで少し手を抜けばよかっただろうけど、何かムキになってしまった。
 自分で自分の首を絞めていくスタイル。
 いいの、前世でもそんな人間だったから。
「唸らせる程の素晴らしい完成品にしてやろう!」と闘志を燃やした。

 ―――が、シュヴァリエ様は妹の本質を良く分かってらっしゃる。

 お仕置きにしては優しい! なんて当初は思ってたし、闘志がメラメラ燃えてる間はガンガン行こうぜ!と頑張れたんだけど…。

(人間って単調な作業が続くとマンネリしてきて飽きてくるのね…。)

 シュヴァリエのお仕置きは、クラウディアに対する仕置きとしての嫌がらせとしては充分だった。

 クラウディアはじっとして刺繍ばかりの時間が、経過と共に苦痛が増していく。
 同じ所にじっと座って機械的に針だけ動かして過ごすのが辛い。
 どうにかこなせたのは、話す相手が居たから投げ出さずに済んだだけだ。

 これならまだ体を動かすお仕置きの方が退屈しなかっただろう。
 腕立て腹筋百回とか言われた方がまだ良かったかもしれない。

「アンナ、お兄様に先触れを出して頂ける?」

「はい、姫様」

 最初の頃はソファに座りせっせと刺繍をするクラウディアを見守っていたが、アンナを誰かが呼びに来て三人娘と交代し、先程戻ってきたのだ。
 三人娘にただ見守って貰うのは悪いし気まずいので、刺繍でもしようと誘い、四人で時折談笑しながらせっせと刺繍をして、苦痛の時間を乗り切った。
 勿論、三人娘にシュヴァリエに渡す物を手伝って貰ってはいない。
 そんなことをすれば、アンナにも怒られるだろうし、シュヴァリエに万が一バレたら、お仕置き追加されてしまう。
 明日、もう十枚追加とか言われたら逃げ出すだろう。確実に。


 仕事を頑張っている兄の所に押し掛けるのは大変心苦しいが、さっさと渡してお仕置きを済ませてしまいたい。
 そして、凝った刺繍を見て欲しい。
 実は済ませてしまいたい気持ちより、見て欲しい気持ちの方が強かったりする。

(凄く頑張ったんだから!)



 先触れを出して許可がで次第向かうつもりだったが、先触れなしでシュヴァリエの方がクラウディアの宮にやってきた。

 いつものようにノックも無しに扉がバーン! と開き、シュヴァリエが現れる。
 もう何度も見ている顔だというのに、実は未だに見慣れないハッとする美貌に、しばし無言で固まるクラウディア。

(そりゃ聖女みたいな頭のおかしな女の子も執着するよねー、黙ってたら大天使様だもの。)


 目の覚めるような鮮やかな青のフロックコートを着込んだシュヴァリエは、煌めく白金の髪が急いで来たのだろうか少し乱れていた。
 髪が乱れているのに、何だか余計に美しく感じるのは何でだ。反則だ。
 朝焼けのようなオーロラ・レッドに輝く双眸をキラキラと輝かせ、扉に両腕を広げたままその場にドーンと立っていた。

 パパラチアサファイアと言われる瞳は、別名サファイアの王と呼ばれる稀少な宝石。その稀少な宝石の瞳を持つ者だけが、このヴァイデンライヒ帝国の皇帝となる為の証。
 シュヴァリエはゲームの中では血濡れ皇帝と呼ばれ、冷酷で残酷な皇帝だった。
 ヒロインとのストーリーも、シュヴァリエはいつも冷静で淡々としていた。

 早足で来たのか駆けて来たのか…白皙の頬はほんのりと赤みがある。
 当然であるがチート魔王様は息ひとつ上がっていない。
 けれど、少し乱れた髪が駆けて来ただろうなと想像できる。
 瞳をキラキラと輝かせ頬を染めた姿は、楽しみで急いで来ました! 感が満載である。

 ―――あのゲームの冷たい美貌を持つ残虐な皇帝が、キラキラした今のシュヴァリエと全く重ならない…。

 シュヴァリエの背後にあるはずのないフサフサした大きな尻尾を激しく振っている幻覚が見えた。

(魔王属性に加え、まさかワンコ属性も持つ気かしら…)

 それは流石に対処に困る。

 今日も朝食を共にしてから、シュヴァリエは執務室へクラウディアは私室へと戻った。
 いつもなら、昼食はシュヴァリエの仕事の進捗具合で共にするかどうかが決まるのだが、今日はクラウディアが刺繍に集中する為、共にしなかった。

 クラウディアは、サンドイッチなどの片手で摘まめる軽食をササッと食べて、すぐに刺繍に戻り刺し続け、もう夕方が近く晩餐まであと少しという所で終えたのだった。

 シュヴァリエは皇帝という事もあり当然のこと多忙だ。
 まして即位したばかりの少年王で前皇帝が臣下に丸投げタイプだった事もあって、その全てを把握するだけでも時間が掛かる。
 寝る時間あるの? と心配になるくらいのスケジュールに疲れた顔を見せないのは流石というべきか。

 朝食はいつも確実に一緒だが、昼食は政務の進捗具合によるし、晩餐になるとたまにしか一緒に出来ない。
 晩餐は公務を兼ねる場合があるようで、外交相手と取る事もあるようだ。
 力技だけで国を導くつもりはないだろうし、外交手腕も相手を黙らせる程の駆け引きをしているとアンナが話してくれた事がある。

(流石魔王、戦闘能力だけでなく頭脳も一級品なんです。)



 忙しいだろうきっと…と思ったから先触れでこちらから伺うつもりだったのに…

(本人が喜び勇んで来ちゃったよ)

「ディア! 来たぞ! 進捗具合はどうだ?」

 アンナの整った片眉が不快げにぴくりと動く。

「陛下……、扉をそのように力任せに開かれますと壊れてしまいます。」
 色々苦言を言いたいのを飲み下し、ひとつだけ嫌味をいうだけに留める。

「ああ、すまん。ディアから先触れが来たが、来るのを待つ時間が勿体なくてな。すぐに来てしまった。」

「左様でございますか。」


 扉バーン! シュヴァリエ登場! は月の宮ではあまり珍しい光景ではないため、
 三人娘はささっと刺繍道具を片付けると、一礼して壁際に並ぶ。


「さぁディア、見せてくれないか。お前が私を思って一針一針刺した意匠を。」
 期待に満ちた声で眼差しでクラウディアにねだる。

(ええぇー…そんなに期待に満ちた顔をされても、頑張ったし良い物出来た自信はあるけど、そもそもが素人作品で良い物なんだから…プレッシャーが…)

「お兄様、私は刺繍の専門家ではございませんからね!? お兄様が想像している仕上がりの半分くらいの出来栄えだと認識してから見て下さいね!?」

「ディアが刺す事に意味があるんだ。俺にとってはどれも素晴らしい。
 さぁ、見せてくれ。」

「……。(シスコンよね…)」

 いつもの甘い発言に頬を染めるクラウディア、それを優しく見守るアンナと三人娘。

「では、どうぞ……想像の半分くらいの出来栄え、ですからね!」

「しつこいぞ。」

 口の端を持ち上げニヤリと笑むその顔は、魔王のような悪そうで意地悪な表情をしていた。

(これ絶対酷評しそうなやつ…!)

 そのまま十枚という大量のハンカチを受け取る。

 いつの間にかシュヴァリエはクラウディアの隣に座り、一枚一枚じっくりと時間をかけて眺めていた。

 ジッと手元のハンカチを見つめながら、時折、刺繍されている箇所を優しく指先でなぞっている。

(凄い静か……シュヴァリエさんの沈黙が……長くない?)

 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。

 とても静かな室内、相変わらずシュヴァリエは刺繍を眺めている。

「あ、あのー…お兄様?」

 沈黙に耐えきれずクラウディアはシュヴァリエに声をかけた。

 伏せていた瞳にクラウディアを映したシュヴァリエは突然大輪の花がパッと咲いた様に微笑んだ。

「…っ!?」

 慈愛に満ちた微笑みの破壊力たるや、室内に居る全員が声を失い凝視する。

「ありがとう。クラウディア」

 シュヴァリエはクラウディアの頭にそっと手を置きそっと撫でる。

「こんなに頑張ってくれたんだな。嬉しい。」

 感極まった故か、囁くようにクラウディアに話しかける。

「成果の半分どころか、想像以上に素晴らしい。何より、なんて……優しい魔力に満ちているのか。クラウディアは暖かいのだな、春の陽射しのように優しくて暖かい。」

「……魔力?」

 微笑みの破壊力と、その後の頭ナデナデと、囁くような美声の三点攻撃で息も絶え絶えに全身真っ赤になっていたクラウディアは、魔力という言葉に反応する。

「ああ、クラウディアが刺した物にはクラウディアの魔力が付与されるらしい。以前色々な物に刺して貰っただろう? あれも全てお前の魔力に包まれていた。」

 ポカンとするクラウディアに、訊いてなかったか?と問うシュヴァリエ。

(初耳なんですけどー!?)

「初めて知りました。で、では、日頃、私の護衛を頑張って頂いてる騎士様達にも差し上げたら喜ばれ……」

「それは許さない。」
 冷たい声でシュヴァリエは一刀両断した。

「クラウディアの思いが込められた物を、俺以外に渡すのは許さない。」

(えぇ……顔が怖いよ、お兄様……)

 ギラリと冷たい瞳で冷酷な表情になったシュヴァリエは、クラウディアを諾以外の返事は許さないようだ。

「はい…」
(アンナにはあげたかったのに)

 渋々うなずいたものの、やはりアンナにはあげたい気持ちが我慢出来ず、俯いた顔を上げ、近距離から見下ろしてくるシュヴァリエを見上げる。

「アンナには…! アンナにはあげたいです! アンナはだって、私の……」

 シュヴァリエの顔が怖すぎて、こんな顔を向けられた事の無かったクラウディアは思わず涙目になる。
 大きな瞳に薄らと涙を浮かべながらシュヴァリエを見上げるクラウディア。
 シュヴァリエの厳しい顔が段々と崩れていき、頬に赤みが…?

「…っ、ディア、なんて顔をするんだ」

 口元に手をあてスッと目を逸らしたシュヴァリエ。

「アンナにはあげたいです…」
 何故かシュヴァリエの圧が消えた事に少し安堵しながら、クラウディアはしょんぼりと落ち込みつつ、願いを口にした。

「アンナは例外とする。」

 シュヴァリエの言葉にパッと顔を明るくするクラウディア。
「えっ、いいのですか!?」

 おや、姫様の事で妥協なさるなど珍しいと思っていたアンナは次の言葉で、内心で器ちっさ。と思った事は秘密だ。

「ただし、一枚だけだ。」

「はい! 有り難うございます!」

 ダメだった事が急に許されて、一枚だけだという事にも大喜びだ。

 クラウディアの事になると器の小さい君主に、健気に喜び笑顔を見せる可憐な少女。
 三人娘とアンナは心の中で「姫様、可愛すぎます」と呟いた。
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