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雛木君がハマった、黒くて細長いアレ ~反省&実践編 2~

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 ホテルの部屋の中心に電車のつり革が存在する光景は、雛木の理解を超えていた。
 通勤時に毎日握っている電車のつり革のまさにそのものが、五つ並んでシルバーの金属パイプから下がっている。壁には新宿の特徴的な高層ビルが、窓枠を模した四角の中に描かれており、車窓から見える景色なのだとわかった。
 描かれた景色は明るく、この部屋の設定は真っ昼間らしい。
 それは明らかに、電車内での痴漢プレイを想像させる部屋だった。雛木が漠然と想像していた内装より遥かに生々しく、身の置き所がない。
  つり革を挟んで長椅子が二つ置かれているのも、妙にリアリティがあって羞恥心を煽る。しかも、その背もたれが黄緑色なのが、より山手線を思わせた。
 かなり趣向を凝らした内装だ。酔いも手伝って、雛木は本物の電車内にいると錯覚してしまいそうだった。
 一方、ラブホテルだというのにベッドは小さく、狭い部屋の隅に申し訳なさそうに置かれているだけだ。
 こんな俗っぽい部屋を選ぶなんて、今更ながら工藤に申し訳ない。
 そう考えたところで、雛木は重大な事実にはたと気付いた。急遽きゅうきょ工藤と会えることになったため、準備を何一つしていないのだ。とてもプレイを始められる状態ではない。
 工藤からの連絡が長らく途絶えていたとはいえ、それはあってはならないことだった。雛木はほぞを噛み、叱責覚悟でシャワーの許可を乞おうと口を開きかけた。
 だがそれに先んじて、室内の設備を確認していた工藤から声がかかった。
「日本を離れている間、あなたが送って下さった自慰動画を毎日見ていましたよ。何度見ても見飽きない、素敵な乱れようでした」
 内容とは不釣り合いな穏やかな声のトーンに、我知らず雛木の腰骨がぐにゃりと歪む。まさかあの時送った動画を保存して、しかも毎日見返してくれていたなんて。
「けれど、やはり本物には敵いませんね。あなたはただそこにいるだけで、私をこんなにも欲情させる。さぁ、衣服を全て脱いで、早くアヌスを見せてください」
 情熱的で直截な口説き文句に、雛木はもはや完全に腰砕けになっていた。そんな風に言われて、従わない選択肢が雛木にあろうはずもない。
「はい……喜んで……」
 応えた雛木の瞳はアルコールのせいだけではなく潤み、声は上ずっている。
 蛍光灯の白い光がより電車内を思わせる部屋の真ん中で、雛木はスーツの上下を脱いだ。ハンガーは見当たらなかったので、丁寧に畳んで黄緑色の長椅子にそっと置く。山手線内そのものの座席とスーツは妙にしっくりしていて、まるで誰かの忘れ物のようだった。
 電車の中で服を脱ぐ背徳感は、雛木をうっとりさせる。
 だが、ワイシャツを脱ぎ、タンクトップを脱ごうと裾を掴んだところで、「お待ちなさい」と声がかかった。
「なるほど、普段はそのような下着を身につけているのですね。子供と女性とのはざまといったところでしょうか。……ふふ、倒錯的な色気がありますね」
 工藤に笑われ、かぁっと体が熱くなる。調教を受け、大きく長くなった乳首を誤魔化すために、雛木は胸の部分に分厚い裏地がついたタンクトップを身に付けていた。バストが小さめの女性向けに作られた下着を、ネット通販で購入したのだ。
 工藤と会う時はあえて薄い下着を身につけるようにしているが、今日は予定外の逢瀬だったため、実用的な下着しか用意がなかった。
 調教した当の本人にだけは、直接乳首を見られるより、調教の痕跡を隠している姿を見られる方が恥ずかしいらしい。
 雛木はまたひとつ、自分の心の新たな一面に触れた。
「その、前は普通の男物のインナーを着ていたんですが、最近は人の視線を胸に感じることが多くなって……。意識すればするほど、う、疼いて……、仕事中でも……触りたく、なるから、こういうの着てるんです……」
 しどろもどろになりながら説明すると、工藤は小さく笑って「脱いでいいですよ」と許可をくれた。
 隠していることを知られた上で脱ぐのは、ただ脱ぐより何倍も恥ずかしい。
 雛木は工藤の視線を十分に意識しつつ、極力自然に見えるようするりとタンクトップを脱いだ。もちろん、丁寧に畳んで、長椅子の上に置かれたスーツの間に挟むことは忘れない。
 丁寧に脱衣するのも、自分が望んで従属するのだと思い知る、甘美なプレイだ。
 乳首は既に、硬く大きく勃起していた。
「なるほど」
 笑みを含んだ工藤の納得の言葉に、雛木はぎゅっと肩を窄める。
 乳首が勃っているのは、工藤の前で脱ぐ緊張のせいだけではない。工藤に会えないのが心身共に寂しくて、毎日毎晩弄り倒してしまったため、酷く熟れて腫れ上がっているのだ。
 命じられたわけでもないのに、こんなに腫れてしまうまで自分で虐めていると、工藤に知られてしまった。
 そう思うと、乳首だけでなく、強力なサポート編みのパンツの中心までパンパンに膨らんでしまう。本当に、どうしようもない体になってしまった。
「すみません……」
 久しぶりなせいか妙に気恥ずかしく、深い意味もなく謝罪し、そそくさとパンツに手をかける。
 熱を帯びた工藤の視線を感じながら、雛木は全てを脱ぎ去った。飛び出した勃起の根元は美しく剃毛され、工藤のイニシャルを刻んだコックリングが変わらずに鈍い輝きを放っている。
 工藤と会えない日でも、毎日丁寧に剃刀をあてるのがもう習慣になっている。
 だが、後ろの準備となればそうもいかない。本当は常に綺麗にしておきたいが、腸内洗浄は善玉菌も洗い流してしまうため、頻繁に行うのは良くないらしい。夜は結局自慰のために洗浄することになるのだが、せめて日中は中を休めるようにしていた。
 だから飲み会からそのまま来てしまった今は当然、なんの準備もできていない。それどころか、シャワーすら浴びていない有り様だ。
 工藤の前では、犯され、いたぶられるための場所だった穴が、本来の忌避感を取り戻す。洗ってもいない汚い場所を工藤に見せるなど、耐えられない。
 雛木はその場所を工藤に向けることがどうしてもできず、全裸でつり革に囲まれたまま、羞恥に身を竦ませた。
「主人に同じ事を二度言わせるのは感心しませんね。さぁ、早くアヌスを見せなさい」
 久々の厳しい命令口調に、雛木の全身に恐れとは異なる震えが走る。
 そうだ、自分の恥ずかしさやためらいになど、何の意味もない。何より大切なのは、工藤の命令だった。
 雛木は意を決して四つん這いになり、頭を低く下げて工藤に向けて尻を突き出した。汚らしい場所をさらけ出すのは、あまりにも恥ずかしい。
 だが、羞恥を堪えて命令に従った雛木に向けられたのは、予想外の冷たい声だった。

「……なるほど」
 厳しく命じる声に滲んでいた工藤の高揚感は、完全に削ぎ落とされていた。代わりに、突き放すような冷淡さばかりが伝わってくる。
 そんなに見るに堪えない状態だったかと、雛木はショックを受けた。
 だが、工藤の口から続いたのは、思いもよらない言葉だった。
「確かに何の説明もなく会わずにいたのは私ですが、これは想像以上にこたえますね。私はまだあなたの主人のつもりでしたが、とんだ思い上がりだったらしい」
 工藤の声は、聞いたこともないような苦渋に満ちていた。
 雛木は驚いて向き直り、その表情に衝撃を受ける。
 立ち尽くした工藤は酷く怒り、そして傷ついていた。
「なにを……工藤さん……?」
 不安のままに問いかける雛木の言葉に工藤は答えず、視線を逸らした。
「私の奴隷でありたいと願ったあなたの言葉を、愚かにも信じてしまいました」
 雛木には、工藤が何を感じ、どう考えているのか理解ができない。床に這ったまま、動揺で硬直している。
 立ち直ったのは、工藤が先だった。もちろん、表面上に過ぎないが。
「……そうですね、あなたと私は主従である前に、あくまでもプレイメイトでした。私があなたを放置し、満足させられないなら、被虐心を満たしてくれる相手を他に求めても仕方がない。私に文句を言う資格はありませんね」
 まるで雛木が浮気をしたかのような言い様に仰天する。工藤を裏切るなど、思い付きさえしないことなのに。
 なぜそんなことを言われているのかわからず、酔って回転が遅くなった頭で必死に考える。
 もしかして、自慰のし過ぎで見るからにあそこが緩んでいて誤解を生んだのだろうか。
 そんな激しい自慰だっただろうかと、雛木は慌てて記憶を辿った。
 ーー昨日は確か、乳首をクリップで挟んで、引っ張って……何回かイって……。それからお尻にスイング式のバイブを入れて……。
 そこまで思い出した瞬間、雛木はすっかり記憶が飛んでいた自分の仕業に思い至り、青ざめた。
「違います! これは……!」
 焦って説明しようとする。だが、工藤の冷え冷えとした声に遮られた。
「言い訳は結構です。ただのプレイメイトとはいえ、私はSMプレイを行う以上、自分の奴隷が他にも主人をもつことを好みません。しかも、よりによってそんな醜い痣をつけるような主人など。……出ましょう、服を着て下さい」
 全くの誤解だと雛木は言い返そうとした。工藤の勘違いだ。ただのプレイメイトだなんて言うのは辞めて欲しい。最愛の奴隷だと言ってくれたのに。
 だが続いた言葉に、文字通り雛木は殺された。
「リングは返して下さらなくて結構です。燃えないゴミにでも出してください」

 息の根が、止まったと思った。
 心も体も、呼吸することを忘れた。
 心臓が拍動を止める音を、雛木は確かに聞いた。
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