寵愛の行方。

iBuKi

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04話

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長い回廊を物凄いスピードで歩き去るアルベルティーナ。
後ろに付き従うメイドも護衛も小走りになりながら主の背を追いかけた。

(言い訳ばっかり見苦しい。まして私が好意を抱いていると勘違いの上であの様な態度……性根が腐ってるわね)

最後の縋る様に名前を呼ばれた事を思い出し、また苛立ちが増した。

ルシアノ王子に対して政略結婚の相手以上の気持ちは終ぞ持てなかった。
アルベルティーナはその事に対して残念だとは思わない。
関係構築予定の留学した当初から、ルシアノ王子はフラフラと他の令嬢と浮名を流していた。

そんな王子に幻滅したが、それでも始めの頃は、アルベルティーナは寛容だったのだ。
「王配になれば女性と浮名を流す事=失脚」である。
自由な時間はそれ程多くはない。
私との時間は婚姻後にいくらでも持てるのだからと、少しばかりの戯れには目を瞑るつもりだったから。
全て相手を愛してないから寛容になれる。
婚約時にこんな事をされては、愛する努力などする気もない。

誰の手垢もついていないまっさらな男を望む程、男に夢を見てはいないけれど……
愛のない政略結婚でも互いを尊重する事は出来る。
ましてアルベルティーナは女王だ、政略で側室を迎えなければならない時もあるかもしれない。
そうなったとしても、ルシアノ王子は王配になる。1番に尊重し大切に扱うつもりだった。

婚姻後、一ヶ月も経たぬないうちに側室を迎えてやろうか。
そんな意地悪な事を考えた事も一度や二度ではない。
王配とはいえ、女王の寵愛が無いと知れればどうなるか。
王の寵愛がある愛妾がまるで王妃の様に振る舞う国があったな…と思い出す。
影でひっそりと過ごし、閨だけが仕事の愛妾が王妃の様に振る舞っているというのに、
王も家臣も王宮に仕える使用人すら何も言わない異常な国があった筈だ。
そこまで極端ではないにしろ、周囲に尊重されるかされないか寵愛次第でいくらでも変わるのだ。
王妃は政務や外交など国に関する仕事を任されている為、低い扱いは受けない。
それでも、寵愛もなく尊重もされてないとなれば、王妃だとて扱いはひどいだろう。
…おかしな他国の話はいいとして、寵愛も尊重もされなかったら、王配であってもルシアノ王子の我が国の臣下の扱いは酷くなるだろう。
ルシアノ王子の発言権は低くなる。

私に対する振る舞いを考えなかった場合の未来とか想像しなかったのかしら…
政務や外交などが優秀でも、そういう事を考えれない想像力無しのバカだったのかもしれない。

思い出すだけでムカムカしてくるルシアノ王子の振る舞い。
私も通っているというのに、学園での浮気相手との堂々とした逢瀬。
浮気相手の方が婚約者じゃないの? と思う程に堂々としていたわね…
1人の相手とだけかと思えば、次から次へと増える浮気相手。

立場ある王族として如何なものかと眉を顰める者も増え、私は「王配になる相手にすら軽んじられる王女」と、侮られていた。
本当に腹が立つ。
それでも自分が選んだ相手だからと、喉元までせり上がる婚約破棄の言葉を幾度飲み込んだ事か。

権力と地位だけは高い為、私に正面からバカにする人間など居ないが、裏で貶めた言葉で語られていたのも知っているのだ。
どれもこれもルシアノ王子の行動の副産物だ。
自由への時間が無いからといえ、発情期を迎えた動物の様に盛りすぎではないのか。
もう無理…こいつの尻拭い無理…となるまで、忍耐力ありすぎるだろうと思う。

母から借りた影に何度も「粛清する許可を」と願い出られた事など数え切れず。
影に許可を出す事はせず静観し続けたのは、愛するが故ではない。
国家間の問題になりそうだから面倒だと思ったのもあるが、
もう1人の候補よりは御しやすい相手を切り捨てるには惜しく、ただの浮気と流せたからだった。


流せなくなって今になるんだけどね…

――結局こんな結果になったし、次の婚約者は彼だろう。

側室を迎える事すら揉めそうな相手だ。
いや、下手したら候補を選定するだけで揉めそうだ。

どろどろした情念を抱え、猛禽類の様な黄金色の瞳は私の一挙手一投足を見つめている。
あの視線に晒されるだけで喉が強張り、私は捕食される小動物の様な気分にさせらてしまうのだ。
ぷるぷる震えようものなら、喜々として牙を突き立ててきそうだった……


何なのアレ思い出しただけで怖すぎる……

本当に怖すぎる…

アレが嫌で選んだのがコレ…

そして結局アレに…………

アレは王配に収まる様な男ではない。
と思った私は、母の薦めであるアレを「ここまで能力がある方だと、女王としてより傀儡の女王と言われそうで嫌だわ…」とごねにごねて無理矢理押し通して、ルシアノ王子に決めたのだ。 

母には「優秀であるなら王配として申し分ないじゃないの。きっと貴方を影に日向にと支え、出過ぎた真似などせずサポートに徹してくれると思うわよ。」との言葉もスルー。
ごねる私を宥める言葉は、全てスルーしたのだ。

母は最後には
「貴方の好みがルシアノ王子って事ね? 早くいいなさいな。
国同士の政略とはいえど、貴方だって1人の少女ですものね。
初めては好きな男と…と夢見る気持ちを分からない程疎くはないつもりよ。」
と、明後日の方向に誤解してくれたのは誤算だったけど、それで納得してくれたのならと否定しなかった。

そこまでして望んだ男が盛大に浮気していたという。
それも何人とも。

国に帰る時は傷心を装わないといけないのかしら……
王女としては傷ついたけれど、私としてはちっとも辛くないのだけど。


ヴィレムス皇国とのやり取りは、女王である母がしている。

婚約者を決めた後のアレの様子が少し気にはなっていたが、
すぐに慌ただしく留学の手続きが取られ、一ヶ月後にはヴェーゼル王国に向かった為に分からない。


あれから1年近く経過している。
私の王配候補から外れた後、ヴィレムス皇国側も万が一の為にと残していた婚約者候補が居るだろうし…
その人と婚約していてくれたら、助かるんだけど。



寮内の私室に戻ると、国へ帰国する為に私物の整理を頼む。
忙しいのはメイド達なだけで、アルベルティーナはする事が少ない。

確実に王宮からの呼び出しがあるだろうが、正直行きたくない。
全て母に丸投げして帰国したいが、そんな身勝手は無理だろう。

――痛い所を突いて拒否しようか…

ルシアノ王子の振る舞いは王家にも伝わっていておかしくない。
本人がバレてないと思っていた事には驚いたが、本人がそう勘違いしているという事は、
王と王妃から苦言が無かったのかもしれない。
苦言が無い為バレてないと増長したのかも。
親としての監督責任的な所で突けば、向こうも強気に出れないのではないか?
淑女にあるまじき悪い顔をしながらアルベルティーナは悪役の様に口の端を上げた。


背筋を伸ばし凛とした姿でソファに座る姿は、アルベルティーナの内面を上手に隠している。
いつもと変わらぬ主の姿にメイドは微笑み、素晴らしい香りが漂う紅茶を淹れテーブルに置く。

「ありがとう。」

男女を虜にする綺麗な顔で微笑むと、優雅な手付きでアルベルティーナはお茶を口にした。

心の中ではこの国を出る算段を立て、自国に有利に進める腹積もりを淡々と構築していた。







――ヴィレムス皇国では。


次期皇帝の器だと切望された第2皇子が、物語の魔王の様な腹黒い笑みをハッとする美貌に浮かべていた。
皇子に書状を届けた従者が見てはいけないものを見たかの様に目線を逸らす。

皇子の側近が溜息をついた。
こんな顔をする相手はあの王女でしかなく、確実に王女絡みの書状だろうと分かるからだ。

従者に目線で退室を促す。
従者は側近の指示をしっかりと受け止め、一礼して退室した。

室内には第2王子と側近だけになった。


筆頭の側近である彼は、また面倒くさい事になりそうだな…と思いつつ、少しホッともしていた。

ここ1年近くずっと皇子は機嫌が悪かった。
悪いなんてもんじゃない、側近として傍にいるようになってから一度も見た事のない姿だった。

常に魔力暴走しそうになる焦燥と狂気をギリギリで抑え込む主。
それを見ながら、どうする事も出来ず己の無力を痛感した。
毎日の様に追い込まれていく様子に焦ったヴィレムス皇帝と皇妃。
ブリュンヒルド王国の王女の代わりと成り得る女なら、例え下位の貴族であっても召し上げる事まで考えた。
頻繁に茶会や夜会という名の集団お見合いを開いた。
しかし、誰も皇子の目に止まらない。
むしろ、王女との差を感じて更に深みに嵌ってる感じすらある。


打つ手もなく、いよいよ……と諦念が広がり始めた時に奇跡がおきた。



「愚かな選択を解消した彼女が、私の手に戻ってくる事になった。」
側近があの辛かった日々を思い返している時に、まるで心の声に反応するかの様に発言した主。

ハッとして主を見ると、完璧過ぎて生命力を感じない美貌が、命を吹き込まれたかの様に色を持つ。
春の陽射しを浴びて綻ぶ花のように、思わず見惚れる笑みを浮かべている。


「素晴らしい。良かったですね」


「……ああ、二度と愚かな選択をさせる気はない。」


側近の言葉に嬉しそうに頷いた後、寒気がする程の魔力をジワジワと垂れ流しながら目を光らせる。

側近は思う。
「彼女は二度と逃げられないだろう」と。
皇子の執着を垣間見て逃げ出した小鳥は、用意されていた鳥籠を避け別の籠を選んだ。
本来の鳥籠に戻る時が来たのだ。以前よりも堅牢になった鳥籠に。

信仰心が強い方では無いが、心の中で手を合わせ合掌した。

(王女様、もう逃げないで下さいね。逃げたらもっと酷い目に合いますからね。)

ブリュンヒルド王国へ王配として嫁ぐが、その際に側近を国から1人連れていけた。

その側近は、ヴィレムス第2王子と幼い頃から切磋琢磨し本当の兄弟の様に育ち、特に信頼を寄せている。
王国に連れていく側近に選ばれた男は静かに願った。
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