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初めて乳首イキした日のことは、今でもはっきり覚えています。 1/3

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 勢いよく手前に引いたスチール製のキャビネットの扉が、偶然雛木の乳首を掠めた。

 ――うっ

 思わず声を出してしゃがみ込みそうになるのを、ギリギリのところで堪える。
 キャビネットの扉に擦られた乳首は見る間に勃ち上がり、スーツの上からでも布地を押し上げているのが見て取れた。

 雛木の乳首がこんなに敏感になったのは、言うまでも無く工藤の仕業だ。以前はそれほど感じなかったのに、すっかり快感を教え込まれた。今では会社内でも無意識に弄ってしまいそうになって、はっと我に返って冷や汗をかくほど、雛木の指折りの性感帯になっている。

 そう、雛木が四六時中自分の乳首を弄りたがる変態になってしまったのは、工藤のせいなのだ。

 偶発的なキャビネットの扉の刺激では足りず、軽く奥歯を食い締めて、思い切り乳首を捻り上げたくなってしまった欲求を堪える。
 乳首が熱い。じんじん、気持ちいい。
 雛木は書類を整理する振りをしながら、初めて乳首で絶頂した日のことを思い出していた。

  

  

 やたらかわいらしい薄ピンク色のファーが巻き付けられた手錠をかけられ、後ろ手に両腕を拘束される。こんなおもちゃで発情するほど安くないつもりだったが、人前でこんなちゃちなもので拘束されているという状況は、逆に雛木の体に仄かな火をつけていた。
 ――くそっ、素人めっ。
 苦々しく思いながらも、冗談めかして「やめろって」と苦笑する。そんな雛木のワイシャツを剥かれた胸に、プラスチックの洗濯ばさみが近づいてくる。

 プラスチックの洗濯ばさみは挟む力が強く、接触面も硬いため、水ぶくれができるなどしてSMプレイには向かない、と工藤に教わっていた。

 工藤と出会うまでは淡くしか快感を拾わなかった雛木の乳首だったが、工藤は「徐々に感じるようにしてあげますね」と優しく言ってくれた。
 専用のポンプで乳首を吸い出してから、ラテックスの輪を根本に嵌め、くびり出す。そうして充血して敏感になった先端を、工藤は針で何度も突いたのだ。
 血が出ない程度に優しく突かれると、乳首は血流が良くなるのかどんどん赤らみ、敏感になっていく。表皮を破った無数の小さな傷は、痛みではなくむず痒い快感ばかりを与えたので、針の先でつつかれる度に雛木は甘い声を上げ、腰を弾ませてよがった。
 そんな甘い責めばかりを受けて、雛木はすっかり乳首を責められるのが好きになっていた。工藤の手で徐々に乳首が大きくなり、どんどん感度が上がっていくのが自分でもわかって、恥ずかしくも嬉しい。好意を抱いている相手によって自分がいやらしく変えられていく実感は、これまで考えてもみなかった幸福感を雛木にもたらしていた。

 そうやって大事に少しずつ開発してもらっていた乳首が今、まさか職場の飲み会の悪ふざけで、プラスチックの洗濯ばさみで挟まれる危機を迎えるとは。

 男しか参加していない飲み会では、女性の目を気にしない分馬鹿馬鹿しい盛り上がりを見せるのが常だ。安居酒屋の座敷席で、酔っぱらった男達が乳首相撲トーナメントを開こうと言い出した時、トイレから戻ってきたばかりだった雛木はその場を離れるタイミングを逃した。
 相撲だかなんだか知らないが、乳首は素人が洗濯ばさみで挟んでいい場所ではないと声を大にして言いたい。しかし、しがない会社員である雛木に、上司も参加する飲みの場の空気を冷やすことなどできようはずもない。

 とにかくこの場を穏便にやり過ごすためには、全く反応しないか、大げさに痛がってみればいい。
 後ろ手でおもちゃの手錠に拘束されながら、嫌々ながらも至極冷静にリアクションを考えていた雛木だった。
 しかし。
「じゃ、いくぞー」
 何気ない風で同期の男に開いた洗濯ばさみを近づけられ、乳首を根本から潰す位置でぱっと手を離された。
「うああああぁぁぁあっ」
 雛木は自分でも思ってもみなかったほどの大きな悲鳴を上げてしまった。両腕を戒められたまま、畳の上に転がってびくっびくっと体を震わせる。
「悪いっ! そんなに痛かったかっ!」
 慌てて外そうとする同期の男たちの手が無遠慮に洗濯ばさみに触れると、鞭打たれたような強い衝撃が乳首を襲った。
「いやだぁっ! 無理っ、さわんなっ」
 神経を直接潰して縫いとめられているような痛みと、その奥にある仄かな疼きに、雛木はついぞ社内で上げたことのない悲鳴を上げる。

 周囲の男たちがどうしようかと手をこまねいている間に、強い衝撃は徐々に去り、じくじくとした痛みに変わって、雛木はなんとか呼吸を整えて浅い息を繰り返した。
「これ、マジ、無理……痛すぎる……どうしてもするならもっと緩いのにしてくれよ…」
 同期の男たちは何かを誤魔化すように、「そ、そうか、悪かったな!」「緩い洗濯ばさみのメーカー、ネットで調べるわ」と笑う。
 しかし外してやるために触れることも憚られて、しばし雛木の乳首はプラスチックの洗濯ばさみで挟まれ続けた。ようやく我に返った同期の一人がおもちゃの手錠の鍵を外してやるまで、雛木は顔を赤らめ眉根を寄せて、小さく呻いていた。





 遅れること1時間で雛木が息を切らせてたどり着いたホテルの部屋では、工藤が特に怒った様子もなくPCで何か作業をしていた。
「すみませんっ。仕事上外せない飲み会が長引いてしまってっ」
 息を弾ませながら雛木が詫びると、
「仕事ならば仕方がありませんね」
 と理解を示したような返事をしてくれるのに、一度も目を合わせてはもらえない。
「お忙しい中、お待たせしてしまって申し訳ございません」
 先程まで職場の人間と一緒にいたせいで、その空気感が抜けきらず、うっかり仕事相手にするような謝罪になってしまう。
 工藤はそんな雛木にちらりと視線を向けたが、またすぐPCの画面に向き直ってしまった。

「私に対して、あなたはそのように謝罪するのがふさわしいと思いますか?」
 視線も向けてもらえないまま、立場を思い出せと暗に責められる。
 何がふさわしい謝罪なのか、どうすれば自分を見てもらえるのかわからない。しかし、工藤と同じスーツ姿で立ったまま謝罪するのが、調教して貰っている身にふさわしいとは少なくとも思えない。
 雛木は短い逡巡の後、スーツを脱ぎ捨て下着一枚になって、その場に正座した。

 つい先ほどまで社会人の仮面を被っていたせいで、服を脱いで床に座ることにはかなりの恥ずかしさがあった。毛足が短く飾り気のないカーペットの生地が、膝下にごわごわとしたリアルな質感を伝え、自分が今跪いているのだと実感させられる。床から見上げる工藤は、先ほどよりも更に支配者の貫録を増して見えた。
「ああ、きちんとOバックを履いているのですね」
 ちらりと見やった工藤が、下着だけは評価してくれた。

 以前別件で責められて以来、工藤に会える日は下着としての用を成さないようなごくごく面積の小さい下着しか身に着けていない。今日は広い範囲で尻が剥き出しになるOバックの下着だ。
 工藤に会う直前に履き替えてもいいのだが、雛木は朝から卑猥な下着を身に着け、そのまま会社で仕事をするのが気に入っていた。
 敏感な場所がスーツに直接触れる感触を味わう度に、工藤に弄ってもらうために恥ずかしい部分を露出させているだと思い知り、その夜への期待が増していくのがたまらなかった。
 直前まで職場の人間と一緒にいて、息せき切って駆け付けた雛木がOバックの下着を身に着けていたことで、工藤にも雛木が朝からこの時間を待ちわびていたことが伝わったのだろう。下着ひとつのことではあるが、工藤のいいつけを守っていることを評価されたのは、雛木にとって大きな喜びだった。

「私を待たせたことについては、その下着と素直な態度で不問としましょう。ところで、あなたの乳首はそんなに大きく腫れていましたか」
 視線も手元もPCから外さないまま指摘され、ぎくりと身を強張らせる。
 洗濯ばさみで挟まれていた時間は、おそらく3分足らずだろう。しかし、肉体へのダメージに頓着しない無遠慮なプラスチックの洗濯ばさみは、確実に雛木の乳首を痛めつけていた。
「すみません、まったくセクシャルではない事情で……その……乳首、を、プラスチックの洗濯ばさみで挟まれるという事態になってしまって……。少し腫れていますが、誓って他人に性的な意味で触らせたわけでは……」
 言いながらも、相手にセクシャルな意図があったかどうかは工藤には関係ないと気づいて尻すぼみになる。
 相手が誰であれ、たとえ飲み会の悪ふざけという死ぬほど馬鹿馬鹿しい理由であれ、自分が感じる場所を他人に責められ、今工藤の前で腫らしているのは事実なのだ。しかも、危険だからと使用を禁じられていたプラスチックの洗濯ばさみを使われるなど、工藤の気遣いを踏みにじることに他ならない。
 そう考えると言い訳は無意味だと思われた。

 雛木が黙り込むと、空調のかすかな作動音だけが室内を満たす。工藤は何も言ってくれない。

 沈黙が長引くほどに、禁則を破った上に他人に責められ腫れ上がった乳首に、工藤は二度と触れてくれないのではないだろうかという恐れが襲ってきた。
「申し訳ありませんっ! せっかく工藤さんがこれから開発すると言ってくれたのに、セクシャルな意図がない悪ふざけだからと受け流してしまいました。危険性も教えてもらっていたのに、しっかり拒否することができませんでした」
 雛木はたまらず、額がカーペットにつく程頭を下げた。

 尻を丸出しにした下着姿で土下座するなど、誰がどう見てもみっともないことこの上ない。本来、乳首をどうされようが、自分の乳首なのだから他人に詫びる必要などないはずだ。
 しかし、出会った最初の頃に、
「いつでもどこでも乳首を弄っただけで絶頂できる、いやらしい体にしていきましょうね」
 と言ってもらって、雛木はわずかな恐れと堪えきれない喜びに震えたのだ。
 これから自分の体がいやらしく変えられていくのだという予感は、不思議なほど甘美に雛木の胸を満たした。

 その言葉通り、工藤は手ずから雛木の乳首をいやらしく変えていってくれていた。
 それなのに、他人にプラスチックの洗濯ばさみで挟まれて腫らしたまま工藤に会うなど、ひどい裏切りのような気がして仕方がなかった。


「不愉快ですね」
 顔を見もせずに工藤が言い放つ。
 工藤は美しく、SM経験がない雛木から見てもとんでもなく魅力的なマスターだ。その態度や手管からこれまで多くのマゾヒストを相手にしてきただろうと伺えるし、これからもいくらでも跪きたがる男女が現れるだろう。
 他者によって自分の調教の手順を狂わされ、雛木が言いつけに背いたとなれば、不愉快に思って簡単に捨てられてしまうだろうと思われた。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
 額をカーペットに擦りつけ、雛木は心から詫びる。申し訳なくて、捨てられるのが怖くて、自然に頭が下がった。
「ごめんなさい。どうか俺を罰してください。罰して……許してください……」
 泣きそうになりながらこいねがうと、工藤はようやくPCから視線を上げ、雛木を見てくれた。
「今日は、乳首のパルス責めで新たな悦びに目覚めていただこうと思っていたのですが」
 そう言って投げ渡されたのは、茶色い革張りの立方体のケースだった。顎をしゃくられ、おずおずとジッパーを開くと、中には見たことの無い小さな機械が収められていた。

 二つのクリップのようなものからリード線が延び、二つのダイヤルがついた手の平サイズの機械に繋がっている。おそらくこの機械を操作すると二つのクリップに電流の刺激が現れるのだろう。
 これまで経験の無い道具に恐れを感じると共に、自分の乳首を開発するために工藤がこれを準備してくれていたのだと思うと、雛木のアヌスはひとりでにきゅっと窄まった。

「パルス責めは強烈ですので、徐々に慣らしていこうと思っていましたが、気が変わりました」
 工藤はちらりと壁の時計を見た。
「これまで私があえて甘く優しく扱ってきたあなたの乳首を、他の人間が痛めつけるなど不愉快極まりない。あなたが感じる一番の痛みも、一番の快楽も、私が与えたものであってほしいのです」
 冷たい表情で放たれる情熱的な言葉に、雛木は内臓を引き絞られるように欲情した。
 まるで工藤が独占欲を垣間見せてくれたようで、嬉しくてたまらない。
 自分も、痛みも快感も全て工藤から与えられたい。
 もしかしたらそんな風に言ってくれるのも、心まで縛るプレイの一環なのかもしれないが、雛木はそれでも嬉しかった。

「俺も、工藤さんにしてほしいです。痛いのも、気持ちいいのも、全部。工藤さんでないと嫌です」
 瞳を潤ませ、応えた雛木の声は興奮で掠れていた。

「では、質問です。他人に乳首を潰されて、痛みと快感がありましたか? もしあったなら、今夜は当然それ以上の痛みと快感を味わってもらわなくてはいけません」
 尋ねる工藤の声に、怒りはもうなかった。
 自ら進んで罰されるプレイへの誘導の問いに、雛木は喜びを滲ませて答える。
「はい。ものすごく痛くて、でも、少し感じてしまいました。ごめんなさい」

 言葉にすることで、自分の罪深さがより鮮明になり、工藤に罰されて許してもらわなければという気持ちが強くなる。これから与えられる痛みと快感を思って、触れてもいない乳首が固く凝っていくのが自分でもわかった。
「では、より強い痛みと快感で泣いてください。あなたは今、私の奴隷なのだと思い知るまで」

 断罪の声は静かで、厳かにさえ聞こえた。
 私の奴隷と呼んでくれたマスターへの返事は当然一つしかない。
 雛木は喜びに声が上ずりそうになるのを押し殺し、再度深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
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