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第四十話 事情

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「お嬢ちゃん、久しぶりに見かけたなぁ」
 男の人の低い声がした。

 その方向へ顔だけ向ける。
 あ…いつか見たあの長身の男の人だった。
 スノウがめんどくさそうって言ってた。

「うわあ、最悪…」
 レティシアの耳元でスノウが呟く。

「えーっと…その節はどうも?」
「ははっ、覚えてないか?」
 曖昧に答えた私に長身の男性は覚えていないと受け取ったようだった。

「今日はあの不思議な猫と犬は連れてきていないのか。」
 周囲を見回して残念そうに肩を落とす。

「猫じゃない虎だ」
「犬では無い狼だ」
 ユキとスノウにとってその違いは大事なようで、厳しい声で訂正している。

「えっ、ああー、すまない、それは申し訳なかった。…虎と狼か。パッと見た目では判別つかなかったな。
 次から気を付けよう。虎に狼? だな。」

 謝罪をしてくれたというのに、ユキもスノウも鼻を鳴らし不機嫌な顔である。

「お嬢ちゃん、あの不思議な毛色の虎と狼…は、次いつ連れてくる? 虎の方に大事な用があって、近いうちに会いたいんだ……」

「どうしてそんなに虎に会いたいんですか?」
 深刻そうな様子が気になって思わずそう尋ねてしまっていた。

「………話した方がいいよな。一方的に会わせてくれって言われてもお嬢ちゃんだって嫌だろうしな…」

 そう長身の人は言うと、ぽつりぽつりと話し出した。


 この長身の人は冒険者ランクSの人で、パーティランクAの二人パーティを組み、ダンジョン攻略を主として稼いでいた。
 ある時行ったダンジョンで小規模のスタンピードという魔物の氾濫がおこり、その時ダンジョンに潜っていた冒険者たちと何とか鎮圧出来たものの、長身さん改めオスカーさんは、大怪我を負ってしまった。
 パーティ仲間であるレグルスさんは得体の知れない呪いのようなものに掛かったのか視力と声を失ってしまったのだという。
 オスカーさんも片足と片腕に酷い麻痺が残り思うように動かせなくなり、今はリハビリを頑張っているのだが、もしかしたら二人とも冒険者を辞めなくてはいけないだろうと諦めかけている。
 そんな時に、スノウに脳に強制的に直接思念を送り込み会話を成立させる魔法を体験させられたオスカーさんは、自分たちは冒険者は無理になったとしても、その魔法があればレグルスの失った声の代わりにはなる。
 生活するには意思疎通が出来る事は大切だ。
 それを可能にする事が出来る魔法を習得してレグルスにも教えてやりたい、そう思って不思議な猫…もとい虎のスノウにお願いしたのだった。
 スノウは「次に会ったらね」と曖昧に話し、失われつつある大魔法と呼ばれる転移魔法を使って場から消えた。
 それからずっとスノウに会う事を待ち続けている…との事だった。

「そんな事情があったんですね……」
 思わずしんみりしてしまうレティシア。
 スノウのいう面倒とかで切り捨てる事は絶対出来そうにない。

「事情が分かると…無体な真似は出来そうにないよ、スノウ」
 私の隣で黙って事情訊いていたスノウが「はぁぁぁ」と溜息を吐いた。

 ユキも同情しているのか「レグルスといったか。それとオスカー二人に教えてやらねばなるまい」と口にしている。

「あーーーーっ、もう! 分かったよ! 教えればいいんでしょー!
 オスカーだっけ? そのレグルスっていう仲間も一緒に僕が教えてあげる。
 けれど、そこそこ難易度高い魔法だよ? 習得簡単に出来ると思わないでね?」

 スノウはオスカーさんを指を突きつけながら早口で話し終える。
 オスカーさんは混乱したようで、ポカーンと口を開けたままスノウを見つめている。

「…もしかして、その銀色の髪…。
 そういえば、あの時の虎も銀色だった。
 えっ、同一人物なのか!?」


 オスカーさんが信じられないというように目を見開き、人の鼓膜を揺さぶるような大声で、スノウに向かって叫ぶように言った。

 オスカーさん、耳がキーンってしたよ、もう。
 私とユキとスノウみんなで睨みつける。

「す、すまん……」
 急にシュンとしたオスカーさんを見つめると、スノウがニヤリと笑った。
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