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雛木君がハマった、黒くて細長いアレ ~レクチャー編~

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 現代日本において、こういう物で打たれるのは、馬と人間のどっちが多いんだろう。
 緊張からか羞恥からか、雛木は場違いなほど冷静に、そんなことを考えた。
 それくらい、目の前にあるのは非日常を感じさせる道具だった。
 ヘテロでもゲイでも、普通のセックスライフではお目にかかることのないだろうアイテム。
 雛木はベッドの上で正座し、工藤が差し出した黒くて細長いその物体を、恐る恐る受け取った。

 工藤と初めてホテルに行って以来、縄や玩具は使われた――使ってもらった、と言うべきか。何しろ、自分でSMプレイを経験したいと、お願い……したのだから……――が、他人に痛みを与える類の道具を持ち出されたのは、今夜が初めてだった。

 そう、これは、雛木が生まれて初めて鞭を目にした時の話である。

「一口にSM趣味といっても実際はジャンルが細分化されるのですが、一般的なイメージからすると、これは避けては通れないでしょうね。いわゆる乗馬鞭という物です。長短ある内の、短鞭に分類されます。もちろん、馬の調教用ではなく、SMプレイ用にアレンジされた物ですが」
 工藤はボストンバッグから取り出した鞭を、パンッパンッと音を立てて自分の手の平に叩きつけた。
 あまりにも様になるその姿への畏怖心もさることながら、初めて耳にする高い打擲ちょうちゃく音が、痛みへの恐れに縮こまる雛木の臓腑と、与えられるはずの刺激を期待する腰骨を震わせた。
「今日はこれを試してみようかと思うのですが、どうですか? ここまでは求めていない?」
 工藤は必ず、こうして言葉による答えを求める。この数回でよくわかった。
 これがSMのルールなのか、工藤のこだわりなのかはわからない。だが、問われる度に自問自答してしまうのは確かだ。
 自分がこの責めを求めているのか否か。こんな、普通じゃない、痛かったり乱暴だったり変態的だったりする行為を、して欲しい、のか………。

 正直、怖い。痛いのも、変態っぽいのも。いや、何より、そういうことをして欲しいと認めるのが。
 でも、それを求めているから、今ここにいる。それが事実だ。
 なのに、いちいち口に出して確認させるのは、酷いと思う。
 ……無理矢理しないのは、紳士的だなとも思うが……。

 とはいえ、そんなもので打たれてみたいと口にするのは、雛木にとってはまだ、かなりの抵抗感があった。
 恥ずかしいし、自分でもちょっと引く。
 でも、今を逃せば、こんな機会は二度と訪れないだろう。体の相性がいいセフレを見つけるのだって難しいのに、鞭を持たせても安全で、しかも経験豊富そうな男になんて、普通に生活していたらそうそう出会えるはずがない。
 SM経験は無くとも、行きずりの相手ともそれなりには致してきた雛木は、工藤が信頼のできる貴重なセフレ――挿入はしていないが――だと見抜く程度の経験値はあった。
 ――正直、怖い。けど、鞭ってSMの醍醐味っぽいし、一回経験してみたいよな。叩いてもらうなら、この人がいいと思うし。
 雛木は意を決し、顔を赤らめながらも、
「やってみたいです……あの、できれば優しめで」
と口にした。

 それは、十分に丁寧な申し出だったと思う。
 だが、工藤は相変わらず、パンッパンッと音を立てて自分の手の平に鞭を打ち付けている。
 少し戸惑った雛木は、気付いた。
 なるほど、もうSMプレイは始まっているのだ。

 決して突出して美しいわけではないが、雛木とて相手に困る容姿ではない。遊び方を知らなかった十代の頃ならともかく、今なら男を引っ掻けることなど難しくはない。
 だが、そんなプライドは、この生まれながらにして帝王といった風情の男には、些かなりとも通用しないのだろう。
 雛木の立場は、工藤の施しを乞うか、この場を立ち去るかの二択しかない。
 この男を逃せば二度と得られない快感があることを理解できる程度には、雛木は大人だった。
 だから、少し惨めな気持ちになりながらも、雛木は「お願いします」と付け足した。

 工藤はほとんど表情を変えなかったが、ほんの少し口の端が弛んだように見えた。
 どうやら、責めをねだる言葉には、この帝王然とした男の感情を揺さぶる力があるらしい。
 雛木はその確信から、
「鞭で、打ってください」
と付け足した。
 すると、工藤は今度こそ満足げに微笑んだ。
「いいでしょう。一度触ってごらんなさい」
 そんな言葉と共に、雛木は鞭を手渡されたのだった。

 なお、ここまでのやり取りの間、当然のように雛木は全裸だった。

  渡された『短鞭』は、六十センチ程度の長さの金属棒の両端に、グリップと四角いシリコン製の舌のような物がそれぞれついていた。
 感覚的には、テニスのラケットより遥かに軽い。その軽さは拍子抜けしてしまうほどだ。
 思わず「かるっ」と言葉に出てしまったが、
「初心者に重い鞭を使うほど、見境のない嗜虐趣味ではありません」
と言われて、申し訳無さに縮こまる。工藤は当然のように、初心者向けの鞭を用意してくれたのだ。
 鞭に初心者向けや玄人向けがあることなんて、普通は知らないとは思うが。

 初心者向けと言われたその細い柄は華奢な印象さえあるが、これで人が人を打つのだと思うと、やはり淫靡でありつつ恐ろしい印象は拭えない。
 映画や漫画でしか見たことがなかった鞭を実際に手にすると、興奮と恐れが入り混じり、雛木の胸は複雑に高鳴った。
 その一方で、シリコン製の先端は少し安っぽくて、初心者向けとはいえ、工藤が使うことに意外さも感じた。もっと本格的な道具を使いそうなのに、この鞭はペラペラで柔らかく、当たっても痛そうには見えない。
 だが、そんな雛木の気持ちを見透かしたように、工藤は厳しい表情をした。
「シリコン製のフラップは、革製に比べて見た目は悪いですが、出血するような怪我をしにくいという利点があります。それに、鞭は用途や好みによって材質も使い分ける物ですから、なにもこれが痛みがないというわけではないですよ。例えば、ビニールの縄跳びが高速で当たると十分痛いでしょう?」
 ものすごくわかりやすい例えに神妙に頷いた。確かにビニール縄跳びは、当たると相当痛い。
 というか、子供時代の思い出まで卑猥な印象になるから、その例えはやめて欲しい。
 ついでに、小学生の頃クラスメイトにふざけて縄跳びで縛られて少しドキドキしたな、などと余計なことまで思い出してしまう。
 もしかして、子供の頃から素質があった……とか……?

「さぁ、打って差し上げますから、鞭を返して下さい」
 打ってやる、という言葉は、雛木にとってはあまりにも鮮烈だった。
 打ってもらうために、鞭を渡すのだ。
 そう自覚しながら工藤に鞭を渡す雛木の指先は、緊張で冷えて白くなっていた。
「いい子ですね。あなたの望み通り、この鞭で打って差し上げます。さぁ、両方の手の平を差し出してください」
 指示されたとおり、胸の位置で両の手の平を上に向ける。
 工藤は雛木の手の平の上で、シリコン製の鞭先をぽよんぽよんと弾ませた。
「シリコン製のフラップはよくしなるので、こうして肌に対して極力水平に当てると、高く軽やかな音がして肌が赤くなります。これが、怪我なく繰り返し打つための秘訣です」
「一方、これは鞭全般に言えることですが、角度を正確に調節するのは難しく、素人が打つとすぐに痣になりますから注意が必要です。もちろん、水平に当てても力が強ければ痣になってしまいますが」
 その言葉を証明するかのように、工藤はまるでバレーボールのアタックを打つような動きで肘から鞭を振り上げ、雛木の右の手の平をパンッと打った。
 流れるような動作に一瞬見とれたが、肌を打つ小気味いい音は想像以上に大きく、手の平への衝撃も相まって、雛木は思わず「いっ」と声を出してしまう。
 だが、声を出してから冷静になると、痛みというよりは肌への強い衝撃という感覚が強いのだと気づく。ハイタッチで力加減を間違ったらこんな感じになるだろうか。
 打たれた場所が赤くなるのを見つめ、じーんと痺れる感覚をじっくり追う。
 鞭は打たれる瞬間だけ痛いのだろうと漠然と思っていたが、むしろその後の痺れの方が時間としては長いのだと知った。

「大丈夫そうですか?」
 この程度は大丈夫だとわかっているはずだが、工藤は律儀に尋ねてくれる。
 もしかしたら、痛みだけでなく、他人に鞭打たれるという精神的な屈辱や恐怖をおもんぱかったのかもしれない。
 そんな生真面目さがおかしくて、雛木はつい冗談めかして答えた。
「今のところ大丈夫です。手がぽかぽかして、冬にこれしたらカイロ要らずかも」
 少し緊張が解けた雛木に、工藤も薄く微笑んだ。
「それは良かった。全身打てば、冬でもコートがいらないくらい暖かくなりますよ」
 それが工藤なりの冗談なのかはわからないが、確かに全身の血行は促進されそうだ。
「では、続けましょう。四つん這いになって、足の裏を天井に向けて下さい」
 雛木は変にリラックスしてしまい、言われるがまま工藤に尻を向け、ベッドの上で従順に獣のポーズをとった。
 

 パンッパンッと軽やかな音を立てて打たれているのは、雛木の足の裏だった。
 一打一打の痛みは、思ったほど強くはない。だが、罰を与えられる理由があるわけでもないのに、ただ被虐心を満たしたくて他人に鞭打ってもらっているという事実は、あまりにも背徳的だ。
 しかも全裸で、四つん這いになって。
 その羞恥と興奮は雛木の感覚を鋭敏にし、打たれるたびに「あぁっ」と高い声が迸っていた。
 もちろん、「好きなだけ声を出しなさい」と許可されたからだ。

 足の裏を打つと言われたときは、それの何が楽しいのかと内心思った。
 皮膚が厚いため内出血しづらいと、工藤はもっともなことを言う。
 だが、おそらく理由はそれだけではないのだろう。今雛木は、それを身をもって理解しつつあった。
 多くの人がそうであるように、雛木も足の裏をくすぐられるのには弱い。飛び抜けてくすぐったがりというわけではないが、擽られれば平気な顔をしてはいられない。
 一方で、普通に生活していれば、歩くことによって耐えず刺激され、体重のかかる場所でもある。意識したことはないが、おそらく丈夫で、痛みに対しても鈍感な場所なのだろう。しかし、足つぼマッサージで知られるように、全身に作用する部位でもある。
 そんなただでさえ複雑な場所が、打たれることで更に形容しがたく敏感になっていた。一打一打の痛みはそう大したことはないはずだったが、雛木の足の裏はいつの間にか真っ赤に色付いている。じんじんと痺れているのに、皮膚感覚だけはやたらと鋭くなっているのだ。
 そこを、前触れも無く鞭先ですっとなぞられた。
「くふぅっ、うんんぅぅ」
 思わず甘えたような声が上がる。強烈なくすぐったさの中に、足裏からぞくぞくぞくっと腰へ這い上がってくるような、官能的な痺れがあった。
 薄いシリコンの先端が土踏まずをすっとなぞり、踵からつま先にかけて真ん中をつつつっと撫でていく。りそうなほど足の裏を丸めると、そこにできた皺の一本一本を確かめるように鞭先が辿った。
 そうかと思うと、再びパァン! と音を立てて打たれる。
「ああっ」
 気付けばもう、打たれる痛みは飛び上がるほど強くなっていた。

 雛木は気付いていなかったが、工藤が打つ力は最初より弱くなっている。それはもちろん工藤の配慮によるものだったが、神経が過敏になっている場所は、弱い力で打たれても十分に痛んだ。
 ――い、痛いぃ。もう無理かも……。
 だが、雛木が音を上げそうになっているのを察したのか、工藤の操る鞭先は、痛む足の裏を再び優しく掠める。
 そうすると、先ほどよりも更にくすぐったく、
「ふううぅぅ、あはっ、あっ、あっ」
と声が出てしまうのだった。
 足の裏を擽られているだけなのに、その声はどこかなまめかしい。雛木は四つん這いのまま、くすぐったさに全身をくねらせた。
 しかし、その刺激に慣れる前に、再び鞭が振り下ろされる。
「ひぃっ!」
 四つん這いで足の裏に打擲と擽りを交互に与えられ続け、雛木は頭がぼうっとしてしまい、気付けばみっともなくカクンカクンと腰を前後させていた。
 足の裏に限らず、擽りは一種の拷問であり、快楽を与える手段でもある。
 調教を施されていない雛木は、痛みを快楽に変換する回路がまだ細く脆い。そんな未開発の体に対し、痛みを快感と錯覚できるよう、くすぐったさを潤滑油として使おうというアプローチだった。

「あふっ、ああん、ふうぅん、あはっ……ぅんっ」
 時間が経つごとに雛木の声はくすぐったさよりも快感の色を濃くしていく。だが、快感だけではなく、くすぐったさ特有のどうしようもないもどかしさも強くなっていた。
 初めは擽られる時間は短かったが、今では擽る合間に打つという具合に逆転している。そのため、擽られる時間は長く、気が狂いそうにもどかしい。
 すると自然と、もう擽られるのは嫌だ、いっそ打って欲しいと考え始めるのだ。焦らされ切ったタイミングで打たれると、その痛みこそがようやく与えられた救済だと、頭と体が勘違いし出す。
 雛木はついに、パンッと打たれた瞬間にも、「ああんっ」と艶めいた声を上げるようになっていた。打擲によって一瞬でくすぐったさが弾き飛ばされる感覚は、爽快ですらあった。
 だが、慣れない痛みの蓄積で、意識とは裏腹に体は悲鳴を上げ始める。
 雛木は無意識に、打たれて喘いだ後に「やだぁ、痛いぃ、やだぁ」と泣き言を漏らすようになっていた。

「なかなか素質があるようで、大変結構です。とはいえ最初から鞭打ちウィッピングだけで射精するのは難しいでしょうから、こちらを手伝って差し上げましょう」
 言うなり、完全に油断して無防備になっていた窄まりに、ローションを塗りこめた細身の異物を挿し込まれた。
「ああっ」
 衝撃に、一瞬頭が真っ白になる。
 いくら細身とはいえ、解されていない場所を無理に抉じ開けられれば、苦痛があるのは当然だった。
 しかし、すっかり快感を覚えこまされた雛木の秘穴は、異物を吐き出そうとするのではなく、速やかに、そして従順に綻び、食い締める。
 はぁはぁと息を切らし、四つん這いのまま振り返れば、雛木の尻から鞭の柄のような細長い棒が突き出ていた。だが、先ほどまで足の裏を打っていた鞭は、ベッドの上に置かれている。
 一体何を挿れられたのだろうという疑問には、工藤の手が答えてくれた。空中で頼りなく揺れる柄の端に工藤が触れた途端、雛木の腹の中がぶるぶるっと震えたのだ。雛木の窄まりに沈められた先端は、小ぶりのバイブレーターになっていた。
 直接手に持った玩具を入れられるより、棒の先端につけられた玩具を挿し込まれる方が、より被虐感と高揚が高まった。突き放されながら責められている感じが、いい。

 だが、細身の玩具のかすかな振動はすぐに体に馴染んでしまい、こんな物では足りないと、窄まりが物欲しげにひくつく。
「く、どうさん、これじゃ、いけない、です……」
 四つん這いになった四肢に力を入れ、切なく腰を揺すった。
 玩具は細すぎる上、振動するのは先端だけのようで、感覚の敏感な入り口付近は少しも刺激してくれない。ヴー、ヴー、と腹の中で鈍く震えるだけで、気持ちがいい場所にはひとつも届いていなかった。
「ええ。あなたは鞭で打たれて初めていけるんです。打って欲しい、打って下さいと念じながら、足の裏の感覚に集中してください」
 どういうことかよくわからなかった。だが、いきたい一心でこくこくと頷き、言われたとおりに足の裏に意識を集中させる。

 足の裏はじんじん、ざわざわとしていて、まるで無数の蟻が這っているかのようだ。
 感覚を集中すればするほど、痛む場所を更に打たれるのかと恐怖心も高まったが、同時にこのざわざわを叩いて散らしてほしいような気持ちにもなってくる。
 言われたとおり無言でしっかり集中する様子を見て取ったのか、工藤は雛木の背後で目を細めた。

 パァン!
 音高く足の裏が打ち据えられたのとほぼ同時に、振動する先端が雛木の感じる場所を容赦なく抉った。
「うあああぁっ」
 腕の力がガクリと抜け、顔をベッドに押し付けて倒れ伏す。
 工藤が、足裏を打つのと同時に、玩具で雛木の弱い場所を突いたのだ。
 だが工藤の手で柄付きのバイブレーターを固定されているせいで、腰を落とすことはできなかった。
 びりびりする打擲の余韻が続く間ずっと、振動する先端も弱い部分に押し付けられ続ける。
 ――あぁっ、どうしよう、気持ちいいっ……!
 だが、打たれた余韻が弱まると、工藤が柄を動かして、感じる場所を外してしまった。
 強い刺激を欲しがってひくつく内壁の動きが柄から工藤の手に伝わっても、逆に持ち手を握り締めて刺激しないよう制止されてしまう。
「いけそうですね。いつでもどうぞ」
 そう言うなり、工藤は再び足の裏目掛けて鞭を振り下ろし、同時に中の弱いところを抉る。
 弱い振動を助けるようにぐりぐりとねじり、奥をとんとんとんっと突きさえした。
「ひいぃぃぃっ! ああああっ」
 息を整える間もなく、また鞭は足裏に振り下ろされ、同時に中を抉られる。
 回数にすれば、たかが十に満たない程度だったかもしれない。だが、雛木は激しく抱かれているかのように喘いだ。
「そこっ、いいっ、いいよぉ、いくっ、いくうぅぅっ!」
 突き込まれたバイブレーターで高い位置に固定された腰がびくびくっと震える。絶頂が近いのだ。
 射精の瞬間を見極め、鞭の感触を刷り込むために、工藤は一度だけ雛木の尻を強く打ち据えた。
「あああっ!」
 高い声を上げ、雛木は達した。それは、痛みと快感がぜになった、稲妻に打たれたかのような劇的な絶頂だった。体が得た感覚を処理できなくて、頭の中が真っ白になる。
 性器を弄られて射精する時の単純な気持ちよさはもちろん、尻奥を犯されて達する濃厚な快楽とも異なる、鮮烈な極みだった。
  

 シーツをたっぷりと汚した雛木は、玩具を抜き取られても腰を落とさず、自分の手で足の裏を掴んで呆然としていた。
 鞭打ちによる痛みとアヌスの快感を同時に与えられて駆け上がり、到達した絶頂は、全く未知のものだった。
 苦痛とオーガズムを結びつけるのが、工藤の目的だったのだろう。そしてそれは、まんまと成功した。
 だが、理屈はそうだと頭ではわかっていても、心がついていかない。
 じんじんひりひりとする足の裏は、痛くてもう誰にも触られたくない。
 だが、最後に一度だけ打たれた尻の痺れは、今も尚もどかしい余韻を残していた。

「いかがでしたか? あなたのウィッピングへの適性は明らかですし、打たれている姿や声も悪くない。私としては、もう少し試してもよいかという気持ちになりました。もちろん、次回もあなたが私とプレイしたいと思うなら、ですが」
 返事を求められ、雛木は黙りこむ。味わったばかりの鮮やかな痛みと快感は、もっとして欲しいと即答するにはあまりにも強烈だった。
 工藤は手にした鞭を弄び、雛木が口を開くのを辛抱強く待っている。
 沈黙の時間にも、熱をもつ足の裏の痛みは続いていて、工藤に鞭打たれながら絶頂を迎えたという実感が徐々に湧いてくる。

 どちらかというと自分はマゾヒスト寄りだとは思っていたし、だからこそ工藤にプレイを頼んだのだとわかってはいる。
 だが、普通のセックスではまず出てこない鞭というアイテムで快感を得たのだと思うと、どこか恐ろしく、何に対するものかわからない罪悪感があった。
 こんなの、普通じゃない。
 痛みなんかなくても、この体は十分に気持ち良くなれる。そう知っている。
 なのに、どうしてだろう。もう一度、あの鞭の感触を味わってみたいと思ってしまうのだ。
 だって、鞭を手に立つ工藤の姿が、たまらなくセクシーに見えてしまうから。
 まだ、道具で打ち据えられる痛みそのものが気持ちいいわけじゃない。けれど、「工藤に」「鞭で」「打ってもらう」という要素の全てが、特別に官能的なのだと知ってしまった。

 雛木は乾いた唇を舐め、工藤を見据えてようやく口を開いた。
「あの、もう一度……次回とかじゃなくて今、その、お尻を……う、打ってみて、ほしいです……」
 その瞬間の蕩けるような工藤の笑みを、雛木は一生忘れることはないだろう。
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