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異世界転生でドラゴンとして生きてみる。

第4話

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 ふわあぁー、良く寝たぁ。
 凝り固まった筋肉を解すようにぐっと背伸びをして、両脇を締めて肩甲骨をぐるぐると回す。
 凝り固まったものがほどけて血流が正常化した気がして気持ちがいい。
 今まで整体とか行ったことなかったけど、今度試しに行ってみるのもいいかもしれない。
 体のメンテナンスは大切だと思う。

 そんなことを寝起きでぼんやりした思考の中に突然響く声。

『お目覚めになられましたか。』

「!」

 寝ぼけた状態が一気に覚醒する。
 誰!? と一瞬思うも、アイツだとすぐにわかってしまった。

 聴覚で言葉を聞いていないのに、脳内に直接声のようなものが浮かぶというのは、違和感がひどくて混乱してしまう。
 こんな感じに脳が戸惑うのはアイツ以外に経験した事などない。当然だけど。

「……あ゛ーーー。夢オチ期待してたのにな……。」

 現実を生きてきた人間には、あり得ない事ばかりだったから、てっきり……。

(このまま二度寝いけるかな……。)

『すっきりされたようですので、そろそろ例の件を前向きに考えて頂けないでしょうか。既に貴女がお住まいになっておられた地球時間で一年程お眠りになられていた訳ですし、十分休息は取られたと思うので――』
「……一年?」

 閉じていた瞼をカッと見開く。
 顔の真ん前でフヨフヨと浮かぶ綿毛モドキ。

「はい。一年ですが……それが何か?」

 綿毛モドキに首などないのに、まるでコテンと首を傾げているように感じる。

「一時間とか、一日とかじゃなく?」

 妖怪か地球外生命体とかの方が納得できる存在の綿毛モドキだ。
 時間というものの概念が無さそうであるし、一分は六十秒とか一時間は六十分、一日は二十四時間だ。そんな尺度的なものを勘違いしているかもしれない。

『こちらに伺うときに、地球という世界のすべての知識を習得しておりますので問題ありませんよ。間違いなく地球の時間で一年お眠りになられていました。』

 問題あった方が問題なかったんですけど。
 淡い期待はなくなった。

 そして、この目の前で能天気にフヨフヨと浮かぶこの綿毛モドキのせいで、一年間という人間がただ眠るにはおかしい時間寝ていた予感がする。

「まさか、一年間眠っていたのってアンタのせいじゃ……」

『ああ、まぁ……はい、そうとも言えますか、ね?』
 歯切れ悪くもだもだした言葉が私の脳内に響く。

「はぁ!? なにしてくれてんの! 私には私の生活があるのよ!
 一年もだなんて……あ、仕事! 仕事はどうなるの!
 クビ……だわ、絶対。ああっ、どうしたらいいの! ずっと頑張ってきたのに!!」

 仕事は超絶忙しくて、ブラックもいいとこだが、給料だけは激務に見合った高給だった。
 そこで頑張って資金を貯めて、いつか自分だけの店を持つのが夢だった。
 騒がしい喧噪に溢れた都会から少し離れた郊外に、自分の好きをたくさん集めた店を開くつもりだった。

「綿毛モドキ! アンタのせいで私の人生計画がめちゃくちゃじゃない!!」

 頭がカーっと茹るような憤怒が込み上げてきた。
 どうしてくれよう、コイツ。

 ギラギラとした怒りの眼差しで睨みつけられた綿毛モドキは、ブルブルと震え出した。

『お、落ち着いてください!』
「これが落ち着いていられるかっ!」
 吐き捨てるように宥める言葉に罵倒を返す。


『転生特典を通常の二倍……いえ、五倍……あれ何かもっと怒っていらっしゃる?
 では、十倍!! ひいっ、では百倍です!! ありとあらゆる所に手が届く素晴らしい能力の数々をつけますから! 古代種のスペックは元々が最強の名を欲しいままにする高スペックなんです! そこに転生特典を通常の百倍も付けるんですよ、あり得ない超好待遇です! いやー、羨ましいっ』

「じゃあ、アンタが行きなよ。
 全て譲るからさ……私を一年前の時間軸にただ戻してくれたらいいから。
 転生特典とやらが付けられるような力を持つ綿毛モドキ様ですから、ただの人間の私の世界の時間を戻す事も出来るでしょう?」

 出来ないとは言わせないぞ、お前。と言わんばかりに殺気の籠った視線が綿毛モドキに突き刺さる。

『出来ない……ことはないですけど……』
「そう! じゃあ頼むわね。もう、最初からそう言ってよ。変な生き物に憑りつかれて人生めちゃめちゃになったかと思ったじゃない。」

 何も変わらず戻れるなら、この綿毛モドキとの遭遇も綺麗さっぱり忘れて過ごせばいい。

『出来ますが、出来ません!! もう本当に時間が無くなりそうですので、貴女の意思をすべて無視した形になりますが、転生して頂きます!
 お怒りは……そちらでの生活が落ち着きましたら、しっかりと受け止めに参ります……多分。』

 最後の方は物凄く小さい声でぽつりと口にする、綿毛モドキ。

「はぁ!? 強引にするって、じゃあ私に前向きに検討とか言って――――」

『わかりました! 今回はお試し転生という事でどうでしょうか!
 勿論、貴女様がエンシェントドラゴンで生きるのが限界だと、元の世界に戻せと、仰られたその時には、私と出会いましたあの日あの時あの瞬間に戻し、いつもの日常を取り戻して差し上げますから!』

(……それなら? 仮に試して無理だと思ったら戻れるなら悪くない提案なんではないの?)

「……そうねぇ。お試しなら、二度と戻る事が出来ない訳じゃないし、ちょっと変わった異世界体験アトラクションみたいに考えるなら……悪くないのかも?」

『そうでしょう、そうでしょう! 貴女様は何も失う事なくお試しが出来る。私は世界の均衡を保つ事が出来る! どちらにも利益が――――』

 フヨフヨ浮かぶ綿毛モドキが激しく上下に動いている。
 大興奮状態というヤツだろうか。
 ちょっと引く。

「いや、でも……私はそもそも異世界でエンシェントドラゴンになりたいのか? ということよね。異世界転生ものは数点知ってるし読み物としては面白かったけど。
 自分が体験したいとは思ってないというか。
 正直、創作物は創作物としての楽しみたいのよね。」

 綿毛モドキの興奮に引いたら、ちょっと考え直したいい気がしてきた。

『百聞は一見に如かずという有名なことわざがこの世界にはあるではありませんか! 経験は大切です。石橋を叩いて渡るということもありますけど、慎重過ぎてもチャンスを逃すというのは良くある話です。幸運の女神には前髪しかないという言葉もチャンスは一瞬だということですから。では早速――――』

「そうかもね。でも、異世界でドラゴン生活が幸運かと言われると、こっちの世界で幸運を掴みたいかな……って、ねぇ聞いてる?」

 綿毛モドキは『転生特典付与……上位種の……』とひとりブツブツ呟いてこちらの話を聞いていない。



 足元の床に青白く光る文字が浮かび上がる。
 記号の羅列のようなもので、文字っぽい気がするがこの世界で見た事がない。
 その記号の羅列がぐるりと私を囲うように浮かび上がってきているようだ。

(え、これマズくない? こっちはまだ迷ってるんですけど!?)

「ちょっ、ちょっと待って!! まだ行くって決めてないっ!!」

 私の話を聞かず強引に送り出す準備を進めている綿毛モドキ。

『よし! 百倍の転生特典付与終了。では、弱肉強食の頂点に君臨に行ってらっしゃい! 勿論、世界の歪の解消お願いしますね! まあ、貴女なら余裕でしょうけど!』

「仮よ! 嫌だって思ったら戻す約束だからね!!」

 叫ぶ声は綿毛モドキに届いたのかどうか……

(敢えて訊かないフリしたんじゃないでしょうね! あのしつこかった綿毛モドキなら有り得る!)

 今ならまだ綿毛モドキに手が届く。
 既にもう青白く輝き始めている自分の腕を綿毛モドキへと伸ばす。

(その綿毛ぜんぶ毟ってやる!!)

 まだ時間の猶予があったのか、伸ばした先の綿毛モドキを指が食い込むくらい力いっぱいギュっと鷲掴みしたところで意識が急激にぼやけていった―――――

「う゛ぅっ!!」
 
 突如、肉体が上下に強く引き伸ばされる強烈な感覚が襲ってきた。
 変な記号の陣の影響なのか、全身がぐっちゃぐっちゃに丸められていくような激しい痛みに思わず言葉にならない声がもれでた。

 痛みなのか強制的に異世界に運ばれるからか、意識が朦朧としてくる。
 完全にブラックアウトする直前に「綿毛、殺す」をなんとか口にしたことだけは覚えている。


  (綿毛モドキ、絶対許さない)


 それが、日本人として生きた世界での最後の記憶。


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