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03.心配性な幼馴染

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「ヒロ!! 昨日は大丈夫だった!?」

 いつもの待ち合わせ場所に着いてすぐ、俺は孝晃に心配された。
 昨日は大丈夫だった!? に掛かる言葉はなくてもちゃんと理解できる。昨日の昼、ヤンキーくんと一緒だったけど大丈夫か? である。
 それには俺も苦笑いを零すしかなかった。

「大丈夫だよ。何もされてない」
「でもっ」

 孝晃は大袈裟に涙を拭く真似をする。幼馴染からの心配はほんの少し、くすぐったかった。

「本当に何もされてないよ。ただ三島くんとご飯食べただけ」
「それならいいけど……」

 自転車を押しながら歩く孝晃の隣を、俺も歩いていく。
 二人とも学校まではそれなりに距離があるのだが、俺は歩きだった。部活に所属していない今、放課後は誰よりも早く家に帰るため、駐輪場から自転車を引っ張り出すのに一苦労するのだ。
 何度も言うが、ここはマンモス校。似たような自転車は数多く、停めた位置を記憶し、なおかつ目印を付けていないとすぐに埋もれる。
 一方、運動系の部活所属組は、部室棟の近くにある駐輪場に自転車を停めることができる。だから、孝晃は帰りのことを見越して自転車で来ていた。

「あんま人のことを悪く言いたくねぇよ? でもさ、三嶋夜鷹の噂、かなりヤバイじゃん……」
「あー、総長だったとかそういうやつ?」
「そうそう。俺が聞いた話だと、前の総長をぶん殴って総長の座についたらしいぜ。あと、先輩たちを舎弟にしたって。そのヤバイ先輩たちと三島が街で歩いてるとこを見たって……」

 想像したのか、孝晃がぶるっと身震いする。それには俺もつられて身震いしてしまった。

「でもほら……噂だし。それに、今のところいい人だよ?」
「分かんねぇじゃん。いつか、お前のこと食うかもしんねぇ」
「食べるってなにさ」
「ほら、じっくり育てて、エサとして食う……的な? お前のこと信用させるだけさせて、パシリに使うかもしんねぇじゃん!」
「それはないと思うけど……」

 孝晃の考えすぎだ。俺から見る限り、彼はそんなことをする人ではない。

「ま、とにかく気をつけろよ!」

 そうこうしているうちに学校に着いたようだ。
 孝晃とは校門をくぐるところまでは一緒である。俺はそのまま真っ直ぐ校舎へ、孝晃は校舎をぐるりと周り、その裏手にある駐輪場を目指した。
 孝晃はこれから一時間ほど朝練をし、朝礼が始まる前には教室に戻って来る。一方の俺は朝礼が始まるまでの間、課題などをしている。時々、本を読むときもあるけれど、ここ最近は課題をする時間に充てていた。
 どうしても家に帰るとダラダラしてしまうし、夕飯を食べて風呂に入ると眠くなってしまう。最近は少しだけ課題をやり、終わらなかった分を朝の時間でこなしていた。

 俺はまだほとんど人がいない校舎の中を、ひとり進んでいく。
 誰にも荒らされていない、澄んだ空気で満ちた廊下を歩くのは気持ちがよかった。きっと教室もまだそんなに人はいないだろう。もしかしたら一番乗りかもしれないと期待を込めてドアを開けたら、ぽつんと教室の後ろに三島くんが座っていた。

「おはよう、三島くん。今日も早いね」
「……おう」

 入学した当初はそこまで早くなかったはずなんだけどなー……などと思いながら席に座る。三島くんは大きな体を椅子の背凭れに預け、携帯をいじっていた。

「……朝、早く来るの、大変じゃない?」
「両親が早く家出んだよ。だから、いつも朝は早いし、ひとりで家に居てもすることねぇから」
「そっか」

 自分だったら、家のソファーでゆっくりふんぞり返って携帯でも弄ってそうだ。今はそんな余裕、ないけれど。

「課題すんの?」
「そう。昨日の夜、やり残しちゃって」

 数学の課題が少しだけ残っている。ワークとノートを開くと、面倒だからと残しておいた問題を解き始めた。

「…………」
「………………」

 シャープペンシルの芯がノートの上を走る音と、ときどき横から聞こえてくる微かなタップ音。窓の外からは朝練をしている生徒たちの声が聞こえてくる。
 あまり静かすぎるのは苦手だ。人が近くにいる状態で沈黙し続けるのも苦痛に感じる。
 だけど、不思議と三島くんと一緒に過ごす時間は苦じゃない。むしろ、居心地がよかった。

「よし、終わった」

 最後の問題を解き終え、ノートを閉じる。
 静かに携帯を弄っていた三島くんが俺を見るなり一言、お疲れ、とほとんど声にならない声で呟いた。
 まさか、労いの言葉をもらえるとは思わず、一瞬体が固まってしまう。

「んだよ」

 無反応な俺を訝しんだのだろう。三島くんに睨まれたが、もう慣れてしまったのもあり、ちっとも怖くなかった。

「ううん……ありがとう」

 三島くんに礼を言う。
 課題を解くのに時間がかかってしまったのか、全てを終えた頃にはクラスメイトたちがポツポツと教室に入ってきていた。集中しすぎて、物音に気付いてなかったらしい。
 朝礼が始まる前にトイレに立って戻って来たら、もう既に教室は生徒でいっぱいだった。ヤンキーくんと過ごす、朝の静かな時間も終わりだ。
 
「なぁ、鷲宮」
「ん?」

 ガヤガヤとした教室。朝からテンションの高いクラスメイトたちが、黒板の前で騒いでいる。だから、俺たちの声などほとんど喧騒で掻き消える。それでも三島くんの声はちゃんと俺の耳に届いた。

「今日の昼も空けとけよ」
「……へ?」

 昼も空ける。それって……。

「幼馴染が来ても、俺が先約だからな」

 ぶっきらぼうに吐き捨てて、顔をそらした三島くんの耳がほんのりと色付いている。
 返事をしなくては、と口を開けた瞬間、タイムリミットだと言わんばかりにチャイムが鳴った。すぐに教師が教室に入ってくる。
 俺は自分でも気付かぬまま頬を緩めて、彼に届きもしないのにこくこくと頷いた。


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