溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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9.-53

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 その日は快晴だった。
 星見の塔とオルギールが協議して決めただけあって、雲一つない青空だ。

 牧月も既に半ばを過ぎていて、緑は濃く、風は強くもなくぬるくもなく、湿気のない晴天は心地よくて、普通ならピクニックにでも行きたくなるような陽気である。

 ……けれどこの日はそのような心躍る楽しいものではない。
 ウルブスフェルを内側から乗っ取ろうとしたギルド長とその情婦、キアーラ。この二人の公開処刑の日なのだ。

 いつもよりも軽めの朝食を頂いた後、久しぶりに綺羅綺羅しい武官の礼装に袖を通し、身支度を整えると、ミリヤムさんとヘンリエッタさんはお約束のように熱い溜息をつきながら壁際に引き下がった。

 「いつもながらあまりにお美しくて……」
 「言葉を失ってしまいますわ……」
 「ありがとう。でも公爵様方やオルギールのほうがもっと素晴らしいのに」

 思わず苦笑してとりあえず腰かけてから、差し出されたお茶に手を伸ばす。
 朝から磨き立てられて、結構くたびれるのだ。風呂の世話もお着替えも全て人任せとはいえ。

 牧月の人気フレーバーらしい爽やかな香りのお茶を頂きつつ、「お菓子はないの?」と尋ねると、ミリヤムさんはとたんに顔を曇らせた。

 「もちろん、お出しできますが、その」
 「?」
 
 できますが、出さないんだ。
 どうして、と目で尋ねると、ヘンリエッタさんと目混ぜをしつつ、「恐れながら」と言った。

 「……これからお役目とは申せ、大変にご不快な、見苦しいものをご覧になられると存じます。ですからその、お腹にものを入れておられますと、万一、その、ご気分が悪くなられた場合に……」
 「ああ、なるほど」

 嘔吐する可能性を考えてくれているわけか。
 さすがこのレベルの侍女さんたちだと心遣いも細やかなのだなと感心する。
 そういえば、朝食もいつもよりもぐっと軽めだったのだ。
 
 でも忘れてもらってはいけない。
 私は武官のコスプレだけしているなんちゃって軍人ではない。
 戦場ではとんでもない光景をさんざん目にする。というより、そんな光景ばかりだ。
 今さら公開なんたらで嘔吐するほどやわではない。それよりも、たいして長時間かかるものではないと思うが、たぶん次に食べ物を口にできるのはお昼近くだろう。空腹過ぎて気持ちが悪くなってしまう。

 よって私はお茶菓子を所望し、心配顔の侍女さんたちを後目に豪華なお茶菓子をせっせと口に運んだ。
 
 そして二杯目のお茶を飲み終える頃、同じく礼装姿のレオン様がお迎えに来て下さって、私たちは並んで城外へと向かった。


 ******


 既に始業の刻限を過ぎているとはいえ、アルバの街は朝からものすごく賑やかだ。

 考えてみれば、出陣の行き帰り、あとはアルフが危篤と聞いて宿屋へ向かった往復。それ以外に昼日中に街へ繰り出したことはなかったので、私は目を見張った。

 いつもお城の高いところから眺める街の、おそらくメインストリートは広くて石畳が整備されていて、両脇には歩道と言うべき一段高い道路もあり、ごみなどが落ちていることもなく驚くほど清潔だ。

 有力者の住む区域を抜けると活気ある商店街が広がっていて、それも面白いことに城に近いところほどどっしりとした間口の広い高級店、そしてだんだんと庶民的なお店が増えていく、というのがまっすぐ道を進むだけで手に取るようにわかる。

 公共の水場があったり屋台が出ていたり。そして、縦横に魅力的な路地が広がっていて、高級店、として番を張っていなくても、十分に意匠を凝らした洒落た店もそこかしこにあるようだ。食事をするところ、お茶をするところ。お菓子屋さんに雑貨屋さん。既製服のお店もあるし、注文服オーダーメイドのみというところもあるらしい。

 もちろん、生活のための店舗も充実している。
 肉屋、魚屋、八百屋、花屋、金物屋、薬店、医院。公衆浴場まであった。それも、高級なものから庶民的なものまで(思わず行ってみたいと言ったら大浴場が好きなら作ってやるから我慢しろと言われた。生粋のお貴族様とは視点がずれているので話が通じないのは仕方がない)。

 花街と思われる区画もしっかりあったが、そんなに胡散臭い様子ではなかった。ただ、中上級なところはそうなのであって、もっとあやしいところはあるらしい。公認の店であれば、娼妓たちは常に一定の検診を受け、けしからん病気などが蔓延しないよう配慮されているとのこと。このあたりの解説は馬を並べて歩を進めるレオン様だったのだけれど、思わず「大変お詳しいですね」と言ってしまったが、「支配者として当然の知識だ」と平然としているのでそれ以上のつっこみはやめておいた。私に勝ち目はない。

 とにかく、危うく本日の目的を忘れてしまうほどわくわくしてしまって、ひっきりなしに「姫様!」とか、「姫将軍!」とか声をかけられると、嬉しくてそのたびに手を振ってしまう。レオン様やシグルド様、ユリアス、そして最後尾についたオルギールへのきいろい声もとんでもなく激しくて笑ってしまいそうだ。彼らがちょっと手を上げるだけで沸き起こる声は凄まじく、ひたすらそれぞれの公爵様方の名前を絶叫している者が大半だけれど、耳が慣れてくると「レオン様抱いて」とか言ってる声が一番多い気がしてちょっともやもやする。一番人気、と聞いていたがそのとおりなのかもしれない。けれど、思わずジト目でレオン様を見たら、「そんなに笑ってやらなくてもいいリーヴァ、もったいない」とか真剣に言っているので、まあ何も心配することはないのだろうと思うけれど。

 十重二十重に衛兵たちに守られているのはやむなしとして、街の様子を見るのは楽しい。ちなみに、その衛兵たちの中には、私が公爵夫人になってから「親衛隊」として稼働する人員が見習いのために配置されているそうで、アルフはもちろんのこと、目を凝らせば見知った顔があちこちに見える。
 ミゲルがいる。合格したようだ。替え玉事件のとき、彼が互角のいい勝負をしなかったら替え玉が合格した可能性だってゼロではないのだ。あと、別動隊でアルフとともに活躍してくれたベニート、エルナン、意外に物静かな大男のガイ。
 このメンツが親衛隊なら、変装してお忍びで外出しても見逃してくれるのではなかろうか。

 私がたいへん不埒なことを考えつつ、久しぶりに私を乗せてご機嫌らしいステラの鬣を撫でながら馬を進めていると。

 「……もうすぐだ、リーヴァ」
 
 レオン様に声をかけられた。

 「闘技場……?」

 指をさされたその先に目を向けると、まさにそれらしい、堂々たる威容を誇るそれが街のはずれに見えはじめている。

 闘技場コロッセオ
 元の世界の歴史で習ったもの、そのままのような建築物だ。

 闘技場前の広場には屋台が出ていてたくさんの人々が群れ集っている。大道芸や、何かを配っている人々も見える。飲食店の割引券らしい。老若男女、ごった返していてさながらお祭りのようだ。

 お祭りなどではないのに。見せしめのために、ひとがひとを殺すのに。

 街中の賑わしさに惑わされていたけれど、闘技場を目にしたら一気に現実に引き戻されて、今度は逆にその賑わいがうそ寒いものに思われてくる。

 「公開処刑など何年振りか、といったものだから」

 レオン様は淡々と説明した。

 「民にとっては娯楽の一環だ。なかなか、微妙な気持ちにさせられるが……」
 「そうですね。娯楽、なんて」
 「自分たちは正しいと。間違っていないと陶酔することもできるからな」

 レオン様は前を向いたままなおも言う。

 「罪状は既に告知されている。奴らに対して憤った者たちがここへ集まる。奴らに思い知らせろと。残虐な光景を安全なところから見物して、立ちあう者全員が奴らに裁きを下した気になる。偉くなったような気分に簡単になれる。自分たちが善、奴らは悪。処刑は悪への鉄槌だから」
  
 ……ぞく、とした。

 わかってはいたけれど、レオン様の冷静な声で解説をされると、今さらながら重く感じる。

 姫様、姫将軍と呼ぶ民衆の、もうひとつの顔。
 公開処刑でお祭り騒ぎをする民衆。
 そしてレオン様は、……支配者側はわかっていてそれを利用する。

 「リーヴァ」
 
 きゅう、と唇をかみしめた私を見ていたのだろう。
 レオン様は腕を伸ばし、私の頬を温かい手でするりと撫でた。
 とたんに、ヤジも歓声もきいろい声も一段と高まるが、もうそれに気を取られることはない。

 「リーヴァ、唇をケガする。噛んではだめだ」
 「レオン様」

 確かに、唇を傷つけたくはない。
 私は深呼吸して、肩の力を抜いた。

 「リーヴァ。俺がいる。俺たちが傍に」
 「え。……?」

 驚くほど真剣なレオン様の声。
 思わずレオン様の顔を振り仰ぐと、奇妙ともいうべき表情で私をじっと見つめている。

 甘いのか優しいのか。冷たいのか鋭いのか。無感情、というのではない。多分そのすべてが正しいのだだろう。

 「これは序の口だ、リーヴァ。……君はもう引き返せない。その代わり俺も、あいつらも全力で君を守るから。傍にいるから」
 「レオン様、意味が分からないのですが……」

 レオン様の言葉の真意がわからない。聞こうにも場所が悪い。
 着いたぞ、と言われ、やむなく馬を下りて闘技場の内部へ向かう。
 
 石造りの闘技場の内部はひんやりとして、日向との落差が激しい。
 薄暗さに目が慣れてくると、私たちが歩む通路は薄い織物が敷かれ、おそらく夕刻か夜にでもなれば燈火を灯すのだろう壁龕もあって、貴賓席へ向かうところはずいぶんと美しく整えられているようだ。今は日中だから、そこかしこにある明り取りの小窓から日差しが零れ落ちてくる。

 ほどなくして到着したシグルド様やユリアス、オルギールとともに、衛兵たちに前後を固められ、少なくない階段を上ってゆく。ご多聞にもれず、貴賓席は高いところにしつらえてあるのだろう。

 「……こちらでございます」

 円形闘技場の最上階に到着し、先導の兵士に促されて貴賓席へとたどり着けば、一気にまた明るい陽光がまず目に飛び込んできて幻惑されそうだ。

 準備された豪華な椅子に腰を下ろしつつ、目を慣らそうと何度か瞬きを繰り返してからようやく眼下に視線を動かすと。

 見物席を埋め尽くす群衆。今は無秩序にわーわーとしか聞こえてこないが、恐ろしいほどの喧騒。 
 闘技場の中心には処刑台が二つ。荒縄がゆらゆらと揺れているのが生々しい。

 そして。

 遠目にも禍々しい処刑台の傍らには、粗末な囚人服の男女が鎖で雁字搦めにされたまま、朽ちる寸前の案山子のように傾き、よろめきつつ立ち尽くしていた。 
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