173 / 175
連載
9.-53
しおりを挟む
その日は快晴だった。
星見の塔とオルギールが協議して決めただけあって、雲一つない青空だ。
牧月も既に半ばを過ぎていて、緑は濃く、風は強くもなくぬるくもなく、湿気のない晴天は心地よくて、普通ならピクニックにでも行きたくなるような陽気である。
……けれどこの日はそのような心躍る楽しいものではない。
ウルブスフェルを内側から乗っ取ろうとしたギルド長とその情婦、キアーラ。この二人の公開処刑の日なのだ。
いつもよりも軽めの朝食を頂いた後、久しぶりに綺羅綺羅しい武官の礼装に袖を通し、身支度を整えると、ミリヤムさんとヘンリエッタさんはお約束のように熱い溜息をつきながら壁際に引き下がった。
「いつもながらあまりにお美しくて……」
「言葉を失ってしまいますわ……」
「ありがとう。でも公爵様方やオルギールのほうがもっと素晴らしいのに」
思わず苦笑してとりあえず腰かけてから、差し出されたお茶に手を伸ばす。
朝から磨き立てられて、結構くたびれるのだ。風呂の世話もお着替えも全て人任せとはいえ。
牧月の人気フレーバーらしい爽やかな香りのお茶を頂きつつ、「お菓子はないの?」と尋ねると、ミリヤムさんはとたんに顔を曇らせた。
「もちろん、お出しできますが、その」
「?」
できますが、出さないんだ。
どうして、と目で尋ねると、ヘンリエッタさんと目混ぜをしつつ、「恐れながら」と言った。
「……これからお役目とは申せ、大変にご不快な、見苦しいものをご覧になられると存じます。ですからその、お腹にものを入れておられますと、万一、その、ご気分が悪くなられた場合に……」
「ああ、なるほど」
嘔吐する可能性を考えてくれているわけか。
さすがこのレベルの侍女さんたちだと心遣いも細やかなのだなと感心する。
そういえば、朝食もいつもよりもぐっと軽めだったのだ。
でも忘れてもらってはいけない。
私は武官のコスプレだけしているなんちゃって軍人ではない。
戦場ではとんでもない光景をさんざん目にする。というより、そんな光景ばかりだ。
今さら公開なんたらで嘔吐するほどやわではない。それよりも、たいして長時間かかるものではないと思うが、たぶん次に食べ物を口にできるのはお昼近くだろう。空腹過ぎて気持ちが悪くなってしまう。
よって私はお茶菓子を所望し、心配顔の侍女さんたちを後目に豪華なお茶菓子をせっせと口に運んだ。
そして二杯目のお茶を飲み終える頃、同じく礼装姿のレオン様がお迎えに来て下さって、私たちは並んで城外へと向かった。
******
既に始業の刻限を過ぎているとはいえ、アルバの街は朝からものすごく賑やかだ。
考えてみれば、出陣の行き帰り、あとはアルフが危篤と聞いて宿屋へ向かった往復。それ以外に昼日中に街へ繰り出したことはなかったので、私は目を見張った。
いつもお城の高いところから眺める街の、おそらくメインストリートは広くて石畳が整備されていて、両脇には歩道と言うべき一段高い道路もあり、ごみなどが落ちていることもなく驚くほど清潔だ。
有力者の住む区域を抜けると活気ある商店街が広がっていて、それも面白いことに城に近いところほどどっしりとした間口の広い高級店、そしてだんだんと庶民的なお店が増えていく、というのがまっすぐ道を進むだけで手に取るようにわかる。
公共の水場があったり屋台が出ていたり。そして、縦横に魅力的な路地が広がっていて、高級店、として番を張っていなくても、十分に意匠を凝らした洒落た店もそこかしこにあるようだ。食事をするところ、お茶をするところ。お菓子屋さんに雑貨屋さん。既製服のお店もあるし、注文服のみというところもあるらしい。
もちろん、生活のための店舗も充実している。
肉屋、魚屋、八百屋、花屋、金物屋、薬店、医院。公衆浴場まであった。それも、高級なものから庶民的なものまで(思わず行ってみたいと言ったら大浴場が好きなら作ってやるから我慢しろと言われた。生粋のお貴族様とは視点がずれているので話が通じないのは仕方がない)。
花街と思われる区画もしっかりあったが、そんなに胡散臭い様子ではなかった。ただ、中上級なところはそうなのであって、もっとあやしいところはあるらしい。公認の店であれば、娼妓たちは常に一定の検診を受け、けしからん病気などが蔓延しないよう配慮されているとのこと。このあたりの解説は馬を並べて歩を進めるレオン様だったのだけれど、思わず「大変お詳しいですね」と言ってしまったが、「支配者として当然の知識だ」と平然としているのでそれ以上のつっこみはやめておいた。私に勝ち目はない。
とにかく、危うく本日の目的を忘れてしまうほどわくわくしてしまって、ひっきりなしに「姫様!」とか、「姫将軍!」とか声をかけられると、嬉しくてそのたびに手を振ってしまう。レオン様やシグルド様、ユリアス、そして最後尾についたオルギールへのきいろい声もとんでもなく激しくて笑ってしまいそうだ。彼らがちょっと手を上げるだけで沸き起こる声は凄まじく、ひたすらそれぞれの公爵様方の名前を絶叫している者が大半だけれど、耳が慣れてくると「レオン様抱いて」とか言ってる声が一番多い気がしてちょっともやもやする。一番人気、と聞いていたがそのとおりなのかもしれない。けれど、思わずジト目でレオン様を見たら、「そんなに笑ってやらなくてもいいリーヴァ、もったいない」とか真剣に言っているので、まあ何も心配することはないのだろうと思うけれど。
十重二十重に衛兵たちに守られているのはやむなしとして、街の様子を見るのは楽しい。ちなみに、その衛兵たちの中には、私が公爵夫人になってから「親衛隊」として稼働する人員が見習いのために配置されているそうで、アルフはもちろんのこと、目を凝らせば見知った顔があちこちに見える。
ミゲルがいる。合格したようだ。替え玉事件のとき、彼が互角のいい勝負をしなかったら替え玉が合格した可能性だってゼロではないのだ。あと、別動隊でアルフとともに活躍してくれたベニート、エルナン、意外に物静かな大男のガイ。
このメンツが親衛隊なら、変装してお忍びで外出しても見逃してくれるのではなかろうか。
私がたいへん不埒なことを考えつつ、久しぶりに私を乗せてご機嫌らしいステラの鬣を撫でながら馬を進めていると。
「……もうすぐだ、リーヴァ」
レオン様に声をかけられた。
「闘技場……?」
指をさされたその先に目を向けると、まさにそれらしい、堂々たる威容を誇るそれが街のはずれに見えはじめている。
闘技場。
元の世界の歴史で習ったもの、そのままのような建築物だ。
闘技場前の広場には屋台が出ていてたくさんの人々が群れ集っている。大道芸や、何かを配っている人々も見える。飲食店の割引券らしい。老若男女、ごった返していてさながらお祭りのようだ。
お祭りなどではないのに。見せしめのために、ひとがひとを殺すのに。
街中の賑わしさに惑わされていたけれど、闘技場を目にしたら一気に現実に引き戻されて、今度は逆にその賑わいがうそ寒いものに思われてくる。
「公開処刑など何年振りか、といったものだから」
レオン様は淡々と説明した。
「民にとっては娯楽の一環だ。なかなか、微妙な気持ちにさせられるが……」
「そうですね。娯楽、なんて」
「自分たちは正しいと。間違っていないと陶酔することもできるからな」
レオン様は前を向いたままなおも言う。
「罪状は既に告知されている。奴らに対して憤った者たちがここへ集まる。奴らに思い知らせろと。残虐な光景を安全なところから見物して、立ちあう者全員が奴らに裁きを下した気になる。偉くなったような気分に簡単になれる。自分たちが善、奴らは悪。処刑は悪への鉄槌だから」
……ぞく、とした。
わかってはいたけれど、レオン様の冷静な声で解説をされると、今さらながら重く感じる。
姫様、姫将軍と呼ぶ民衆の、もうひとつの顔。
公開処刑でお祭り騒ぎをする民衆。
そしてレオン様は、……支配者側はわかっていてそれを利用する。
「リーヴァ」
きゅう、と唇をかみしめた私を見ていたのだろう。
レオン様は腕を伸ばし、私の頬を温かい手でするりと撫でた。
とたんに、ヤジも歓声もきいろい声も一段と高まるが、もうそれに気を取られることはない。
「リーヴァ、唇をケガする。噛んではだめだ」
「レオン様」
確かに、唇を傷つけたくはない。
私は深呼吸して、肩の力を抜いた。
「リーヴァ。俺がいる。俺たちが傍に」
「え。……?」
驚くほど真剣なレオン様の声。
思わずレオン様の顔を振り仰ぐと、奇妙ともいうべき表情で私をじっと見つめている。
甘いのか優しいのか。冷たいのか鋭いのか。無感情、というのではない。多分そのすべてが正しいのだだろう。
「これは序の口だ、リーヴァ。……君はもう引き返せない。その代わり俺も、あいつらも全力で君を守るから。傍にいるから」
「レオン様、意味が分からないのですが……」
レオン様の言葉の真意がわからない。聞こうにも場所が悪い。
着いたぞ、と言われ、やむなく馬を下りて闘技場の内部へ向かう。
石造りの闘技場の内部はひんやりとして、日向との落差が激しい。
薄暗さに目が慣れてくると、私たちが歩む通路は薄い織物が敷かれ、おそらく夕刻か夜にでもなれば燈火を灯すのだろう壁龕もあって、貴賓席へ向かうところはずいぶんと美しく整えられているようだ。今は日中だから、そこかしこにある明り取りの小窓から日差しが零れ落ちてくる。
ほどなくして到着したシグルド様やユリアス、オルギールとともに、衛兵たちに前後を固められ、少なくない階段を上ってゆく。ご多聞にもれず、貴賓席は高いところにしつらえてあるのだろう。
「……こちらでございます」
円形闘技場の最上階に到着し、先導の兵士に促されて貴賓席へとたどり着けば、一気にまた明るい陽光がまず目に飛び込んできて幻惑されそうだ。
準備された豪華な椅子に腰を下ろしつつ、目を慣らそうと何度か瞬きを繰り返してからようやく眼下に視線を動かすと。
見物席を埋め尽くす群衆。今は無秩序にわーわーとしか聞こえてこないが、恐ろしいほどの喧騒。
闘技場の中心には処刑台が二つ。荒縄がゆらゆらと揺れているのが生々しい。
そして。
遠目にも禍々しい処刑台の傍らには、粗末な囚人服の男女が鎖で雁字搦めにされたまま、朽ちる寸前の案山子のように傾き、よろめきつつ立ち尽くしていた。
星見の塔とオルギールが協議して決めただけあって、雲一つない青空だ。
牧月も既に半ばを過ぎていて、緑は濃く、風は強くもなくぬるくもなく、湿気のない晴天は心地よくて、普通ならピクニックにでも行きたくなるような陽気である。
……けれどこの日はそのような心躍る楽しいものではない。
ウルブスフェルを内側から乗っ取ろうとしたギルド長とその情婦、キアーラ。この二人の公開処刑の日なのだ。
いつもよりも軽めの朝食を頂いた後、久しぶりに綺羅綺羅しい武官の礼装に袖を通し、身支度を整えると、ミリヤムさんとヘンリエッタさんはお約束のように熱い溜息をつきながら壁際に引き下がった。
「いつもながらあまりにお美しくて……」
「言葉を失ってしまいますわ……」
「ありがとう。でも公爵様方やオルギールのほうがもっと素晴らしいのに」
思わず苦笑してとりあえず腰かけてから、差し出されたお茶に手を伸ばす。
朝から磨き立てられて、結構くたびれるのだ。風呂の世話もお着替えも全て人任せとはいえ。
牧月の人気フレーバーらしい爽やかな香りのお茶を頂きつつ、「お菓子はないの?」と尋ねると、ミリヤムさんはとたんに顔を曇らせた。
「もちろん、お出しできますが、その」
「?」
できますが、出さないんだ。
どうして、と目で尋ねると、ヘンリエッタさんと目混ぜをしつつ、「恐れながら」と言った。
「……これからお役目とは申せ、大変にご不快な、見苦しいものをご覧になられると存じます。ですからその、お腹にものを入れておられますと、万一、その、ご気分が悪くなられた場合に……」
「ああ、なるほど」
嘔吐する可能性を考えてくれているわけか。
さすがこのレベルの侍女さんたちだと心遣いも細やかなのだなと感心する。
そういえば、朝食もいつもよりもぐっと軽めだったのだ。
でも忘れてもらってはいけない。
私は武官のコスプレだけしているなんちゃって軍人ではない。
戦場ではとんでもない光景をさんざん目にする。というより、そんな光景ばかりだ。
今さら公開なんたらで嘔吐するほどやわではない。それよりも、たいして長時間かかるものではないと思うが、たぶん次に食べ物を口にできるのはお昼近くだろう。空腹過ぎて気持ちが悪くなってしまう。
よって私はお茶菓子を所望し、心配顔の侍女さんたちを後目に豪華なお茶菓子をせっせと口に運んだ。
そして二杯目のお茶を飲み終える頃、同じく礼装姿のレオン様がお迎えに来て下さって、私たちは並んで城外へと向かった。
******
既に始業の刻限を過ぎているとはいえ、アルバの街は朝からものすごく賑やかだ。
考えてみれば、出陣の行き帰り、あとはアルフが危篤と聞いて宿屋へ向かった往復。それ以外に昼日中に街へ繰り出したことはなかったので、私は目を見張った。
いつもお城の高いところから眺める街の、おそらくメインストリートは広くて石畳が整備されていて、両脇には歩道と言うべき一段高い道路もあり、ごみなどが落ちていることもなく驚くほど清潔だ。
有力者の住む区域を抜けると活気ある商店街が広がっていて、それも面白いことに城に近いところほどどっしりとした間口の広い高級店、そしてだんだんと庶民的なお店が増えていく、というのがまっすぐ道を進むだけで手に取るようにわかる。
公共の水場があったり屋台が出ていたり。そして、縦横に魅力的な路地が広がっていて、高級店、として番を張っていなくても、十分に意匠を凝らした洒落た店もそこかしこにあるようだ。食事をするところ、お茶をするところ。お菓子屋さんに雑貨屋さん。既製服のお店もあるし、注文服のみというところもあるらしい。
もちろん、生活のための店舗も充実している。
肉屋、魚屋、八百屋、花屋、金物屋、薬店、医院。公衆浴場まであった。それも、高級なものから庶民的なものまで(思わず行ってみたいと言ったら大浴場が好きなら作ってやるから我慢しろと言われた。生粋のお貴族様とは視点がずれているので話が通じないのは仕方がない)。
花街と思われる区画もしっかりあったが、そんなに胡散臭い様子ではなかった。ただ、中上級なところはそうなのであって、もっとあやしいところはあるらしい。公認の店であれば、娼妓たちは常に一定の検診を受け、けしからん病気などが蔓延しないよう配慮されているとのこと。このあたりの解説は馬を並べて歩を進めるレオン様だったのだけれど、思わず「大変お詳しいですね」と言ってしまったが、「支配者として当然の知識だ」と平然としているのでそれ以上のつっこみはやめておいた。私に勝ち目はない。
とにかく、危うく本日の目的を忘れてしまうほどわくわくしてしまって、ひっきりなしに「姫様!」とか、「姫将軍!」とか声をかけられると、嬉しくてそのたびに手を振ってしまう。レオン様やシグルド様、ユリアス、そして最後尾についたオルギールへのきいろい声もとんでもなく激しくて笑ってしまいそうだ。彼らがちょっと手を上げるだけで沸き起こる声は凄まじく、ひたすらそれぞれの公爵様方の名前を絶叫している者が大半だけれど、耳が慣れてくると「レオン様抱いて」とか言ってる声が一番多い気がしてちょっともやもやする。一番人気、と聞いていたがそのとおりなのかもしれない。けれど、思わずジト目でレオン様を見たら、「そんなに笑ってやらなくてもいいリーヴァ、もったいない」とか真剣に言っているので、まあ何も心配することはないのだろうと思うけれど。
十重二十重に衛兵たちに守られているのはやむなしとして、街の様子を見るのは楽しい。ちなみに、その衛兵たちの中には、私が公爵夫人になってから「親衛隊」として稼働する人員が見習いのために配置されているそうで、アルフはもちろんのこと、目を凝らせば見知った顔があちこちに見える。
ミゲルがいる。合格したようだ。替え玉事件のとき、彼が互角のいい勝負をしなかったら替え玉が合格した可能性だってゼロではないのだ。あと、別動隊でアルフとともに活躍してくれたベニート、エルナン、意外に物静かな大男のガイ。
このメンツが親衛隊なら、変装してお忍びで外出しても見逃してくれるのではなかろうか。
私がたいへん不埒なことを考えつつ、久しぶりに私を乗せてご機嫌らしいステラの鬣を撫でながら馬を進めていると。
「……もうすぐだ、リーヴァ」
レオン様に声をかけられた。
「闘技場……?」
指をさされたその先に目を向けると、まさにそれらしい、堂々たる威容を誇るそれが街のはずれに見えはじめている。
闘技場。
元の世界の歴史で習ったもの、そのままのような建築物だ。
闘技場前の広場には屋台が出ていてたくさんの人々が群れ集っている。大道芸や、何かを配っている人々も見える。飲食店の割引券らしい。老若男女、ごった返していてさながらお祭りのようだ。
お祭りなどではないのに。見せしめのために、ひとがひとを殺すのに。
街中の賑わしさに惑わされていたけれど、闘技場を目にしたら一気に現実に引き戻されて、今度は逆にその賑わいがうそ寒いものに思われてくる。
「公開処刑など何年振りか、といったものだから」
レオン様は淡々と説明した。
「民にとっては娯楽の一環だ。なかなか、微妙な気持ちにさせられるが……」
「そうですね。娯楽、なんて」
「自分たちは正しいと。間違っていないと陶酔することもできるからな」
レオン様は前を向いたままなおも言う。
「罪状は既に告知されている。奴らに対して憤った者たちがここへ集まる。奴らに思い知らせろと。残虐な光景を安全なところから見物して、立ちあう者全員が奴らに裁きを下した気になる。偉くなったような気分に簡単になれる。自分たちが善、奴らは悪。処刑は悪への鉄槌だから」
……ぞく、とした。
わかってはいたけれど、レオン様の冷静な声で解説をされると、今さらながら重く感じる。
姫様、姫将軍と呼ぶ民衆の、もうひとつの顔。
公開処刑でお祭り騒ぎをする民衆。
そしてレオン様は、……支配者側はわかっていてそれを利用する。
「リーヴァ」
きゅう、と唇をかみしめた私を見ていたのだろう。
レオン様は腕を伸ばし、私の頬を温かい手でするりと撫でた。
とたんに、ヤジも歓声もきいろい声も一段と高まるが、もうそれに気を取られることはない。
「リーヴァ、唇をケガする。噛んではだめだ」
「レオン様」
確かに、唇を傷つけたくはない。
私は深呼吸して、肩の力を抜いた。
「リーヴァ。俺がいる。俺たちが傍に」
「え。……?」
驚くほど真剣なレオン様の声。
思わずレオン様の顔を振り仰ぐと、奇妙ともいうべき表情で私をじっと見つめている。
甘いのか優しいのか。冷たいのか鋭いのか。無感情、というのではない。多分そのすべてが正しいのだだろう。
「これは序の口だ、リーヴァ。……君はもう引き返せない。その代わり俺も、あいつらも全力で君を守るから。傍にいるから」
「レオン様、意味が分からないのですが……」
レオン様の言葉の真意がわからない。聞こうにも場所が悪い。
着いたぞ、と言われ、やむなく馬を下りて闘技場の内部へ向かう。
石造りの闘技場の内部はひんやりとして、日向との落差が激しい。
薄暗さに目が慣れてくると、私たちが歩む通路は薄い織物が敷かれ、おそらく夕刻か夜にでもなれば燈火を灯すのだろう壁龕もあって、貴賓席へ向かうところはずいぶんと美しく整えられているようだ。今は日中だから、そこかしこにある明り取りの小窓から日差しが零れ落ちてくる。
ほどなくして到着したシグルド様やユリアス、オルギールとともに、衛兵たちに前後を固められ、少なくない階段を上ってゆく。ご多聞にもれず、貴賓席は高いところにしつらえてあるのだろう。
「……こちらでございます」
円形闘技場の最上階に到着し、先導の兵士に促されて貴賓席へとたどり着けば、一気にまた明るい陽光がまず目に飛び込んできて幻惑されそうだ。
準備された豪華な椅子に腰を下ろしつつ、目を慣らそうと何度か瞬きを繰り返してからようやく眼下に視線を動かすと。
見物席を埋め尽くす群衆。今は無秩序にわーわーとしか聞こえてこないが、恐ろしいほどの喧騒。
闘技場の中心には処刑台が二つ。荒縄がゆらゆらと揺れているのが生々しい。
そして。
遠目にも禍々しい処刑台の傍らには、粗末な囚人服の男女が鎖で雁字搦めにされたまま、朽ちる寸前の案山子のように傾き、よろめきつつ立ち尽くしていた。
42
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。