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9.-49

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 夢ひとつ見ないままぐっすりと眠って目を覚ますと、私の視界は裸の男の人の肌に覆われていた。

 眠る前のことは覚えている。からだも気持ちも寒くてしかたがなくて。オルギールに抱かれ、普通なら恐怖するほどの執着を示す彼の言葉にひどく安心してそのまま眠ってしまったのだ。

 けれど、私を抱くこの胸はオルギールかと言えばそうではない。

 なめらかな肌、鍛えられたからだつきだけれど、ごく小さな傷がいくつかある。白大理石を彫り上げたようなオルギールとは違う。

 いつもの香り。すっかり覚えた、いつもの肌の感触。

 「……起きたのか、リーヴァ?」

 レオン様、と呟くより早く、掠れ気味の色っぽい声と同時に、私の耳の後ろをすんすんする気配がした。

 「レオン様、今は……?」

 外は暗いようだけれど、時間の感覚がなくなっている。
 私は足だけ動かしてレオン様の顔の高さまでずり上がった。
 顔をこちらに向けたレオン様と、軽く唇を触れ合わせる。

 「日付が変わったばかりだ」
 「そうですか。……」

 目線だけを動かしてあたりを窺うと、どうやらいつもの寝所に移動しているようだ。
 ?……眠る前は私の部屋のはずではなかったか。

 「少し前にこちらへ運んだ」

 私の内心の疑問に答えるかのように、レオン様は言った。
 そして、いたずらっぽく目をくるめかせ、私をのぞき込む。

 「オルギールとさっき交代したんだ」
 「交代。……帰ったのですか?」
 「まだお前の寝所にいる」
 「それは」

 本当に、交代したんだと思い知る。
 よく引き下がったな、と妙なところで感心してしまう。
 そして、さっきまでからだを重ね、抱きしめてくれていたオルギールがひとりで寝台にいるのかと思うと、どうも落ち着かない。何とも言い難い感覚。レオン様がいて下さるのはほっとするのだけれど。なんかこうオルギールのような存在が「近くにいるのに姿が見えない」状況に違和感がある。

 「ここへ呼ぶか?」
 
 さらり、とレオン様は言った。
 暗がりにも煌めく濃い金色の瞳は、冗談を言っているようには見えない。

 「……レオン様」
 「あいつはもちろん離れたくない、と言っていたが」

 言うだろうなと当然、思う。
 「死んでも離さない」と言っていたくらいだから。

 「でも俺とあいつが君を挟んで一緒にいたら」

 どうなるかは明白だろう?とレオン様は続けた。
 私は黙って頷きを返す。
 複数プレイ必須、ってことだ。
 寝るだけ、絶対に手出しはしない、というわけにはゆかないらしい。潔いまでに「複数になってもやることはやる」または「やる可能性を否定しない」というわけか。

 「だから交代した。君は複数は好まないと言ったから」

 確かにそう言った。
 ……ちゃんと聞いていてくれたんだ。

 私は思わず軽く目を見張る。
 意外にも、と言ったらなんだけれど、あまり結果には期待していなかったのが正直なところだ。
 俺様だしエロエロだし。

 「……言っておくが俺だって複数が好きなわけじゃない」

 額と額をこつん、とさせながら、レオン様は至極まじめな口調で言った。いかにも恋人同士、の甘い仕草と発言の内容とのギャップがすごい。

 「本当ですか?」

 我ながらそれはそれは懐疑的な声が出た。
 だってレオン様はノリノリだった、と思う。

 シグルド様はマテができなくてなし崩し的に参加した感じだし、ユリアスは鉄の意志で引き返した。
 オルギールは淫魔の王だから除外。
 とにかく、レオン様がきっかけを作ったのは間違いないだろう。

 思わず半目になった私に、レオン様はまた額をごつん、とさせてくる。

 「あの日も言ったとは思うが。……慣れなくては、と思った結果がああなった」
 「慣れる、って」
 「妻を共有することだ」

 レオン様は私を抱いて頭へのすんすんを再開した。
 お顔が見たいのにこれでは見られない。身じろぎして抱擁から抜け出そうとしたけれど、思ったよりもしっかりと抱きしめられていて無理だった。
 あきらめてからだの力を抜くと、レオン様の腕の力も緩められて、かわりに優しく裸の背やお尻を撫でられた。

 ……顔を見られたくないのだろう、と思い直して耳を傾ける。

 「共有‘される’側の君に無理を強いていることはわかっている。だからこんなことを言う資格はないのだろうが。……リーヴァ、俺は君とともにいたい。一瞬でも一刻でもとにかく長く」
 「資格がないなんてありえない」

 抗議した。
 一緒にいたいといわれて嬉しくないはずがないのに。
 けれど、レオン様は淡々と言葉を紡いでいて、わざと感情移入せずに話をしているように聞こえる。
 いつものレオン様は感情ゆたかな方だから、かえって不自然だ。それだけ言いづらい、けれども「本音」ということなのだろうか。

 「できることなら二人きりで一緒にいたい。だが、複数の夫、となると、二人きりにこだわっていたら一緒にいられる時間は当然減る。だから複数だろうがなんだろうがとにかく君とともに過ごそうと」

 それであのような複数プレイ、というわけですか。
 理屈が通っているような無茶苦茶なような。 
 
 首を捻っていると、レオン様はさらに深々と高い鼻梁を私の髪の中に埋めた。
 
 「それに、だ。君があいつらに抱かれているのを想像すると居ても立っても居られない。だから、想像で悶々とするくらいなら全員一緒に、と」
 
 愚かしいだろう?と、くぐもった声でレオン様は言った。

 レオン様の言葉を頭の中で咀嚼して落とし込んで最初の感想と言えば。

 「……レオン様ってば、なんて」

 なんか、笑うしかない。というか、おかしくて頬が緩んでくる。
 くすくす、でもハハハ、でもない。半笑い、というのが一番近いかもしれない。
 
 なんて愚かしくて……失礼だけれど、かわいらしいんだろう。

 私を愛してくれて。とてもえっちで欲望に正直で。サカった少年みたいに男同士張り合って。

 顔が見たくて力強く暴れようとしたけれど、「顔を見るな!」とはっきり言われて頭を抑え込まれた。
 匂いをかぐついでにレオン様の顎で固定されている。

 とうとう、ほんのちょっとだけクスっと笑ってしまった。
 笑ってもいいぞ、でも今は俺の顔を見てはならんとレオン様はもう一度言った。

 「君のからだが素直で感度がよすぎるから暴走してしまうんだ。君を思いやるべきだと頭でわかっていても、今でも、オルギールだのルードだのが来たらたぶん」
 「止められない?」
 「……努力はするが」

 正直すぎてようやく本当に笑いがこみ上げてきた。
 その一方で、「感度」とか「素直」とかどうも私自身に対してひっかかる物言いがあったけれど。
 
 顔をレオン様の胸にくっつけているのでぐふぐふ笑いをしていると、私の頭を撫でながら「真面目な問題だ」と憮然とした声で言った。

 ちょっとの間とは言え濃厚に笑わせて頂き、笑い収めた頃には頭に乗ったレオン様の顎の感触が消えていたので、そっと上を向いてみれば。

 驚くほど真面目な顔のレオン様が私を見下ろしていた。

 「……どうしたものかな」

 と、呟くように言う。 
 なんのことだか読めなくて。けれどふざけた様子ではないから黙って次の言葉を待っていると、レオン様は頭を撫でていた手をそっと下ろし、長い指で私の唇に触れた。

 「結婚後の話だが。……君はどこに、どのように住みたい?」
 「え……?」
 
 思ってもみない話に思考停止した。
 唇にレオン様の指が乗っているからあえて無理に口を開くことはせず、それでも半開きの唇に精一杯の「?」を浮かべてレオン様の金色の瞳を見返す。

 「俺は君と一緒にいたいが」

 ふ、とわずかに、レオン様は引き締まった口元を自嘲気味に緩めた。

 「君の気持ちを聞いてないな、と思って」
 「私、いつも言ってる」

 がぶり、とレオン様の指にかみついてやったのだけれど、レオン様は表情を変えなかった。
 好きなのに。いつも、「好き好きレオン様」を隠そうともしないのに。

 ……と言おうと思ったら、レオン様は「俺のことを想ってくれているのは知ってる」と早回りをした。
 でもオルギールのこともルードもユリアスも好きだろう?と淡々と続けて。

 「誰と、どのように過ごしたいか、ということだ、リーヴァ」

 レオン様は真面目な顔のまま、私の歯型のついた自分の指をぺろりと舐めた。
 きりりとした男らしい美貌なのに、舌を動かすさまは妙に色っぽい。

 「君はもう、身一つでこちらに現れた、寄る辺のない女性ではない」
 「……」
 「じきに公爵夫人となり‘ヘデラ侯’をも夫に持つ女性だ。俺たちは妻を共有するが、君は俺たちとどのような距離をとるのか決める権利がある」
 「今頃それを?」

 思わずカチンときて私は反駁した。
 身を起こそうとしてそれはやめたけれど。マッパなので当然だがお胸も丸出しで気が引けたのだ。
 仕方なくレオン様の胸を押して、ほんの少しとはいえ空間を作った。ゼロ距離はどうも甘ったるくなってしまってよくない。心地良いのだけれど。

 「わけがわからないうちに准将にされて、それと同時に‘複数の夫’を持つことが前提になって。そういうものだ、と思うことにしているのに夫たちと距離の取り方を決める権利があると?」
 「決めたいだろう?」
 「それはそうですけれど!!」

 混乱する。
 「これはそういうものだ」って決めつけられていたかと思えば、中途半端に「過ごし方を決める」権利? 
 何をいまさら、と言いたい。
 大好きなレオン様に言葉を荒げるのは本意ではないから、せいぜい最大限の目力でもって彼をにらみ据えた。 

 「俺たちもいろいろ考えたんだ」

 私の視線から逃れるように、レオン様は軽く目を閉じて上向きに体勢を整える。

 「夜の過ごし方くらい君の意向を聞くべきだ、とな。……問答無用に抱き潰して発熱などさせてはならないから。俺たちのやりたいようにやっていたら、どうしても張り合う。君に無理をさせる。さっきも言ったろう?」

 かわいらしい、などという単純な話ではなかったようだ
 
 「君はエヴァンジェリスタ城に現れたんだ。だから君の居場所はここだ、とはじめ俺は主張したが、ルードもユリアスも譲らない。三公爵の妻なのだから最初など関係ないと」
 「オルギールはなんと?」
 「君がどこの城に滞在しようと自分は我慢しない、どんな手を使っても君の傍にゆく、とさ」

 どんな手を使っても、って。……オルギールらしいというか「影」の筆頭らしいというか。

 「寝所を共にするのが嫌なら床でも隣の部屋でもいいから離れないと。君の居場所が自分の城だから、‘ヘデラ城’などいつでも返すと」

 そんなやりとりがあったとは。
 それに「共にするのが嫌」なんて。極端なひとだと思う。いろいろ加減して頂きたいだけなのに。

 ……「夜の過ごし方」。確かに考えておくべきことだ。

 四人の夫を持つ、ということばかり気を取られて夫を持ってからのことは思い至らなかった。
 考えるのを避けていた可能性もあるが。
 四人の夫は制度上、やむを得ないこと。この世界に紛れ込んでこの立ち位置になった以上、受け入れるべきことだ、と理解はした。
 四人とも好き、でも構わないのだと。それも理解した。複数の夫の想いを受け入れるなら、複数の夫を愛することは間違ってはいない。そのように理解した。

 でももっと具体的なこと。彼らとの距離、つまり夜の過ごし方となると。

 間違いなくからだが大変そうだ、と思った程度だ。さらに、毎日4Pとかよくわからないけれど5Pとかさせられたらどうしよう、とか。
 現実的に考えてはいなかった。
 お任せします、と言えば、彼らは、特にレオン様は喜んで勝手に決めるだろう。

 でも、お話の始まりは冗談めかしていたけれど、これは切実なことなのだ。
 彼らなりに、レオン様なりに、「私は複数は好みません!」と言ったのを考えてくれているのだろう。
 
 確かに、というべきか、たまたまなのか、「あの」オルギールが私の傍にいるのに姿を見せない、その状況を受け入れている、ということが奇跡に近いと思われてくる。 

 次は私は考える番、というわけらしい。

 レオン様を愛していて、オルギールに頼っていて大好きで、シグルド様とはもっと仲良くなりたいし、ユリアスといるとくつろげる。

 じゃあ夜は、となると。一体どうしたらいいんだろう。どうすれば自分が納得できるんだろう?
 自分を納得させられる根拠なんて、あるのだろうか?

 物思いにとらわれて黙り込んだ私の肩に、レオン様はそっと手を回す。
 体温が奪われてひんやりしつつある肌を温めるように、大きな手のひらで包んでくれた。

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