転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

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第三章 クラウディアの魔力

初めてのお茶会の前夜と直前。

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 朝焼けのオレンジとピンク色の中間色のような、オーロラレッド。
 濃淡をつけた薄く透けるようなシフォン素材の布を幾重にも重ね、パパラチアサファイアの瞳を思い起こさせる夢見るような愛らしいドレス。

 首と胸元は白いシフォンと銀糸で編まれたレースを重ね、袖口はふんわりとしたパフスリーブが可愛らしい。
 むき出しになった腕には白い絹の長手袋。
 極力肌を見せないスタイルではあるが、シフォン素材を多用している為に暑苦しい感じがないのが有難い。

 柔らかい花びらを幾重にも重ねたようなドレスは、ハッキリした色は透き通った紫色の瞳以外持たない容姿のクラウディアの浮世離れした愛らしさにとても似合う。
 背中に羽根でも背負ったら、妖精さん?と鏡に向かって呼びかけてしまいそうである。
 勿論、クラウディア第一主義の心配性のアンナに医者を呼ばれたら困るので、心の中でこっそり呟いてみるだけであるが。



 クラウディアが重たい装飾品は断固として嫌だという事で、首が折れそうなどでかい宝玉があしらわれたティアラの装着は免れた。
 寵愛を受けた皇女のお披露目に代々使用されるティアラとかアンナも言ってたけど、寵愛ではなく虐待ではないだろうかと思う。
 あんなものをつけて首がおかしくならないのか。
 付けたとしても10分くらいで限界を迎えそうだ。
 もう少し首に筋力を付けた後ならいけそう。
 せめて15歳以上にならいけそう。多分…?


 前世から私が好む装飾品は、小さくてシンプルだけど質がいい宝石を使われているというようなアクセサリーを身に着けるのに憧れていた。

 繊細で糸の様な金の鎖が鎖骨を滑り、中央の窪みに小さなダイヤモンドがさりげなくキラリと光るのに憧れて、自分も働くようになったら絶対に買って身に着けようと決意していた。
 従姉妹の美那子お姉ちゃんがそんなアクセサリーをいくつか持っていて、それを見る度に憧れたものだった。
 死んじゃったからそれは叶わぬ夢になったけれど。


 華美な装いも普段から好まないお前だから、こうなるとわかっていたぞ。とシュヴァリエに嬉しそうに言われて、どうしたんだと首を捻っていたら、
 いずれ訪れるお披露目会の為に、ネックレスとピアスはシュヴァリエが私が好きそうなデザインでオーダーメイドしていたらしい。
 私が夢で見た令嬢を処刑するような兄ならこんな事考え付きそうもないのだが、今のシュヴァリエには考え付くらしい。
 最難関のシークレットキャラなのに、勝手に攻略されてデレ化したような…?
 妹だからそれはないが、乙女心をよく分かっている兄である。

 必ず身に着けるようにと念押しされて贈られた装飾品は、シュヴァリエを思わせるような代物だった。

 アンナはにっこりと笑って「さすが、シュヴァリエ様ですね。クラウディア様を害せば誰が敵に回るか親切に教えて差し上げるなんてお優しい。」と話し、うんうんと頷いている。

 シュヴァリエの瞳と同じパパラチアサファイアに、私と同色の髪色が使われたプラチナを使用したチェーンとピアスの土台。
 ドレスまでパパラチアサファイアを彷彿とさせる色味を使ってるし、皇帝の庇護下にあるという主張が激しいのだ、今日のお披露目の装いのすべてが。

(シュヴァリエって超超過保護よね。)


 本当はもっと幼い時に守護の魔術印を組み込んだピアスを皇子や皇女は身に着けるんだけど(シュヴァリエはもう出会った時はすでにつけてたし)、私はつけてなかった。
 心配性のアンナに影響されてるのか周りもピリピリと過保護過ぎて、皇城内すら自由に出歩かなかったし(出歩けないとも言う)、シュヴァリエとアンナの厳しい審査を通過して配属された護衛騎士達数名にガッチリと守られていたので、守護のピアスなんて付ける必要性にかられなかったというのもある。

 そんな付ける必要あるのか状態でも何度か提案はされていたけれど、いつも何やかんや適当にごねて取り止めて貰っていた。
 そう、今まで私がピアスを付けなかった本当の一番の理由は付ける必要性がないとかではなく、針が耳朶を貫通する痛みを想定して嫌がっていたのだ。
 皮膚が裂け肉を貫通する針を想像するだけで背筋が寒くなる。
 誰が好き好んで肉を貫通させたいのだ。
 必要性がそんなにないなら、わざわざ痛い思いなんて絶対したくない。
 そんな前世と同じ理由で開けていなかった。

 しかし今回とうとう開けなければならなくなった。
 シュヴァリエが贈ってきたのはピアスだし、絶対つけろと言われているのだから。

 勇気が出ないままウジウジとアンナを困らせていると、昨夜シュヴァリエが入浴前に突然やってきた。
 
「ピアス穴を開けるぞ」と言いだして、嫌がる私を丸め込み有無を言わせず開けられてしまったのだ。

 突然言われてはいそうですかとはならないので、嫌々とごねて抵抗したが「治癒魔法をすぐかけるから全く痛くないぞ。開ける時も専用の器具は使わず、俺の魔法でするから安心しろ。」と、いい笑顔で言われる。
 頷く以外の選択肢はなかった。

 でもね、俺の魔法が一番安心できないんですが。
 貴方、自分の魔力の質が世界最強だって自覚あります?
 レスト・イン・ピースで永眠させれるレベルですよ!?と、最後の抵抗とばかりに叫んだ私に、
「大丈夫だ。お前の魔力だって負けてないだろう? 俺以外がお前の身体に傷を付けるのは許せないのだから俺がするしかないだろう。許せ。」と言われた直後に開けられました。

 いや、全然痛くなかったけど。
 魔法って超便利!シュヴァリエ凄い!と思ったけど。

 この一度決めたら一切聞かない頑固な所は直せないですか。
 未だに私の着る衣装や食事など細かい所を管理してるの知ってるんですからね。
 アンナが私がやりますって何度提案しても訊いてくれないって愚痴ってましたよ。
 皇帝だから周りが全部従う環境でしょうけど…って装着されながら思わず心中で愚痴ってしまった。
 覚悟しながら開けられるより、よく分からないうちに開けられる方が痛みに敏感にならないで済むからいいのかもしれないけど、凄い思い切りいいよねシュヴァリエ。
 人の身体に傷つけるの躊躇いがないのは戦慣れしてるから?
 ……余計なことは考えないでおこう。

 今耳を飾っているのはパパラチアサファイアだ。
 サファイアの王と言われてる宝石。めっちゃ高価だという。
 それも純度が高いから透き通るような煌めきだ。
 鏡を覗き込むようにして耳に輝く宝石を見つめる。
 背後に立ち同じようにして鏡に映るピアスを見ているシュヴァリエの瞳も、ピアスと同じパパラチアサファイアだ。

(本当に綺麗な色…)

 ピアスよりも輝いて見える瞳は、皇帝の証。
 天使のように整った美貌に相応しい瞳の煌めきに思わず見惚れる。

 鏡越しにシュヴァリエと目が合って、ふっと微笑まれた。

「気に入ったか?」

「はい…。あ、あ、ありがとうございます。」

 天文学的な金額の宝石を頂いたのだから、もっと感極まってお礼を言わないとって思ってたのに、天使の笑顔に脳を撃ち抜かれてしまい、出た言葉はぼおっとしたものだった。

「兄が妹に物を贈るのは当然のことだ。遠慮などするなよ、お前が欲しい物は何だって買ってやるし手に入れてやるからな。」

 いつものように頭をそっと優しく撫でられて、さらに思考がぼんやりとしそうになるところが、シュヴァリエのその言葉で現実に戻ってきた。

「いや、お兄様は皇帝で、私は皇女。今までの悪政に苦しめられた民衆にお金使いましょうよ。どんな時であれ民あっての皇族ですよ。」

 権力を手にすると金銭感覚もモラルも色々と拗らせてしまいそうになるけれど、
 たくさんの民がいるからこの帝国も栄えているのだ。
 その基本的な事を忘れてはならないのだ。
 皇族の血筋が特別ではなく、特別にして貰ってるという意識は大事だ。

「クラウディア、これは俺の個人資産から出ている。お前が誰かに贈られる初めての装飾品だからな。だから高価でも問題ないぞ。
 民の事をそんな風に捉えてくれているのだな…
 俺も少しはお前を見習おう。お前は優しいな。」

 と、キュッと抱きしめられた。なんでだ。

 その後、とても機嫌良くにこやかに私の部屋をシュヴァリエが去り、アンナが「クラウディア様は素晴らしい」と湯あみを手伝ってくれながら涙目になっていた。
 …なんで?

 ずっと離宮に押し込められ、皇女としての贅沢も享受できず、恨むことも腐ることもなく、その後は宮へと行く事になったが、自由のない生活は変わらずだったクラウディア。
 そうだというのに、民に対する思いは真っ直ぐで尊いクラウディアに、シュヴァリエとアンナは感銘を受けていたのである。


 ちなみに、シュヴァリエは今まで己の色であるパパラチアサファイアのピアスをしていたけれど、昨夜は紫色の石になっていた。
 アメジストかな?と思いながらその透き通るような綺麗な色を見ていたら、

「気づいたか? お前の瞳と同じだぞ。」
 と、ふんわりとした優しい笑顔で言われた。

(あ、大天使様・・・)
 
 シュヴァリエにまた優しく頭を撫でられながら、この皇帝シスコンが過ぎると思う。設定どこいった。

 この皇帝は、ちょっとしたシスコンではない、本気のシスコンだった。
 自分の私財を使用したとはいえ、妹に贈るには高額過ぎるではないだろうか。
 だって、ネックレスもパパラチアサファイアだ。

 …どんだけ散財したのやら。
 思わずシュヴァリエを胡乱な目で見遣った。

 長い回想になったけれど、こういう事の顛末を経てのこのドレス。
 …お茶会当日は、全身パパラチアサファイアである。
 他国の王子二人に、この国の貴族達参加の規模の大きなお茶会でこの仕様。
 緊張するなという方が無理だ。
 どんな期待をシュヴァリエにかけられているのかうすら寒い。

「ア、アンナ……」
 ドレスの下の足はプルプルと産まれたての小鹿のようだ。

「姫様、即席で教えたとはいえ、そのどれも素晴らしい成果でした。
 不安になる必要はありません、妖精のような美しい姫様になられましたね。」

 アンナはとっても嬉しそうだ。

 本日のお茶会のエスコートは勿論シュヴァリエだ。

 まだかな…と思っていると、部屋をコンコンとノックする音がした。
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