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プロローグ ~プレイメイトとの最後の夜~

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 工藤の責めはいつもより執拗だった。
 雛木のペニスは玉ごとがっちりと金属のリングで根本を締め付けられ、先端からは尿道プラグが挿し込まれて射精を完全に堰き止めている。
 そんな切ない状態のまま、雛木は工藤の指示でもう20分以上も自分の指で自分の穴を解し広げさせられているのだ。
「指4本が楽に出し入れできるようになったら報告してください」
 それだけ指示した後、工藤は一言も口をきかずにソファーに腰かけている。
 指は既に3本入っていたが、乳首を挟んだクリップから不規則なリズムで電流が流れてくる度に後ろを締め付けてしまい、まだ楽に出し入れできると言える状態にない。
 ネクタイすら緩めていない工藤の前で、四つん這いで尻を高く上げて自ら穴を解すところ見てもらっている。
 その状況に、雛木は既に射精を伴わない絶頂を何度も迎えていた。

 そもそも、今夜は初めからいつものプレイとは違っていた。
 いつもならかなり時間をかけて焦らされ、恥ずかしい格好と言葉でお願いしてやっと射精させてもらえるのに、今夜はホテルの部屋に着くなり、着衣のまま乳首への刺激だけで一度射精させられたのだ。
 両の乳首をグリグリと強い力で揉み、潰し、千切れる恐怖を感じるほど引っ張られて、あっけなく達した雛木の下半身から、工藤は手早く着衣を剥ぎ取った。
 そして自らカーペットに膝をつき、放ったばかりの白濁が糸を引いて手を汚すのも構わず、射精によって力を失った雛木のペニスと双玉を、手ずから金属の輪に通したのだった。
 その手付きは恭しささえ感じさせるほど丁寧で、粘液に汚れた自分の性器との対比に雛木は顔を赤くする。
 玉と竿の根元を金属で一つにまとめられ、萎えていても性器全体が前に飛び出して卑猥な見た目になっていた。
 その様子を見て、工藤は満足そうに微笑む。
「リングはあなたのサイズに合わせて作りましたが、抜け落ちないか確認したいので、勃起させずにシャワーを浴びてきてください」
 そう穏やかな口ぶりで言った。
 そして今、神経を直接こすられるようにキツい尿道プラグ責めを受けているのは、当然のように勃起させるなという指示を守れなかった雛木への罰なのだった。


 工藤とは半年前にSMパートナーを募集するネット掲示板で出会った。
 ゲイを自覚し、それなりの人数の男と寝ていく中で、雛木は自分に被虐趣味があるのではないかと思うようになった。そこで、三十歳を目前にして、勇気を振り絞って一歩を踏み出したのだ。
 工藤は非常に品のある紳士で、いつでも丁寧な言葉遣いを崩さず、SM未経験の雛木に次から次へと色々なプレイを試してくれた。
 安全に配慮し、決してプライベートには立ち入らず、巧みにいたぶる。
 強烈な被虐の快感を覚えさせられた雛木は身も心も工藤に夢中になったが、そこはネットで出会った大人同士、プレイ中だけ溺れるドライな関係を守ってきた。
 だから工藤が何をしている人なのかも知らないし、名前だって本名かどうかも知らない。
 雛木としても、普通に仕事をしている社会人である以上、ネットで知り合った同性と毎週SMプレイを楽しんでいるなど、周囲に知られるわけにはいかない。
 いつだってその夜が最後になるかもしれない関係。
 儚い関係が辛くないと言えば嘘になる。だが、だからこそ、後悔のないよう素直に自分の欲望を曝け出し、工藤の愛撫を必死で強請ねだれるのだともわかっていた。

 穴を解すのが目的で指を出し入れしているはずなのに、雛木はつい快感を追って中の気持ちのいいところばかりを擦ってしまっている。そこを工藤に見咎められた。
「自慰がしたいだけなら家で一人でしてください」
 冷たい声音に、怒らせたかとひやりとする。
 慌ててごめんなさいと詫びて、工藤の表情を見ようと肩越しに振り返ると、いつの間にか手にしていた乗馬鞭でビシリと尻肉を打ち据えられた。
「うあぁぁぁぁっ!」
 絶叫と共に自ら強い力で穴を締め付けて絶頂してしまい、思わず指が抜け倒れ伏してしまう。
 その勝手な動きを咎めるように、痙攣が止まらない雛木の尻を工藤は更に三度打ち据えた。
 打擲面の狭い乗馬鞭は、見た目のシンプルさからは想像もつかないほどの強烈な痛みを与える。
 雛木の尻にははっきりとした真っ赤な跡がつき、たった四度の打擲でも、泣いて詫びたいほど追い詰められてしまった。
「ごめんなさいっ、許して下さいっ」
 更なる打擲を避けようと、倒れ伏したまま夢中で自ら穴に指を捩じ込む。
 そしてそれまで以上にグチャグチャと激しい音をさせて指を出し入れし、上下左右に内壁を押し広げる。しばらくすると、自慰では経験がないほどの、ズブズブとした柔らかさを自覚できるようになった。

「柔らかくなりました……」
 再び四つん這いになり、頭を低くして尻を上げ、工藤に見てもらえるように自ら両手で大きく尻肉を割り開く。
 肉壁が空気に触れてひんやりする。それなのに、そこに注がれる視線を感じて、熱く疼いて穴がひくつくのを止められない。
 息を潜めて工藤の感想を待てば、やがてつぷり……と硬いものが差し入れられる感触がした。
 指ではないその感触に思わず身を竦めるが、決して振り返らず、ただ体の力を抜くことを心がける。
 尻に異物を挿入されているのに全く痛くはなく、抜き差しされたり中で揺すられて解れ具合をただ確認されているだけでも、半開きの口からは絶えず熱い息が漏れた。

「いいでしょう。よくできました」
 ようやく与えられた褒め言葉に、胸に喜びのさざ波が湧き起こるのを感じる。
 工藤の責めは苛烈だが、褒めてくれる時の声はとても甘い。
 短くて優しい言葉と共に、責められて敏感になった皮膚を優しく撫でてくれた。
 その手付きに卑猥さはなく、慈愛に満ちているように感じられるのに、充血した皮膚はその優しい刺激でさえビリビリとした快感に変えてしまう。だから雛木はいつも、もっと強い刺激を自ら強請ってしまうのだ。
 今も、赤く腫れた尻を優しく撫でてもらっているのに、自分で入り口を割り開いた恥ずかしい格好のまま、我慢できずに腰を揺らしてしまう。
 工藤はそのはしたなさを咎めることはせず、少し笑ったようだったが、唐突に異物を深くまで突き込んできた。
 内臓の深い部分を急に抉られた雛木は言葉もなく痙攣し、一瞬失神してしまった。


 短い失神から覚めると、雛木は工藤に抱き起され、乳首からクリップを外されているところだった。
 足の間に目をやれば、金属の輪で絞り出されて赤黒く脈打つペニスと双玉の下から、先ほど尻に振り下ろされていた真っ赤な乗馬鞭が突き出ているのが見える。
 鞭打ってもらった上に、工藤が握りしめた持ち手を自分の中に入れてもらえるなんて。
 こんな贅沢があるだろうかとうっとりする。

 しかし、乳首を解放されたということは、もう今夜のプレイは終わりなのだろうか。
 確かに少し失神してしまったから、安全なプレイを心がけている工藤は潮時だと判断したのかもしれないが、雛木は自分がまだ限界には程遠いと感じていた。
 せっかくあんなに時間をかけて自分で解したのだから、もっと太くて大きいものを入れてほしい。
 尿道にプラグを飲み込んだペニスはもうはち切れそうだし、電流でいつも以上に敏感になった乳首もじんじんと脈打って、更なる刺激を待っている。
 もっともっと、いつもみたいに、泣きながら射精を乞うまで追い込まれたい。
 責めてほしい。たくさん命令して、たくさん叱って、時々褒めてほしい。
 縛り上げて、何度も鞭を振るって、少し息を乱してネクタイを緩める工藤の姿が見たい。
 けれど、プレイである以上、経験豊富なサディストの制止の判断には従わなくてはいけない。
 がっかりしながらも、雛木は自分の下半身に施された責め具を抜き取られるのを大人しく待っていた。

「さて、大切なお話があります」
 乗馬鞭をずるりと引き抜き、射精させないように注意深く尿道プラグを抜いてから、工藤はおもむろに話を切り出した。
 しかし、ペニスと双玉を食んだ金属の輪はそのままで、射精の欲求に鈴口はパクパク喘いでいる。
 当然自分で扱いて出すことは許されず、雛木は全裸でベッドに腰掛けさせられ、両腕は頭の後ろで組むように命令されていた。
 工藤はその足の間にスーツのまま跪き、締め上げられて血管が浮き出た雛木の性器を、優しい視線で愛でている。
 縛られてもいないのに、興奮し切った体をただ曝すというのはかなり恥ずかしい。
「大切な……話……ですか…」
 射精を堪え、浅くしか呼吸ができず切れ切れに問い返す。
「このコックリングをあなたに差し上げたいのです。できれば、外さずにずっと身につけていてほしい」
 肉を食む金属のリングを指でなぞりながら、支配者がまるで乞うように口にする。
 射精を完全に阻むほどの締め付けではないから、ずっと身に着けておくことは可能かもしれない。だが、会わない時間まで拘束するような命令をされたことはなくて、雛木は戸惑った。

 工藤はその戸惑いを意に介さず立ちあがり、自分もベッドに上がると、雛木を背中からそっと抱き締める。
 今までにない優しい抱擁に、雛木の胸は現金なほど高鳴った。
 しかし、耳元で優しく告げられた言葉は残酷で、雛木の鼓動の高鳴りは、これが恋ゆえなのか興奮なのかわからなくなってしまう。
「足をМ字に開いて、自分の姿を鏡でしっかり見なさい」

 工藤が枕元のスイッチを押すと、壁にかかったシェードが音を立てて巻き上げられていき、奥から壁一面の鏡が現れた。
「い、いやです! 見せないで下さいっ」
 雛木は思わず、今日初めての拒否の言葉を口にする。
 プレイ中の自分の姿を客観視させるような行為はNGだと、最初に伝えてあったのに。
 自分の姿を目にして冷静になりたくなくて、雛木は顔をそらして目を瞑った。
 しかし、「鏡はNGです」の一言が言えない。プレイ終了の言葉を聞きたくない。

 NGに触れているにもかかわらず、頭の後ろで組んだ手を下さずにいる雛木をどう思ったのか、工藤は更に「足をМ字に開きなさいと言いましたが?」と責め立てる。
 その命令し慣れた声と、工藤の方から初めてプレイの枠を踏み越えたことに興奮して、命令に従いたい欲求が勝ってしまった。
 雛木はそろそろと両足を持ち上げ、鏡に性器が余さず映し出されるよう大きく割り開いた。

「ここを見てください」
 ここ、と、金属が食い込む敏感な皮膚を、くるりと指先でなぞられた。突然与えられた甘やかな刺激に、我慢できずにはしたない声が漏れてしまう。
 その刺激で思わず仰のき、鏡に映る自分の姿をその目に捉えてしまった。

 微かに工藤が指先でなぞり続ける、鈍く光る金属の輪。
 無毛の剥き出しの股間で、ペニスと双玉は締め付けられ、充血し、愛撫を待つように脈打っている。
 そこは当の雛木ですら、踏みつけて虐めてみたいと思えるほど、被虐への欲望を叫ぶいやらしいパーツになっていた。
 見たことのない自分の姿に驚き、食い入るように鏡を見つめる。そんな雛木の後ろから、工藤は両手を延ばし、雛木の両膝を大きな掌で包むと、ゆっくりと引き上げていった。
 股間が、熟れた果実のように重たげに持ち上がる。その奥には、真っ赤な肉を露出した、窄まり切らない肉壁が見えた。
 散々自分で解した穴は、縁がめくれ、濡れそぼり、意思とは無関係にひくついて、早く何かを飲み込ませてくれとせがんでいる。

 これは、完全に奴隷の体だ――。

 淫らで、下品で、みっともない、虐めてくれとせがむ体。
 おののく雛木の心を占めるのは、しかし後悔ではまるでなかった。
 被虐の嗜好は、工藤の調教を経て、疑惑から確信に変わった。そして今、肉体に表出したに過ぎない。

 ああ、自分はやっぱりいたぶられたいんだ。これは、そのための体なんだ。

 鏡に映った破廉恥な姿が、疑いようもなく心と体を一致させて、すとんと腑に落ちた。
 そして純粋な喜びがじわじわと湧き上がり、体を満たしていく。

「ここに文字を入れました。 S.K。工藤慎司。私の名前です。指輪の代わりにずっと身に着けていてほしい」
 工藤がなぞって示した部分には、よく見ると確かに文字が彫られている。
 しかし、イニシャルよりは長い英単語に見えて、雛木は鏡の中の文字を必死に追う。

 Dearest my slave.  S.K.

 ――最愛なる私の奴隷へ。

 理解した瞬間、脳が沸騰するほどの欲望に沸き立ち、背後の工藤に爪を立ててすがり付く。そして雛木は、堪えることさえ思い付かない強い絶頂感と共に、鏡に向かって大量の精液を撒き散らしていた。
 頭の中から蕩かされて、視界が真っ白に覆い尽くされる。
 だから、聞こえた言葉は幻だったかもしれない。



「つまり、プロポーズです」
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