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第一章 屋上で君は待つ

第六話 屋上

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放課後。
 まだ太陽は沈んでない。一年の中で太陽の沈む時間がこんなにも違うと感覚が狂うのではないだろうか。

 僕はいつかと同じように太陽に早く沈めと念を送りながら、今度は確かに先輩を待っていた。

「あ、ちゃんと居た」
 そして先輩も今度は会いに来てくれたらしい。

「流石に、あんなこと言った後に逃げれませんよ。正直、ハズすぎて死にたいですけど」
 よくよく考えてみるとあれでは告白みたいなものじゃないか。
 そもそも、先輩は僕のことを邪魔ぐらいに思ってた筈だ。
 何言ってんのコイツ、である。
 でも、先輩が一度思い止まってくれたなら御の字だ。
 僕の前で人が死ぬのはいけすかないからな。

「あはは、ちょっとイタかったかもね」
 女子のちょっとはだいぶだとオックスフォード大学の研究で明かされてる(僕調べ)のでこのちょっとはだいぶだ。さらに訳すと、キモすぎ死ねよ陰キャになる。
 ……いや、これは流石に被害妄想が入ってる、と思いたい。

「はぁ、いや、まぁ。嘘はついてないですから」
 少なくとも、目的は達成している。
 
「そっか」

 先輩が少し間を空けて隣に座る。
 さっきのそんなイタかったかなぁ。
 この距離が先輩と僕の心の距離である。

 まぁ、近づかれても困るし良いんだけど。

 会話が見つからない。世間話をいきなり始めるのもおかしいだろうか。
 結局、意気地なしな僕は、空を眩しそうに見てる先輩の顔をチラチラと伺っていた。

 相変わらず綺麗な顔をしている。モテるんだろうなぁ。
 彼氏とか、居るのだろうか。居ても死にたいと思うものなのだろうか。

 しばらくの沈黙のあと、先輩が顔をこちらに向ける。
「話、聞いてくれるんだよね……?」

「はい」

「敬語じゃなくて良いよ」

「じゃあ、イエス?」

「英語でもなくて良いよ……」
 呆れたように言う先輩。
 うん、とか言うのは照れくさいと言ったら先輩は大袈裟に手を挙げてやれやれと頭を振った。
 うぜぇ。

「もう、ちゃんと聞いてよ?」
 先輩の問いかけにコクっと頷く。
 別に完全なおふざけで言ったというわけでもないけど。

 先輩の雰囲気はさっきまでより真面目で、あぁこれは確かに真面目に聞かないといけないなと思った。

「死にたい理由、っていうか。そういうの話とこうと思って」
 先輩は、そう言って少しづつ言葉を探りながら話を始めた。

 お父さんは物心着く前に亡くなっていてお母さんも早くに亡くなったこと。その後、おばあちゃんに育てて貰ったけど、高校一年生の夏に大好きだったそのおばあちゃんが亡くなったこと。
 今は親戚の家の養子になっているが、その家には二つ年下の娘がいてあまり関係がうまく言ってないこと。

 そんな時とある男子が告白してきてそんな気分にはなれなくて振ったらその男子が好きだった女子にいじめられたこと。
 その子は友達だったこと。告白してきた男子は見て見ぬふりをしたこと。
 
 色んな理不尽が積み重なって死のうと思ったこと。

 先輩は時々言葉に詰まったり、話が戻ったり。おばあちゃんとの話をするときは笑ったり、お母さんの話をするときには泣いたりしながらもちゃんと話してくれた。

 僕はその友達や男子に怒ったり、悲しくなったり、つられて泣きそうになったりしながら。
 ただ、先輩の話を頷きながら聞いていた。

 想像よりずっと先輩は悲しくて苦しかったんだ。
 ずっと、頑張ってたんだ。

 尚更、幸せになって欲しくなった。
 
 死ぬというのなら人生に満足して死んでほしい。

「お母さんもおばあちゃんも私のために無理して死んじゃった……だ、だから」
 小さい子供のように言葉を喉に詰まらせながら泣く。
 先輩は高校生になったってずっと辛かったんだ。誰にも共有できなくて、一人で……。

「そんなことないですよ。だとしても二人はあなたに生きて幸せになって欲しかったでしょ」

「う、うん。そうかな」

「そうだと思います」
 敬語じゃなくて良いと言われたのに結局敬語になってしまった。
 でも、先輩は泣きっぱなしで気づいてないみたいだった。

「久しぶりにこんなに泣いた」
 一度顔を背けて鼻をかんだ後、先輩は鼻をすすりながらそういった。
 
「それは……」
 良いことなのだろうか。それとも思い出させてしまっただろうか。

「ありがと」
 そんな僕の内心を察してか先輩は小さくそう零した。

「今まで、誰にも言えなかったから。楽になった」
 いつのまにか太陽は沈んで居て、西日が心地良かった。
 オレンジ色の光に照らされる先輩の顔はすっきりとした良い笑顔だった。
 完全下校時間も近い。

「これぐらいのことで良ければいつでも大丈夫ですよ」
 先輩があまりに泣くもんだからいつもとは逆で、僕は微笑みながらそう答えた。
 
「……」
 何故かムスッとする先輩。
 え、顔がうざすぎただろうか。
 それはしょうがないんだが……。

「敬語」

「え」

「けーいーご」
 どうやら気付いたらしい。

「あぁ~、いつでも、話、聞く」

「なんでカタコトなの」
 先輩はあははといつもみたいに笑って言った。

 年上に敬語を使わないで話すってなんだか変な感じがして難しい。相手が女子だと尚更なのだ。

「なんか敬語じゃないとしっくり来なくて」
 頭をかきながら弁明する。

「んー、まぁ、別に良いけど。私的にはなんかむずがゆい」
 
「あー、僕の方が落ち着いてて大人っぽいからか」

「そういうすぐ冗談言うの、ガキだね」
 っく、中々上手いカウンターを喰らった。
 でも、冗談に冗談を返すぐらいの平静さは戻ってきたらしい。

 そういえば屋上は本当は封鎖なんだった。となると見回りの先生が来ずにドアを閉められてしまうかもしれない。

「先輩、もうすぐ完全下校時間だし。帰りましょ」

「うん」
 頷きつつも先輩は立ち上がろうとしない。
 僕も帰ろうとは言いつつも中々立ち上がれなかった。

 言葉を発しようとしては喉が閉まって金魚みたく口をパクパクと開けるだけになってしまう。

 でも、そろそろマジでやばい。
 先生は見回りに来ないだろうし学校に取り残されることになる。
 普通に怒られそうだ。

 しょうがないので、伸びをする様に立ち上がる。
 今日も僕は意気地なしだった。
 まぁ、先輩も大体話終わったみたいだし、落ち着いたみたいだからいいだろ。

「何を解決できたわけでも出来るかどうかも分からないんですけど。また話聞かせてください。まぁ、幸せにするってのもだいぶ大見栄切ったつもりですけど、嘘じゃないので」
 なんか照れてしまって背中を向けたまま後半は早口で言う。

「それじゃあ、帰────」

「今」
 振り向こうとしたところを服を引っ張られる。

「今って?」

「今、聞いてよ。話」
 俯いたまま先輩は言う。
 まだ、言い残したことがあるのだろうか。
 変なところで区切っちゃったか?
 
 でも下校時間も……。
 最悪こっそり後で抜け出せばいけるか?

「じゃあ、もうす────」
 もう少し居ようと言いかけたその時、先輩は顔をあげた。
 目元は涙で随分と腫れていて、先輩はそれを少し気にしながら、口を開いた。

「一緒に、帰ろ」
 心なしか目元以外も、紅く染まっている気がした。






 昼下がり、まだまだ夏は始まったばかりで空に浮かぶ入道雲は今日も青い空と合わさって絵画のように綺麗だった。ここのところ毎日見てる、連日出勤ご苦労様です。

「あ、あれ絶対◯ピュタあるじゃん」
 大きい雲を見るとつい言いたくなってしまう。最早、慣習とまで言えるのでは無いだろうか。

 ……にしても。

 先輩が来ない。
 
 いや、別に待ち合わせとかしてないし行くとも来てとも言われてないのだが……。
 
 チラッとドアの方を覗く。
 今にあのドアノブが動いて扉が開くんじゃないかと待ち構えてみても一向にその気配はない。

 うーん、キモすぎて嫌われたとか? 幸せにしますは流石に調子乗っただろうか。
 でも、自殺する人を何の補償も覚悟も無しにただ生きることを強制するのは自分の中で筋が通らなかった。エゴを通すというならせめてそれぐらいの責任は負いたかったのだ。

 でもそれで嫌われてたとしたら……。

「いやいやいや、嫌われてるとかじゃないだろ。流石にそんな雰囲気じゃなかったし」
 でも、嫌うほどではなくても何とも思ってないというならあり得る。
 僕みたいな陰キャぼっちは少しの関わりでも大きな感情を抱いてしまうが先輩はそうでもないのかもしれない。あれだ、彼女いない歴=年齢の特徴の、事務的な会話をしただけで女子と会話したつもりになるって奴だ。
 
 でも、昨日の先輩の態度は、せめて良い後輩くらいには思ってくれてそうだったが。
 それにまた明日って言ってたし。

 なら、何かあったのだろうか。いじめは今は少し収まったと言っていたが。

 ……いや、それが嘘の可能性もあるのか。
 少し収まったと言ってもどの程度か分からない。

 購買で買ったジュースはとうに飲み切っていた。

 胸の中に少しづつ不安が募って行く。
 少し、様子を見に行くか。

 二年生の教室でも覗きに行こうと扉に向かった時。

 ドアノブが動いた。そして、扉が開く。

 薄い茶色の髪と淡い褐色の瞳。
 白い肌に整った顔立ち。
 学校指定の制服に青いネクタイをつけたその人は。

 まさしく、僕の待ちぼうけていた相手。

「あ、居た居た」
 そう言って笑いながら手を振る先輩。
 そんなに遠い距離じゃないと思うんだけど。
 その姿はいつもと変わらなくて。

「来たんですか、先輩」
 僕もつとめて普段通りの反応を返す。

「そりゃ来るよ、って言っても遅くなっちゃったけどね。ごめんね、保健室の先生に呼びだされて」

「え、保健室の先生って人呼び出すことあるんですか? 身体測定してなかったとか?」

「いや、一昨日借りた服返してなくて……。そのついでにちょっと話聞かれただけ」

「あぁ」
 昨日は昼休みも放課後もずっと屋上に居たからな。
 それと雨の日にわざわざ屋上に居て濡れたのとか変に思われたんだろう。
 そういえば、先生が保健室の先生に怒られたって言ってたような。もしかして更年期、いや、そんな誰かれ構わず怒ること無いだろうけど。
 そもそも先輩は怒られてなかったか。

「それよりさ、チャット繋ごうよ。連絡先教えて」

「え、あぁ、良いですよ」
 昨日の帰りのしおらしい態度はどこへやら。
 先輩はスマホを取り出してグイグイとやってくる。

 そんな急に近づかれても困る。

「なんで、後ずさるの」
 先輩が少しムスッとして言う。
 え、何それカワイイ。

「いや、人には人のパーソナルスペースというものがあるんですよ」
 女子に近づかれるとかそういう経験がないから免疫がないし、男にも近寄られることは少ないから人と近づくのは苦手なんだ。

「あぁー、また敬語」
 そんな僕の悲しい事情はよそに先輩はまた敬語なことを注意してきた。

 先輩に敬語を使うのは当たり前だと思うのだが、まぁ要望には出来るだけ答えよう。

「えっと、チャットだっけ。ちょっと待ってくだ、あぁー。ちょっと待って、どうやって追加するんだっけ」

「貸して」
 先輩がすっと手を出す。

「え、プライバシーの侵害」
 
「何か見られて恥ずかしいのでも入ってるの?」

「いや、入ってないけど。しいていうなら全然連絡先が入ってないのが恥ずかしいぐらい」
 いや、別に気にしてないけどね?

「あはは、何それ。大丈夫なのね。じゃあ貸して」
 観念して大人しくスマホを渡す。
 先輩は色々あってもJKらしい。ささっと連絡先を交換してスマホを返してくれた。

 Nagisa
 これ、本名か。アイコンは星空に浮かぶ月で読書をしている絵だった。
 
 僕、なんて名前にしてたっけ。

「Tokihudaってこれ本名?」

「そう、時札優。時間の時に札束の札、そんで優しいの優」

「そっか、そういえば名前言ってなかったね」
 先輩の顔が少し曇る。スマホをみるために俯いてるから正確なところは分からないけど。そう感じた。

「本当は死ぬつもりだったから。あんまり関わるのもって思って。もし知らないところで死んでもあの人だったんだって気負わないように。名前教えてなかったんだ」
 なんとなくそんな気がした。
 先輩の感じなら名前聞いてきそうなのに聞かれなくて最初は少し意外だったのだ。
 タイミング逃したのかもとも思ったがそういうことだったのか。

「なら、もう教えてくれる?」

「うん」
 頷いて先輩は一度息を吸った。

「私の名前は千夏 渚ちなつ なぎさ千の夏で千夏で、さんずいに読者とかの者で渚。昨日までの自殺志願者で今日から時札くんに幸せにしてもらう人です」
 そう笑顔で言い切る先輩。
 少し顔がニヤニヤしてるのは、僕の言葉を掘り返して煽ってきてるのだろう。
 見事に照れてるから僕としては完敗だ。

 でも、僕が少し黙っていると先輩も少し照れてきたようで耳が少し紅くなっていた。

「あ! そうだ。オレンジジュース奢るって言ってたよね」

「あぁ、そうだった、ような」
 よく覚えてたな。
 まぁ、男に二言はないと言うし、奢ろう。

「ちゃんと、幸せにしてくれるんだよね」
 扉を開けて自販機に向かおうとした僕に後ろから耳に口を近づけてそう囁く。
 振り返ると先輩は顔を俯けて照れていた。幸せとかそういう言葉恥ずかしいよね。なんで言っちゃうかなぁ。
 まぁ、僕も照れてるのだが。

「いや、まぁ、頑張るよ」
 自信はないけど、覚悟なら決めてきた。
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