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雛木君がハマった、黒くて細長いアレ ~反省&実践編 5~
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工藤は散々雛木の胸を打つと、エンドルフィンが切れる寸前を見計らって鞭を止めた。
今日のところは、鞭打ちを痛みとしか感じられなくなっては意味がない。
主人に打たれる喜びや快感を、改めて感じさせること。自分自身が望んで打たれているのだとわからせること。そしてそれを与えてくれる主人に感謝すべきなのだということを、刷り込むことが目的だった。
もちろん、工藤自身が雛木を打ちたいと思っていることが、鞭を振るう一番の動機ではあったが。
ともあれ、目的は充分に果たされた。工藤は、息も絶え絶えになりながらも恍惚とした表情を浮かべている雛木を吊りから下ろしてやるべく、足の下に枕を重ねる。片手で胴体を抱えて支えながら、手早く拘束を解くと、雛木はぐったりと身を預けてきた。
いたぶった後の奴隷の、弛緩した体の重さは、何度味わっても飽きることがない。ここまで追い込んでやったという実感は、征服欲が満たされて心地良い。自分の責めで、一人の人間が木偶同然になっている姿は、いたいけで愛しくて病みつきになるのだ。
もちろん、それが歪んだ悦びだという認識はある。
だが、逆らう意思を一片ももたない脱力した肉体は、どうしても工藤の嗜虐心を煽った。ここから更に追い込んで、正気を失うほど縋らせて、主人としての支配力をより強めたいとさえ思う。
だが、工藤はその欲求を押し留めた。初めて鞭だけで達しながらも、教えた通りに感謝を口にした雛木は懸命だったと理解しているし、仕込み切っていない肉体や精神は脆く、無理をすればあっけなく壊れてしまうことを知っている。
雛木を壊したくはなかった。肉体はもちろん、その淫らさからは想像もつかないほど真っ直ぐに愛を語る心も、長く慈しんでやりたい。
工藤は雛木を慎重に床に寝かせ、後始末に取り掛かった。
長く連続した絶頂のせいで、雛木自身はもうあまり意識が向かっていないようだが、雛木の性器は限界だった。根元を縛めていたせいでパンパンに膨れ、赤黒く変色している。そろそろ射精させてやらねばなるまい。
工藤は、雛木の股間を縛り上げていた麻縄をそっと解いてやった。
制限されていた血流が解き放たれた途端、急に痛みとじんじんした疼きが増したのだろう。朦朧としていたはずの雛木が「あうぅ」と呻き、緊縛痕の残る不自由な手でのろのろと股間を掴む。
射精感も戻ってきたのか、吊りと絶頂に疲弊しきったはずの腰を、小刻みに揺すり始めた。
しばらくそうしていると、血色の戻ったペニスは骨が通っているかのように硬くなり、今にも噴きそうにカウパー氏腺液を漏らし始める。
すぐにでも扱いて楽になりたい状態のはずだ。だが雛木は、床に転がったまま頼りない視線で見上げ、工藤の意向を伺った。
射精すると男は一気に冷静になるが、射精させずにオーガズムに何度も追い込むと、深い酩酊状態になる。加えて、においでわかる通り、雛木にはアルコールもかなり入っているのだろう。もう正常な判断はできないはずだった。
だが、本能が剥き出しになっているこの状況でも尚、雛木は勝手に性器を扱かなかった。大層素晴らしい成果だ。主人に射精の伺いを立てられるのは、奴隷の習性が身に染み込んでいる証に他ならない。
「出したいですか?」
言わずもがなの問いに、雛木は床に転がったまま身じろいで、こくこくと頷いた。
どうやら起き上がる余力がないらしい。やはりハードな責めを施してこなかった分、耐久力にはまだまだ難がある。調教を進めるなら、もっと吊りに慣れさせ、筋力と体力と柔軟性を身に付けさせる必要があった。
……だが、本気で仕込む勇気のない主人の調教で、この奴隷はどこまで美しくなってくれるだろうか。
抱え続ける懊悩を振り払い、工藤は努めて穏やかに告げた。
「どうぞ。出していいですよ」
雛木が射精したら風呂に入れてやろうと考えながら、麻縄に付いた汗や皮脂を懐紙で拭い取る。雛木のために買い揃えた、太さ長さが様々な麻縄の数々は、手入れの甲斐あって、手によく馴染んでいた。
気まぐれで始めた関係だった。SMプレイやそのコミュニティから離れようと思っていた工藤に押し付けられた、SMパートナー募集サイトの管理人の仕事。そこで、質の悪い『(自称)サディスト』に引っ掛かりかけていた雛木が気になって、管理者権限で忠告した。それが始まりだった。
SMへの興味を語り、忠告に素直に感謝しながら、どこか投げやりな雛木の様子が気にかかって、なんとなくやり取りが続いた。実際に会ったら見た目が好みだったので、自分のリハビリのつもりで軽く虐めた。その程度の相手だったはずなのに。
いつの間に、こんなに大切になってしまったのだろうか。
本格的に仕込むつもりは無いと自分自身に言い聞かせ続けているのに、丹念に蜜蝋を塗り込んだ麻縄がその弱腰を嘲笑う。この縄が雛木にどう絡みつくか、どう締め上げるか、そして、雛木がどんな表情を見せ、どんな声を上げるのか。思い描きながら丹念に縄を手入れしている時点で、本当はもう、とっくに夢中になっているのだろう。
軽い自嘲に耽りながら、麻縄の応急処置をしていた工藤が、床から送られる視線にふと気づいた。充溢を扱きもせず、やっとといった様子で上半身を腕で支えている雛木が、こちらを見上げている。
「辛いでしょう? 出していいですよ。……まさか、吊りのせいで手に力が入りませんか?」
途端に心配になり、工藤は片膝をついて雛木の腕を取る。
関節には負担をかけない縛り方をしたし、雛木の体重に耐えられる支点の数と、吊り時間だったはずだ。だが、事故は起こり得る。
関節や筋肉の作りをいくら学んでも、肉体には個人差がある。そこへ、精神の作用まで加わることを考えれば、完全に安全な物理的SMプレイなど、存在しないのは自明だ。
愛しい者を、いたぶりたい。苦しめ、痛めつけ、哀願させたい。
けれど、不幸にしたいわけでは決してなかった。
「工藤……さん……」
愛しい奴隷が、弱々しく名を呼ぶ。雛木の姿は、工藤が好む責められ脱力し切った奴隷のそれなのに、この状況では、『主人』と呼ばせていないことをかえって突き付けられた。こんなに体に無理をさせて、精神的にも追い込んで、今も尚本気で仕込む勇気も覚悟もない自分への嫌悪感ばかりが募る。
だが、続いた雛木の言葉は予想外のものだった。
「体は、大丈夫です。心配して下さって、ありがとうございます」
雛木はよろよろと上半身を起こし、先ほどまで惚けていた目に、ぐっと力を漲らせた。
「でも、あの……、工藤さんは本当に、奴隷に対してそういう風に言うんですか? 俺が悪いことをしたのに。罰を貰って、奴隷の作法を教えてもらって、その後なのに、自分でしていいって。……これって、絶対手加減されてますよね?」
思ってもみなかったささやかな反抗に、工藤の反応が遅れる。工藤の驚きを知ってか知らずか、雛木はここぞとばかりに畳み掛けた。
「さっき、今まで以上にちゃんと奴隷扱いしてくれて、すごく嬉しかったんです。俺、まだまだ大丈夫です。しゃ、射精する時も、奴隷として扱っていただけないでしょうか」
雛木の、強い意思を込めた、しかし羞恥交じりの反発に、虚を突かれた。ここへ来て尚、支配され責められることを望むのか。
工藤の飼った男の奴隷は、プレイ内容がどうあれ、勃起する力が残っている内は、射精の許可には喜んだ。それは、堰き止められれば堰き止められるほど募る欲求であり、待ち侘びた解放であり、男にとっては馴染んだ純粋な快楽だからだ。
だが、雛木はそれを不服だと言う。
もしかすると雛木の心には、工藤がこれまで飼ってきた奴隷達を超えるほどの、服従の精神が棲みついているのだろうか。そんな不穏な期待が頭をもたげる。
奴隷にとって何よりも大切なのは、主人に服従することが最上の喜びだと信じ込める心だ。被虐を悦ぶだけでは、ただのマゾヒストでしかない。
主なくして奴隷は生まれず、奴隷をもたない主は主足りえない。主人と奴隷は分かち難く一つなのだ。
工藤はそれを、嫌というほど自覚している。
その点でいえば、本格的に調教していないはずの雛木が示したのは、まぎれもなく、主人としての欲望と技巧の全てを注ぎ込んだ最高の奴隷を育てられる可能性だ。
それは、とても危険で、抗いがたい誘惑だった。
「……そんなに、堕ちたいのですか? 今でもあなたは世間から見れば十分に、SMに耽溺する変態なのに。もっと、と?」
口ではそう確認しながらも、工藤は屈み込み、その指はもう既に雛木の顎をしっかりと捕らえていた。
腕と腹に濃い緊縛痕を残し、打たれた胸を真っ赤に腫らした奴隷が、更なる従属を求めている。主人として、こんなに満たされ、欲望を掻き立てられることが他にあるだろうか。
「はい。体中全て、心の全て、奴隷にしてほしいです」
迷わずそう答えた雛木は、この場には似つかわしくないほど、きらきらと瞳を輝かせていた。まるで、やっと夢への足がかりを掴んだと言わんばかりに。
「俺は今でもあなたの奴隷です。でも、もっともっと、あなたの手で、あなたの奴隷ふさわしくあるように、変えて欲しいんです」
言い募る声は切実だった。
こんなに望まれて、どうしてそれを叶えてはいけないのだろうか。本格的に仕込んだとしても、あの子と同じ末路を辿るとは限らないのに。
工藤の胸に誓った戒めはとうに綻び始めており、今またその一部が脆くも解ける。
黒革の首輪をつけた男の暗い面影は、工藤の胸から消えることはない。
だが同時に、アメリカで数日前に目にしたばかりの、白いタキシードに身を包んだ男の、はにかんだ微笑みも目に浮かんだ。
どうか幸せになってくれ。そう言おうとした工藤を制し、
『今までも、これからも、たとえ魂だけになっても、あなたの幸せを願い続けます』
と誓ったかつての奴隷。
彼は工藤がとことん仕込んだ後でも、工藤の手元を離れ、自分の力で未来へと歩み出したのだ。
雛木もしっかり導けば、最高の奴隷に仕上がって工藤を満足させ、新たな主人や恋人の元へ無事に旅立てるかもしれない。
取り返しのつかない不幸には陥らないかもしれない。望まれる限り、全力で仕込んでも許されるのかもしれない。
工藤は今回の渡米で、主人としての自信を少なからず取り戻していた。いや、主人として生きることに、新たな希望を見出したといってもいい。
不幸になった奴隷を目の当たりにし、恐れと自責から全ての奴隷を手放したが、やはり他者をいたぶり征服したいという湧き上がる欲求からは逃れられない。
そして、一人よがりではなく、いたぶられたいと望む人間も確かに存在する。
それをお互いにとって最高に気持ちいい形で叶えることこそ、主人の矜持ではなかろうか。
その哲学を、取り戻しつつあった。
そして、もう一度本格的に奴隷を仕込むなら、その相手は雛木であってほしかった。可愛くて、愛しくて仕方がない、この素直なマゾヒストであってほしかった。
工藤はまるで口付けるように、雛木の下唇を親指でなぞった。そして、自分でも笑ってしまうほど欲にまみれた声で、可愛い男に囁いた。
「いいでしょう。それではもう少し、奴隷の作法を仕込んであげましょう」
今日のところは、鞭打ちを痛みとしか感じられなくなっては意味がない。
主人に打たれる喜びや快感を、改めて感じさせること。自分自身が望んで打たれているのだとわからせること。そしてそれを与えてくれる主人に感謝すべきなのだということを、刷り込むことが目的だった。
もちろん、工藤自身が雛木を打ちたいと思っていることが、鞭を振るう一番の動機ではあったが。
ともあれ、目的は充分に果たされた。工藤は、息も絶え絶えになりながらも恍惚とした表情を浮かべている雛木を吊りから下ろしてやるべく、足の下に枕を重ねる。片手で胴体を抱えて支えながら、手早く拘束を解くと、雛木はぐったりと身を預けてきた。
いたぶった後の奴隷の、弛緩した体の重さは、何度味わっても飽きることがない。ここまで追い込んでやったという実感は、征服欲が満たされて心地良い。自分の責めで、一人の人間が木偶同然になっている姿は、いたいけで愛しくて病みつきになるのだ。
もちろん、それが歪んだ悦びだという認識はある。
だが、逆らう意思を一片ももたない脱力した肉体は、どうしても工藤の嗜虐心を煽った。ここから更に追い込んで、正気を失うほど縋らせて、主人としての支配力をより強めたいとさえ思う。
だが、工藤はその欲求を押し留めた。初めて鞭だけで達しながらも、教えた通りに感謝を口にした雛木は懸命だったと理解しているし、仕込み切っていない肉体や精神は脆く、無理をすればあっけなく壊れてしまうことを知っている。
雛木を壊したくはなかった。肉体はもちろん、その淫らさからは想像もつかないほど真っ直ぐに愛を語る心も、長く慈しんでやりたい。
工藤は雛木を慎重に床に寝かせ、後始末に取り掛かった。
長く連続した絶頂のせいで、雛木自身はもうあまり意識が向かっていないようだが、雛木の性器は限界だった。根元を縛めていたせいでパンパンに膨れ、赤黒く変色している。そろそろ射精させてやらねばなるまい。
工藤は、雛木の股間を縛り上げていた麻縄をそっと解いてやった。
制限されていた血流が解き放たれた途端、急に痛みとじんじんした疼きが増したのだろう。朦朧としていたはずの雛木が「あうぅ」と呻き、緊縛痕の残る不自由な手でのろのろと股間を掴む。
射精感も戻ってきたのか、吊りと絶頂に疲弊しきったはずの腰を、小刻みに揺すり始めた。
しばらくそうしていると、血色の戻ったペニスは骨が通っているかのように硬くなり、今にも噴きそうにカウパー氏腺液を漏らし始める。
すぐにでも扱いて楽になりたい状態のはずだ。だが雛木は、床に転がったまま頼りない視線で見上げ、工藤の意向を伺った。
射精すると男は一気に冷静になるが、射精させずにオーガズムに何度も追い込むと、深い酩酊状態になる。加えて、においでわかる通り、雛木にはアルコールもかなり入っているのだろう。もう正常な判断はできないはずだった。
だが、本能が剥き出しになっているこの状況でも尚、雛木は勝手に性器を扱かなかった。大層素晴らしい成果だ。主人に射精の伺いを立てられるのは、奴隷の習性が身に染み込んでいる証に他ならない。
「出したいですか?」
言わずもがなの問いに、雛木は床に転がったまま身じろいで、こくこくと頷いた。
どうやら起き上がる余力がないらしい。やはりハードな責めを施してこなかった分、耐久力にはまだまだ難がある。調教を進めるなら、もっと吊りに慣れさせ、筋力と体力と柔軟性を身に付けさせる必要があった。
……だが、本気で仕込む勇気のない主人の調教で、この奴隷はどこまで美しくなってくれるだろうか。
抱え続ける懊悩を振り払い、工藤は努めて穏やかに告げた。
「どうぞ。出していいですよ」
雛木が射精したら風呂に入れてやろうと考えながら、麻縄に付いた汗や皮脂を懐紙で拭い取る。雛木のために買い揃えた、太さ長さが様々な麻縄の数々は、手入れの甲斐あって、手によく馴染んでいた。
気まぐれで始めた関係だった。SMプレイやそのコミュニティから離れようと思っていた工藤に押し付けられた、SMパートナー募集サイトの管理人の仕事。そこで、質の悪い『(自称)サディスト』に引っ掛かりかけていた雛木が気になって、管理者権限で忠告した。それが始まりだった。
SMへの興味を語り、忠告に素直に感謝しながら、どこか投げやりな雛木の様子が気にかかって、なんとなくやり取りが続いた。実際に会ったら見た目が好みだったので、自分のリハビリのつもりで軽く虐めた。その程度の相手だったはずなのに。
いつの間に、こんなに大切になってしまったのだろうか。
本格的に仕込むつもりは無いと自分自身に言い聞かせ続けているのに、丹念に蜜蝋を塗り込んだ麻縄がその弱腰を嘲笑う。この縄が雛木にどう絡みつくか、どう締め上げるか、そして、雛木がどんな表情を見せ、どんな声を上げるのか。思い描きながら丹念に縄を手入れしている時点で、本当はもう、とっくに夢中になっているのだろう。
軽い自嘲に耽りながら、麻縄の応急処置をしていた工藤が、床から送られる視線にふと気づいた。充溢を扱きもせず、やっとといった様子で上半身を腕で支えている雛木が、こちらを見上げている。
「辛いでしょう? 出していいですよ。……まさか、吊りのせいで手に力が入りませんか?」
途端に心配になり、工藤は片膝をついて雛木の腕を取る。
関節には負担をかけない縛り方をしたし、雛木の体重に耐えられる支点の数と、吊り時間だったはずだ。だが、事故は起こり得る。
関節や筋肉の作りをいくら学んでも、肉体には個人差がある。そこへ、精神の作用まで加わることを考えれば、完全に安全な物理的SMプレイなど、存在しないのは自明だ。
愛しい者を、いたぶりたい。苦しめ、痛めつけ、哀願させたい。
けれど、不幸にしたいわけでは決してなかった。
「工藤……さん……」
愛しい奴隷が、弱々しく名を呼ぶ。雛木の姿は、工藤が好む責められ脱力し切った奴隷のそれなのに、この状況では、『主人』と呼ばせていないことをかえって突き付けられた。こんなに体に無理をさせて、精神的にも追い込んで、今も尚本気で仕込む勇気も覚悟もない自分への嫌悪感ばかりが募る。
だが、続いた雛木の言葉は予想外のものだった。
「体は、大丈夫です。心配して下さって、ありがとうございます」
雛木はよろよろと上半身を起こし、先ほどまで惚けていた目に、ぐっと力を漲らせた。
「でも、あの……、工藤さんは本当に、奴隷に対してそういう風に言うんですか? 俺が悪いことをしたのに。罰を貰って、奴隷の作法を教えてもらって、その後なのに、自分でしていいって。……これって、絶対手加減されてますよね?」
思ってもみなかったささやかな反抗に、工藤の反応が遅れる。工藤の驚きを知ってか知らずか、雛木はここぞとばかりに畳み掛けた。
「さっき、今まで以上にちゃんと奴隷扱いしてくれて、すごく嬉しかったんです。俺、まだまだ大丈夫です。しゃ、射精する時も、奴隷として扱っていただけないでしょうか」
雛木の、強い意思を込めた、しかし羞恥交じりの反発に、虚を突かれた。ここへ来て尚、支配され責められることを望むのか。
工藤の飼った男の奴隷は、プレイ内容がどうあれ、勃起する力が残っている内は、射精の許可には喜んだ。それは、堰き止められれば堰き止められるほど募る欲求であり、待ち侘びた解放であり、男にとっては馴染んだ純粋な快楽だからだ。
だが、雛木はそれを不服だと言う。
もしかすると雛木の心には、工藤がこれまで飼ってきた奴隷達を超えるほどの、服従の精神が棲みついているのだろうか。そんな不穏な期待が頭をもたげる。
奴隷にとって何よりも大切なのは、主人に服従することが最上の喜びだと信じ込める心だ。被虐を悦ぶだけでは、ただのマゾヒストでしかない。
主なくして奴隷は生まれず、奴隷をもたない主は主足りえない。主人と奴隷は分かち難く一つなのだ。
工藤はそれを、嫌というほど自覚している。
その点でいえば、本格的に調教していないはずの雛木が示したのは、まぎれもなく、主人としての欲望と技巧の全てを注ぎ込んだ最高の奴隷を育てられる可能性だ。
それは、とても危険で、抗いがたい誘惑だった。
「……そんなに、堕ちたいのですか? 今でもあなたは世間から見れば十分に、SMに耽溺する変態なのに。もっと、と?」
口ではそう確認しながらも、工藤は屈み込み、その指はもう既に雛木の顎をしっかりと捕らえていた。
腕と腹に濃い緊縛痕を残し、打たれた胸を真っ赤に腫らした奴隷が、更なる従属を求めている。主人として、こんなに満たされ、欲望を掻き立てられることが他にあるだろうか。
「はい。体中全て、心の全て、奴隷にしてほしいです」
迷わずそう答えた雛木は、この場には似つかわしくないほど、きらきらと瞳を輝かせていた。まるで、やっと夢への足がかりを掴んだと言わんばかりに。
「俺は今でもあなたの奴隷です。でも、もっともっと、あなたの手で、あなたの奴隷ふさわしくあるように、変えて欲しいんです」
言い募る声は切実だった。
こんなに望まれて、どうしてそれを叶えてはいけないのだろうか。本格的に仕込んだとしても、あの子と同じ末路を辿るとは限らないのに。
工藤の胸に誓った戒めはとうに綻び始めており、今またその一部が脆くも解ける。
黒革の首輪をつけた男の暗い面影は、工藤の胸から消えることはない。
だが同時に、アメリカで数日前に目にしたばかりの、白いタキシードに身を包んだ男の、はにかんだ微笑みも目に浮かんだ。
どうか幸せになってくれ。そう言おうとした工藤を制し、
『今までも、これからも、たとえ魂だけになっても、あなたの幸せを願い続けます』
と誓ったかつての奴隷。
彼は工藤がとことん仕込んだ後でも、工藤の手元を離れ、自分の力で未来へと歩み出したのだ。
雛木もしっかり導けば、最高の奴隷に仕上がって工藤を満足させ、新たな主人や恋人の元へ無事に旅立てるかもしれない。
取り返しのつかない不幸には陥らないかもしれない。望まれる限り、全力で仕込んでも許されるのかもしれない。
工藤は今回の渡米で、主人としての自信を少なからず取り戻していた。いや、主人として生きることに、新たな希望を見出したといってもいい。
不幸になった奴隷を目の当たりにし、恐れと自責から全ての奴隷を手放したが、やはり他者をいたぶり征服したいという湧き上がる欲求からは逃れられない。
そして、一人よがりではなく、いたぶられたいと望む人間も確かに存在する。
それをお互いにとって最高に気持ちいい形で叶えることこそ、主人の矜持ではなかろうか。
その哲学を、取り戻しつつあった。
そして、もう一度本格的に奴隷を仕込むなら、その相手は雛木であってほしかった。可愛くて、愛しくて仕方がない、この素直なマゾヒストであってほしかった。
工藤はまるで口付けるように、雛木の下唇を親指でなぞった。そして、自分でも笑ってしまうほど欲にまみれた声で、可愛い男に囁いた。
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