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第三章 クラウディアの魔力
色んな思惑が交差するお茶会 Ⅳ
しおりを挟む「帝国は食が豊かなんだね。どのフルーツも美味しいよ。」
ジュリアス王子が嬉しそうに話しかけてくる。
「…ええ、いつも感謝しています。お兄様が皇帝に即位されてから、周辺諸国との取引も再開され、今では他国からの取引で帝国に入ってくる食物やスパイスなど膨大になりましたから。」
「クラウディア姫はまだ幼いのに博識なんだね。凄いな。同盟国として益々強固な結びつきを望んでしまうよ。」
「そうですね。隣国とは友好的な関係が大変望ましいですし、こうやって王子方自らが外交使節団として訪問して頂けた事も、同盟国としての絆を深めたと思っています。」
「…クラウディア姫は、婚約者とか居ないの? ああ、まだ幼いから婚約者候補かな?」
「そこは皇帝であるお兄様に全てお任せしています。そのような話をお兄様から伺った事はないので、私には候補も居ないかと思います。(人気ないしね…)」
フルーツサンドを食べ終わり、ササッと移動する筈が、もっとおススメが知りたいとジュリアス王子とリディル王子と一緒にスイーツ巡りをしてしまっている。
その間ずっとジュリアス王子に会話を振られ、それに答えてるうちにスイーツ五品は食べた。
そろそろ飲み物と塩っ気が欲しいところ。
(ジュリアス王子めっちゃお喋り…。他国として同盟国として私から情報を引き出す為に会話してるとしたら、私は一番その相手に相応しくないよ? 何も知らないし)
役に立ちませんよと伝えたい所だが、会話の内容はどうみても世間話の域を出ない。
リディル王子は無言気味でもくもくとスイーツを食べているだけだ。
時折、シュヴァリエの方にちらりと視線を向けて、心なしか顔色が悪くなっている。
(今のシュヴァリエを見たら危険ですよ、今触るな危険状態ですから! スイーツ食べれなくてイライラしてるから、そっとしとくのが一番です。見ても刺激を与えるかもしれませんからね!)
シュヴァリエに結構失礼な事を考えながらクラウディアの心中は忙しい。
ジュリアスとリディルはいつになったらクラウディアの傍から離れてくれるのか。
もしかして、他国とはいえ王子という優良物件に群がる令嬢除けにされてるのかしら。
私が行く場所行く場所、かの有名なモーゼみたいに海が割れるように人が左右に離れ居なくなる。
(……。悲しんでなんかないもんね!)
きっとそれ目当てで傍にいるんだろうけど、私としてはちょっとした迷惑だ。
美少年二人が目の前に居るせいで、何だか妙に緊張してしまってスイーツの味がよく分からない。
大体、王子二人も居るんだから、二人で協力して令嬢を振り払う――――
「ねぇクラウディア姫、僕の事はリアスと呼んで欲しいな。」
「…えっ?」
何と言われたのかよく訊いてなかった。
「ふふっ、僕の事はリアスと呼んで欲しい。」
再度ジュリアス王子から繰り返された。
「はあ…。ジュリアス、それは流石に色々飛ばし過ぎだ。」
リディル王子が疲れた様なため息を零した。
「そうかな? 僕らまだ成人してないし。そこまで格式に拘る必要なくない?
僕は呼んで欲しい、クラウディア姫に。」
少しせつなそうに瞳を潤ませて訴えてくるジュリアス王子。
…絶対コレ自分の顔面の効果分かっててやってる仕草よね?
クラウディアは若干半目になりそうになる。
帝国は大国で、なおかつ皇帝は無敵の魔王だしな。
その魔王が可愛がっているという妹と懇意になることは、隣国としても同盟国としても悪くない選択肢、という事かしら…。
(でも、あんまりにもグイグイ来すぎじゃない?さっきから距離感もちょっと近いし)
「お前ひとりそれさせると、後々に厄介なんだよな…。少しずつって言ったのに訊いてないだろ。クラウディア姫、俺の事はディルと。」
困ったように眉を下げ、リディル王子にまで言われてしまう。
この人達、攻略対象者だから関わり合いになりたくないんですけどぉー…
でも、ここでやんわりと避けるいい言い回しも考え付かないクラウディア。
(まぁ名前くらいならいいか。)
「では、私の事はクラウとお呼び下さいませ。」
この安易な了承により、後に魔王が大魔王になる事をクラウディアはまだ知らない。
その大魔王の機嫌取りの為に、大魔王だけが呼ぶ名として「ディア」と大魔王に呼ばれるようになることも。
「やった! 有り難うクラウ! これからは仲良くしてね!
あ、国に戻ったら魔鳥で手紙を出すから、クラウも返事書いてね?」
ジュリアスがぴょんと飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「おまえ……」
リディルが唖然とした顔で言葉を失いジュリアスを見つめた。
無理もない、ジュリアスのこんなに無邪気な姿などリディル以外に見せた事がないからだ。
「何? どうしたのリディル。リディルは別に手紙なんて出さないでいいよ。
僕とクラウだけがやり取りするから。」
少しだけ口を尖らせ、あどけない顔でリディルを見つめ嫌味を言う。
茫然としていた事に気づいたのか、ハッとして崩れた表情を引き締めるリディル。
「いや、俺はいい。クラウ、ジュリアスは普段こんなんじゃないんだが、すまない。」
二人の目に映るクラウディアは、二人のやり取りをぼんやりと眺め静観しているように見えたのだが、リディルの普段の苦労が少し伺えるやり取りを見た気がして、内心―――
(うわあ! これってゲームでは語れない二人のやり取りじゃないー!? ヒロインとの絡みでは、リディルって言葉はぶっきらぼうで勘違いされ易いけど、実は面倒見のいい気遣い王子様って感じだったけど…。こんな感じで兄弟ではやり取りしてたんだなぁ…眼福だーー!)
ゲームでは見た事ないまだ幼い二人のやり取りに、心中は祭り状態である。
「「…クラウ?」」
(ジュリアスねぇ…確かにヒロインには攻略するとめっちゃ甘えん坊さんなんだよね。普段は完璧な王子様みたいに柔らかい微笑みと優雅な立ち姿に皆キャアキャアなってるんだけど、ヒロインには子供のように我儘言ったり甘えたりするんだよね。可愛い――)
そこまで考えて、目の前の王子二人が心配そうに眉を下げてクラウディアを見つめている事にやっと気付いた。
「……!? あ、ええ…、はい。私も手紙出しますね。
えーっと…リアス様、ディル様。」
そう呼んだ途端に、
「様付けはダメ! リディルに手紙も…、そこはまぁ面白くないけどクラウが決める事だからいい。様付しないで普通に呼んでよ、僕達もう友達だろう?」
ジュリアスが悲しそうに縋るような瞳で見つめてくる。
(金髪の子犬……)
「はい…。リアス」
リアスと呼ぶとパァッと花が舞い散るような華やかな笑顔になるジュリアス。
その美しい笑顔につられるように、クラウディアもにっこりと嬉しそうに笑った。
(攻略対象者だけど隣国でゲームは開始だし、手紙くらいならいいよね? ジュリアスは子犬属性の無害なワンコって感じで可愛いし)
と暢気に考える。
ジュリアスの態度とクラウディアの笑顔を正面で見ながら、そんな二人に聞こえないような小さな声で「俺ら国に無事に帰れるだろうか…」とリディルが零していた。
愛称で呼び合う仲になって打ち解けたからか、スイーツを共に巡るうちに仲間感が生まれたのか、クラウディアはもう二人に離れて行動したいとは思わなくなっていた。
(自国ではなく他国になっちゃったけど、友達出来ちゃった…! 攻略対象者だけど手紙だけだし、ゲームは隣国開始だし私モブだし関係ないし。
そう、二人とは文通友達ね!)
スイーツはそろそろやめて、ちょっと塩っ気があるものが食べたいとクラウディアが言うと、どの軽食がいいか互いに選び持ち寄ろうという事になった。
会場中央から外寄りには、座って会話したり休憩したりする様に小さ目のテーブルと椅子が並んでいる。
そこに持ち寄ろうという事で、各自美味しそうな塩っ気のある軽食を探しに行くことになった。
・‥…━━━☆
皇帝が歓談している場には多数の人間が輪になるように群がっていた。
その多数を占めるのは、成人前の皇帝などと侮っていた貴族達。
後見人が先帝の弟である大公という巨大な後ろ盾を持ち、幼子だと甘く見ていれば、本人自身は悪魔のような力と心を持ち、粛清を嬉々として行っていたと訊く。
あの先帝の子とは思えない高潔さで、後ろ暗いものは情などかけず悉く粛清しているという。
それらは噂などではなく事実。
まともな貴族なら怒れる獅子には近づかない。
甘い汁など吸うどころか、気付いたら首に鋭い牙が突き立てられる方の可能性が高い。
大公が後見になど付かなければ、甘言と後見という餌をちらつかせ、老獪な貴族達の傀儡に仕立てるつもりであったが、蓋を開けてみれば隠居気味であった大公が後見人になり、あの悪魔を守っているではないか。
粛清の波を巧く躱し何とか逃げきった狡猾な貴族も静観以外の選択肢はない。
甘い汁も吸えず、傀儡になる可能性も皆無だと静観していた貴族達。
時が経つごとに、かつてすこぶる有能だと登用され先帝の時勢に先帝をどうにか窘めようと苦言を呈した者達が続々と戻ってきた。
戻ってきた家臣達は貴族位を賜り、心より尊敬する皇帝の為と辣腕を奮った。
有能な手腕に、上位貴族が少ない事から爵位が上がるのも時間の問題だと言われ始めてやっと静観していた貴族達に危機感が生まれた。
騎士も文官も他国へ流出したであろう有能な人材が、シュヴァリエが皇帝の座に座ったというだけで続々と戻ってくる。
かつて王宮で我が物顔で闊歩していたが、現在、王宮に呼ばれる事もなく、役職も先帝から現皇帝になった時に一度全員除名されている。
皇帝が次代に切り替わる時、凄まじく忙しくなるのは理解していたので、必ず呼ばれるだろうと大きな気持ちになって待っていたのだ。
出戻り組に爵位が与えられ役職が与えられ、再編成された側近達を見て、やっと理解したのだった。
――私達が呼ばれる事はない、と。
凡庸としていてただ静観していた貴族も、呼ばれると根拠のない自信で静観していた貴族も、裏で根回ししつつ情報収集しながら静観していた貴族も、帝国の中心から遠ざけられている事にやっと気付き慌てているのだ。
大掛かりなお茶会が開かれ、皇女クラウディアのお披露目というめでたい席ならば少しは皇帝も傍に侍らせてくれるだろうと、上手く擦り寄ろうとしている。
そんな思惑もシュヴァリエは容易に見透かせている為、仮面のように無表情を浮かべながら、心中で「愚かな…」とバカにしているのだが。
シュヴァリエは、己に擦り寄り寵を得んとする家臣よりも、小手先など使わず即行動し泥臭くとも力を示して、その結果で認めて貰おうとする者を登用するつもりだ。
実行力もなく、口だけは上手く回る人間など荷物にしかならない。
己の力で勝負せず強者の褌で戦う者に何を期待するというのか。
シュヴァリエがどんな皇帝なのか観察する事もせず、ただ甘言だけを囁く家臣など不要だ。
大きなため息を漏らしそうになり、寸前でぐっと堪える。
この溜息ひとつで「どうされましたか?」と、耳障りな声で擦り寄ってくる令嬢達に吐き気がするからだ。
香水臭いのも嫌だ。余計に苛々する。
俺が好きなのは―――クラウディアからふわりと時折香る瑞々しく甘い果実のような…清らかな花のような、そんな香りだ。
(クラウディアの香り、あれは香水ではないだろう。クラウディアから香っているのか…魔力の香りだろうな。)
ふとクラウディアの顔を思い出す、すると思わず口元が綻びそうになる。
(あいつを思い出すのはダメだな。気が緩む。)
そういえば、クラウディアは…と、跳ねるように喜び勇んでスイーツを食べに行ったクラウディアを目線で探す。
そして、隣国の王子二人がクラウディアに接触するのを見てしまい、イラッとしたのだった。
そう殺気が漏れ出す程にイラッと。
そんなクラウディアだけを熱心に探すシュヴァリエの姿を、所有欲すら滲み出た眼差しで見つめる者が居た。
若く美しい皇帝に一声でもかけて貰いたくて待ち続けるたくさんの令嬢達の中、その先頭の位置に立ちシュヴァリエに話しかけて貰えるのを今か今かと待つ。
周囲はこの令嬢が、枢機卿の娘だと知っている。
貴族令嬢の一人としてお茶会参加など殆どしていない為、知る人ぞ知る令嬢ではあったが、先程、枢機卿と令嬢は共に皇帝と皇女に挨拶していた為、この令嬢が枢機卿の娘であると周知されたのだ。
その挨拶の場でもこの場で見る限りでも、皇帝に並々ならぬ関心を抱き、分かり易い程に熱の篭った好意を向けていた。
枢機卿の娘であれば自分達よりも身分が高い為、苦い気持ちで一番近い場所を譲っているが――――
どんなに皇帝に熱をあげようとも、枢機卿の娘である限り、婚約者としても皇妃としても、過去に平民でもなる事が出来た愛妾にすらなれない。
それは帝国法できっちりと定められており、権力などで捻じ曲げる事も出来ないのだ。
そう思えば溜飲が下がり、後は叶いもしない思いを向けてる事を憐れんでやるばかり。
ライバルにすらならない令嬢に嫉妬する程、まだまだ幼い令嬢達とはいえ狭量ではないのだ。凪いだ気持ちで皇帝の傍に侍れる位置を許していたのだった。
ヴィヴィアーナは皇帝の美しい横顔を見つめるだけで心が満たされ、皇帝が時折家臣に話す声を聴いているだけで、腰に力が入らなくなる。
何故これほどに惹かれるのか、あの戴冠式からどれだけ焦がれたか。
(私の愛しいシュヴァリエ様・・・)
シュヴァリエを蕩けるような瞳で見つめるヴィヴィアーナ。
父は枢機卿だ、ここにいる令嬢達の誰よりも高貴な身分。
まして私は聖女と呼ばれ崇められる存在。
至高の存在である美しいシュヴァリエ様に相応しいのは私。
ずっと恋しく見つめ続けているというのに、少しも視線を向けてくれない事にヴィヴィアーナは苛立つ。
そしてシュヴァリエが幾度も目を向ける視線の先を追った。
その愛しい皇帝の視線の先には、目障りな女。
シュヴァリエの一番近くにいて、寵愛を受けていると訊いた。
ヴィヴィアーナは、そっとその場を離れた。
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