プレイメイト(SM連作短編)

馬 並子

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工藤さんは本当にセックスしなくて平気なの? 3

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 ごしゅ、ごしゅ、ごしゅ、ごしゅ。

 その音がマシンから聞こえているのか、自分の尻から聞こえているのか、雛木にはもうわからなかった。
「やだやだやだぁっ! またイクっ! イクぅぅぅッ!」
 雛木が熱心にしゃぶっていた真っ黒なディルドは、規則的なモーター音と、肉の隘路を掻き分ける生々しい音と、ローションに閉じ込められた気泡が潰れる粘ついた音が合わさった複雑な雑音を奏でながら、もう長い時間雛木の後孔を犯していた。
 脳が現実逃避しようとでもしているのか、唐突に、ここのホテルは壁が薄いのだと思い出す。
 隣の部屋の女の嬌声はもう聞こえない。チェックアウトしているならいいが、二人揃って雛木のあられもない悲鳴に聞き耳を立てているとすれば恥ずかしすぎた。
『うそ、この声って男じゃない?』
『すげぇな、イキまくりじゃん』
 そんな風に嘲笑される様子すら思い浮かんだが、それでも雛木の口は迸る声を堪えることなどできなかった。

「あぁっ、イクッ! いくぅっ! ああああぁっ!」
 叫んで放出したのは、もう白濁とは呼べないさらさらとしたほんのわずかな液体だった。
「やだぁ、死ぬぅ、も、死んじゃうぅぅ……」
 何度埒を明けても一瞬もスピードの弛まない、電動マシンならではの執拗なピストン運動に、雛木は涙ながらに首を左右に振り、腰をくねらせる。
 異物を締め付ける輪の内側ぎりぎりまで引いて、力強く奥に打ち込み続けるその深いストロークとしつこさは、雛木が今まで経験したことのない危機感を体と意識にもたらしていた。
「ひっ、もうイったっ、いったからぁぁ!」
 泣き叫んでも決して止まらない。
 スピードとしては屈強な男の早めの腰振り程度だが、もうその時点で雛木の思う『ガン突き』は既に達成されている。それを、たゆまぬ力強さで、しかも工藤のモノを模したらしい巨大なディルドで執拗に繰り返されれば、幾度となく訪れる絶頂に泣かされるしかなかった。

 そんなぐずぐずになった雛木のすぐ側で、工藤はゆったりとベッドに腰掛け、マシンの取っ手を掴んで抜けないように支えていた。
 機械的に与えられている刺激だとわかっているのに、ただ取っ手をそうされるだけで、これが工藤から与えられている快感なのだと否応なしに思い知らされる。
 工藤はほとんど力も入れずに取っ手を操っているに過ぎなかったが、唯一縋れる相手なのだと雛木に理解させるには、それだけで充分だった。
「もうっ……ゆるしてぇ……」
 涙ながらに懇願する。気持ちよくて、気持ちよくて、苦しい。
 脳が、思考が、完全に停止して、肉体の快感だけに支配される。二度と戻れない重大な一つの境界線を、雛木は知らず超えてしまった。
 ――もう、何でもいい。気持ちいい。苦しい。助けて。助けて……。

 追い込まれた雛木の汗の滴る前髪を、工藤が梳いてくれた。その手は信じられないほどに優しかった。
 もうこの手に、全てを委ねてしまいたい。考える脳なんていらない。ただ、この優しい手に溺れていたい。
 しかし、その慈愛に満ちた手の感触とは裏腹に、かけられた言葉は無慈悲なものだった。
「今のところ出血も見られませんし、イける内は内臓に致命的な異常も来たしていないはずですから、もっと感じても大丈夫ですよ。何より、まだあなたのリクエストにお応えできていませんからね」

 ちょっと乱暴に突かれるのが好き、と。自分が言ったのはその程度のはずだ。確かにプレイにはガン突きされる感じがないとは言った。腰を掴まれて、パンパンパンパンッと音を立てて奥を突かれるのが堪らない、と思ってはいる。が。
 他の男とのセックスで得た快感や、思い切り突かれる追い詰められ方など、もうとうに超えていた。
 いきすぎて、辛い。でも、ずっと気持ちいい。
 これでまだリクエストに応えられていないなんて、じゃあ一体今与えられているこの絶え間ない突き上げとイキ地獄は何なのだろうか。

「リクエストの一つ目は、肌の触れ合い、でしたね」
 工藤の右手はマシンの取っ手を離さないまま、左手が器用にバスローブの腰紐を解き、雛木の体の前面をホテルの安っぽい照明に晒す。玉の汗を浮かべる体が低めに設定された室温に触れれば一瞬の清涼感があり、雛木は悩ましげに寄せられていた眉根をほんの僅かに寛げた。
 だがすぐさま、あられもなく開いた自分の足の間で丸いプラスチックのマシンが大きな音を立てて弾んでいるのが見えてしまい、再びぎゅうっと目を瞑って「ああんっ」と艶めいた嬌声を上げた。

 今までは、こんなに感じているのは工藤に抱かれているせいなのだと思い込み、どこか自分を誤魔化していたところがあった。だが目の前の光景は、こんなにも単純で、それだけに卑猥な動きを繰り返す電動玩具に犯されて達し続け、今この瞬間も声を上げながらよがっているという事実を突きつける。
 ――どうしよう、こんな、自動で出し入れされてるだけなのに、なんでこんなっ……きもちい……。

 機械に犯されているという自覚に萎えてしまうかと思われた雛木の性器は、更に血管を浮き出させ、間欠泉のように薄い白濁を溢れさせていた。
 素肌に剥かれ、玩具に犯されている現状を見せ付けられて、より強く欲情した雛木に工藤が笑いかける。
「いい子ですね」
 その言葉を、嬉しい、と思ってしまった。
 こんなことをされて感じても褒めてもらえるんだ、という安心感で、雛木は素直に快感のままにピストンに合わせて腰を振った。

 その弛緩を見計らっていたかのようなタイミングで、肩を掴んでぐるりと体を反転させられる。腹の中で、動き続けるディルドがぐりんっと半回転した。
「かはっ……」
 半身分移動させられた場所には、全身を覆うほどの大きさの透明なビニールシートが敷かれていた。汗にまみれた体に張り付くその感触は不快だったが、うつ伏せで後ろ手に縛られたままでは逃れようがない。シーツとは程遠いケミカルな感触に顔や性器が押し付けられるぬるっとした圧迫感に鳥肌を立てながら、雛木は自分の肉体が快感を強制されるモノになったように感じていた。

 だが、そんな扱いを責める気にもなれない。いきすぎて辛くて仕方がないが、こうして与えられる快感にただ身を任せているしかないのだという無力感は、同時に深い安堵をももたらしていた。
 ――あぁ、気持ちよくて、苦しくて、でももう、自分ではどうにもできない。しなくて、いいんだ……。自分自身の物じゃなくなったこの体を、意識を、工藤さんだけが好き勝手できるんだなぁ……。

 雛木は、後ろから犯される快感に酔った。自分が自分のものではなく、この男の物なのだという実感は、甘美で、安らかで、崇高ですらあった。
 だが、ぐいっと剥かれたバスローブが、ボンデージテープで拘束された手首の辺りで一まとめにされると、自分がいつの間にか全裸にされていることを、僅かに残った羞恥心が知覚できてしまった。
 ――あぁ、今、すごく恥ずかしくていやらしいことをされてる……。

 意識が朦朧とするままビニールに顔を埋め、軽い窒息感を楽しむ。その間もマシンは止まることなく奥と入り口を往復し続けていて、雛木はうぅんうぅんと唸りながら体を震わせ、軽い絶頂を味わっていた。
 だが、工藤がそんな自分本位な快感を許すはずもない。雛木がそう思い至るより先に、ずんっ、と腰にかかった圧力が酩酊を遮断した。

「がはっ……っ?」
 思わず頭を持ち上げて背後を顧みれば、工藤が腰の上に横座りし、全体重を自分の骨盤に乗せているのが見えた。その右手は雛木の背中を撫で、時に抓って刺激しながらも、左手は揺れるマシンの取っ手を緩く弄んでいる。
 最初雛木の腹側にあったマシンの取っ手は、体を反転させられた際に背中側に回されていた。工藤はそれを掴んで、ぐっと引き上げて、雛木の奥の弱い部分にディルドの先端を当てていたのだ。

 正確なリズムの前後運動は、尚も雛木を惑乱させ、追い込んでいた。気持ちいいが苦しさが我慢できず、少しでも圧迫感から逃れようと、縛られた不自由な両手で腰の上の工藤の太腿や尾てい骨の辺りを掻くが、何の抵抗にもなっていない。
 背中から押し潰されて平たくなった腹の中をガシガシと擦られると、まるで内臓を掻き回されるような恐怖があった。それなのに、雛木の口から迸ったのは恐怖の悲鳴ではなく、
「やだああぁぁぁっ! いくっ! いくぅぅぅっ!」
というあられもない嬌声だった。

「ほら、私の臀部の熱を腰に感じますね? それに、こうして素手であなた背中を撫でて差し上げれば、あなたの言っていた『肉体的接触』はクリアでしょう。後は”ガン突き”ですが」
 うつ伏せになった体では、もう射精したのかさえ確かめられなかった。性器に熱が集まった感覚はあったが、それ以上に腰骨の内側の辺りを突き続けられて極まる感覚の方が強いのだ。
 びくりびくりと痙攣しながらも、不穏な言葉を紡ぐ工藤を、何とか頭を持ち上げて顧みる。しかし、茫洋とした視線が体の上に座した工藤の酷薄な笑みを捉えた時にようやく、雛木は自分が無意識に「あぁぅ……あぁぅ……」と色めいた呻きを漏らし続けていることに気付く有様だった。

「今のストロークは強・中・弱の内の『中』で、速さは10段階中6です。”ガン突き”と言うからにはストロークは強で、速さは8以上でしょうか。本当は10で突き続けて差し上げたいのですが、さすがにフルパワーで一晩中稼動させるとモーターが火を噴きそうなので、8くらいにしておきますね。物足りなかったらそうおっしゃってください」
 工藤の話す数字が、ひとつも頭に入ってこない。ただ、これからもっと強くされるのだということだけはわかり、雛木は力なく、
「ごめんなさい……もういいです……突くの……いらないです……」
と口にしていた。

「おかしいですね。このディルドに変えてからまださほど時間は経っていませんし、”ガン突き”にも程遠いですが」
 工藤はプレイ中はいつも意地悪だったが、今日はこれまでの比較にもならない。『もっと』と強請らなければいけないことは辛うじて覚えてはいる。だが、朦朧としつつも、雛木の口から更なる責めを求める言葉は全く出てこなかった。それどころか、ごしゅごしゅと止め処なく秘所を抉る音が響く中、雛木は喘ぎ混じりに謝罪ばかりを口にする。
「あうっ、あうぅっ、ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……」
 しかし、その謝罪は、これから行われる厳しい責めを回避するための場当たり的なものだと、雛木は自分自身でも気付いていた。案の定工藤も
「謝る必要などありませんよ。あなたのリクエストには応えて差し上げたいですから、存分に楽しんでください」
と、聞く耳を持っていない。

「さて……ああ、腰を掴まれたいんでしたか。要は、圧迫と、逃げられない拘束感と、より深くまで叩き込まれる感覚が欲しいのでしょう?」
 そう言った工藤は、腰の上に横座りしていた上体を身軽にくるりと回し、雛木の足を正面にして腰の上に跨った。なんとなく、なんとなくだが腰の辺りにずしりとした剛直を感じて、雛木はたまらず、後ろ手で拘束された指先で、工藤の引き締まった尻を縋るように掴んでしまう。
 それはまるで、セックスの最中に自分の上で腰を振る男に甘えるような仕草だった。だが、どれほど甘えたところで、物足りないなどと生意気を言った罪が許されたりはしない。両手首を戒められ、腰の上に体重をかけて座られた雛木は、ごしゅごしゅと耳障りな音を立てる機械に無防備に犯され続けるしかないのだ。
 既に意識がふわふわとし始めた雛木には、更なる責め苦に抵抗する力は、もう一欠片も残ってはいなかった。
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