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雛木と誠吾、尿道責められるってよ 1
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蜜月、という言葉があることは知っていた。だが、『自分が蜜月にある』と感じたことは、雛木がこれまで生きてきて、今が初めてだった。
工藤が鞭打つのは愛情ゆえだと告白し、より踏み込んだ調教を施してくれて以来、雛木は幸せとしか言えない日々を送っている。
工藤とのプレイは以前に比べて厳しさを増していた。肉体的な負荷はもちろんだが、それ以上に、自分は奴隷なのだと、自分の主人は工藤なのだと思い知らされるようなプレイが増えている。雛木は工藤に自ら責めをねだり、与えられる苦痛に涙し、過ぎた快感に感謝を捧げ続けた。
思いのままに求め、愛する主人からそれ以上を与えられる。こんな幸せが他にあるだろうか。
最近やたらと『色っぽい』という声が周りから聞こえてくるようになったのも、心身共に満ち足りているからなのだろう。
極々まともで、何なら面白みのない人間として振る舞っている――と雛木自身は思っている――職場でもそんな風に言われるのは、当然心外ではあった。だが、あの朴念仁の馬越にさえ「『大事な人』と上手くいってるみたいだな」と苦笑されたから、充実感を隠しきれていないのかもしれない。
変化を他人に指摘されるほど、雛木は蜜月に浸り切っていた。彼の世界には、己と工藤しかいなかった。
だから、かつて自らが第三者の前で犯した過ちを、きれいさっぱり忘れていたのだ。
待ちに待った逢瀬の夜、工藤の後を追ってレイの店に足を踏み入れた雛木は、聞き覚えのある若い声に出迎えられた。
「あっ! 先輩!」
見れば、誠吾がカウンターのスツールから立ち上がり、大きく手を振っている。狭い店内だというのに、まるで百メートル先に知人を見つけたかのような大仰さだ。金色のツンツン髪が、今夜も盛大に周囲を威嚇している。
誠吾がいるとなると、工藤との間にあからさまに性的な雰囲気を漂わせるわけにはいかない。店の奥の秘密の部屋に行けば当然二人きりにはなれるが、美しいサディスト達に言葉や視線で嬲られる淫靡な空間に魅了されている雛木としては、残念に思わざるを得なかった。
しかしふと、雛木を呼んだ誠吾の視線が、どこか縋るような切実さを孕んでいることに気が付いた。
「誠吾くん、久しぶりだね。何かあった?」
気付いてしまった以上、さすがに無視するわけにもいかない。工藤の半歩後ろで首を傾げ、不審を隠さず問いかける。しかし、それに応えたのは誠吾ではなかった。
「馬鹿の言うことだからと半信半疑だったが、そうか。馬鹿でもそれなりに有益な情報は掴むらしい」
誠吾の一つ奥の席に腰かけた男から発せられた低い声。それは、さながら獣の上機嫌な唸りのようだった。気圧され、雛木は無意識に後ずさる。雄として明らかに自分より強い相手だと、考えるより先に本能が警告した。この男には、決して逆らってはいけない。逆らった途端、喰われる。蹂躙される。
そんな恐れを抱かせた声の主は、狼を思わせる硬そうな黒髪を後ろに流した偉丈夫だった。雛木と工藤を流し見る鋭い目には、面白がるような色が浮かんでいる。
「上々だ。あとは大人しくしてろ」
男は座ったまま誠吾の髪をくしゃりと混ぜ、何気ない様子でその手を誠吾の肩に置いた。見るからに重量を感じさせる、ごつごつとした大きな手だ。誠吾はまるで肩に土嚢でも乗せられたかのように、スツールへずるりと沈んだ。
「はい……」
驚いたことに、あの誠吾が小さな声で返事をしたきり、視線を落としてしおらしくなる。
一目で、この男が誠吾の主人なのだとわかった。 ツヤ消しのライダースジャケットに覆われた胸は分厚く、ただ腰かけているだけなのに威風堂々として見える。雛木よりも年上だろうと思われるが、野性味が強すぎて、雛木の尺度では年齢を推測できない。ノーブルな印象の工藤とは対照的な男だが、どこか工藤に通じる気配というか、存在感とでもいうようなものが感じられた。
「お久しぶりですね矢上さん。馬鹿が、何ですって?」
口を開いた工藤の声音に不快さが混じる。雛木は工藤が男と面識があったことにも驚いたが、それ以上に、いつも丁寧な工藤が不快さを隠しもしないのが意外だった。恐らく同じ『趣味』をもつ同士だろうに、なにか事情があるのだろうか。
普通の人間であれば萎縮してしまいそうな工藤の不興だが、問われた男は歯牙にもかけずににやりと笑んだ。
「この馬鹿が、『奴隷先輩』と知り合ったってはしゃいでたんだよ。ゴシュジンサマに初めてケツアクメさせて貰った時の話を聞いて、漏らしそうなくらい興奮したってよ。で、その先輩のゴシュジンサマは『くどうさん』だって言うじゃねぇか。あの『K』がまた奴隷を飼い始めたって聞きゃあ、なぁ?」
意味深な言葉も表情も野卑そのものなのに、にやりと歪められた厚い唇が強烈な色気を放っている。
いや、色気というより、もはやあからさまな言葉でセックスアピールと表現するべきか。秘する気配のない肉感的な魅力が、相対する人間の性感を刺激してやまない。愛する主人のいる雛木ですら、つい視線が引き寄せられてしまう。
ストレートであるはずの誠吾がこの男に魅了されてしまったのも、無理はないことだと思えた。つい、無意識に、否応なく、その股間にむしゃぶりつきたくなるような、圧倒的な男だ。それはさながら、若い雄狼が、心身ともに成熟した群れのリーダーに膝を屈するようなものかもしれない。
だが、雛木が矢上という男に見惚れていられたのはそこまでだった。
「奴隷先輩の、ご主人様、ねぇ」
一言一言を区切った工藤の低い声に、雛木の全身の産毛が逆立つ。不愉快さを隠そうともしないその言い様は、雛木に自らの失敗を悟らせるのに十分だった。
つまり、自分がこの店で素敵な思い出話を誠吾に語ったせいで、今の状況が生み出されたということらしい。調子に乗って、工藤との秘め事を語る快感に酔って、ちょっと……いやかなり……まずいことを口にしたようだ。
己の失態を自覚して真っ青になる雛木だったが、しかし、工藤の怒りは別の人物に向かった。
「初対面の人間の前で色めいた独演会をしたと、この子からうっすら聞いてはいましたが。なるほど。相手が矢上さんの飼い犬だったとは。……レイ? 聞いていませんよ?」
地を這うような工藤の声に、雛木はもちろん誠吾でさえも縮み上がる。だが、この店のマスターは、アルカイックスマイルを露ほども崩さなかった。
「言ってませんから。まぁそう怖い顔をせず。お友達がいない寂しい奴隷ちゃん達が、悩みを相談したり、主人とのプレイを自慢したりするくらい、可愛いらしいものじゃないですか。ね?」
白々しいレイの言葉に、工藤はこれ見よがしにハッと鼻を鳴らした。
「貴様の性格が糞なことは知ってたが……と、失礼」
荒い言葉遣いにびくりと揺れた雛木の気配を察したのか、工藤が一瞬で怒気を和らげる。しかし火に油を注ぎたいかのように、矢上は喉の奥で低く笑った。
「随分お上品になったじゃねーか『ムシュー』? あぁ、言っておくが俺は引き続き『サロン』とは無関係だ。あんたが新しい奴隷を飼い始めたって、連中にばらしちゃいねぇぜ? でも、連中が知ったらきっと放っておいちゃくれないだろうなぁ?」
雛木には理解できない話だったが、どうやら自分が工藤の名を漏らすと、矢上の言う『連中』とやらに対して悪材料になるらしいということはわかる。レイの店だからと、気を緩めすぎた。同好の士が集まる店だからこそ、複雑な人間関係があるという可能性に思い至るべきだったのに。
工藤は、一度も雛木を振り返らない。いつだって雛木の表情や態度を観察し、与える苦痛や快楽の手綱を巧みに操る工藤が、だ。それほどに怒り、また、事態が深刻なのかもしれないと思うと、雛木の全身から血の気が引いた。
謝りたい。が、主人達の会話に口を挟めるはずもない。それに、常日頃から悦びをもって跪き、工藤の靴を舐めることに何の躊躇もない雛木には、これほどの罪に見合う詫び方など思いつきようがなかった。
――どうしよう。どうしたら……。
どんな罵詈雑言よりも、視線一つ向けられないことが一番恐ろしい。雛木はカタカタと音が鳴るほどに震えながら、唇を噛んで項垂れた。
絶対的に、仕える立場を自認している雛木だ。好色な矢上から隠そうと、工藤に背で庇われているなどとは考えもしない。ましてや、工藤の顔に浮かぶ独占欲に、レイが内心で腹を抱えて笑っているなど、たとえ何度生まれ変わったとしても気づきはしないだろう。
良くも悪くも奴隷根性が染み付いた雛木は、気品に満ちた工藤の背に、許して欲しい、詫びさせて欲しいと心で縋ることしかできずにいる。
二人の主人の間に、緊迫したわずかな時間が流れた。
「……チッ」
工藤の小さな舌打ちに、雛木は反射的にばっと顔を上げた。だが、半歩後ろからでは工藤の表情はうまく伺えない。雛木が目にすることができたのは、矢上の厚い唇の端が猛々しく吊り上がる光景だけだった。
「……で、何が望みですか」
溜息と共に吐き出されたのは、苦々しい工藤の譲歩だった。やはり、脅されている側は分が悪いらしい。
主人に折れさせるなど、あってはならないことだ。しかし、どのタイミングで、どうやって、全ての責を負わせてほしいと請えばいいのだろう。どれほど脳を回転させても、己が差し出せる価値あるものものなど思いつきはしない。
雛木はほとんどパニックに陥り、もはや己の首を掻っ切る刃物を探し始めてさえいた。その視線が、レイがいつも巧みに操っているアイスピックに止まったのと、矢上が声を上げて笑ったのは、ほぼ同時だった。
「クッ、うははっ、いやぁいいもん見られたな。だぁいじょうぶ、脅すつもりはちょっとぐらいしかねぇよ。だからそんな死にそうな顔すんなよ『奴隷先輩』」
はっと、工藤が雛木を顧みる。工藤が庇っているつもりだった可愛い奴隷は、血の気を無くして縮こまっていた。真っ青になりカタカタ震えながら、見開かれた目だけが必死な色を湛えている。
「あの……工藤さん……本当に、なんてお詫びしていいか……」
工藤は、意識的に過去や人間関係を雛木に知らせていない。それは自分の心の安寧のためであり、色々な意味で雛木の身の安全を考えてのことでもあった。が、このような状況では、用心のしすぎは雛木を徒に不安にさせるだけだった。
この場で色々と説明するわけにも、そのやりとりを矢上に見せるわけにもいかない。弱味を更に晒すだけだ。
「……で、何が望みですか」
溜息と共に吐き出されたのは、工藤の譲歩だった。矢上のことは嫌いだが、話が全く通じない相手というわけでもない。これ以上面倒なことになる前に、適当なところで手を打っておきたかった。
早々に折れた工藤に対し、矢上は矢上で態度を軟化させる。別にやりあいたいわけではないらしい。
「話が早くて助かるぜ。実は、見た目だけは器用そうなレイを頼って久しぶりにここに来たんだが、この美人が思った以上にドSで、ヘタレなガキの仕込みには何の助けにもならないもんで困ってたんだ。だから、奴隷の仕込みに定評がある工藤サンの手を借りられるんなら助かるな、と。あんた、自分の持ちもんにピアス開けまくってたし、多分手先器用だろ?」
野生の権化のような男に『思った以上にドS』と評されたレイは、わざとらしく悲しげに首を横に振った。
「ハイヒールを突っ込んでもいいのなら是非に。と言ったのに、断られてしまいました」
レイと付き合いの長い工藤は何となく察せられたようで、苦虫を噛み潰したような顔をした。しかし雛木には、ハイヒールを突っ込むというのが一体どういう状況なのか想像もつかない。いや、それよりむしろ、工藤が『持ちもんにピアス開けまくってた』という方が気になった。それはつまり、工藤は以前飼っていた奴隷に手ずからピアスを開けていた、ということだろうか。『開けまくっていた』と言うからには、耳だけではなく色々な、そう、色々な、場所に。だとしたら何て……羨ましい。
工藤と矢上の間の緊迫した空気が弛み、こっそりと胸を撫で下ろした雛木は、工藤にピアスを開けもらう妄想に現金にも胸をときめかせる。舌か、乳首か、性器か、どこでもいい。全部ならもっといい。眉ひとつ動かすことのない工藤に、麻酔も使わずに太い針を刺され、血が流れるのも構わずに金属を捩じ込まれる。それはなんて恐ろしく、狂おしいほどに心踊るひとときだろうか。
先程までの切羽詰まった後悔と反省はどこへやら、雛木は簡単に発情モードへと切り替わったのであった。
『ケツにハメただけでイキっぱなしになる奴隷』
そんな主人の好み通りになれず悩んでいるという話は、雛木も誠吾本人から聞いていた。どうやら数か月経った今も、その状況は変わらないらしい。
誠吾の主人である矢上彰浩によると、誠吾はおそらく物理的に、直腸からでは前立腺に刺激が伝わりにくい体のつくりなのではないか、ということだった。中を探ってもほとんど膨らみが感じられず、どれだけしつこく刺激してやってもメスイキする気配がないと、矢上は呆れ顔で言い放った。開発すれば開口部や直腸の奥への刺激でもイけるようになるが、そんな芸当は誠吾にとっては夢のまた夢だ。
顔見知りの若い男の下事情を赤裸々に知らされ、雛木も多少気まずかったが、当事者である誠吾にとっては針の筵だ。可哀想に、顔を真っ赤にして俯いている。
誠吾自身が言っていた通り、そもそもは性的指向も性癖もかなりストレート寄りなのだろう。うっかり矢上のような男に惚れてしまったせいで、本来ならしなくてもいい苦労を背負いこんでいるのは明らかだった。
しかし主人たちはカウンターのスツールに並んで腰掛け、なんの遠慮もなく誠吾の下半身を話題にしている。彼らにとって奴隷の快楽や局部は、当然に主人が管理すべきものであるためか、情報を共有することに特に躊躇は無いようだった。
そんな矢上は誠吾を開発する方法として、尿道から道具を挿入して前立腺を刺激しようと思い付いたそうだ。前と後ろから同時に刺激してやれば、さすがに中イキできるようになるのではないか、という考えだ。
しかしここで問題がひとつ。矢上は大雑把な上に不器用なので、細かい作業がとにかく苦手だという。そこで、尿道からの前立腺開発を外注しようと考えた、ということだ。
突拍子もない思い付きのようだが、もしかすると横の繋がりがあるSM愛好家にとっては、他の人間に奴隷の開発を依頼するのは珍しい話ではないのかもしれない。
思い立ったが吉日とばかりに誠吾を連れた矢上がこの店を訪れ、玲瓏とした見た目からなんとなく手先が器用そうに思えたレイに相談したところ、
『私が満足するまで誠吾くんの尿道にヒールを突っ込んでいいなら、喜んでお手伝いして差し上げます。一度試してみたかったんですよね。25センチのピンヒールなら、尿道から直接前立腺を踏めると思います?』
と言われたらしい。主従揃って真っ青になったのは言うまでもない。
「本当に、レイの相手は心身共に丈夫でないと務められませんね」
話を聞いた工藤は驚く様子もなく呆れてみせたが、雛木は全身を引きつらせ、スツールの上で思わず股間を両手で握り隠した。痛いのも気持ちいいのも大好きだが、ピンヒールを直接尿道に捩じ込まれるなど、考えただけで卒倒してしまいそうだ。
そんな状況だったので、偶然にも工藤が現れ、矢上は内心で天の助けだと思ったという。
矢上から見れば、工藤は考え方もプレイの好みもまるで合わない、いけ好かない男だ。しかし、少なくともレイに比べたら、初心者向きのプレイかどうかを考慮してくれる分別はあるだろうと思えた。だから、『サロンの連中』に雛木の存在をばらさないことと引き換えに、工藤に尿道責めの手ほどきを依頼したのだった。
「あまり気は進みませんが、引き受けざるを得ないですね。レイ、『奥』にブジーとカテーテルをいくつか用意して下さい」
ため息混じりに顎をしゃくった工藤に、レイがいつものアルカイックスマイルで頷く。『奥』とはもちろん、店の奥にある秘密の部屋だ。今からそこで、誠吾の開発を行うということだった。
体の構造は一人ひとり異なる以上、工藤が直接誠吾の尿道を探ってみるのが、一番の近道で安全策だということは素人にも理解できる。だが、それを聞いた雛木と誠吾は、無言ながらも揃って絶望的な表情を浮かべた。
何しろ、尿道プレイである。しかも、そこを広げたり刺激したりするだけでなく、その根本の更に奥、前立腺を刺激しようというのだ。
雛木としては、まだ自分もしてもらっていない調教を工藤が誠吾に施すなど、嫉妬で文字通り胸が潰れる想いだ。過去に工藤が奴隷に施したらしい厳しい調教を想像しただけでも居ても立ってもいられないのに、初対面の、しかも工藤に調教してもらえることの価値も知らない若造に先を越されるなんて、控え目に言っても冗談じゃない。
一方の誠吾にとっては、雛木の嫉妬など勿論想像することも思いやることもできるはずがなかった。何しろ、元々は特殊性癖も無い異性愛者だ。しかも実は、童貞である。若いその体は、矢上に出会うまで、エロ動画を見ながら単純に性器を擦ることしか知らなかった。矢上に惚れた弱みで尻だけはもう数えきれないほどに拓かれたが、尿道に物を入れるなんて考えられない。しかも、初対面のものすごく怖そうな年上の男にされるなんて。
誠吾は良くも悪くも、あらゆる意味で『ストレート』だった。
だが奴隷がNOを言えるはずがない。いや、もちろん一人の人間として嫌なことは嫌だと言ってもいいのだが、自分のせいで工藤に迷惑をかけた負い目のある雛木と、自分が矢上を満足させられていない自覚のある誠吾は、声高に否を唱えられる厚かましさを持ち合わせてはいなかった。
二人はあからさまな主張はできず、青ざめ、しかし小さく首を横に振り、縋る視線で己の主人を見つめる。
言えないけど、言っちゃいけないけど、言いたい。嫌だって。愛する人には、自分だけに酷いことをして欲しい、って。
無言であっても、奴隷たちの縋る視線は雄弁だった。過たず理解した主人二人は、聞き分けの無い奴だと渋面を作るが、内心に湧く悦びは誤魔化し切れない。
「仕方がないですね」
「しょうがねぇなぁ」
工藤と矢上は期せずして同じような台詞を吐いてしまい嫌そうに眉間に皺を寄せたが、一息置いて互いに唇の端を吊り上げる。
「では、私はこの子を使って手本をお見せしましょう。矢上さんもご自身でできた方が、今後も開発しやすいでしょうし」
そう工藤が提案すると、
「こいつが他の男に責められて泣くところも見てみたかったが、まぁ今後のことを考えたら、な?」
と矢上も応じた。
こうして、工藤が雛木をモデルに尿道責めを施し、矢上がそれを見ながら誠吾に試してみることになったのだった。
面白くなさそうな、
「お二人とも、ご自分の奴隷には甘いですねぇ」
というレイの呟きは、満場一致で黙殺された。
工藤が鞭打つのは愛情ゆえだと告白し、より踏み込んだ調教を施してくれて以来、雛木は幸せとしか言えない日々を送っている。
工藤とのプレイは以前に比べて厳しさを増していた。肉体的な負荷はもちろんだが、それ以上に、自分は奴隷なのだと、自分の主人は工藤なのだと思い知らされるようなプレイが増えている。雛木は工藤に自ら責めをねだり、与えられる苦痛に涙し、過ぎた快感に感謝を捧げ続けた。
思いのままに求め、愛する主人からそれ以上を与えられる。こんな幸せが他にあるだろうか。
最近やたらと『色っぽい』という声が周りから聞こえてくるようになったのも、心身共に満ち足りているからなのだろう。
極々まともで、何なら面白みのない人間として振る舞っている――と雛木自身は思っている――職場でもそんな風に言われるのは、当然心外ではあった。だが、あの朴念仁の馬越にさえ「『大事な人』と上手くいってるみたいだな」と苦笑されたから、充実感を隠しきれていないのかもしれない。
変化を他人に指摘されるほど、雛木は蜜月に浸り切っていた。彼の世界には、己と工藤しかいなかった。
だから、かつて自らが第三者の前で犯した過ちを、きれいさっぱり忘れていたのだ。
待ちに待った逢瀬の夜、工藤の後を追ってレイの店に足を踏み入れた雛木は、聞き覚えのある若い声に出迎えられた。
「あっ! 先輩!」
見れば、誠吾がカウンターのスツールから立ち上がり、大きく手を振っている。狭い店内だというのに、まるで百メートル先に知人を見つけたかのような大仰さだ。金色のツンツン髪が、今夜も盛大に周囲を威嚇している。
誠吾がいるとなると、工藤との間にあからさまに性的な雰囲気を漂わせるわけにはいかない。店の奥の秘密の部屋に行けば当然二人きりにはなれるが、美しいサディスト達に言葉や視線で嬲られる淫靡な空間に魅了されている雛木としては、残念に思わざるを得なかった。
しかしふと、雛木を呼んだ誠吾の視線が、どこか縋るような切実さを孕んでいることに気が付いた。
「誠吾くん、久しぶりだね。何かあった?」
気付いてしまった以上、さすがに無視するわけにもいかない。工藤の半歩後ろで首を傾げ、不審を隠さず問いかける。しかし、それに応えたのは誠吾ではなかった。
「馬鹿の言うことだからと半信半疑だったが、そうか。馬鹿でもそれなりに有益な情報は掴むらしい」
誠吾の一つ奥の席に腰かけた男から発せられた低い声。それは、さながら獣の上機嫌な唸りのようだった。気圧され、雛木は無意識に後ずさる。雄として明らかに自分より強い相手だと、考えるより先に本能が警告した。この男には、決して逆らってはいけない。逆らった途端、喰われる。蹂躙される。
そんな恐れを抱かせた声の主は、狼を思わせる硬そうな黒髪を後ろに流した偉丈夫だった。雛木と工藤を流し見る鋭い目には、面白がるような色が浮かんでいる。
「上々だ。あとは大人しくしてろ」
男は座ったまま誠吾の髪をくしゃりと混ぜ、何気ない様子でその手を誠吾の肩に置いた。見るからに重量を感じさせる、ごつごつとした大きな手だ。誠吾はまるで肩に土嚢でも乗せられたかのように、スツールへずるりと沈んだ。
「はい……」
驚いたことに、あの誠吾が小さな声で返事をしたきり、視線を落としてしおらしくなる。
一目で、この男が誠吾の主人なのだとわかった。 ツヤ消しのライダースジャケットに覆われた胸は分厚く、ただ腰かけているだけなのに威風堂々として見える。雛木よりも年上だろうと思われるが、野性味が強すぎて、雛木の尺度では年齢を推測できない。ノーブルな印象の工藤とは対照的な男だが、どこか工藤に通じる気配というか、存在感とでもいうようなものが感じられた。
「お久しぶりですね矢上さん。馬鹿が、何ですって?」
口を開いた工藤の声音に不快さが混じる。雛木は工藤が男と面識があったことにも驚いたが、それ以上に、いつも丁寧な工藤が不快さを隠しもしないのが意外だった。恐らく同じ『趣味』をもつ同士だろうに、なにか事情があるのだろうか。
普通の人間であれば萎縮してしまいそうな工藤の不興だが、問われた男は歯牙にもかけずににやりと笑んだ。
「この馬鹿が、『奴隷先輩』と知り合ったってはしゃいでたんだよ。ゴシュジンサマに初めてケツアクメさせて貰った時の話を聞いて、漏らしそうなくらい興奮したってよ。で、その先輩のゴシュジンサマは『くどうさん』だって言うじゃねぇか。あの『K』がまた奴隷を飼い始めたって聞きゃあ、なぁ?」
意味深な言葉も表情も野卑そのものなのに、にやりと歪められた厚い唇が強烈な色気を放っている。
いや、色気というより、もはやあからさまな言葉でセックスアピールと表現するべきか。秘する気配のない肉感的な魅力が、相対する人間の性感を刺激してやまない。愛する主人のいる雛木ですら、つい視線が引き寄せられてしまう。
ストレートであるはずの誠吾がこの男に魅了されてしまったのも、無理はないことだと思えた。つい、無意識に、否応なく、その股間にむしゃぶりつきたくなるような、圧倒的な男だ。それはさながら、若い雄狼が、心身ともに成熟した群れのリーダーに膝を屈するようなものかもしれない。
だが、雛木が矢上という男に見惚れていられたのはそこまでだった。
「奴隷先輩の、ご主人様、ねぇ」
一言一言を区切った工藤の低い声に、雛木の全身の産毛が逆立つ。不愉快さを隠そうともしないその言い様は、雛木に自らの失敗を悟らせるのに十分だった。
つまり、自分がこの店で素敵な思い出話を誠吾に語ったせいで、今の状況が生み出されたということらしい。調子に乗って、工藤との秘め事を語る快感に酔って、ちょっと……いやかなり……まずいことを口にしたようだ。
己の失態を自覚して真っ青になる雛木だったが、しかし、工藤の怒りは別の人物に向かった。
「初対面の人間の前で色めいた独演会をしたと、この子からうっすら聞いてはいましたが。なるほど。相手が矢上さんの飼い犬だったとは。……レイ? 聞いていませんよ?」
地を這うような工藤の声に、雛木はもちろん誠吾でさえも縮み上がる。だが、この店のマスターは、アルカイックスマイルを露ほども崩さなかった。
「言ってませんから。まぁそう怖い顔をせず。お友達がいない寂しい奴隷ちゃん達が、悩みを相談したり、主人とのプレイを自慢したりするくらい、可愛いらしいものじゃないですか。ね?」
白々しいレイの言葉に、工藤はこれ見よがしにハッと鼻を鳴らした。
「貴様の性格が糞なことは知ってたが……と、失礼」
荒い言葉遣いにびくりと揺れた雛木の気配を察したのか、工藤が一瞬で怒気を和らげる。しかし火に油を注ぎたいかのように、矢上は喉の奥で低く笑った。
「随分お上品になったじゃねーか『ムシュー』? あぁ、言っておくが俺は引き続き『サロン』とは無関係だ。あんたが新しい奴隷を飼い始めたって、連中にばらしちゃいねぇぜ? でも、連中が知ったらきっと放っておいちゃくれないだろうなぁ?」
雛木には理解できない話だったが、どうやら自分が工藤の名を漏らすと、矢上の言う『連中』とやらに対して悪材料になるらしいということはわかる。レイの店だからと、気を緩めすぎた。同好の士が集まる店だからこそ、複雑な人間関係があるという可能性に思い至るべきだったのに。
工藤は、一度も雛木を振り返らない。いつだって雛木の表情や態度を観察し、与える苦痛や快楽の手綱を巧みに操る工藤が、だ。それほどに怒り、また、事態が深刻なのかもしれないと思うと、雛木の全身から血の気が引いた。
謝りたい。が、主人達の会話に口を挟めるはずもない。それに、常日頃から悦びをもって跪き、工藤の靴を舐めることに何の躊躇もない雛木には、これほどの罪に見合う詫び方など思いつきようがなかった。
――どうしよう。どうしたら……。
どんな罵詈雑言よりも、視線一つ向けられないことが一番恐ろしい。雛木はカタカタと音が鳴るほどに震えながら、唇を噛んで項垂れた。
絶対的に、仕える立場を自認している雛木だ。好色な矢上から隠そうと、工藤に背で庇われているなどとは考えもしない。ましてや、工藤の顔に浮かぶ独占欲に、レイが内心で腹を抱えて笑っているなど、たとえ何度生まれ変わったとしても気づきはしないだろう。
良くも悪くも奴隷根性が染み付いた雛木は、気品に満ちた工藤の背に、許して欲しい、詫びさせて欲しいと心で縋ることしかできずにいる。
二人の主人の間に、緊迫したわずかな時間が流れた。
「……チッ」
工藤の小さな舌打ちに、雛木は反射的にばっと顔を上げた。だが、半歩後ろからでは工藤の表情はうまく伺えない。雛木が目にすることができたのは、矢上の厚い唇の端が猛々しく吊り上がる光景だけだった。
「……で、何が望みですか」
溜息と共に吐き出されたのは、苦々しい工藤の譲歩だった。やはり、脅されている側は分が悪いらしい。
主人に折れさせるなど、あってはならないことだ。しかし、どのタイミングで、どうやって、全ての責を負わせてほしいと請えばいいのだろう。どれほど脳を回転させても、己が差し出せる価値あるものものなど思いつきはしない。
雛木はほとんどパニックに陥り、もはや己の首を掻っ切る刃物を探し始めてさえいた。その視線が、レイがいつも巧みに操っているアイスピックに止まったのと、矢上が声を上げて笑ったのは、ほぼ同時だった。
「クッ、うははっ、いやぁいいもん見られたな。だぁいじょうぶ、脅すつもりはちょっとぐらいしかねぇよ。だからそんな死にそうな顔すんなよ『奴隷先輩』」
はっと、工藤が雛木を顧みる。工藤が庇っているつもりだった可愛い奴隷は、血の気を無くして縮こまっていた。真っ青になりカタカタ震えながら、見開かれた目だけが必死な色を湛えている。
「あの……工藤さん……本当に、なんてお詫びしていいか……」
工藤は、意識的に過去や人間関係を雛木に知らせていない。それは自分の心の安寧のためであり、色々な意味で雛木の身の安全を考えてのことでもあった。が、このような状況では、用心のしすぎは雛木を徒に不安にさせるだけだった。
この場で色々と説明するわけにも、そのやりとりを矢上に見せるわけにもいかない。弱味を更に晒すだけだ。
「……で、何が望みですか」
溜息と共に吐き出されたのは、工藤の譲歩だった。矢上のことは嫌いだが、話が全く通じない相手というわけでもない。これ以上面倒なことになる前に、適当なところで手を打っておきたかった。
早々に折れた工藤に対し、矢上は矢上で態度を軟化させる。別にやりあいたいわけではないらしい。
「話が早くて助かるぜ。実は、見た目だけは器用そうなレイを頼って久しぶりにここに来たんだが、この美人が思った以上にドSで、ヘタレなガキの仕込みには何の助けにもならないもんで困ってたんだ。だから、奴隷の仕込みに定評がある工藤サンの手を借りられるんなら助かるな、と。あんた、自分の持ちもんにピアス開けまくってたし、多分手先器用だろ?」
野生の権化のような男に『思った以上にドS』と評されたレイは、わざとらしく悲しげに首を横に振った。
「ハイヒールを突っ込んでもいいのなら是非に。と言ったのに、断られてしまいました」
レイと付き合いの長い工藤は何となく察せられたようで、苦虫を噛み潰したような顔をした。しかし雛木には、ハイヒールを突っ込むというのが一体どういう状況なのか想像もつかない。いや、それよりむしろ、工藤が『持ちもんにピアス開けまくってた』という方が気になった。それはつまり、工藤は以前飼っていた奴隷に手ずからピアスを開けていた、ということだろうか。『開けまくっていた』と言うからには、耳だけではなく色々な、そう、色々な、場所に。だとしたら何て……羨ましい。
工藤と矢上の間の緊迫した空気が弛み、こっそりと胸を撫で下ろした雛木は、工藤にピアスを開けもらう妄想に現金にも胸をときめかせる。舌か、乳首か、性器か、どこでもいい。全部ならもっといい。眉ひとつ動かすことのない工藤に、麻酔も使わずに太い針を刺され、血が流れるのも構わずに金属を捩じ込まれる。それはなんて恐ろしく、狂おしいほどに心踊るひとときだろうか。
先程までの切羽詰まった後悔と反省はどこへやら、雛木は簡単に発情モードへと切り替わったのであった。
『ケツにハメただけでイキっぱなしになる奴隷』
そんな主人の好み通りになれず悩んでいるという話は、雛木も誠吾本人から聞いていた。どうやら数か月経った今も、その状況は変わらないらしい。
誠吾の主人である矢上彰浩によると、誠吾はおそらく物理的に、直腸からでは前立腺に刺激が伝わりにくい体のつくりなのではないか、ということだった。中を探ってもほとんど膨らみが感じられず、どれだけしつこく刺激してやってもメスイキする気配がないと、矢上は呆れ顔で言い放った。開発すれば開口部や直腸の奥への刺激でもイけるようになるが、そんな芸当は誠吾にとっては夢のまた夢だ。
顔見知りの若い男の下事情を赤裸々に知らされ、雛木も多少気まずかったが、当事者である誠吾にとっては針の筵だ。可哀想に、顔を真っ赤にして俯いている。
誠吾自身が言っていた通り、そもそもは性的指向も性癖もかなりストレート寄りなのだろう。うっかり矢上のような男に惚れてしまったせいで、本来ならしなくてもいい苦労を背負いこんでいるのは明らかだった。
しかし主人たちはカウンターのスツールに並んで腰掛け、なんの遠慮もなく誠吾の下半身を話題にしている。彼らにとって奴隷の快楽や局部は、当然に主人が管理すべきものであるためか、情報を共有することに特に躊躇は無いようだった。
そんな矢上は誠吾を開発する方法として、尿道から道具を挿入して前立腺を刺激しようと思い付いたそうだ。前と後ろから同時に刺激してやれば、さすがに中イキできるようになるのではないか、という考えだ。
しかしここで問題がひとつ。矢上は大雑把な上に不器用なので、細かい作業がとにかく苦手だという。そこで、尿道からの前立腺開発を外注しようと考えた、ということだ。
突拍子もない思い付きのようだが、もしかすると横の繋がりがあるSM愛好家にとっては、他の人間に奴隷の開発を依頼するのは珍しい話ではないのかもしれない。
思い立ったが吉日とばかりに誠吾を連れた矢上がこの店を訪れ、玲瓏とした見た目からなんとなく手先が器用そうに思えたレイに相談したところ、
『私が満足するまで誠吾くんの尿道にヒールを突っ込んでいいなら、喜んでお手伝いして差し上げます。一度試してみたかったんですよね。25センチのピンヒールなら、尿道から直接前立腺を踏めると思います?』
と言われたらしい。主従揃って真っ青になったのは言うまでもない。
「本当に、レイの相手は心身共に丈夫でないと務められませんね」
話を聞いた工藤は驚く様子もなく呆れてみせたが、雛木は全身を引きつらせ、スツールの上で思わず股間を両手で握り隠した。痛いのも気持ちいいのも大好きだが、ピンヒールを直接尿道に捩じ込まれるなど、考えただけで卒倒してしまいそうだ。
そんな状況だったので、偶然にも工藤が現れ、矢上は内心で天の助けだと思ったという。
矢上から見れば、工藤は考え方もプレイの好みもまるで合わない、いけ好かない男だ。しかし、少なくともレイに比べたら、初心者向きのプレイかどうかを考慮してくれる分別はあるだろうと思えた。だから、『サロンの連中』に雛木の存在をばらさないことと引き換えに、工藤に尿道責めの手ほどきを依頼したのだった。
「あまり気は進みませんが、引き受けざるを得ないですね。レイ、『奥』にブジーとカテーテルをいくつか用意して下さい」
ため息混じりに顎をしゃくった工藤に、レイがいつものアルカイックスマイルで頷く。『奥』とはもちろん、店の奥にある秘密の部屋だ。今からそこで、誠吾の開発を行うということだった。
体の構造は一人ひとり異なる以上、工藤が直接誠吾の尿道を探ってみるのが、一番の近道で安全策だということは素人にも理解できる。だが、それを聞いた雛木と誠吾は、無言ながらも揃って絶望的な表情を浮かべた。
何しろ、尿道プレイである。しかも、そこを広げたり刺激したりするだけでなく、その根本の更に奥、前立腺を刺激しようというのだ。
雛木としては、まだ自分もしてもらっていない調教を工藤が誠吾に施すなど、嫉妬で文字通り胸が潰れる想いだ。過去に工藤が奴隷に施したらしい厳しい調教を想像しただけでも居ても立ってもいられないのに、初対面の、しかも工藤に調教してもらえることの価値も知らない若造に先を越されるなんて、控え目に言っても冗談じゃない。
一方の誠吾にとっては、雛木の嫉妬など勿論想像することも思いやることもできるはずがなかった。何しろ、元々は特殊性癖も無い異性愛者だ。しかも実は、童貞である。若いその体は、矢上に出会うまで、エロ動画を見ながら単純に性器を擦ることしか知らなかった。矢上に惚れた弱みで尻だけはもう数えきれないほどに拓かれたが、尿道に物を入れるなんて考えられない。しかも、初対面のものすごく怖そうな年上の男にされるなんて。
誠吾は良くも悪くも、あらゆる意味で『ストレート』だった。
だが奴隷がNOを言えるはずがない。いや、もちろん一人の人間として嫌なことは嫌だと言ってもいいのだが、自分のせいで工藤に迷惑をかけた負い目のある雛木と、自分が矢上を満足させられていない自覚のある誠吾は、声高に否を唱えられる厚かましさを持ち合わせてはいなかった。
二人はあからさまな主張はできず、青ざめ、しかし小さく首を横に振り、縋る視線で己の主人を見つめる。
言えないけど、言っちゃいけないけど、言いたい。嫌だって。愛する人には、自分だけに酷いことをして欲しい、って。
無言であっても、奴隷たちの縋る視線は雄弁だった。過たず理解した主人二人は、聞き分けの無い奴だと渋面を作るが、内心に湧く悦びは誤魔化し切れない。
「仕方がないですね」
「しょうがねぇなぁ」
工藤と矢上は期せずして同じような台詞を吐いてしまい嫌そうに眉間に皺を寄せたが、一息置いて互いに唇の端を吊り上げる。
「では、私はこの子を使って手本をお見せしましょう。矢上さんもご自身でできた方が、今後も開発しやすいでしょうし」
そう工藤が提案すると、
「こいつが他の男に責められて泣くところも見てみたかったが、まぁ今後のことを考えたら、な?」
と矢上も応じた。
こうして、工藤が雛木をモデルに尿道責めを施し、矢上がそれを見ながら誠吾に試してみることになったのだった。
面白くなさそうな、
「お二人とも、ご自分の奴隷には甘いですねぇ」
というレイの呟きは、満場一致で黙殺された。
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