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06話
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自国へ帰国して一週間が経過した。
目覚めたと判断された瞬間から浴室に連れて行かれ、隅々まで丁寧に洗われた後、皮膚や髪の手入れは美容のエキスパート達が担い、甲斐甲斐しく世話をやかれた。
寝起きでボーッとするアルベルティーナは、施されるそれらを、借りてきた猫の様におとなしくされるがまま。
朝から身体中を磨きあげられ、着飾らされ…終わったのは昼過ぎ。
有り得ないほどにぐったりしていた。
磨きあげられる合間に口にした軽食以外は食べておらず、お腹を鳴らすアルベルティーナ。
そんなアルベルティーナを不憫に思ったのか、遅めの昼食をとることが出来た。
食後に淹れて貰った紅茶に口をつけながら、帰国の時を思い出していた。
たった1年しか離れていなかったというのに、涙が出そうな程に嬉しい母国への帰国。
その報告を女王である母と王配の父にするべく先触れを出し、出向いた場で見せた母の微笑みは語っていた。
“ほらね、最初から私の選んだのにするべきだったのよ”と言わんばかりの意地悪な微笑みだった。
そんな母を見て王配である父も苦笑していた。
その場で一週間後に、新しい婚約者としてヴィレムスの第2皇子が我が国に訪問される事を告げられた。
何それ早過ぎ! と驚いたが、この母ならこれぐらいはしそうだなと納得する。
母は時間を無駄にしない。どんな事にも効率厨でせっかちさんだから。
王配である父がこっそりと裏で手綱を握ってくれているから酷い暴走はないものの、なまじ能力のある女王なものだから、時折とんでもない事をしでかしたりもするのだ。
いついかなる時も母を理解し上手く導いてくれている父は偉大だと思う。
その手綱をしっかりと握ってヴィレムスの第2皇子以外へと誘導してくれていたら、もっと偉大だったと思う。
少なくとも娘は平身低頭して感謝し、救世主として祈りすら捧げるだろう。
――そろそろ来る時間よね。正午を少し過ぎるくらいに到着するって言ってたし。
そう思ったタイミングで自室で待つ私の元にヴィレムスの第2皇子の到着が告げられた。
貴賓室で待つ様にと言われ、渋々移動する。
他国の王族などを迎え入れる貴賓室へ移動して、指定された場へと立ち皇子を待つ。
ヴィレムスの第2皇子を迎える貴賓室はサファイアの間と呼ばれ、濃淡様々な青で統一されている。
アルベルティーナが室内にある4脚配置された1人座り用の座椅子の1つに腰を下ろすと、
従者のサウロが背後に音も立てず移動し控えた。
当初は二人掛けの椅子だったものをわざわざ1人座り用に替えさせたり、距離が近い!と抗議したテーブルも変更され、十人でも利用出来そうな長いテーブルになった。
(これくらい離れて、ようやく“少しマシ”程度になるのよ。あの皇子の圧ったら凄いんだから。)
婚約者候補として何度も会ううちに、アルベルティーナは学んでいた。
第六感が知らせているのだ「こいつはヤバイ」と。
その野生の勘ともいえる第六感のお陰で事なきを得た事もあるので、そういう予感や感覚は大切にしている。
真っ直ぐで豊かなプラチナブロンドの髪。
片方だけ緩く編み込みサイドに流し、編んだ部分に小さな黄色い花がアクセントとして挿されている。
メイド達が頑張ってくれた準備を損なわぬ為に、座椅子の背に巻き込まれた長い髪を引き抜き、そっと胸に流す。
編み込まけれた髪に挿してある濃淡様々な黄色の小花を見て、ああ…と察するものを感じて苦笑した。
(誰かさんの瞳の色って黄金色よね。そういう事か。)
目尻が少し上がった気まぐれな猫のような目、その大きな瞳の色は深く高貴とされるロイヤルパープル。
瞳を取り囲む髪と同色の長く豊かな睫毛、ぽってりとした桃色の唇。
白皙の肌を彩るバラ色の頬。
庇護欲を唆る華奢な身体は、長く細い手足と豊かな胸がある。
座っていれば少女の様であり、立ち姿はまだ未発達ながらも色気がある。
そのアンバランスさがたまらない魅力のアルベルティーナだった。
着飾ると動きが制限され窮屈なのが嫌で、普段は化粧も着飾るのも最低限しかしないが、
少し着飾るだけで周囲の視線を根こそぎ奪うハッとする様な美貌を持っている。
留学先ではその美貌は面倒な事しか生まないと判断され、頬の中央まである長い前髪を垂らして瞳を隠していた。
瞳が隠れるとおとなしそうな印象になった為、王子に浮気されても我慢するおとなしい王女と誤解したかもしれないが、本人はおとなしさとは無縁なタイプだ。
伴侶になる可能性のある殿方には隠しても仕方ないと、お見合いの席では本性を出してルシアノ王子と接していたので、可憐な見た目を裏切る性格から食中花などと嘲られたのだろう。
キツイ性格は否定しない。
穏やかな性格で次期女王になれるほど甘い世界ではないのだ。
アルベルティーナは黙って我慢するという事は殆どしない。
王女という身分から、無駄に敵を作りたくない時は、オブラートに包んで話すくらいの配慮は勿論するが。
それでも、何となく察せられる様な言葉をあえて使って相手をグサリとすることは普通にある。
かなりの大国の次期女王。
第2、第3王子達にすれば喉から手が出る好条件の姫だ。
王族は政略結婚だというけれど、それでも中には本気で求婚する者も多くいた。
愛だけで選ぶならば、候補はかなりの数になったであろう。
愛だけでは王配は務まらない。
愛がなくても務まるが寵愛は得られない。
寵愛が全くない王配は後ろ盾次第になる。力がない後ろ盾で寵愛もなければ、発言力など皆無のお飾りになるだけだ。
アルベルティーナへと届くたくさんの釣書は、念入りに精査され、様々なふるいにかけられ、競わされて最後は2名になったのだが。
能力と寵愛が得られそうな相手として残ったのがたったの2名。
少ないと取るか、多いと取るか。
残ったのが1名だってなら、それとも10名程の大人数だったなら、迷うことも相手に執着される事も無かったのかもしれない。
―――今更ね。
コンコンとノックの音に、サウロが扉前に移動し確認を取る。
「姫様、第2王子が入室します。宜しいですか?」
サウロは、淡々とした声音でアルベルティーナに告げた。
(サウロのこれは…「ボケッとしてないでサッサと余所行きの顔になれ」だわ…)
キュッと顔を引き締め、サウロに目線を向け頷く。
いよいよヴィレムスの第2王子と久しぶりに対面する。
サウロが扉を開くと直ぐに待ちきれない様に入室してきたのは――
宝石の様な瞳は、黄金の炎の様に熱く燃え上がり、猛禽類のように目の前の獲物を射抜く。
その瞳からは執着がだだもれしており、爛々と戦々恐々のアルベルティーナを捉える。
(こ、こわー……)
見間違える事ない息を飲むほどの美貌。
どうみても王配などに納まる器などには思えぬ気迫。
長身の引き締まった身体から、ほのかに退廃的な18歳未満閲覧禁止な色気が出ている。
何もせずとも相手が勝手に頬を染めるような。
そんな人間には、あの皇子以外見たこともない。
間違いなく、今アルベルティーナに微笑みを向けているのは、美しきヴィレムスの第2皇子だった。
目覚めたと判断された瞬間から浴室に連れて行かれ、隅々まで丁寧に洗われた後、皮膚や髪の手入れは美容のエキスパート達が担い、甲斐甲斐しく世話をやかれた。
寝起きでボーッとするアルベルティーナは、施されるそれらを、借りてきた猫の様におとなしくされるがまま。
朝から身体中を磨きあげられ、着飾らされ…終わったのは昼過ぎ。
有り得ないほどにぐったりしていた。
磨きあげられる合間に口にした軽食以外は食べておらず、お腹を鳴らすアルベルティーナ。
そんなアルベルティーナを不憫に思ったのか、遅めの昼食をとることが出来た。
食後に淹れて貰った紅茶に口をつけながら、帰国の時を思い出していた。
たった1年しか離れていなかったというのに、涙が出そうな程に嬉しい母国への帰国。
その報告を女王である母と王配の父にするべく先触れを出し、出向いた場で見せた母の微笑みは語っていた。
“ほらね、最初から私の選んだのにするべきだったのよ”と言わんばかりの意地悪な微笑みだった。
そんな母を見て王配である父も苦笑していた。
その場で一週間後に、新しい婚約者としてヴィレムスの第2皇子が我が国に訪問される事を告げられた。
何それ早過ぎ! と驚いたが、この母ならこれぐらいはしそうだなと納得する。
母は時間を無駄にしない。どんな事にも効率厨でせっかちさんだから。
王配である父がこっそりと裏で手綱を握ってくれているから酷い暴走はないものの、なまじ能力のある女王なものだから、時折とんでもない事をしでかしたりもするのだ。
いついかなる時も母を理解し上手く導いてくれている父は偉大だと思う。
その手綱をしっかりと握ってヴィレムスの第2皇子以外へと誘導してくれていたら、もっと偉大だったと思う。
少なくとも娘は平身低頭して感謝し、救世主として祈りすら捧げるだろう。
――そろそろ来る時間よね。正午を少し過ぎるくらいに到着するって言ってたし。
そう思ったタイミングで自室で待つ私の元にヴィレムスの第2皇子の到着が告げられた。
貴賓室で待つ様にと言われ、渋々移動する。
他国の王族などを迎え入れる貴賓室へ移動して、指定された場へと立ち皇子を待つ。
ヴィレムスの第2皇子を迎える貴賓室はサファイアの間と呼ばれ、濃淡様々な青で統一されている。
アルベルティーナが室内にある4脚配置された1人座り用の座椅子の1つに腰を下ろすと、
従者のサウロが背後に音も立てず移動し控えた。
当初は二人掛けの椅子だったものをわざわざ1人座り用に替えさせたり、距離が近い!と抗議したテーブルも変更され、十人でも利用出来そうな長いテーブルになった。
(これくらい離れて、ようやく“少しマシ”程度になるのよ。あの皇子の圧ったら凄いんだから。)
婚約者候補として何度も会ううちに、アルベルティーナは学んでいた。
第六感が知らせているのだ「こいつはヤバイ」と。
その野生の勘ともいえる第六感のお陰で事なきを得た事もあるので、そういう予感や感覚は大切にしている。
真っ直ぐで豊かなプラチナブロンドの髪。
片方だけ緩く編み込みサイドに流し、編んだ部分に小さな黄色い花がアクセントとして挿されている。
メイド達が頑張ってくれた準備を損なわぬ為に、座椅子の背に巻き込まれた長い髪を引き抜き、そっと胸に流す。
編み込まけれた髪に挿してある濃淡様々な黄色の小花を見て、ああ…と察するものを感じて苦笑した。
(誰かさんの瞳の色って黄金色よね。そういう事か。)
目尻が少し上がった気まぐれな猫のような目、その大きな瞳の色は深く高貴とされるロイヤルパープル。
瞳を取り囲む髪と同色の長く豊かな睫毛、ぽってりとした桃色の唇。
白皙の肌を彩るバラ色の頬。
庇護欲を唆る華奢な身体は、長く細い手足と豊かな胸がある。
座っていれば少女の様であり、立ち姿はまだ未発達ながらも色気がある。
そのアンバランスさがたまらない魅力のアルベルティーナだった。
着飾ると動きが制限され窮屈なのが嫌で、普段は化粧も着飾るのも最低限しかしないが、
少し着飾るだけで周囲の視線を根こそぎ奪うハッとする様な美貌を持っている。
留学先ではその美貌は面倒な事しか生まないと判断され、頬の中央まである長い前髪を垂らして瞳を隠していた。
瞳が隠れるとおとなしそうな印象になった為、王子に浮気されても我慢するおとなしい王女と誤解したかもしれないが、本人はおとなしさとは無縁なタイプだ。
伴侶になる可能性のある殿方には隠しても仕方ないと、お見合いの席では本性を出してルシアノ王子と接していたので、可憐な見た目を裏切る性格から食中花などと嘲られたのだろう。
キツイ性格は否定しない。
穏やかな性格で次期女王になれるほど甘い世界ではないのだ。
アルベルティーナは黙って我慢するという事は殆どしない。
王女という身分から、無駄に敵を作りたくない時は、オブラートに包んで話すくらいの配慮は勿論するが。
それでも、何となく察せられる様な言葉をあえて使って相手をグサリとすることは普通にある。
かなりの大国の次期女王。
第2、第3王子達にすれば喉から手が出る好条件の姫だ。
王族は政略結婚だというけれど、それでも中には本気で求婚する者も多くいた。
愛だけで選ぶならば、候補はかなりの数になったであろう。
愛だけでは王配は務まらない。
愛がなくても務まるが寵愛は得られない。
寵愛が全くない王配は後ろ盾次第になる。力がない後ろ盾で寵愛もなければ、発言力など皆無のお飾りになるだけだ。
アルベルティーナへと届くたくさんの釣書は、念入りに精査され、様々なふるいにかけられ、競わされて最後は2名になったのだが。
能力と寵愛が得られそうな相手として残ったのがたったの2名。
少ないと取るか、多いと取るか。
残ったのが1名だってなら、それとも10名程の大人数だったなら、迷うことも相手に執着される事も無かったのかもしれない。
―――今更ね。
コンコンとノックの音に、サウロが扉前に移動し確認を取る。
「姫様、第2王子が入室します。宜しいですか?」
サウロは、淡々とした声音でアルベルティーナに告げた。
(サウロのこれは…「ボケッとしてないでサッサと余所行きの顔になれ」だわ…)
キュッと顔を引き締め、サウロに目線を向け頷く。
いよいよヴィレムスの第2王子と久しぶりに対面する。
サウロが扉を開くと直ぐに待ちきれない様に入室してきたのは――
宝石の様な瞳は、黄金の炎の様に熱く燃え上がり、猛禽類のように目の前の獲物を射抜く。
その瞳からは執着がだだもれしており、爛々と戦々恐々のアルベルティーナを捉える。
(こ、こわー……)
見間違える事ない息を飲むほどの美貌。
どうみても王配などに納まる器などには思えぬ気迫。
長身の引き締まった身体から、ほのかに退廃的な18歳未満閲覧禁止な色気が出ている。
何もせずとも相手が勝手に頬を染めるような。
そんな人間には、あの皇子以外見たこともない。
間違いなく、今アルベルティーナに微笑みを向けているのは、美しきヴィレムスの第2皇子だった。
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