寵愛の行方。

iBuKi

文字の大きさ
上 下
9 / 12

08話

しおりを挟む
アルベルティーナは、大国ブリュンヒルド王国の次期女王である。
母である女王は未だ全盛期と言わんばかりに辣腕を奮っているので、まだまだ先の事ではあるが。



次代を担う存在として幼少期から帝王学を叩き込まれた。
剣術・馬術・狩りは当然の事の様に習ったし、王女としてのダンスやマナー、苦手になった刺繍などもさせられた。
他国の王子がする様な勉強は楽しく、王女としての勉強の方がつまらなかった。

だから、気を抜くとついつい自分が女性であるという事を忘れてしまうのかもしれない。
綺麗過ぎるご尊顔の新しい婚約者にときめきよりも何か違うものを感じているのは、アルベルティーナならではなのかもしれなかった。




香り高い紅茶が注がれたカップから、ゆらゆらと湯気が立っている。

それを見つめつつ、現実逃避的回想をしていたのだけれど…

チラッとテーブルの向こう側を見る。

(!…っ。まだ見てらっしゃる……)

背筋がゾクリとする視線を感じながらするお茶って、猛獣の檻の前でお茶を啜る感じだわ…
その檻が錆びていて今にも朽ちそうだったら……

ぶるりとする。

余計な事を考えちゃ駄目。また読まれてしまう。
アレと相対する時は無よ、無。
心は常に凪いでいながらに警戒は最大限にして……


「アルベルティーナ様、ご帰国されてから、何をして過ごされて居ましたか?」


突然話しかけられて、ビクッとしてしまった。
この皇子と会う時の私はいつもおかしい。
帝王学を極め、武術を極め、次期女王として齟齬のない完璧な存在であろうと努力と研鑽を重ねた。
その結果で自信を得て、今のアルベルティーナという人間になった。
それなのに、この皇子と会う時は全てを引き剥がされて丸裸にでもなった気がする。
積み重ねて来たもので勝負ではなく、ただの私で勝負しろという様に心許ない気持ちにさせられるのだ。

私は王女で相手は皇子で、年齡だって同じ年だというのに。
皇子から醸し出される覇気みたいなものに潰されそう。

「何も…? 留学先で色々とありましたので、体と心を休める事を重視して過ごしていました。」

淡々と質問に答えながら、何故こんなに怖いのかを分析する。
コレを選ばなかった負い目的なのでも感じてるのかしら…
いや、初対面からこんな感じでしたわ…この方。

「そう…ですか。留学先ではさぞや辛い思いをされたことでしょう。私が傍に居たのなら、
貴方を粗雑に扱い、その様な気持ちを与えるものなど縊り殺したものを……」

私が傍に居たのなら…から、声が低くなり過ぎてよく聴き取れなかった。
傍に居たのなら何だったのかしら。

「ごめんなさい。最後が少し聞き取りづらかったですわ。もう一度……」

「その様な気持ちにさせなかった。と言ったのですよ、アルベルティーナ様。」

「そうかもしれませんね。ルシアノ様は、私と婚約などしたくなかったのでしょう。次期王配になれば、
一挙手一投足まで観察されます。女性問題など起こそうものなら、即切り捨てられますし。
婚姻までの時間で一生分遊びたかったのかもしれませんわ。
たくさんの女性と戯れたければ、婚約などせず自国に留まれば良かったですのに。
臣下に下っても公爵位を与えられたようですし、浮気など気にしない令嬢を娶って楽しく過ごされれば。」

ルシアノ王子の事はまだ恨んでいる。
周りに侮られ嘲笑われた記憶は、私の中ではまだ過去に出来ていない。
母国ではされた事のない扱いに、非常に腹が立っていた。

「最上の華を手にしながら、路傍の花に目移りする愚かな男です。
アルベルティーナ様のお心に留め置く必要もない。
むしろ、名前など呼ばぬとも“アレ”でいいくらいです。」


え…、私がライネリオ皇子の事を心の中でこっそりアレとか読んでるのバレてるんですか!?

ぶわわっと顔が赤くなり慌ててライネリオの顔を見る。

視線を受け止められ微笑み返された。

…よく分からないけれど、多分バレてないて思いますわ。
今話してたのはルシアノ様の事でしたわ。

微笑みで誤魔化された気もするけど。


「明日は婚約式だとか。今度は書面だけではなく披露する事で国内外に知らしめるそうですよ。」

えっ!?
明日婚約式って聞いてないんですけど!?


「どうされました?婚約式のお話は陛下からお聞きになられてませんでしたか?」


「聞いておりましたわ。明日ですのね…時が過ぎるのは早いですわね…。
婚約を今日正式に結び、明日に婚約式とか、焦りすぎではないですこと?
異例中の異例ですわ。婚姻式まで早かったら私が身籠ってるのではないかと、
醜聞に近い良くない噂でも立ちそうで嫌ですわ。」

ネチネチと嫌味を織り交ぜて喋りながら、心中はどういうつもりだと母を問い詰める気満々である。
ライネリオ様との婚約を嫌がっていたのを知らない母ではないだろう。


「そうですね。婚姻前にその様な行為に及んだと思われるのは、私も心外です。
その様な穿った見方をされる醜聞ではなく、真実愛し合っている者同士が、一刻も早く婚約したかったように振る舞わないといけませんね。
私はわざわざそのように振る舞わずともそれが真実ですが。」


「えっ…?」

何かサラッと言わなかった?

目を丸くしたアルベルティーナに質問する隙を与えることなく更なる爆弾を投下する。


「ああ、そういえば…留学で1年無駄にしましたから、婚姻式も早めると聞きましたよ。」


「まぁ……それは初耳ですわ……」


(お母様……娘には何も言わずに婿予定者にはペラペラと…きつめに問い詰めなければいけませんわね)



「そうですの。母の伝え漏れでもあったのでしょう。忙しい方ですから母は。仕方ないですわ。」


捕食するような視線がアルベルティーナの顔をつぶさに見つめているのがわかる。

私を見てという圧を感じつつ、なるべく目線を合わさない様にして、にっこり微笑んでおく。


アルベルティーナは分かっていた。
母に問い詰めた所で、この男から逃げる事は絶対に無理だろう。

見えない何かが既にアルベルティーナにぐるぐる巻き付いている気がする。

第1皇子も優秀だと聞いたが、それよりずば抜けて優秀な第2皇子。

視線が猛獣のソレ。
とんでもないのが次期王配になるんだなと他人事のように思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

絵姿

金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。 それなのに……。 独自の異世界の緩いお話です。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

紛い物は本物の輝きに劣る。

iBuKi
恋愛
ずっと美食を口にしていると、時折、シンプルな味の物が食べたくなる。 ちょっとした摘み食いだというのに、舌に馴染みの無い味は、衝撃的で。 素晴らしい物を見過ごしたとばかりに、有り難い物の様に勘違いしてしまう。 今まで食していた美食こそが至高だと気づかずに。 あの素晴らしい味を毎日食せた事こそが、奇跡の様だったというのに。 誰もが見惚れる宝石を手にしながら、イミテーションに騙される。 手放した宝石が誰かの物になってしまう前に、取り戻せるのか? 愚かな男の子と、その愚かな男の子を愛してしまった女の子の話。 ✂---------------------------- ご都合主義的な展開があります。 主人公は魔力チート持ちです。 いつものごとく勢いで書いているので、生暖かく見守って下さいますと助かります…

処理中です...