桜姫の受難 

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誰が仕事をしていると思っているんです?

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誰が仕事をしていると思ってるんです?

はぁ、とため息を吐くと隣の席に集まっていた男子達はがたがたと腰を屈めて、教室を出ていった。
三時間目が終わった休み時間。
彼らの動向を以前、不本意にも早瀬稔に聞いたところ、奴曰く、俺の憂い顔、ため息をつく姿はひどくそそる、らしい。
それを聞いた時は思わず早瀬の首を絞めてしまった。
いついかなる時も取り乱さない俺はつい、凶行をしてしまった。
首を絞めたのを、奴が落ちる寸前で離したあとに、姫で五回は抜けるぜ?と言われた俺は、またまた近くにあった辞書の角で後頭部を殴るという奇行をしてしまったわけだが。

「桜姫、ため息ついてさ。悩みがあるなら俺がきいてやるぜ?ほら、胸にとびこんでこいよ」

腕を広げて、こちらをにこにこ笑う早瀬を嫌そうにいちべつしてから、俺は再びため息を吐いた。

「本当に見るには不愉快極まりない顔ですね。しかもよく、飽きもせずに毎日毎時間この教室にこれたものです。会計の仕事もこれぐらい熱心にやって下さると、と・て・も俺たち事務役員は助かるんですけどね」

「あはは。俺の場合、桜姫がご褒美くれるんならOKだぜ?」

「……凄いですね、その単細胞並みの精力。絶対に真似したくありませんが、ですが、この新入生歓迎会の予算をきっちりだして次回総会の各委員会、部活動予算を算出したら、いいですよ?」

俺がそう返事をするやいなや、早瀬はすぐさま俺が持っていた書類を奪い、教室を高速で出て行った。
これで、今回の分は問題ないなと安堵ついた。前回の一回目の総会は、まったくやる気を見せず、あまつ変わりにやっていた俺の邪魔を悉くしてくれたのだ。
仕事をしないのは早瀬だけではないのだけど。

「ん?」

俺は自分の思考にふけるのをやめ、騒然としている周りに眼を向けた。
そして、俺は思わず身構えてしまった。
今日は本当にらしくない。

「桜姫様!!!その高潔な御体をとうとう、お一人のために捧げてしまうのですか!?」

「は……? 何を言ってるんですか?」

「いやぁーー!!桜姫さまがお一人の方に!!!!!」

一人の可愛いという形容がぴったりの少年が、俺の前に立ち、叫び声をあげたのを皮きりに、次々と悲鳴らしきモノをあげていく彼ら。
はっきりいって、ついていけないし、引く。

「嘘でしょう。早瀬さまぁ!!あぁ、でも桜姫様ならお似合いかもぉ!!」

「何言ってるの!桜姫様には帝の君様がいらっしゃるのに!」

「いやぁ!!」


「静かにしなさい。もうそろそろで授業が始まりますよ」

俺は一息つくと、静かな声音で言った。
ぴたりと、騒然としていた教室は静かになった。
視線が俺に集中しているのがわかる。
なんていうか、この学園入ったの失敗だったかな。とか二年になって思わないでもない俺は、こんな変な、もとい気持ち悪いことが続くのなら、大学は外部を受けようと心に誓った。
怒られちゃったぁとか言って喜ぶクラスメイトがいる学校なんていや過ぎる。




放課後。
俺は総会の書類をまとめるために、生徒会室に向かった。
くぁと情けない音と共に欠伸をしながら、部屋に入る。
そこはファー生地で作られたカーペット。猫足で手の込んだ刺繍のソファーにテーブル。
事務用に数個配置された机達に、奥には会長と記載された重厚な机と椅子。
待遇がこれでもかと優遇されており、この学校の異常さを物語っているが、もう慣れてしまった俺は、己の常識をつなぎとめながら、仕事を始める。
この他に仮眠室と給湯室もあるから、驚愕に値する。
どれだけの金が、この学園で回っているのだろうかと、毎回疑問が尽きない。

「桜先輩!冗談ですよね?!」

部屋に入ると同時に、後輩の少し癖のついた栗色の髪の毛が可愛い小柴が話しかけてきた。
名前も何だか犬の種類のようで可愛らしい。
俺の癒し的存在でもある。

「何が…というか、落ち着いてください。どうしたんです」

「おい、桜姫!!!俺はとっくに仕事を終わらせたぜ?」

「真司は今日だけだろう。私はいつもきちんと仕事をこなしているからね」

会長である真司先輩は俺を見るな否や、肩を抱き寄せてきた。
それを追って愛鵡先輩がべりっと真司先輩から俺を引き剥がした。

「愛鵡さん、会長。桜先輩が物凄く迷惑がってますよ」

書記の仕事である総会の流れと全校に配る資料を考えて欲しいと頼んでおいたが、やっておいてくれただろうか。
藤村が優雅に脚を汲んでお茶を飲んでいたのを見て、ふと不安がよぎる。

「桜先輩に頼まれた仕事やっておいてありますよ」

「桜姫ーーーー!!終わらせたぞ」

俺の不安を察したのか、藤村がにこりと俺に微笑んだので、俺はほっとした。
そこへ勢い良く早瀬が生徒会室に飛び込んできた。
そのさわやかな笑顔を振りまいて、俺に抱きついてきて、悔しくも倒れこんでしまった。

「ちょ…その頭が空っぽな顔だけの体をどけてください」

嬉しそうに顔を胸に摺り寄せてくる早瀬に、嫌悪感が募る。

「早瀬、離れろ!」

「離れなさい、桜姫を汚すのは私です」

「早瀬さん!!」

「桜様ぁ」

真司先輩がほえて、愛鵡先輩がありがたくない卑猥発言をし、藤村が咎める様に早瀬の名を呼んだ。
小柴が今にも泣きそうになって俺の顔を覗いてくる。
俺のことを心配してくれているのはこの子だけだなと、なんだか感動しそうになった。
もう、変態しか回りにいないと思っていたから、小柴の存在が本当に天使に見えてくる。

「な、終わらせたからご褒美くれるっていったよな」

「ずるいぞ。桜姫!そいつだけご褒美貰えるなんて!!教えにきたその子をがくがくにしちまっただろ」

「そうだね。私も君のクラスの子から聞いた時は思わずその子を手荒く抱いてしまった」

「そうッスよ。早瀬さんだけなんて、俺も欲しいです」

一人か二人ほど、何だか下半身の最低な話が入っているが、どうやら休み時間のご褒美の話が上役の皆さんに行き届いているらしい。
俺のクラスメイトに色仕掛けで聞き出したのか、はたまたわざわざ、彼らが言いに言って、上役の餌食になったのか。
どちらにしろ、俺にはどうでもいい話だが。
別にたくさんあるからいいが、ご褒美ってそんなに欲しいものだろうか?
俺は小柴に合図した。
それを確認して、何かを察した小柴はこくんと頷くと、たたっとどこかに走っていった。

「別に減るものでもないですし、いいですよ。皆さんにご褒美、差し上げます」

「まさか…俺たち四人ともか?」

「真司たちと共同か…」

口元をあげて、微笑む俺にやや腰をかがめながら、四人は俺に近づいてくる。
しかし、俺はそれを押しとどめて、各々自分の役職の席に座らせた。
程なくして小柴が他の事務員もつれて戻ってきた。

「では、ご褒美です」

口元に人差し指を当て、小首を傾げてくすりと笑った。
小柴たちが部屋に入ってきて、どんどんと上役四人それぞれの席に大量の書類を置いた。
大量の書類を彼らが捕らえた後、信じられないという顔で俺を見てきた。

「これが、ご褒美です。拒否権はありませんよ? いつもいつもこの量を俺はこなしているんですから。可愛いものでしょう? まさか、上役の皆さんが出来ないなんて事いいませんよね? これ、明日までの書類達なんで、頑張ってくださいね」

何かを発言しようとする会長に有無を言わせぬ微笑を贈り、黙らせ、ぱんぱんと手をはたいて事務員にもこの書類を手伝うように促した。

「すべて間違ってますよ、真司先輩。やり直してください」

「愛鵡先輩!いつもいつも必要最低限の自分の仕事はやってるみたいですけど、まだまだありますから、遠慮せずに言ってくださいね」

「早瀬!! ぐだぐだ言ってないで、早く書類書いてください!! 本当に顔だけですね」

「藤村、君は口だけですか?全然書類が進んでないですよ」

俺の激と共に、目に涙を浮かべる生徒会上役の面々。
小柴たちはいつも俺のサポートをしてくれているので、なれたものだ。
俺はだいぶ減った書類を見て、ふっと息をつき、小柴たちに休憩の用意を言いつけた。
小柴と数人が嬉しそうにぱたぱたと給湯室にかけていく。
今日、俺がいつも買っておく休憩用のお菓子はクリームプティング。そのまま食べても十分甘いが、黒蜜やジャムをかけて一緒に食べても美味しい代物だ。
これにはストレートティで飲むのが俺のお気に入りだ。

「真司先輩達も、休憩しましょう」

そういった途端、早瀬がぐったりと机に泣きついた。
ふらふらと他の三人は席を立ってソファーに向かって座る。
紅茶とプティングを人数分持った小柴たちがやってきた。
早瀬も何とかテーブルにやってきた。
ここでいつも、俺の隣に座ろうと躍起になる四人だが、今はそんな余力はないみたいだ。
なので、俺の隣に小柴がちょこんと座ってきた。

「小柴、君達も本当にいつもありがとうございます」

にこりと意識して俺の盛大の笑みを彼らに向ける。
ついでに上役の方々にもむけてやる。

「あぁ…いつも桜姫はこの量をやっているんだろう?」

「私の倍はあったな。今度からこちらのも手伝うから、言って欲しい」

「うう、夢に出てくる夢に出てくる」

「……早瀬さん、本当にいつも仕事しないから……そうですね、ご褒美と期待して、こんな量を出されたら、精神的にきつい物がありますからね。桜先輩、いつもありがとうございます」

「わかってくださればいいんですよ。まぁ、もしふざけたご褒美とかを想像すれば、貴方達四人で交尾でもして頂いて、その録画したものを生徒会費用にでもさせて貰おうと思いましたが、今回は真面目にしてくれましたし、良しとしましょう」

俺の言葉に四人がざっと顔を青ざめた。
これでどれだけ俺が切れていたか分かったのだろう。
こくこくと必死に頷いている。
特に早瀬が。
本当に嫌なんだな地味な書類仕事が。
イベントとかの司会はいつものりのりでやっているのに。
とりあえずはと、俺は今日中に終わりそうな書類の山を見て、安堵の息をついた。

これで生徒総会は無事に出来そうである。
俺はその事に、紅茶を満足にすするのだった。









続、生徒総会編。









亀更新ですので気長に待っていてください。






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