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一難さってないのにまた一難
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体育祭は赤と白に別れて行われる。
俺は白に、そして小柴を含む生徒会はなんの因果か、全て赤組となってしまった。
何と言うか圧倒的に白組は劣勢だった。
「活気がないですね」
異様な熱気があるにはあるのだが、赤に勝つという意欲は見られなかった。
俺はため息をついて、白組団長である三宅先輩の元へ向かった。
三宅先輩は、空手部の主将で、生徒会の四人に比べれば規模は少ないものの、ファンクラブがあり人気者の一人だった。
「どうした、桜庭」
「このままでは白が負けます。あちらに生徒会の人間が揃っているからと何だか釈に触りますので、何かいい考えはありませんか?」
「ん~、あるにはあるにが……」
「あるなら、それを実行しましょう!士気が上がるならやるべきです!!」
もし赤が勝ったから……大きい顔をされたら、俺は死ぬ。
死ぬ程ムカつく。
人気なんて関係ない。必ず白が優勝してやる。
「さぁ、団長……」
俺はその時、テンションが上がりまくっていて良く聞きもせずに、彼に詰め寄った。
「何でもいいから、俺も協力します」
「……分かった。なら実行しよう」
後悔というのは先にするものではないが、何とも後味というか、憂鬱な気分だ。
そもそも、何故あの時冷静でいられなかったのか、まずはそこから悔やみたかった。
「さ、早く出て皆の士気を上げて来てくれ」
やけにさわやかな三宅先輩に、最初からこれが狙いだったのか?と問い質したいくらいの欲求にかられながら、俺は応援台に立ち上がった。
あちこちから嫌な歓声があがっている。
「まさか、桜姫様?いやぁー似合うぅ!」
「やだ、僕もう死んでもいい!」
「桜姫様抱かせてくれー」
俺は歓声の中、視線を遥か遠くに飛ばしていた。
こうなったら自暴自棄である。かっと革靴の踵を踏み鳴らし、俺は声を張り上げた。
俺の今の姿は白らん姿だった。
ハチマキを額で結び、Yシャツは第三ボタンまであけろと何故か指定を受けていた。
「今年は生徒会の人間がすべて赤に行ってしまいました!!!しかし、だからといって勝ちを諦めるのは尚早過ぎます。俺達にだって勝つチャンスはまだあるのです!生徒会がいないからこそ、勝たなくてどうします!?今こそ絶対権力に反旗を翻す時です!」
ちょっとした演説に拳が入る。
一度話すのを止め、俺はすうっと息を吸って更に大声を上げた。
「打倒赤組!」
その言葉と共に先ほどよりも大きな歓声が上がった。
「姫先輩……ストレス溜まってたんでしょうかね」
「どうだろう?」
「面白い事になって来たじゃねぇか」
「……桜姫が……切れた」
藤村は呆気に取られながら、ぼつりと呟き、それに小柴が首を傾げた。
真司先輩はにやりと笑い、何があったのか、早瀬は俺を見てガタガタ震えていた。
そういえば、以前にもあんな早瀬を見た記憶がある。が、俺にはどうでもいい事柄だった。
「次はリレーですか。これで挽回すれば……」
俺は思わず悪代官笑いをしてしまった。
勝って、目にものを見せてやる。
「白熱してるようだな」
「帝先輩」
「白ラン、様になってるぜ」
帝先輩がリレー選手の応援をしようと意気込んでいた俺に話し掛けてきた。
数分前までの自分が恥ずかしく、頬をかくまねをした。
爽やかに笑う帝先輩に、周りの人間が沸き立っていた。真司先輩もそうだけど、帝先輩もカリスマ生徒会長として有名だったから、人気は大学に進学しても健在であった。
「頑張れよ」
「はい」
応援してもらい、笑顔で頷いた俺に、きゃーと周りが奇声を上げ、帝先輩は驚いたように目を見開いた後、にやりと笑って顔を近づけて来た。
「み、帝先輩?」
頬に温かい感触。
俺は帝先輩にキスをされていた。狂わんばかりの絶叫に、思わず俺は耳を塞いだ。
一部始終を見ていたのか真司先輩や、藤村が帝先輩に何故詰め寄っていた。
未だに早瀬は震えていて、愛鵡先輩は、静かに俺を見つめていた。
何か訴えているような、物憂げな顔で、俺は思わず視線をそらした。
きゅっとチェーンに通した愛鵡先輩の指輪を握りしめた。
「じゃあ、応援いくぞ」
団長と共に俺は声を張り上げて選手を応援したが、結果は差は縮まったものの戦況は変わらなかった。
「最後は借り物ですか……」
俺もこの借り物には出場する。
これで勝てれば逆転だ。
俺は最後の気合いとともに、借り物選手が集まる場所に向かった。
行く途中、俺はちらりと愛鵡先輩に視線をやった。
ときんと、微かに胸が高鳴り、俺はチェーンの指輪をまた握りしめた。
* * *
借り物競争で、いよいよ俺の番になった。
パーンとピストルがなり、目的の紙をさっと拾い、書かれている内容を確認する。
「…………」
書かれている内容を見て俺は思わず顔を赤らめた。
『好きな人』
こんなベタ質問を誰が書いたのだろうか。
俺はその人間を呪いたい衝動に駆られながら、誰に一緒に来て貰おうか逡巡した。
一瞬浮かんだ人物に首を振り、俺はどうしたものかと考えたが、行き着く先は一つしかなかった。
もしも、俺があの人以外を選んだらきっと傷付けてしまうし、いらぬ誤解を生んでしまうだろう。
あの新入生歓迎会以来、ずっと俺の思考や視線は一人の人間に向けられていた。
今までは絶対好きにならないと思っていたのに、いったいどうしたのだろうか、俺はあの人が好きになっていたんだと思う。
俺は暫く迷ってから、意を決して走り出した。
「愛鵡先輩、俺と来てくれますか?」
「ああ、構わないよ。桜姫」
俺の言葉に、快く承諾してくれ、俺と愛鵡先輩はゴールへ走りだした。
ゴール地点で借り物の書いてある紙と、愛鵡先輩を確認して俺は最後から二番目という成績だった。
競技は総合だからまだチャンスはあるけれど悔しさが残る。
俺が唇を噛んでいると、愛鵡先輩が不思議そうな顔をしながら尋ねて来た。
「走る桜姫は艶やかでとてもそそられたけど、いったい何て書いてあったんだい?」
俺は顔が真っ赤になっていると思う。今伝えていいのだろうか。
でもきっと、俺が愛鵡先輩に好きだと伝えられるチャンスはそうないだろう。
何て言ったて、俺は自他共に認める頑固な性格だ。
こんな機会でもなければ素直には言うまい。
俺は緊張しながらも愛鵡先輩に告げた。
「借り物には、好きな人って書いてあったんです。……だ、だから俺の好きな人を連れて行きました」
物凄く恥ずかしい。穴があったら入りたい。今更気がついたんだけど周りには注目を浴びていた。
愛鵡先輩の隣で胸が高鳴りっぱなしだったから忘れていた。
俺としたことが、とんだ失敗だった。
「桜、姫?それは本当かい?」
「……ご迷惑でしょうか」
知らず指輪をまたまた握って、俺は愛鵡先輩を見つめていた。
愛鵡先輩は綺麗な笑みを浮かべて首を振ってから、俺を優しく抱きしめて来た。
「まさか、嬉しいに決まっている」
軽く頬にさっきの消毒といってキスをされ、愛鵡先輩は俺の首にさげてあった指輪をチェーンごと外した。
「持っていてくれていただなんて夢のようだよ」
うっとりとした瞳で言われて、俺は愛鵡先輩に見とれてしまった。その間にもチェーンから愛鵡先輩は指輪を取って、すっと俺の指に、その指輪を嵌めてきた。
それから手の甲にキスをされて顔から湯気が出てきそうだった。
「桜姫、貴方が好きだ」
「愛鵡先輩……」
愛鵡先輩の顔が近付いて来て、俺はキスをされると感じとり、自然と瞳を閉じて唇が重なるのを待ったが、しかしそれは唸るような低い声で遮られた。
「忘れているようだが、ここは公衆の場だぜ」
「桜姫ー!」
「嘘、そんな桜さまあ?!」
はっと我に帰り当たりを見渡すとギャラリーがいっせいにこちらに見入り、いつの間に近くにいたのか帝先輩や、真司先輩と藤村。泣きそうに俺の名前を呼ぶ早瀬に小柴の姿があった。
ぎろりとこちらを殺気立てながら近づく帝先輩と真司先輩はひそかに似た者同士だと俺は思う。
「愛鵡、てめぇ……俺は諦めないから。力強くでもお前から桜姫を奪ってやる」
「まさかもう出来ちまうなんて計算違いだったが、結果的に俺のものにしてしまえば問題はないよな」
忌ま忌ましいと言わんばかりの真司先輩の言葉と笑顔だけど、言ってることは真司先輩と大差ない帝先輩。
「俺も桜先輩を諦めたりしませんから、愛鵡先輩そのつもりでお願いします」
「俺だって桜姫に抱き着かれたい」
「ぼ、僕だって桜様は渡しません。いつか身長だって桜様より大きくなって抱いてあげるんですから!」
藤村は薄く笑い、早瀬はいつもの如くうざかった。小柴は涙目になりながらも、衝撃の事実を述べていた。
誰も気にしてないようでだったが。
小柴、お前は抱かれる方だろう!?
俺はとにかく心を落ち着かせてから、冷ややかな笑みを、愛鵡先輩の腕の中で浮かべた。
「もしも俺と愛鵡先輩の仲を邪魔するならば、誰であろうと容赦しませんから」
まだまだ波乱は続きそうだったが、今の俺は愛鵡先輩と思いが通じ合えて幸せだった。
俺の左薬指には、愛鵡先輩から受け取った指輪がきらきらとアンティークとは思えない程煌めいていた。
END
一応これにて受難は終わりでございます。
辛抱強く待っていて下さった方々ありがとうございました。
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