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番外編
桜姫の受難の日々
しおりを挟む桜が生徒会に入った時。
お蔵入りになった本のおまけ。
翔清学園の間接的な登場人物もいます。
桜姫の受難の日々
人知れずため息がついた。
俺は今日から何故か生徒会補佐に指名された。それも現生徒会長帝先輩のせいだ。
俺、桜庭姫は今年中等部から高等部に進学したばかりだ。中等部では何事もなく、平和そのものな学園生活だったと記憶している。しかし、高等部に上がったとたんに俺のファンクラブというものが出来、あれよあれよと生徒会補佐に任命されていた。どうやらこの男子校では閉鎖された空間で、男同士で恋愛をするという悪質な風習があるらしい。中等部ではそんな風習はいっさいなかったのに、これはどういう事だろう。ギャップと言えばいいのか、俺は周りの反応にうんざりしながら、放課後の生徒会室を訪れていた。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックをして返事を聞いた後で俺は初めて生徒会室に足を踏み入れた。一度だけ中等部の生徒会室には入った事があったが、この違いはなんだろうか。
中等部の生徒会室は空き教室を開放した少しこじんまりした所だった。椅子もパイプ椅子で、机だって長いタイプのものをくっつけただけのものだった。しかし、高等部の生徒会室は役員一人一人にデスクが用意されており、来客用にテーブルとソファーまで装備されていた。
「この差は・・・・・・」
「お、来たな」
「広大路(こうだいじ)会長」
「堅苦しいな。名前で呼んで構わないぜ? 桜姫」
「帝、桜庭君が来てくれたのが嬉しいのは分かったから、そうやって威圧的な態度は控えたら?」
「おい、歴(れき)。俺のどこが威圧的なんだ」
「そういう所だよ。ごめんね、桜庭君驚いただろう」
生徒会副会長である東城(とうじょう)歴先輩はさ、こちらへと俺にソファーに座るよう促した。面白くなさそうな顔をして、後ろから会長もついてくる。
じっと俺たちの様子を見ていた他の生徒会役員は、苦笑を零していた。
無駄に豪華なソファーに腰かければ、普段はお目にかかれないだろう綺麗なカップに注がれた紅茶が出され、ありがとうございますと言えば、微笑まれた。
「初めまして、桜姫。私は愛鵡・L・ノイマンと言います。これから宜しくお願いしますね」
「あ、はい」
「しかし、本当に綺麗な顔ですね。さぞ、喘ぐ表情は堪らないでしょう」
一瞬、世界が止まったような気がしたのは俺の気のせいかも知れない。輝くような金髪に、その日本人にはない美貌で人気者の書記の先輩が、まさか下品な発言をかますなんて、その頃の俺にはまったく予想だにしていなかった。
しかも回りは俺のように戸惑うそぶりは無く、まさかの同意なんてしていたり。非情に複雑な心境だった。
「おい、真司。お前も挨拶しろ。何デスクにかじりついてんだ」
「会長のアンタが俺に仕事押し付けたから、それの処理が終わってねぇんだろーが」
「細かいことで人のせいにしてるんじゃねぇ」
「明らかに帝のせいだと思うけどね。真司君、少し休憩して、こちらにおいで」
「まったく、歴先輩がいなかったら、この生徒会は崩壊してるぜ」
「てめっ・・・・・・」
「俺は池崎真司。これからよろしくな」
兄弟喧嘩のようなかけあいをした後、池上先輩はにかっと笑顔を向けて、俺に挨拶してきた。俺は宜しくお願いしますと頭を下げて、顔を上げた瞬間に池上先輩の顔が目の前にきていた事に驚きの声を上げる前に、キスをされていた。
たちまち上がる怒声やらずるいっ! という言葉に脱力しそうになる。
キスはすぐに終わり、歴先輩が怒る会長を宥めながら、池上先輩に注意していた。この人はきっと、この変態な集まりの生徒会の唯一の良心なのではなかろうか。
そう思って無意味に感激していた俺に、まさかの一言が投下された。
「僕だって桜庭君に悪戯したくて我慢してるのに、君が先をこすなんて、年功序列って言葉を一度きちんと覚えさせないといけないようだね」
「嫌ですね。年功序列って、歴先輩何歳ッスか。・・・・・・早いもん勝ちですよ」
「お前、歴に喧嘩売るなんて、正気か?」
「正気ですよ。真司も私も桜姫を前から目をつけていましたから」
「それは僕や帝だって同じだよ」
険悪な雰囲気になってきて、肩身の狭い思いだ。しかも原因俺。というか、唯一の良心なんて言葉はなかった。
歴先輩の今の表情は誰よりもいい笑顔だ。そう、これから楽しそうな事が起きて、それを引っ掻き回す事をそれはそれは楽しみにしているという空気を醸し出していた。
俺は意識が飛びそうになる。進級して、中等部のようにつつがなく過ごし、新たな生活に胸をときめかせていた俺の純情を帰して欲しい。
カオスだ。
高等部は魔の住む空間にしか思えない。
ああ、本当なんで生徒会役員になんか承諾してしまったのだろうか。
自分の浅はかさが悔やまれる。
「まあ、挨拶は終わったし、後は簡単な説明をして解散としましょう」
愛鵡先輩がお茶請けのお菓子をテーブルに置いて、俺に再びその美しい笑みを向けてきた。
本能的に目をそらしつつ、俺は出されたお菓子に目を奪われた。これは、一個二千はするケーキじゃないだろうか。
中等部の時なんて顧問が用意したお買い得用のお菓子を皆でわきあいあいと食べていた。この部屋を訪れた時と同じように、扱いの違いに俺は言い知れぬ虚脱感を覚えた。
俺、ついていけるだろうか。
そもそも、俺の両親はこの学園で言えばそれほどお金持ちではない。と言っても、社長というポストについているのだから、裕福と言っていいはずなのだが、ここまで桁外れな非常識を見ると自分の認識がおかしくなってくる。
出されたケーキは物凄く美味しいのだが、俺はこれから日常になる日々に不安になってきたのだった。
「おい、お前等。俺の許可無しに桜に手を出すんじゃねぇぞ」
「そうだね。ま、僕は桜庭君をただ愛でるだけでいいけど。君たちは本気みたいだからね。高等部の風習になれない彼が慣れるまでは手を出したら駄目だよ」
「別に私は構いませんよ。まあ桜姫をその気にさせればいいだけですしね」
「うるせぇじじい共だぜ」
「真司、言葉には気をつけろ」
そんな事を言い合っていたのを俺が知ることはなかった。
終わり
登場人物補足
東城 歴(とうじょうれき)
別小説、清翔学園の登場人物。桜姫の受難では前副会長。双子の兄がいる。
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