下ル下ル商店街

馬 並子

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下ごしらえ

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執事風の男『バトラー』に背を押され、トオルは目隠しのまま階段を下りた。
背に添えられた手は大きく安心感があるが、有無を言わせぬ力強さも感じる。周りがどうなっているのか見えないが、変に甘ったるい香りの中に、僅かな腐臭めいた不快な臭いが混ざっているのが気にかかった。

どれほど下っただろうか。実際にはそう深い場所ではないのかもしれないが、視界が閉ざされているせいか、随分時間が経ったように感じられる。
無音だった階段を下りきり、恐らく扉をひとつくぐったところで、急にざわめきに包まれた。
テーマパークでお馴染みの曲が流れ、そこここから楽しげな笑い声が聞こえる。室内遊園地か何かなのだろうか。

だがトオルはすぐに違和感を覚えた。男女の話し声や笑い声が聞こえてはくるが、子供の声が一切聞こえないのだ。
しかし、場の雰囲気はとても明るい。トオルは強張っていた肩の力を、意識して少し抜いた。
「思ったほどアングラな感じじゃないんだな」
隣に立つ執事風の男は、何が面白いのかくつくつと笑う。
「文字通りアンダーグラウンドではありますが。さぁ、ゲーム会場へ着きました。ここは紳士の遊技場ですので、ドレスコードが定められています。あなたの素敵な長い脚を引き立てる衣装に着替えましょう」

全身きっちりとしていた年上の男に脚を褒められれば、悪い気はしない。トオルは目隠しされていても察せられるほど得意げな顔で、「っす」と感謝と同意の混じった返事をした。
その前向きな様子に満足したのか、『バトラー』は更におだてる言葉を重ねる。
「あなたはスタイルが抜群にいい上に、顔も可愛らしい。小顔ですし、少し吊り気味の大きな目が猫のようですね。つんとした唇が少し生意気そうなのも、容姿に恵まれた人間にとっては魅力でしかありません」

そんな風に褒められれば、あっさりと舞い上がってしまう。
身長は170cmそこそこだが、トオル自身スタイルには自信があった。それに、顔もそこそこいい方だと思う。
だが、ギャンブル好きが表情に出ているのか、近しい人間にはずる賢そうだと言われることが多かった。それが、こうも手放しで褒められると、悪い気がしないのは当然のことだ。

あんたもいい男だよねと言おうとして、トオルはふとこの執事風の男の名を知らないことに気付く。
チュンは『バトラー』と呼んだが、それは単なる呼び名だろう。
そういえばあんたの名前って、と問いを口にしようとしたのを読んだのか、男は言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「ゲームにルールはつきものです。あなたに課されたルールはひとつ。ここから先、ゲームの勝敗が決するまで、疑問や拒否を一切表明してはいけません。破った場合、身の安全の保証はいたしかねますので、そのおつもりで」

ひんやりとした有無をいわさぬ口ぶりに、トオルは「お……おう」と気圧されつつ応じる。触らぬ神に祟りなし。知らぬが仏と内心で唱えて疑問を押し殺す。
金さえ手に入れば、それでいいのだ。

「では、身なりを整えましょう」
『バトラー』はすぐまた柔和な声に戻ったが、先ほどの声の冷気で十分に牙を抜かれたトオルは、ただこくこくと頷くに留めた。
余計な口はきくまい。
そう心に誓ったトオルは、いつの間にか隣にいた謎の老婆に乱暴に服を毟られても、唇を引き結び、されるに任せた。

とはいえ、その後老婆にてきぱきと施された準備の内容は、できれば思い出したくはない。なぜなら、腹の中が完全に空っぽになるまで、幾度となく浣腸されたのだ。

抵抗するなと忠告されてすぐに抵抗するほど愚かではないが、さりとて諾々と受け入れるにはあまりにも困難な屈辱だった。どうしても、強張る体が言外に抵抗を示してしまう。
だが老婆のしゃがれ声で、
「そんなに出すのが嫌なら、尻の穴を縫い合わせてやろうかい。何日で腸が張り裂けるか、人気の賭けになるだろうよ」
などと言われれば、大人しく従わざるを得なかった。

そもそもなぜ浣腸をされなければならないのか全く意味がわからないが、質問は許されていない。出す時にトイレを使わせてもらえるだけマシなんだぞきっとと、トオルは自らに言い聞かせた。
何しろ非合法カジノで作った借金を、更にアンダーグラウンドなゲームで返済しようとしているのだ。普通のカードゲームなどで済むはずがないことくらい、さすがに覚悟ができている。

それに加え、トオルは元が楽天的で、深く思い悩んだり落ち込んだりするタイプでもない。
野菜をあまり食べないせいか便秘ぎみだったので、むしろ浣腸されてラッキーだったかもとすら思えた。
人前で漏らせと言われればさすがに無理だが、トイレで出す分には達成感すらある。

とはいえ、ずっと目隠しを外してもらえないことだけは辟易した。
浣腸の後、シャワーで尻や股間を老婆に清められている間も、その後謎の服――何しろ、股に食い込むし、胸元までしか布がない気がする――に着替えさせられている間も、ずっと視界は閉ざされたままだった。
外部刺激があるので退屈しすぎることはないし、慣れてきて恐怖は薄らいだものの、どうして外してもらえないのかわからない。
一体、何を見せまいとしているのだろうか。
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