面倒な婚約者の躾け方。

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第10話 猛者

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「躾《しつけ》なさいな。」

「躾《しつけ》?」

 フィーリアは本日も妃教育の為に登城したのだが、バッタリ師匠に会ってしまい、相手から誘われてフィーリアが屋敷に帰る前にと、相手の行きつけのカフェで急遽お茶をする事になった。

 注文した美味しそうなお茶とケーキがテーブルに並べられ、店員が退室した後の第一声が「躾なさいな。」だった。

 フィーリアは動物を飼った事はないし、飼う予定もないので意味が分からずオウム返しをした後、こてりと首を傾げた。

「エルミーナ様、私、動物を飼う予定はないのですが。」
 フィーリアを見つめてニヤニヤするだけで一向に続きを話さないエルミーナにフィーリアは話しかける。


 エルミーナ・フォーブール侯爵令嬢。
 猫のように目尻が吊り上がった緑色の瞳と、腰より長い真っ赤な豊かな巻き毛が印象的の華やかな美貌の美少女。
 見た目どおりの勝気な性格で、自信家。
 そんな彼女は第二皇子の婚約者である。
 第二皇子とは年の差があるのだが、それは第二皇子と丁度いい年の頃の令嬢たちを押しぬけて彼女がその座を勝ち取ったから。
 俺様系皇子に育ちつつあった第二皇子を、エルミーナが教育して今や彼女を心底熱愛する犬……ではなく、婚約者に変貌させた。
 鮮やかなその手並みを間近で見ていたフィーリア。男女の駆け引きも機微も苦手なフィーリアにとってエルミーナのその手腕はさながら一発必中の狩人の如く感じリスペクトしているのだ。

 そして、そんな彼女の事を心の中でだけ「師匠」と呼んでいたりする。

 男女の機微など人に聞きたくとも聞けないデリケートな話題。
 そう思ってなかなか教えを乞う事は出来ていないが、何れ必ず御教授願いたい。

「やあねぇ、動物の事ではないわよ。まぁある意味で猿……? 動物とも言えるのかもしれないけれど。今の所は人だと思うわ。」

「それは人身売買的な……?」
 フィーリアは奴隷制度を否定する気はないが、歓迎もしていない。
 だから、奴隷を侍らせてもいない。

「フィーリアはホント頭堅いのね。違うわよ、おバカさん。」

「おバカ……では、何の躾ですか?」

「貴女の婚約者に決まってるでしょう。フィーリアがしっかりリードで操作しないから、やりたい放題じゃないの。
 さっさと首輪を付けてリードで管理なさないな。
 他のメス犬に尻尾を振るオス犬を赦す飼い主なんて貴女だけですわ。」

「……えっ」

 ちょっと理解に時間がかかる内容ではあるが、師匠の中で私の婚約者はどうやらオス犬になったらしい事は分かった。

「殿下を躾けるなど畏れ多いですわ。それに……オス犬だなんて。誰かに聞かれでもしたら、エルミーナ様に不敬罪とか……」
「大丈夫ですわ。この個室は防音の魔道具が三種も配置されてますのよ。国家機密を話そうとも一切漏れ出る心配はありませんわ。」

 ニヤリと効果音がつきそうな程に口の端を少し上げた悪い笑みを浮かべた。
 華やかな美少女だというのに、その笑みがとても様になっている。

「そうねぇ、まずは、近々開催される大夜会。そこでフィーリアの不埒な駄犬にいつもと違う貴女で接しなさいな。愛想よくされてるなら愛想を無くす。
 愛想がない態度をされてるなら、愛想よく。
 普段と違う貴女をアピールして、突然に貴女が変わってしまったと思わせるの。
 よろしい?」

 まだフィーリアはするとも言っていないが、エルミーナはする前提で話を進めていく。

「……しなければなりませんか?」
「なりませんわね。駄犬を野放しにし過ぎですわ。余計なメス犬がどれほど纏わりついているのか。そろそろ誰が飼い主なのか知らしめませんと。
 私の犬が皇太子にでも担ぎ出されたら困りますのよ。」

 エルミーナ様は嫡女である。
 フィーリアとシリウスが婚姻して子が誕生後に、エルミーナ様の生家へと第二皇子が臣籍降下する。
 その際に、エルミーナの生家は侯爵から公爵に叙爵される。
 第二皇子が万が一皇太子になった場合、それが出来なくなるので困るという事であった。

「私に皇太子妃は務まりませんわ。窮屈ですもの。
 私の犬は王の器でもありませんし。
 私の生家で甘やかされてる方が幸せですのよ。」

「……そうなのですね。」
 フィーリアは大変戸惑いながら、何とか相槌を打つ。
 男女の機微や駆け引きを教授して欲しいとは思っているが、犬化させる方法を知りたい訳ではなかった。
 が、話的に犬化させなければダメだと仰られているようである。

「フィーリアほど素晴らしい飼い主はいないと思うの。
 だからシリウス殿下は名犬で居られると思うのよ。
 他のメス犬とくっつかれでもしたら、酷い駄犬になって廃嫡されるわね。」

「シリウス殿下は政務も公務も手抜きはされた事ありませんし……
 留学先から帰ってきてから少しばかり羽目を外されてるようですが、しばらくしたら……」

「その羽目を外しただけが、まかり間違って種でも撒かれたら大変な事になるというお話を今してますの。若いオス犬なんて簡単に道を踏み外すのよ。しっかり飼い主が管理しないとすぐに迷い犬よ。」
 エルミーナは凄みのある笑みを浮かべ、さながら歴戦の猛者のような覇気を出している。
 目の前にいるのは、同じ令嬢であるのかフィーリアはぱちぱちと瞬きをした。
 間違いなくエルミーナである。

「えぇ……」
 殿下を犬扱いするのはいつ終わるのだろうか……防音の魔道具があると言われてもフィーリアは内心で焦る。

「たちの悪いメス犬がうろついてますでしょう? 子爵家のメス犬が。」

「その犬って……マリーメイ嬢ですか?」
「あら知ってらっしゃるのじゃないの。知ってて放置は駄目ですわよ。
 駄犬が余計に血迷いますわ。許されてると勝手に判断して。」

「……そうでしょうか?」
「そうなのです。という事で、今から私が話す内容をしっかりとフィーリアの頭に叩き込んで貰いたいの。それはね―――――」


 一時間にも及ぶ駄犬の躾の仕方の講義。

 フィーリアはぐったりとしてしまった。
 乾いた喉を潤す為に出されてから一口だけしか口にできなかったお茶に口をつける。
 当然だが冷めていた。
 それをこくりこくりと飲み干す。

 エルミーナはそれを見つめて「報告して頂戴ね」と満足気に微笑んだ。




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