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禁術に手を出す。
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物心がついた幼い時からずっと2つ年上の幼馴染であるレアンドロが好きだった。
とても幼いレイティアでも分かる程に美しい少年だった。
まるで物語の王子様の様な綺麗な顔は、常に優しい微笑みをレイティアに向けてくれた。
淡い雪色にも感じるシルバーブロンドは、サラサラと音を立て風に揺れる。
思わず見入る程に深い、夜空の様な藍色の瞳。
レイティアの兄も類稀なる美少年ではあったが、
レアンドロの美しさは、この世の物とは思えない雰囲気を持っていた。
それほどに美しい少年が優しい笑顔で、まだ三歳程のレイティアを小さなレディとして扱ってくれる。
小さな手の甲を持ち上げられ、ちょんと軽く唇を押し当てられれば、
レイティアが恋に落ちるのは、至極当然だった。
小さな胸が飛び出してしまいそうなくらいドキドキして、夢でも見てるかの様な酩酊感を感じる。
この男の子の為なら、どんなことだって出来る。
そう幼いレイティアは決意したのだった。
兄と同い年で、しかも親同士も仲の良い友人同士。
遊び相手としてはこの上ない程であった為、私達兄妹とレアンドロはとても良く遊んだ。
互いの家に泊まり合いも頻繁で、友人というよりも三人兄妹の様であった。
過ごす時間に比例する様に、兄とレアンドロは親友になり、男の子同士の堅い絆の様なものが出来ていた。
その中に女の子である私が入るのは悪い気がして遠慮しそうになる度に、兄もレアンドロも邪険にする事なくいつも名を呼び、2人の傍に居させてくれた。
それがどれほど幸せだったか。
甘い恋のお相手と、心から大好きなお兄様。
2人の傍で本を読んだり、チェスをして惨敗した私が泣き出すと大慌てになる2人。
2人に慰められながら、いつの間にか笑わされていた。
私は世界で1番幸せな女の子に違いない。
その瞬間そう思った。
レアンドロの何もかも好きで好きで、私のその思いは言葉にも態度にも溢れかえっていただろう。
夢見る様に時は過ぎ、親同士も仲が良かった為レアンドロと婚約する事になった。
レアンドロと兄、それぞれの両親が居る場で婚約を発表された時は、喜びのあまり失神して神に感謝した。
互いに公爵家だから縁を結ぶ事の恩恵がそれほど無いにも関わらず、結んでくれた事が嬉しかった。
きっと私の彼への思いは、周囲にはバレバレだったのだろう。
その場で失神した私を気遣い、その日は早々にお開きになった。
後日、レアンドロだけが屋敷を訪れてくれた。
失神した事を心配され、ベッドの上でレアンドロと対面する。
寝癖がついてないか、顔も布で拭って貰っただけで手入れなどしていない。
もっとキチンとした格好で逢いたかった! と慌てる私。
待たせるのも良くないという事で、結局、丁寧に髪を整えて貰っただけで会う事になる。
現れたレアンドロに、いつもの様に胸が高鳴った。
妖精の様だったレアンドロは、以前の様な中性的な姿よりも背も伸び、身体付きもしっかりしてきて、
男の子を感じさせた。
片思いの相手から、婚約者になったレアンドロを意識してしまい胸の高鳴りがうるさい。
両手で胸を抑えつつ、失礼にならない様レアンドロを見つめた。
「レイティア、これから宜しくね。」
優しい笑顔のレアンドロに言われて、顔が真っ赤になり、心はどんどん舞い上がる。
普段は私の事を子猫と呼ぶレアンドロに久しぶりに名を呼ばれて、また失神しそうだ。
あのレアンドロが、私の大好きなレアンドロが、これからはずっと一緒に……
(失神ばかりしていたら病気を疑われて婚約解消されてしまうかもしれないわ!)
グッと拳を握りしめ、耐える。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
と丁寧に言う事が出来た。
勿論、顔はデロデロに蕩けていただろうけれど。
レアンドロから幼馴染としての好意以上を感じる事はなくても、そんな事どうでも良かった。
私の愛はそれくらいでは減らないし萎まない。
彼が誇れる婚約者であろうと、令嬢として必要な事は全て努力した。
…努力というより、嬉しくてやってた事だから趣味?という分類かもしれないが。
愛されなくてもいい。
その分、私が貴方を愛するから。
報われなくてもいい。
ただ貴方の1番近くに居させてくれるなら。
幼い初恋はゆっくりと成熟していく。
定例のお茶会を済ませ、レアンドロを見送る時の頬への口付け。
最初は顔を真っ赤にして呆然と見送ったけれど…今は物足りない。
友人に貸して貰った恋愛小説では、唇に口付けしている描写がいくつもあった。
唇同士のキスは甘いという。
期待はすれど強請りはしない。彼からは未だに幼馴染以上の好意は感じられない。
私からのたくさんの好き好きアピールも、微笑んでお礼を言うだけだった。
愛されなくてもいい。その分私が好きになるからと誓ったじゃないの。
戒めの様なその言葉を胸に呟きながら、彼を見送った。
そんな日々から数年後。
ある日、彼は言った。
「好きな人が出来た。けれど…君と来年には結婚する事になる。
僕達の結婚は親が決めた結婚とはいえ、破棄も解消も絶対に反対されるだろう。
全てにおいて完璧な君の代わりになる彼女には風当たりが強いだろう。
――それは可哀想だ。
色々考えた。
君が僕との婚約の為に費やした時間のことも。
貴族は政略的婚姻は多い。正妻が君で愛人が彼女にすれば丸く収まると。
正妻になった君と子供が出来る行為は義務だ。
他に愛する相手が居てそういう行為をしているのに、君には誰もいない。
跡継ぎが出来た時、僕はきっと愛人の彼女の傍に入り浸る。
君にそんな辛い思いをさせるのかと思った。
僕は、たくさんズルイ事を考えた。
今からの婚約解消や破棄は、この年齡になる君には致命的だ。
とても酷い事をする事になる。
悩んで悩んで悩み抜いたけれど解決策がない。
……だから………禁術に手を出そうと思う。
禁術だけれど過去に戻る事が出来るなら…
無かった事に出来るだろう?
魔術コントールが得意な僕と、膨大な魔力持ちの君とならこの禁術を行使する事が理論上では可能なんだ。
お願いだ――頼む…過去に戻らせてくれ。」
好きな人が出来た。と彼が口にした言葉を聞いた途端に身体中の血が抜けていく様な感覚になる。
禁術とは、あの古めかしい本に載っていた馬鹿らしい魔術の話かしら……
彼の屋敷に行った時、二人で図書室で本を読みながら過ごしていた時だった。
「あ、キティ。ここの図書室にはもう一つ隠し部屋があるんだよ。」
イタズラを相談するように悪い顔をして笑ったレアンドロは、レイティアを隠し部屋に案内した。
何の変哲もない本棚に行き、数冊本を抜き取ると、小さな魔石が壁に埋め込まれていた。
そこにレアンドロが魔力を流すと、私達の立っていた場所ごとくるりと回転した。
ハッと気づいたら隠し部屋だったのだ。
薄暗い部屋に明かりを灯すと、隠し部屋の中にも本棚があった。
そこには様々な本があって、この隠し部屋を作った人の趣向を感じる。
そのうちの一冊が不思議な魔術がたくさん書いてある禁書だった。
その時は禁書だと思っていなかったのだが、後日、夕食時に冗談めかして「こんな魔術があったらいいのに」と話した私に、お父様がとても怒ったのだ。
「絶対にその様な魔術など使ってはいけない」と。
何とは無しにいった言葉でこんなに怒られるなんて思わなかった私は泣いてしまったけれど。
後々、お母様が宥めながら話してくれたのが「口にしてもいけない程の禁術」を私が話したので、厳しく怒ったのだと教えてくれた。
そんな存在をどこで知ったのか問い詰められ、想像の中だと必至に言い続けた。
信じてくれたかは分からないけど、それから問い詰められる事はなかったから、信じたのかもしれない。
お父様をあれほど怒らせた禁術が載った本をレアンドロが今手にして実行しようとしていた。
何て恐ろしいことを。
――そんな恐ろしい物に手を出してまで、その方を愛しているのね。
私の心の中、彼への愛を包んだ何かに、ピシリとヒビが入った気がした。
そこから血のような赤い液体が滴り落ちるのを感じる。
零れ落ちる彼への思い。
そう。
そうなのね。
元々の白い肌は色味が全て抜け落ち、元々ビスクドールの様に完璧に整った顔は本物の人形の様に見えた。
「キティ……? 大丈夫? 顔色が悪い…」
気遣う様に伸ばされた手を、少し後ろに下がり躱す。
「…分かったわ。レアンドロの為に過去に戻りましょう。
記憶を所持したままだから、お互いに婚約を回避しましょうね。
愛する人を見つけられて良かったわね。羨ましいわ…お幸せに。」
全部全部好きだったのに。
私だけが愛していても構わなかったのに。
貴方にとって私との思い出は要らない物だったなんて。
もういい。
時戻りと供に彼への思いも消しましょう。
愛されなくても傍にさえ居られれは良かったのに。
傍にさえ居させてくれない。
思い出さえ残してくれない。
とても残酷な人だと思った。
貴方の願い通り、新しい人生を歩む事にしましょう。お互いに。
数日後、レアンドロと一緒に禁術である“時戻り”の魔術を行使した。
凄まじい勢いで私の中から魔力が無くなるのを感じる。
常人ではこんな魔術行使しようとするだけで、魔力枯渇で死ぬかもしれない。
それ程にたくさんの魔力を必要とする様だ。
私の膨大な魔力とレアンドロのコントロールが無ければ成し得なかっただろうと確信する。
レアンドロと私の頭上に巨大な魔法陣が浮かび、魔術の成功を示す様にキラキラとした光の粒が空中を舞い、
私達へと降り注いだ。
光の粒が身体に落ちる度にその部分が半透明になり消えていく。
全てが消えたら時が戻るのだろうか。
レアンドロの方に視線を向けると、彼も同じ様に触れた箇所から半透明になり消えていっているようだ。
少しずつ消えて行く様は幻想的で、言葉無く見つめ続ける私にレアンドロが話しかけてきた。
「キティ……いや、レイティア、有難う。感謝してもしきれない。有難う本当に。」
感極まったかの様に言葉を紡ぐレアンドロ。
時戻りは、私とレアンドロが婚約する事になる直前にまで戻る術式を組み込んである。
私が12歳、レアンドロが14歳だ。
時が戻ったら、私はレアンドロに個人的に会うつもりはない。
麻痺した様な思考の中で思う。
彼と2人になるのはこれが最期だと。
魔力枯渇の一歩手前だったのだろうか、先程から身体の震えが止まらない。
魔法陣から光の粒が降り落ちて来た時には少し肌寒い程度だったのが、今とてつもなく寒い。
意識にモヤがかかったようになっている為、うまく話せるか分からない。
とても眠くなってきた。
それでもレアンドロに最後に言いたい事があったから、振り絞る様に声を出す。
「レ、レアンドロ、今まで…有難う。時が……も、戻ったら2人で会う事もないでしょう。
…貴方は…貴方…の…思う人と、幸せに…なってね。
――さようなら。……ました。」
キラキラと輝く光の粒が、レイティアの言葉の終わりに唇にも落ちた。
目を瞠った様に見つめるレアンドロを確認したのを最後に、レイティアの意識は落ちた。
とても幼いレイティアでも分かる程に美しい少年だった。
まるで物語の王子様の様な綺麗な顔は、常に優しい微笑みをレイティアに向けてくれた。
淡い雪色にも感じるシルバーブロンドは、サラサラと音を立て風に揺れる。
思わず見入る程に深い、夜空の様な藍色の瞳。
レイティアの兄も類稀なる美少年ではあったが、
レアンドロの美しさは、この世の物とは思えない雰囲気を持っていた。
それほどに美しい少年が優しい笑顔で、まだ三歳程のレイティアを小さなレディとして扱ってくれる。
小さな手の甲を持ち上げられ、ちょんと軽く唇を押し当てられれば、
レイティアが恋に落ちるのは、至極当然だった。
小さな胸が飛び出してしまいそうなくらいドキドキして、夢でも見てるかの様な酩酊感を感じる。
この男の子の為なら、どんなことだって出来る。
そう幼いレイティアは決意したのだった。
兄と同い年で、しかも親同士も仲の良い友人同士。
遊び相手としてはこの上ない程であった為、私達兄妹とレアンドロはとても良く遊んだ。
互いの家に泊まり合いも頻繁で、友人というよりも三人兄妹の様であった。
過ごす時間に比例する様に、兄とレアンドロは親友になり、男の子同士の堅い絆の様なものが出来ていた。
その中に女の子である私が入るのは悪い気がして遠慮しそうになる度に、兄もレアンドロも邪険にする事なくいつも名を呼び、2人の傍に居させてくれた。
それがどれほど幸せだったか。
甘い恋のお相手と、心から大好きなお兄様。
2人の傍で本を読んだり、チェスをして惨敗した私が泣き出すと大慌てになる2人。
2人に慰められながら、いつの間にか笑わされていた。
私は世界で1番幸せな女の子に違いない。
その瞬間そう思った。
レアンドロの何もかも好きで好きで、私のその思いは言葉にも態度にも溢れかえっていただろう。
夢見る様に時は過ぎ、親同士も仲が良かった為レアンドロと婚約する事になった。
レアンドロと兄、それぞれの両親が居る場で婚約を発表された時は、喜びのあまり失神して神に感謝した。
互いに公爵家だから縁を結ぶ事の恩恵がそれほど無いにも関わらず、結んでくれた事が嬉しかった。
きっと私の彼への思いは、周囲にはバレバレだったのだろう。
その場で失神した私を気遣い、その日は早々にお開きになった。
後日、レアンドロだけが屋敷を訪れてくれた。
失神した事を心配され、ベッドの上でレアンドロと対面する。
寝癖がついてないか、顔も布で拭って貰っただけで手入れなどしていない。
もっとキチンとした格好で逢いたかった! と慌てる私。
待たせるのも良くないという事で、結局、丁寧に髪を整えて貰っただけで会う事になる。
現れたレアンドロに、いつもの様に胸が高鳴った。
妖精の様だったレアンドロは、以前の様な中性的な姿よりも背も伸び、身体付きもしっかりしてきて、
男の子を感じさせた。
片思いの相手から、婚約者になったレアンドロを意識してしまい胸の高鳴りがうるさい。
両手で胸を抑えつつ、失礼にならない様レアンドロを見つめた。
「レイティア、これから宜しくね。」
優しい笑顔のレアンドロに言われて、顔が真っ赤になり、心はどんどん舞い上がる。
普段は私の事を子猫と呼ぶレアンドロに久しぶりに名を呼ばれて、また失神しそうだ。
あのレアンドロが、私の大好きなレアンドロが、これからはずっと一緒に……
(失神ばかりしていたら病気を疑われて婚約解消されてしまうかもしれないわ!)
グッと拳を握りしめ、耐える。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
と丁寧に言う事が出来た。
勿論、顔はデロデロに蕩けていただろうけれど。
レアンドロから幼馴染としての好意以上を感じる事はなくても、そんな事どうでも良かった。
私の愛はそれくらいでは減らないし萎まない。
彼が誇れる婚約者であろうと、令嬢として必要な事は全て努力した。
…努力というより、嬉しくてやってた事だから趣味?という分類かもしれないが。
愛されなくてもいい。
その分、私が貴方を愛するから。
報われなくてもいい。
ただ貴方の1番近くに居させてくれるなら。
幼い初恋はゆっくりと成熟していく。
定例のお茶会を済ませ、レアンドロを見送る時の頬への口付け。
最初は顔を真っ赤にして呆然と見送ったけれど…今は物足りない。
友人に貸して貰った恋愛小説では、唇に口付けしている描写がいくつもあった。
唇同士のキスは甘いという。
期待はすれど強請りはしない。彼からは未だに幼馴染以上の好意は感じられない。
私からのたくさんの好き好きアピールも、微笑んでお礼を言うだけだった。
愛されなくてもいい。その分私が好きになるからと誓ったじゃないの。
戒めの様なその言葉を胸に呟きながら、彼を見送った。
そんな日々から数年後。
ある日、彼は言った。
「好きな人が出来た。けれど…君と来年には結婚する事になる。
僕達の結婚は親が決めた結婚とはいえ、破棄も解消も絶対に反対されるだろう。
全てにおいて完璧な君の代わりになる彼女には風当たりが強いだろう。
――それは可哀想だ。
色々考えた。
君が僕との婚約の為に費やした時間のことも。
貴族は政略的婚姻は多い。正妻が君で愛人が彼女にすれば丸く収まると。
正妻になった君と子供が出来る行為は義務だ。
他に愛する相手が居てそういう行為をしているのに、君には誰もいない。
跡継ぎが出来た時、僕はきっと愛人の彼女の傍に入り浸る。
君にそんな辛い思いをさせるのかと思った。
僕は、たくさんズルイ事を考えた。
今からの婚約解消や破棄は、この年齡になる君には致命的だ。
とても酷い事をする事になる。
悩んで悩んで悩み抜いたけれど解決策がない。
……だから………禁術に手を出そうと思う。
禁術だけれど過去に戻る事が出来るなら…
無かった事に出来るだろう?
魔術コントールが得意な僕と、膨大な魔力持ちの君とならこの禁術を行使する事が理論上では可能なんだ。
お願いだ――頼む…過去に戻らせてくれ。」
好きな人が出来た。と彼が口にした言葉を聞いた途端に身体中の血が抜けていく様な感覚になる。
禁術とは、あの古めかしい本に載っていた馬鹿らしい魔術の話かしら……
彼の屋敷に行った時、二人で図書室で本を読みながら過ごしていた時だった。
「あ、キティ。ここの図書室にはもう一つ隠し部屋があるんだよ。」
イタズラを相談するように悪い顔をして笑ったレアンドロは、レイティアを隠し部屋に案内した。
何の変哲もない本棚に行き、数冊本を抜き取ると、小さな魔石が壁に埋め込まれていた。
そこにレアンドロが魔力を流すと、私達の立っていた場所ごとくるりと回転した。
ハッと気づいたら隠し部屋だったのだ。
薄暗い部屋に明かりを灯すと、隠し部屋の中にも本棚があった。
そこには様々な本があって、この隠し部屋を作った人の趣向を感じる。
そのうちの一冊が不思議な魔術がたくさん書いてある禁書だった。
その時は禁書だと思っていなかったのだが、後日、夕食時に冗談めかして「こんな魔術があったらいいのに」と話した私に、お父様がとても怒ったのだ。
「絶対にその様な魔術など使ってはいけない」と。
何とは無しにいった言葉でこんなに怒られるなんて思わなかった私は泣いてしまったけれど。
後々、お母様が宥めながら話してくれたのが「口にしてもいけない程の禁術」を私が話したので、厳しく怒ったのだと教えてくれた。
そんな存在をどこで知ったのか問い詰められ、想像の中だと必至に言い続けた。
信じてくれたかは分からないけど、それから問い詰められる事はなかったから、信じたのかもしれない。
お父様をあれほど怒らせた禁術が載った本をレアンドロが今手にして実行しようとしていた。
何て恐ろしいことを。
――そんな恐ろしい物に手を出してまで、その方を愛しているのね。
私の心の中、彼への愛を包んだ何かに、ピシリとヒビが入った気がした。
そこから血のような赤い液体が滴り落ちるのを感じる。
零れ落ちる彼への思い。
そう。
そうなのね。
元々の白い肌は色味が全て抜け落ち、元々ビスクドールの様に完璧に整った顔は本物の人形の様に見えた。
「キティ……? 大丈夫? 顔色が悪い…」
気遣う様に伸ばされた手を、少し後ろに下がり躱す。
「…分かったわ。レアンドロの為に過去に戻りましょう。
記憶を所持したままだから、お互いに婚約を回避しましょうね。
愛する人を見つけられて良かったわね。羨ましいわ…お幸せに。」
全部全部好きだったのに。
私だけが愛していても構わなかったのに。
貴方にとって私との思い出は要らない物だったなんて。
もういい。
時戻りと供に彼への思いも消しましょう。
愛されなくても傍にさえ居られれは良かったのに。
傍にさえ居させてくれない。
思い出さえ残してくれない。
とても残酷な人だと思った。
貴方の願い通り、新しい人生を歩む事にしましょう。お互いに。
数日後、レアンドロと一緒に禁術である“時戻り”の魔術を行使した。
凄まじい勢いで私の中から魔力が無くなるのを感じる。
常人ではこんな魔術行使しようとするだけで、魔力枯渇で死ぬかもしれない。
それ程にたくさんの魔力を必要とする様だ。
私の膨大な魔力とレアンドロのコントロールが無ければ成し得なかっただろうと確信する。
レアンドロと私の頭上に巨大な魔法陣が浮かび、魔術の成功を示す様にキラキラとした光の粒が空中を舞い、
私達へと降り注いだ。
光の粒が身体に落ちる度にその部分が半透明になり消えていく。
全てが消えたら時が戻るのだろうか。
レアンドロの方に視線を向けると、彼も同じ様に触れた箇所から半透明になり消えていっているようだ。
少しずつ消えて行く様は幻想的で、言葉無く見つめ続ける私にレアンドロが話しかけてきた。
「キティ……いや、レイティア、有難う。感謝してもしきれない。有難う本当に。」
感極まったかの様に言葉を紡ぐレアンドロ。
時戻りは、私とレアンドロが婚約する事になる直前にまで戻る術式を組み込んである。
私が12歳、レアンドロが14歳だ。
時が戻ったら、私はレアンドロに個人的に会うつもりはない。
麻痺した様な思考の中で思う。
彼と2人になるのはこれが最期だと。
魔力枯渇の一歩手前だったのだろうか、先程から身体の震えが止まらない。
魔法陣から光の粒が降り落ちて来た時には少し肌寒い程度だったのが、今とてつもなく寒い。
意識にモヤがかかったようになっている為、うまく話せるか分からない。
とても眠くなってきた。
それでもレアンドロに最後に言いたい事があったから、振り絞る様に声を出す。
「レ、レアンドロ、今まで…有難う。時が……も、戻ったら2人で会う事もないでしょう。
…貴方は…貴方…の…思う人と、幸せに…なってね。
――さようなら。……ました。」
キラキラと輝く光の粒が、レイティアの言葉の終わりに唇にも落ちた。
目を瞠った様に見つめるレアンドロを確認したのを最後に、レイティアの意識は落ちた。
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