2 / 2
二夜
しおりを挟む続夢みる小猫
あの部屋から出て、3ヵ月がすぎた。
最初はとまる所もなく、友人の所に転がり込んだ。気心も知れ、友人の紹介で働き口も見つけた。
同性愛者が集まるバーに、フロアスタッフとして働いて俺は日々自分らしさを取り戻していた。
友人曰く、転がり込んできた俺は幽鬼のようだったという。
失礼な奴だ。
いつもそいつは俺の顔を綺麗だなどと抜かしていたので、その言葉を聴いたときには俺は少し憤慨した。
カラカラン。
どこの時代かと聞きたいくらいの時代錯誤な鐘の音を鳴らしながら、店のドアが開き、客の来店を知らせた。
「いらっしゃいませ」
大きすぎず、小さすぎない声で、少し気取った声で客を出迎えようとして、俺は呆然とした。
向こうも驚いているのか固まっている。
「とし…彦。久しぶり、何名様?」
俺は何とか声を絞り出すと、俊彦の元までいった。
後ろには誰もいなかったから、ひとりだった事は明白なのに、俺は少し意地悪して聞いてやった。
「一人…」
「じゃぁカウンターに座れよ」
隅の椅子を勧めて、どこか夢現のような表情をしながら席につくのを確認すると、俺は他の客に呼ばれたので、そこから離れた。
「今日も美人さんだよね、どう?今夜」
いつも色んな人が誘ってくるので、慣れっこな俺は、笑ってごまかして、ご注文はと聞き出した。
お客はつれないなと笑いながら、カクテルの名前を告げる。
俺はカウンター越しからマスターに注文をいい、他のお客の酒を手にする。
「薫!」
運ぼうとした途端に腕を捕まれて、俺はあやうくカクテルののったおぼんを落としそうになった。
腕を掴んだ人物を無意識に睨み付けた。
俊彦は一瞬怯んだ表情を浮かべたが、俺はそれをふりはった。
「お客さま、何かご用でしょうか?」
「いや、……」
何かをためらう俊彦に、俺は眉をしかめた。
いったいなんなのだと。
もう俺達は終わった。俊彦があの人の元へ行ってしまったのだから。
「彼と知り合い?」
マスターの柏木優人さんがひそりと話しかけて来た。
彼は美人で女性的な雰囲気で、よくお客さんのナンパにあっている。
「まぁ……元彼といいますか」
端切れ悪く言うとふぅんと、柏木さんが頷いた。
そんな事を聞くなん珍しいなと思いながら、カクテルを持って行く。
柏木さんは人の事はあまり聞いてこない。自分の事もあまり話しはしないが、それが酷く俺には心地よかった。
「おまたせいたしました」
「やぁ、薫」
「こんばんは、健二さん」
俺がカクテルを彼の目の前にそっと差し出した。柏木健二さん。ここのマスターである柏木さんの四つ下の弟さんで、俺とは一つ違いらしい。
健二さんはよくここに来ては、相手を選ばずに、観察していく。
柏木さんと同じで、整った容貌をしているから、選び放題だろうに、相手を探しに来ているわけでもないから、ノーマルかと思ったが、そうでもないらしい。
「また、観察ですか?」
「ああ……なぁ、薫。今度の日曜って暇か?」
「えぇ、夕方にここの仕事がありますし……その前までなら空いてます」
「なら、デートしようぜ」
「どうしたんですか?唐突に」
くすくすと笑っていると、柏木さんが、他のバイトにカウンターをまかせてこちらへやってきて、健二さんを小突いた。
「うちの薫君に軟派しないように」
「何だよ、兄貴。ヤキモチか?らしくねぇな」
にやにやと笑う健二さんに、柏木さんが眉間に眉を寄せた。
珍しいものが見れて驚いたが、俺は兄弟っていいなと思っていた。
がたんと音がして、その後ガシャンとグラスの割れる音がした。
すぐに音のした方へとタオルとチリトリ、ほうきを持って行った。
「お怪我はございませんか?」
グラスを割ったのは、俊彦だった。
俺は俊彦の足元に転がる大まかなガラスの破片を、手で拾い、ほうきで細かい破片を集めた。
柏木さんが、俊彦に綺麗な手拭きを差し出している。
横目でちらりと俊彦を見ると、彼も俺の事を見ていたようで、視線があった。
「…薫」
「何だよ」
俊彦が俺の側にやってきて、腕を掴んだ。
グラスに入っていたカクテルがもったいないとか、どうでもいい事を考えていたため、ぐらついて俊彦に寄り掛かってしまった。
「今、どこに住んでんだよ」
「今はここのマスターの所」
「何で出てったんだよ。断りにもなしに」
断りなんて、普通はいらないはずだ。
いつも自分勝手な俊彦。
長い付き合いの俺でさえ、気を使われる事は少ない。ただ、あの人以外は。
ずっと俊彦の帰りを待って、朝になっても彼は帰っては来なかった。
いつもいつも時計の針を見て、何かあったのかとか、今日は帰ってくるかもしれないかと期待するのも疲れてしまった。
ずっと近くにいれば、幸せだと思っていたけど、そうじゃなかった。
一人でいるのと一緒。
常に心は淋しかった。
甘えも許されず、自分はいるだけの存在。
「俺、あそこには戻らないから。今、言ったからいいよな?もう、ほっといてくれよ」
乱暴に腕を振り払い、俊彦から離れた俺はまた、作業を続けた。
以外とカクテルが飛び散った範囲が広く、後でモップをした方だなと考えていた。
「何だよ」
そういうと、俊彦はお代をテーブルに置き、荒々しく店から出ていった。ああ、これで終わってしまう。
ずっと好きだったのに。
俺は学生の頃から不毛にも俊彦を思っていた。
それが今、終わった。
まだ、俺の気持ちは整理されず、ぐちゃぐちゃではあるが。
自嘲を浮かべた。
隣にいながら、好きな相手が別の人を見るのは辛かった。
それが近ければ近いほどに、増す。
きっと俊彦は内心ほくそ笑んでいるだろう。
あの人と上手くいっているのだろうから。
「薫君、大丈夫?顔色がかなり悪いよ。今日は先に帰っていても構わないよ?」
「いえ、平気です」
「そう……」
柏木さんが心配そうに、俺の顔を覗き込んで来たが、泣きそうになっていた俺はつい、と顔を背けた。
こんな惨めな自分を誰かに見られたくはなかった。
俯き加減でカウンターへと戻り、一度深呼吸をする。
大丈夫。
最初からこうなることは分かり切っていた事だと、自分に言い聞かせた。
何とか平静を取り戻しつつ、健二さんの所へと向かった。
「なんだ、このバー名物の小猫ちゃんは彼氏がいたのか」
「元、ですけどね」
おどけたように言う健二さんに、傷つきながらも苦笑を返す。
「なんだ、そうなのか。お互いに良かったな、兄貴」
からかうように、健二さんが柏木さんを見る。
俺もつられて柏木さんを見るのだが、その表情は不機嫌だった。
「うるさい。余計な事をいってるんじゃない。この無神経馬鹿が」
「おー、怖」
柏木さんが睨み付けると、健二さんは笑いながら肩を竦めた。
健二さんの言葉は、とりようによっては、柏木さんが俺を好きだとも聞こえるが、まさか、あの柏木さんが俺を好きなはずはないと思い、いつの間にか笑っていた。
「やっぱり、薫は笑っていた方が可愛いげがあるな」
「どういう意味ですか」
ぷくと、わざと頬を膨らませて、俺は軽く健二さんを睨んだが、全然きかなかった。
「で、日曜。付き合ってくれるか?」
「しょうがない。付き合いましょう」
恩着せがましく言えば、健二さんは嬉しそうに笑い、じゃ、決まりだな。という彼に、柏木さんが割り込んで来た。
「大事な従業員を下半身馬鹿と一緒にさせられるわけがない。調度俺も買いたい物があったし、一緒にいっていいよね」
「もちろんですよ」
「あ、兄貴!」
俺が即答すると、柏木さんは勝ち誇ったように笑い、悔しそうに健二さんは顔をゆがめた。
「それじゃあ、三人で出掛けようか」
「はい、楽しみです」
「嫌な事忘れるくらい、楽しもう」
優しく微笑む柏木さんに、自然と俺は頷いていた。
未だ眠る小猫は夢の中。
古い夢
新しい夢。
いつの間にか終わって、
知らない間に始まっている夢に、小猫は自然に喉を鳴らす。
今度は甘い夢をと、期待しながら。
END
はい、新キャラが二人でてきました。
そして、俊彦も登場。
どうなんだろう。
前回の夢猫から一転、会話が多くて、以外と薫の心境は複雑になっているはずです。
ぞくにいう、言い表せないほどの混乱する心。
付き合っているときが1番、嫉妬やら、淋しさで簡単なのではないでしょうか。
別れると、楽になれるという気持ち、未だに想う恋。切なさ。等対極な思いがぶつかって何が何だか分からなくなる。
面白いのか悲しいのか。
今回の薫はそんな状態なのです。
いえ、わかりにくいと思い、補足何ですが、意味不明だ(汗)
ごめんなさ…………(汗)
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
保育士だっておしっこするもん!
こじらせた処女
BL
男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。
保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。
しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。
園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。
しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。
ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる