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第2話

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せっかくだが、四十男にハロウィンの予定があるわけもない。
しかし、十分にそれらしい気分は味わえた。何しろ次に乗って来たのは、大きな立ち襟のマントにすっぽりと身を包み、本物の野菜らしき巨大な白いカブを頭に被った男だったのだ。

カブはハロウィンのカボチャのお化けのように、目と口の部分がくり抜かれている。だが、全ての穴が横に細長い楕円形のため、例の笑っているような顔ではなく、不気味さを感じさせる無表情だ。
青山墓地までという指示に従い、橋爪は恐る恐るアクセルを踏んだ。

「不気味ですみませんね……ククッ」
芝居がかった笑い声が聞こえる。
確かに不気味だ。だが、自分から話しかけてくれるのは橋爪にとっては有難いことだった。無言で運転するだけなど、息が詰まって仕方がない。
 「いや、個性的でいいと思いますよ」
気安く応じると、乗客は「あ、そんな感じ?」と拍子抜けしたような声を出した。

「これね、ジャッコランタンの原型。元はカボチャじゃなくてカブだったんだよ」
即行で不気味なキャラクターを演じるのは辞めたらしい。体形や声から中身は若い男だろうと思われるが、「ねぇ知ってた?」と語り出す様は体つき以上に幼く、まるで子供のような無邪気さだ。

いわく、ジャッコランタンとは、堕落した生活をしていた男が死後に天国にも地獄にも受け入れてもらえず、永遠に彷徨っている姿なのだそうだ。

「まぁ堕落した生活っていうか、僕の場合は単なる引きこもりだったんだけどさ。本当に息してただけってレベルでずっとだらだらしてたから、堕落認定されちゃったみたい。珍しく家から出た時に車に轢かれて死ぬなんて超不幸なのにさ、迎えに来た天使に人生無駄にしすぎだってマジ切れされて、ジャッコランタンの呪いをかけられたってわけ」

飄々とした解説に、「お客さん、亡くなったんですか。それは大変ですね」と話を合わせる。親しく話してくれるなら、法螺話でも大歓迎だ。カブ頭も、楽しそうに話を続ける。

「そうなんだよー。何が大変って、一年で一回、ハロウィンの夜だけ実体化させてやるから、天国に行けるようなきっかけを掴めって言われてるんだよね。でも、何年経っても全然そのきっかけがわかんないわけ。もういい加減疲れたよー。時間ばっかりあっても何もしたいことないし、友達もいないしさぁ。実体化したらしたで頭は重いし、呪いのせいでこのカブ取れないし? ねぇ運転手さん、天国って何したら入れてもらえると思う?」

そんなことを聞かれても、橋爪自身、天国に行けるかはかなり怪しい。時間を浪費するだけの今の生活では、カブの呪いをかけられる可能性は大いにあるだろう。
思いがけず橋爪は自分を省みることになってしまい、しばし深く考え込んだ。
「……自分の人生をしっかり生きてないと、天国って入れてもらえなさそうですよね。死んでからだと、かなりハードル高そうだ」

橋爪が真剣に考えているのを見てとったのか、カブが神妙に口を開いた。
「橋爪さん……僕の話、信じてくれるの?」
その声は、先ほどまでの軽快なものではなく、戸惑いに揺れていた。だが声のトーン以上に、橋爪は名を呼ばれたことに酷く驚いた。
車内にはネームプレートが掲示されているものの、普通の乗客はわざわざ運転手の名など呼ばない。きっとこの客は今、運転手という概念を離れ、橋爪という人格を認識したのだ。

橋爪はそんな客の態度が嬉しくて、できうる限り真摯に自分の想いを口にした。
「正直、お客さんがお化けだってことは信じたわけじゃないです。でも、私も死んだらカブにされそうな生活してるなって、ちょっと胸に刺さりました」
やるせない生を消費しているだけでも苦痛なのに、死して後、更に長い時間を、何をすればいいかもわからないままに一人で放浪する。そんな孤独には耐えられる気がしなかった。

「……橋爪さん、いい人だね」
噛み締めるように言ったカブの声には、深い実感が篭っていた。さすがにお化けだとは信じられないが、その声を聞けば、孤独を抱えているのは事実な気がしてくる。
そう考えると、さっきの天国の話は、やりたいことがないからいっそ死にたいという話だったのかもしれない。タクシーの運転手というのは、時に乗客の人生の岐路に遭遇するものだ。

これも何かの縁だろう。腹をくくってしまえば、おっさんとして、悩める若者に優しくしてやりたいという気持ちがこみ上げてきた。
「天国に行けるかはわかりませんが、明日から少しだけ楽しく過ごせる方法なら見つかるかもしれません。一緒に探してみませんか?」

それは、何の確信も無い、思いつきの言葉だった。しかしどうやら、予想以上に孤独な心に届いてしまったらしい。カブの中からずびっと鼻をすするような音が聞こえてきた。被りっぱなしだと、鼻もかめないだろうに。

「そんなの、あるかなぁ……あるといいなぁ」

何か好きな物の一つでもあれば、日常は途端に輝く。かつてアメフトに全てをかけた橋爪は、誰よりもそれを知っていた。
橋爪はカブが興味をもてる物を見つけようと、熱心に問いかけた。おいしいと思った食べ物は? 綺麗に見える色は? 嬉しいと感じた記憶は?

だが、カブの答えは常にぼんやりとしていた。本当に何にも興味がないようだ。
ふと思いついて、そんなお客さんが何を思って外に出て事故にあったんですかと尋ねてみる。カブはうーんと首を傾げ――重そうだ――、「なんだっけなぁ」と考え込んだ。

「確かすごく暑かったから、窓辺で風に当たってたんだよね。向かいの家が工事中で、僕はその様子をぼーっと見てた。あぁそうだ、大工さんが汗だくで、グレーの作業服の色がじっとり変わってたね。で、えーと……」

カブの説明の詳細さに、悪くないぞと期待する。何かに心が動いたからこそ、こんなに細かく覚えてるんじゃなかろうか。
頑張れ、思い出せと、集中を妨げないよう心の中だけで応援していると、うんうん唸っていたカブが突然「あっ!」と大声を上げた。
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