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三公爵とオルギール、そして私。
せっかく関係者全員が集まっているのだから、ということで、私への論功行賞も形式的に行われた。
行う、という仰々しいものではない。私は知らないことだったけれど、手順へはアルフへのそれと同じ状況だったようだ。先の出兵の総大将だったシグルド様が、私についての評価、評判、実際の戦闘での実績功績を詳細に並べ立てて、私に対して漏れはないか、異議はないかと確認したうえでレオン様の口から私への褒賞が言い渡された。
結論を言えば、軍の階級はなくなった。
無官?といえば当然そうではない。
実績もなく、公爵の「想い人」に過ぎない私を客将として出陣させるためだけの「准将」だったので、まもなく私は公爵夫人になるのだから、その私が軍を率いるとしたら武官としての地位は不要となるようだ。自動的に軍の最高位になるらしい。シグルド様が遠征の総大将ではあったけれど、確かに「公爵」としての身分のままで軍を率いていたのと同じことだと。
よって武官としての明確な地位はない(二階級特進、という言葉があるが、それどころではないほど色々すっとばしたようなものだ)。でも、私の特技を生かした仕事をしたいと以前から呟いていたのをしっかりと聞いていてくれたらしくて、なんと「情報室」という部署を新たに作り、私はそこの初代室長、という扱いになった。三公爵の城、行政、軍事に関わる権限を持つ、という触れ込みで、グラディウスの版図全ての情報収集、分析、諜報活動を行う権限を得たらしい。まだまだこちらの世界の知識に乏しい私には荷が勝ちすぎるような気がするが、諜報活動のノウハウ、諜報員たちへの実践的な指導等(尾行術は私の特技だ。ぜひ教えたいと思っている)、私にやれることは多く、また、情報収集しているうちに、私自身がどんどん版図についての知識を得ることもできるので、一石二鳥といえる。
「補佐として私がおりますのでどうかご安心を」
オルギールが軽く頭を下げてそう言ってくれた。
オルギールは「ヘデラ侯爵」を拝命しているけれど、当然、軍の階級もひといきにアップした。とりあえず当面は「中将」となるとのこと。「大将」でもよさそうなものだけれど、本人が固辞したらしい。その理由というのが、「あまりえらくなりすぎると私の傍にいられなくなる」という理由だと聞いてあきれたのと同時に、恥ずかしいけれど嬉しく思ってしまったのは否めない。
公爵様方には違う考えもあって、「役得で四六時中姫の隣にいるのは納得できん」との意見のある一方で、「ますます立場が強化され、存在自体が得難いものとなった公爵夫人の護衛を、新任の親衛隊だけに任せておくのはどうなのか」という意見が取り入れられ、オルギールはこんなにも偉いひとになったのにまだ私の副官として傍にいてくれるのだとのこと。前ほど一日中一緒にはいてもらえないのは勿論だけれど、「情報室長」として私が任務に就くときには必ず「副官=副長」としてオルギールもついてくれることを確約してもらえて、私はほっとした。
と同時に、なかなか奥の深い人事だな、とも思う。
オルギールの忠誠を疑ったことなどただの一度も、一秒たりともないけれど、ヘデラ侯が復権すれば、その傘下の「影」の権限も強化されることは間違いないはず。その「影」を率いる一族の筆頭を、新設する「情報室」の室長の部下に配置した。これはいつぞやの私の考えをレオン様が聞き入れてくれた結果なのではないのか。
三公爵の治世は盤石なのだろうけれど、私はどうしても「影」の部分が強すぎる国体というものに懐疑的なのだ。
表の部分だけで国が成り立つなど甘い事を言うつもりは無い。ただ、国家の在りようとか、健全性という点からすると、「影」の部分が強すぎる国家は民草にとって望ましくないのでは、と思ってしまう。
無理に組織を再編するつもりはない。なにしろ一千年以上、連綿と続いてきたことなのだから。けれど、あまりに有能かつあまりに美しいオルギールを見ていると怖くなってしまう。その彼に仕える者が彼を担いで力をもって暴走し始めたら制御できなくなるのではないか。
だから私は、対外的表向きの「情報室」のトップとなり、その副官に「影」を率いる一族の当主が就いた。「光と影」の力関係は明確である。恐ろしいまでの情報収集力と実力を誇る「影」の当主は公爵夫人の夫。オルギールの私への執着愛、とも言えるほどの溺愛っぷりは既に周知の事実らしくて、そうである限り「影」は「光」の傘下に留まるだろう。
間違いない。レオン様の考えに違いない。
こういうところ、本当に素敵だなあ、と思う。
他愛もない話、異世界から来た女の世迷言。そう思われても仕方がないのに、しっかりとこちらの話を聞いていてくれる。
まあ、レオン様自身「以前から話題になっていたことではある」と仰っていたから、私の意見とグラディウスの利害が一致した。それだけのこととも言えるのかもしれないが、とりあえずやりがいはありそうだしオルギールはそばにいてくれるし、謎の多い「影」の実態も把握できそうだし、願ったりかなったりだ。
他にも、あまりよくわからないけれど多額の報奨金とか、グラディウス直轄領の一部を私個人の財産にするとか色々説明があって、「後日正式な文書にする」と言われたけれど、最後のほうはあまり聞いてはいなかった。新しいお役目にわくわくしていたから。
色々嬉しくて元気も出てきて、勢い余ってレオン様のほっぺにちゅうをしたら、十倍返しくらいをかまされた上に、激しいブーイングによって種々皆さまの想いたけを受け止めなくてはならず、昼日中から唇が腫れあがってしまったのは、自分のせい以外の何物でもないと思って反省している。
******
昼の三刻、わかりやすく言えば午後三時くらいにエヴァンジェリスタ城に一番近い小さめの馬場で模擬試合の予定が入っていたらしい。
得意分野、弱点、クセ。様々な角度から確認をするため、一日に数名ずつしかチェックできないとのこと。剣技、素手、総当たり戦でやるのだそうだ。
剣技と素手!
「私、お役にたてるかと」
うきうきと私は言いつつ馬場へと向かう。
レオン様とオルギールがついてきてくれている。シグルド様とユリアスはその時間の予定があわず同席できないとのことだった。けれど、明日もあるだろうから、明日の分は自分たちが一緒に、と言って下さったので、ぜひにとお願いをしている。
「私は全員の採用に関わっております」
オルギールは静かに宣言し、馬場へ歩く道々、レオン様が握っていないほうの手をとり、くちづけた。
レオン様は「感心しないな」と言わんばかりの目でその様子を眺めたけれど、オルギールがスキンシップ過多なのは今に始まったことではないし自分もそうだからなのか。何も言わず私と指を絡め、てくてく歩いてゆく。
「私の別働隊、相当数が親衛隊にも志願してくれたって?」
「ええ」
すごく嬉しい話だ。
こちらの世界で、自分で鍛えた自分の部下。本当によくやってくれたし、いい動きをしてくれた。
「あの時すでに徹底的に身元を洗いましたからね。確かに、彼らが親衛隊に配属されるのは悪い話ではないのですよ。ただ……」
「ただ?」
オルギールはレオン様のほうを軽く横目で見やりつつ、
「実力第一で選びましたからね。荒くれ者も多い」
「いいじゃないべつに」
「公爵夫人の親衛隊ともなると、ある程度容姿も条件となるのですよ」
そうですねレオン様、とオルギールは言った。
レオン様はニヤリと笑って、指を絡めて繋ぐ私の手をくいくいっ、と軽く引っ張る。
「俺としては見目などよくなくていいんだがな。実直で実力があってリーヴァに忠誠を誓っていれば何より」
「私もそう思う」
「見目のよい男など君に懸想でもしたら厄介だし、詰めの甘い君がよろよろしたりしようものなら」
「レオン様」
詰めの甘い、って何。
だいたい、これだけ派手な殿方に囲まれて私が誰によろめくというのか。
「失礼ですよ、レオン様。私は誰にもよろめきませんし、私に懸想なんてしませんよきっと」
「なぜそう言える?」
「いろいろ、諸々鍛えますから。私キビシイんですよ!」
諜報員たちのみならず、兵士の訓練もやる気満々の私は言った。
「元の世界でも指導しましたけれど、勘弁してくれと言われましたわ」
「……ほう?」
「なるほど?」
左右から面白そうに相槌を打ってくれるものだから、私は調子に乗って続けた。
「脱落せず、ついてきた者達だけが一流となったのです!」
「ついてきた者達はその後どうなった?」
「それはもう素晴らしい兵士になりました」
……私の率いる部隊は高い生存率を誇り(無論、作戦成功率百パーセントだから報酬も多い)、次はどこに入る?次は何を引き受ける?俺はあんたのところで働きたい、……って口々に言われたっけ。
でもそのうちの何人かは。
一度国に帰る、一緒に来て欲しい、とか、親にあんたをあわせたい、とか色々言われて、なんで私があなたの親御さんにあわなくちゃいけないのとか、帰省するならひとりで帰りなさいそのほうがご家族水入らずで喜ぶわと言ってお断りしていたのだった。
しつこく誘われてもしつこく断っていたから皆情けない顔をしていたけれど、あれはどういうことだったのか?
もしかして。私を女性として誘っていたのか?
「君を連れて帰りたがったり傍にいて欲しいといったりするものは?」
首を傾げて黙り込んだ私に、レオン様は尚も言い募った。
「自分の一番大切なものを君に渡して、持っていてくれるだけでいいと言ったりした男は?」
「……」
いた。たくさんいた。
ネックレスとかブレスとか指輪とかきれいな石の原石みたいなやつとかいろいろ渡された。
一個か二個のうちは持ち歩いていたけれど増えてきたのでそれぞれ渡されたときのエピソードと渡してくれたひとの名前を書いて貸金庫にいれておいたっけ。
自分の宝物は自分で持っていればいいのにと思いつつ、一方的に預かりっぱなしなのもなんだから、故郷の姉に言って大量に送ってもらった勝守をせっせと配ったものだ。
皆、自分の渡したものの扱いと私がお返しに渡した御守の由来を聞いて半笑いになっていたのはどうしてなんだろうと、確かにその度に気にかかっていたのだが。
「心当たりがあるようだな」
「それはもう。……」
「たくさん、おありでしょうね」
オルギールが私の返答にダメ押しをした。
「いいか、リーヴァ」
レオン様は恋人繋ぎにした私の指をちょっと力をこめて握った。
目の光も声音も真剣だ。
レオン様の本気モード。私は黙って頷いた。
「俺の言ったこと、心当たりがあるだろう。男どもが哀れで泣けてくるが、そいつらは殆ど君に惚れていたはずだ」
「はあ」
そうなのか?わかるようなわからないような。
そのひとたちは決して言い寄ってはこなかったし、たまに他の男性に言い寄られたり身の危険を感じたりした場合には、そのひとたちが激しくバッシングして撃退してくれていた。そのひとたち自身は迫ってこなかった。マスコットみたいに大事にしてくれてありがとう、と思っていたものだ。
そんなようなことをぼつぼつ話すと、左右で一斉に深々とため息を吐かれた。
「牽制していたんだ。わからないのか、リーヴァ」
「紳士協定でも結んでいたのでしょう。行儀のよい兵士達ですね」
恋する男は野獣なのですよ。今後、重々身辺を気をつけられますように。親衛隊は、それこそ朝昼晩、自室におられるとき以外は四六時中お傍におりますからね。
オルギールはまじめに私に説教をした。レオン様もそのとおりと呟いている。
「まあ、君は公爵夫人となるから。そこまで身分違いの懸想をして言い寄り、何かを贈るものはそういないとは思うが」
「約一名、懲りない者もおりますからね。本来なら私はある程度見目のよいものを揃えることにはレオン様と異なり賛成ではあるのですが。洗練度と言いますか、リヴェア様の箔にも関わりますから」
懲りないもの、というのはアルフのことだろうけれど、要するに心技体に優れ私に懸想をしない、見目も悪くない、でも良すぎない(私がよろめかない)、という人物はなかなか慎重に選ぶことになるのだそうで。
そんな都合のよい兵士はいるのだろうか?
もうあとはあなた方の好みで選ぶのが宜しいのでは、と思い始めた頃、馬場に着いた。
せっかく関係者全員が集まっているのだから、ということで、私への論功行賞も形式的に行われた。
行う、という仰々しいものではない。私は知らないことだったけれど、手順へはアルフへのそれと同じ状況だったようだ。先の出兵の総大将だったシグルド様が、私についての評価、評判、実際の戦闘での実績功績を詳細に並べ立てて、私に対して漏れはないか、異議はないかと確認したうえでレオン様の口から私への褒賞が言い渡された。
結論を言えば、軍の階級はなくなった。
無官?といえば当然そうではない。
実績もなく、公爵の「想い人」に過ぎない私を客将として出陣させるためだけの「准将」だったので、まもなく私は公爵夫人になるのだから、その私が軍を率いるとしたら武官としての地位は不要となるようだ。自動的に軍の最高位になるらしい。シグルド様が遠征の総大将ではあったけれど、確かに「公爵」としての身分のままで軍を率いていたのと同じことだと。
よって武官としての明確な地位はない(二階級特進、という言葉があるが、それどころではないほど色々すっとばしたようなものだ)。でも、私の特技を生かした仕事をしたいと以前から呟いていたのをしっかりと聞いていてくれたらしくて、なんと「情報室」という部署を新たに作り、私はそこの初代室長、という扱いになった。三公爵の城、行政、軍事に関わる権限を持つ、という触れ込みで、グラディウスの版図全ての情報収集、分析、諜報活動を行う権限を得たらしい。まだまだこちらの世界の知識に乏しい私には荷が勝ちすぎるような気がするが、諜報活動のノウハウ、諜報員たちへの実践的な指導等(尾行術は私の特技だ。ぜひ教えたいと思っている)、私にやれることは多く、また、情報収集しているうちに、私自身がどんどん版図についての知識を得ることもできるので、一石二鳥といえる。
「補佐として私がおりますのでどうかご安心を」
オルギールが軽く頭を下げてそう言ってくれた。
オルギールは「ヘデラ侯爵」を拝命しているけれど、当然、軍の階級もひといきにアップした。とりあえず当面は「中将」となるとのこと。「大将」でもよさそうなものだけれど、本人が固辞したらしい。その理由というのが、「あまりえらくなりすぎると私の傍にいられなくなる」という理由だと聞いてあきれたのと同時に、恥ずかしいけれど嬉しく思ってしまったのは否めない。
公爵様方には違う考えもあって、「役得で四六時中姫の隣にいるのは納得できん」との意見のある一方で、「ますます立場が強化され、存在自体が得難いものとなった公爵夫人の護衛を、新任の親衛隊だけに任せておくのはどうなのか」という意見が取り入れられ、オルギールはこんなにも偉いひとになったのにまだ私の副官として傍にいてくれるのだとのこと。前ほど一日中一緒にはいてもらえないのは勿論だけれど、「情報室長」として私が任務に就くときには必ず「副官=副長」としてオルギールもついてくれることを確約してもらえて、私はほっとした。
と同時に、なかなか奥の深い人事だな、とも思う。
オルギールの忠誠を疑ったことなどただの一度も、一秒たりともないけれど、ヘデラ侯が復権すれば、その傘下の「影」の権限も強化されることは間違いないはず。その「影」を率いる一族の筆頭を、新設する「情報室」の室長の部下に配置した。これはいつぞやの私の考えをレオン様が聞き入れてくれた結果なのではないのか。
三公爵の治世は盤石なのだろうけれど、私はどうしても「影」の部分が強すぎる国体というものに懐疑的なのだ。
表の部分だけで国が成り立つなど甘い事を言うつもりは無い。ただ、国家の在りようとか、健全性という点からすると、「影」の部分が強すぎる国家は民草にとって望ましくないのでは、と思ってしまう。
無理に組織を再編するつもりはない。なにしろ一千年以上、連綿と続いてきたことなのだから。けれど、あまりに有能かつあまりに美しいオルギールを見ていると怖くなってしまう。その彼に仕える者が彼を担いで力をもって暴走し始めたら制御できなくなるのではないか。
だから私は、対外的表向きの「情報室」のトップとなり、その副官に「影」を率いる一族の当主が就いた。「光と影」の力関係は明確である。恐ろしいまでの情報収集力と実力を誇る「影」の当主は公爵夫人の夫。オルギールの私への執着愛、とも言えるほどの溺愛っぷりは既に周知の事実らしくて、そうである限り「影」は「光」の傘下に留まるだろう。
間違いない。レオン様の考えに違いない。
こういうところ、本当に素敵だなあ、と思う。
他愛もない話、異世界から来た女の世迷言。そう思われても仕方がないのに、しっかりとこちらの話を聞いていてくれる。
まあ、レオン様自身「以前から話題になっていたことではある」と仰っていたから、私の意見とグラディウスの利害が一致した。それだけのこととも言えるのかもしれないが、とりあえずやりがいはありそうだしオルギールはそばにいてくれるし、謎の多い「影」の実態も把握できそうだし、願ったりかなったりだ。
他にも、あまりよくわからないけれど多額の報奨金とか、グラディウス直轄領の一部を私個人の財産にするとか色々説明があって、「後日正式な文書にする」と言われたけれど、最後のほうはあまり聞いてはいなかった。新しいお役目にわくわくしていたから。
色々嬉しくて元気も出てきて、勢い余ってレオン様のほっぺにちゅうをしたら、十倍返しくらいをかまされた上に、激しいブーイングによって種々皆さまの想いたけを受け止めなくてはならず、昼日中から唇が腫れあがってしまったのは、自分のせい以外の何物でもないと思って反省している。
******
昼の三刻、わかりやすく言えば午後三時くらいにエヴァンジェリスタ城に一番近い小さめの馬場で模擬試合の予定が入っていたらしい。
得意分野、弱点、クセ。様々な角度から確認をするため、一日に数名ずつしかチェックできないとのこと。剣技、素手、総当たり戦でやるのだそうだ。
剣技と素手!
「私、お役にたてるかと」
うきうきと私は言いつつ馬場へと向かう。
レオン様とオルギールがついてきてくれている。シグルド様とユリアスはその時間の予定があわず同席できないとのことだった。けれど、明日もあるだろうから、明日の分は自分たちが一緒に、と言って下さったので、ぜひにとお願いをしている。
「私は全員の採用に関わっております」
オルギールは静かに宣言し、馬場へ歩く道々、レオン様が握っていないほうの手をとり、くちづけた。
レオン様は「感心しないな」と言わんばかりの目でその様子を眺めたけれど、オルギールがスキンシップ過多なのは今に始まったことではないし自分もそうだからなのか。何も言わず私と指を絡め、てくてく歩いてゆく。
「私の別働隊、相当数が親衛隊にも志願してくれたって?」
「ええ」
すごく嬉しい話だ。
こちらの世界で、自分で鍛えた自分の部下。本当によくやってくれたし、いい動きをしてくれた。
「あの時すでに徹底的に身元を洗いましたからね。確かに、彼らが親衛隊に配属されるのは悪い話ではないのですよ。ただ……」
「ただ?」
オルギールはレオン様のほうを軽く横目で見やりつつ、
「実力第一で選びましたからね。荒くれ者も多い」
「いいじゃないべつに」
「公爵夫人の親衛隊ともなると、ある程度容姿も条件となるのですよ」
そうですねレオン様、とオルギールは言った。
レオン様はニヤリと笑って、指を絡めて繋ぐ私の手をくいくいっ、と軽く引っ張る。
「俺としては見目などよくなくていいんだがな。実直で実力があってリーヴァに忠誠を誓っていれば何より」
「私もそう思う」
「見目のよい男など君に懸想でもしたら厄介だし、詰めの甘い君がよろよろしたりしようものなら」
「レオン様」
詰めの甘い、って何。
だいたい、これだけ派手な殿方に囲まれて私が誰によろめくというのか。
「失礼ですよ、レオン様。私は誰にもよろめきませんし、私に懸想なんてしませんよきっと」
「なぜそう言える?」
「いろいろ、諸々鍛えますから。私キビシイんですよ!」
諜報員たちのみならず、兵士の訓練もやる気満々の私は言った。
「元の世界でも指導しましたけれど、勘弁してくれと言われましたわ」
「……ほう?」
「なるほど?」
左右から面白そうに相槌を打ってくれるものだから、私は調子に乗って続けた。
「脱落せず、ついてきた者達だけが一流となったのです!」
「ついてきた者達はその後どうなった?」
「それはもう素晴らしい兵士になりました」
……私の率いる部隊は高い生存率を誇り(無論、作戦成功率百パーセントだから報酬も多い)、次はどこに入る?次は何を引き受ける?俺はあんたのところで働きたい、……って口々に言われたっけ。
でもそのうちの何人かは。
一度国に帰る、一緒に来て欲しい、とか、親にあんたをあわせたい、とか色々言われて、なんで私があなたの親御さんにあわなくちゃいけないのとか、帰省するならひとりで帰りなさいそのほうがご家族水入らずで喜ぶわと言ってお断りしていたのだった。
しつこく誘われてもしつこく断っていたから皆情けない顔をしていたけれど、あれはどういうことだったのか?
もしかして。私を女性として誘っていたのか?
「君を連れて帰りたがったり傍にいて欲しいといったりするものは?」
首を傾げて黙り込んだ私に、レオン様は尚も言い募った。
「自分の一番大切なものを君に渡して、持っていてくれるだけでいいと言ったりした男は?」
「……」
いた。たくさんいた。
ネックレスとかブレスとか指輪とかきれいな石の原石みたいなやつとかいろいろ渡された。
一個か二個のうちは持ち歩いていたけれど増えてきたのでそれぞれ渡されたときのエピソードと渡してくれたひとの名前を書いて貸金庫にいれておいたっけ。
自分の宝物は自分で持っていればいいのにと思いつつ、一方的に預かりっぱなしなのもなんだから、故郷の姉に言って大量に送ってもらった勝守をせっせと配ったものだ。
皆、自分の渡したものの扱いと私がお返しに渡した御守の由来を聞いて半笑いになっていたのはどうしてなんだろうと、確かにその度に気にかかっていたのだが。
「心当たりがあるようだな」
「それはもう。……」
「たくさん、おありでしょうね」
オルギールが私の返答にダメ押しをした。
「いいか、リーヴァ」
レオン様は恋人繋ぎにした私の指をちょっと力をこめて握った。
目の光も声音も真剣だ。
レオン様の本気モード。私は黙って頷いた。
「俺の言ったこと、心当たりがあるだろう。男どもが哀れで泣けてくるが、そいつらは殆ど君に惚れていたはずだ」
「はあ」
そうなのか?わかるようなわからないような。
そのひとたちは決して言い寄ってはこなかったし、たまに他の男性に言い寄られたり身の危険を感じたりした場合には、そのひとたちが激しくバッシングして撃退してくれていた。そのひとたち自身は迫ってこなかった。マスコットみたいに大事にしてくれてありがとう、と思っていたものだ。
そんなようなことをぼつぼつ話すと、左右で一斉に深々とため息を吐かれた。
「牽制していたんだ。わからないのか、リーヴァ」
「紳士協定でも結んでいたのでしょう。行儀のよい兵士達ですね」
恋する男は野獣なのですよ。今後、重々身辺を気をつけられますように。親衛隊は、それこそ朝昼晩、自室におられるとき以外は四六時中お傍におりますからね。
オルギールはまじめに私に説教をした。レオン様もそのとおりと呟いている。
「まあ、君は公爵夫人となるから。そこまで身分違いの懸想をして言い寄り、何かを贈るものはそういないとは思うが」
「約一名、懲りない者もおりますからね。本来なら私はある程度見目のよいものを揃えることにはレオン様と異なり賛成ではあるのですが。洗練度と言いますか、リヴェア様の箔にも関わりますから」
懲りないもの、というのはアルフのことだろうけれど、要するに心技体に優れ私に懸想をしない、見目も悪くない、でも良すぎない(私がよろめかない)、という人物はなかなか慎重に選ぶことになるのだそうで。
そんな都合のよい兵士はいるのだろうか?
もうあとはあなた方の好みで選ぶのが宜しいのでは、と思い始めた頃、馬場に着いた。
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