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9.-43
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一難去ってまた一難。
本当にこのひとたちと一緒にいると、うっとりしたりどきどきしたりハラハラしたり。
溺愛されていることは間違いないし、私もこのひとたちのことを心から愛してると実感しているから、うっとりどきどきはいいとして、ハラハラはなぜなんだろう。
……溺愛が高じてヤキモチが酷いから、ではないか。
このひとたちは全員素晴らしい美貌と絶大な権力を持っていて、おそらく皆さま女性遍歴はそれなりと思われるけれど、きちんとお付き合いしたことがないのではないか。恋愛に不器用な私が考えるのも不遜な話かもしれないが。
言っては何だが愛した女性をある意味信用していないし、信用できない。捕まえておく、という愛し方しか知らないのではないか。だから、手に入れた女性を取り込み、下手をすると辞書的な意味で閉じ込めようとする(特に、オルギール!と思ってしまう)。贈り物ひとつも寛容になれない。
慣れて頂かなくては、と思う。
辞令に要した時間からして、アルフが希望を述べ、それがすぐさま聞き入れられたとは思われない。なにがしかのやり取りがあって、ようやく私の親衛隊長就任が決まったに違いない。おそらく、私がユリアスに口添えを頼んでおいたのは正解だったのだろう。
となれば、親衛隊長に任命したのは彼らとはいえ、今後も私の傍に、それも日中は一番傍にいるのがアルフとなると、何かにつけてヤキモチを焼かれてごちゃごちゃ言われる可能性は高い。ともすれば目くじらをたてられて、アルフに当たられても可哀そうだし、私にヤキモチの矛先が向くのもおかしな話だ(と、ここでまた特にオルギールだがな!と考えた)。
まずはあの首飾りと指輪を守ろう。取り上げられてはならない。誰が買ってくれた云々ではなく、あのデザインは本当に気に入っているのだ。
そして、着けたいときには身に着ける。身に着けるたびにひん剥かれてあんあん言わされるのはごめんだ。ウルブスフェルでのことが脳裏に蘇り、思い出すだけでも羞恥で死にそうになる。痛かったし怖かったし、でもその次の朝はとても甘々で……。
頬が熱くなる。
「リーヴァ。あの男から何を貰った?」
気がつけばレオン様の追求が続いていた。
火照る頬を自分で撫でながらレオン様を見れば、鷹のように鋭く光る瞳。私を怖がらせないためにか、口元だけは笑みの形を作っているけれど、かえってそれが恐怖を煽ることにレオン様は気づいていない。
ふる、と寒気が走るけれど頑張らなくては。コレを乗り越えなくては、私はお気に入りの装身具を身に着けることすら許されなくなる。
「首飾りとお揃いの指輪を貰ったの」
「そうか」
まずひとこと、レオン様は静かに応じた。そのままこちらを見下ろしているので、それでこの話題が終わったわけでは無さそうだ。
隣で黙っているオルギールの氷雪の気配が恐ろしいけれど、彼は口を開けばマズいことを言うに違いないので、かえって無言のほうが有難いと心を奮い立たせてそのままレオン様を見つめ返す。
「ちょうど、私も気に入った意匠だったので。とても素敵なの」
「どんな意匠なんだ?」
「黒真珠が葡萄の房みたいになっていて。その上に黒曜石と赤珊瑚の葉っぱがついていて」
「洒落てるな。君に似あいそうだ」
意外にもとても穏やかな反応だ。
私は嬉しくなってしまって、問われるままに、葡萄の房の大きさとか葉っぱは一枚ずつついていて、と細かく説明をした。
「素敵だけれど豪華というほどではないから、室内着とか、普段のお衣裳にぴったりなの。今度見て頂けます?」
「ああ。ぜひ」
レオン様は目を細めて頷き、私の頬に軽くくちづけをした。
そして、君は黒真珠と珊瑚も好きなんだなと呟いているので、ああまた今度から黒真珠と珊瑚をあしらった贈り物が増えそうだと覚悟する。正直、珊瑚のブームは何とかしてほしいところだが、今のお話の流れを壊したくない。なぜだかとてもスムーズだ。没収されたり着けると不機嫌になるということもないかもしれない。
よし!いい感じ!と脳内で快哉を叫んでいると。
「……俺より先に珊瑚を贈っていたとは」
思わぬところから唸るような声が聞こえた。
「?……シグルド様」
椅子に深く腰掛け、ちょっとお行儀悪くのけぞって足を組んだまま、シグルド様は美しい眉根に皺を寄せていた。
シグルド様のこんな顔は珍しい。
「俺より先に、って、それはどうして」
「姫に贈った指輪。あれより先にあの男が珊瑚を買い求めていたのか。ウルブスフェルで」
「……でも、先とかあととかあまり関係がないのでは?」
小首を傾げ、無理をしてあざとさを前面に押し出してみた。
「あの街の特産が珊瑚なのでしょうし、意匠も全く異なりますし。何か装身具を選ぶとなると結局珊瑚か真珠になりますよ」
「まあそうかもしれんが」
「それより私はお気持ちが嬉しかったですわ」
なかなか晴れない眉間の皺を解こうと、私は躍起になった。
はにかんだような笑顔。たぶん、これ、大事。
「思いがけず大規模戦闘になったその後、残務処理に忙殺されたと伺いました。なのに、私へのお土産を選んで下さったなんて。珊瑚だろうが石ころだろうが本当に嬉しい」
「姫はまったく」
可愛いことを言う、犯罪だ、と訳の分からないことを言いながら、シグルド様は素早く立ち上がって私の傍まで来ると、額にちゅうをした(両脇をレオン様とオルギールが固めているから額になったのだろう)。何度も何度も。そのうち、鼻先にも。それが終わると、お馴染みの仕草、つまり私の手をとってぺろぺろする。
渋面は立ちどころにご機嫌顔になり、飛びつかんばかりにこちらへ駆け寄り、あちこちちゅうをしたり舐め回すシグルド様は美しい大型犬みたいだ。
このひとのストレートな感情表現にも慣れた。失礼だけれど可愛らしいかもしれないと思っていると、シグルド様、少々暑苦しいですよとオルギールが文句を言い、ルードはかさばるんだ、もうちょっと距離を取れとレオン様もぶつくさ言っている。
あらあらなにこれいい流れ。
レオン様とオルギール、シグルド様の三名に拘束され、纏わりつかれながらも私は嬉しくてニヤけてしまう。もっと何か嫌味を言われたり抵抗されるかと思った。
そしてとにかく、オルギール。
そう思ってずっと腰を抱く彼をそうっと見上げると、ばっちり目が合ってしまった。何もかも見透かされそうな、心まで丸裸にされてしまいそうな紫の瞳。
いつから見下ろしていたんだろう、と寒くなるが、怯えた様子を見せるとこの何かと不埒な魔王がイヤらしい方向に燃え上がるから、努めて平静を装って微笑んで見せる。
「どしたの、オルギール?」
「珊瑚は特にお似合いですからね。私からも贈るとしましょうか」
口の端を僅かに吊り上げて、オルギールはひっそりと囁く。
心なしか淫らな笑みだ、と感じた私はたぶん正しい。
私はごくりと唾を飲み込み、頭を振った。
「いえいえ、オルギール。もうあちこちからたっぷりと珊瑚は頂きました。もうこれ以上は」
必要ありません、と結ぶ前に、オルギールの長くて形のよい指先が私の唇にそっと触れる。
「私はまだ何もあなたに贈り物をしていない。待っていて下さいね」
「オルギール、ぜひ、珊瑚以外で」
「俺も珊瑚は贈っていない」
横合いからレオン様も口を挟む。
「何か見繕わなくては」
「いえ、レオン様!お忘れではないでしょうか!?」
オルギールに唇を撫でられたまま、私は首を捩じってレオン様を見上げた。
昼食会のとき、シグルド様に対抗して、メインはクッションカットの金剛石だったけれど、回りを真珠と珊瑚が取り巻いている指輪を下さったではないか。
何度も言うが宝石は好きだ。着飾ることも好きだ。
しかし、珊瑚ブームは何とかしてほしい。それに伴う記憶が強烈過ぎて、虚心坦懐に珊瑚を愛でられない自分がいる。
「レオン様、珊瑚はもうお腹いっぱいですわ。それに私、黒真珠も好きですよ」
君は黒真珠と珊瑚が好きなんだな、とさっきレオン様も納得していたはずだ。
それを思い出してほしくて言ったのだけれど、
「そうか?」
レオン様は不服そうだ。
「昼食会の時の装身具は指輪以外、ユリアスの見立てだろう?」
「はあ、まあ」
海の恵みがテーマだったな、と思い出す。珊瑚づくしでくらくらしたのだった。
あれはよく似あっていた、と、ユリアスが満足そうに呟くのが聞こえてくる。
「ならば俺もあらためて何か贈らないと気が済まない」
出遅れた気持ちになる!とまで言われ、私は項垂れた。
ならば、とか意味がわからないが、ようはもう一度珊瑚の贈り物をして下さるということだろう。
仕方がない。殿方の対抗心に関わるならやむなし。
傍らで断言するレオン様の純金色の髪をひと房握り、くい、と痛くない程度に引っ張って分かりましたレオン様、と応じた。
「一点だけですよ?」
お金の無駄遣いはひとのお金と言えども気が引ける。どんなに気の遠くなるほどのお金持ちでも。
レオン様の顔を下から覗き込んで宥めるように言うと、やっとレオン様は微笑んでくれた。
「わかった、リーヴァ。そのうち贈るから楽しみにしていてくれ」
「有難うございます。……オルギールもね。もし珊瑚にこだわるなら一点だけね」
ここぞとばかりに私はオルギールに釘を刺した。
オルギールは自分までついでに約束させられるのはいかがなものなのかと言わんばかりの雄弁な瞳でこちらを眺めていたが、
「わかりました、リア」
ややあって、輝く銀色の髪を揺らして頷いてくれた。
やった!と物凄い達成感に酔いしれそうになるが、顔に出すと意地悪オルギールに臍を枉げられるかもしれないから、ぜひお願いね、とだけ言うに留めておく。
オルギールはそんな私を相変わらずしげしげまじまじと見下ろしていて、うそ発見器にかけられた犯人みたいな気持ちになってしまう。
このひとに尋問にかけられたが最後、やってなくても「やった」といいそうだなと考える。
「……贈り物は喜んで使って頂いてこそですからね。考えてみます」
なんと、オルギールはたいへん穏やかに言った。
何か企んでいるのかもしれないが、今は邪推は止めておくべきだ。余計な波風は立てたくない。
「ありがとうオルギール」
唇を撫でられ続けたまま私はとりあえずお礼を言った。贈り物を頂く前から礼を言うのも妙な話だが「自分のために何を贈るか考えてくれる」ということ自体は純粋に嬉しいことではあるから。
礼など不要ですよ、リア。と、オルギールは最後にはふわりと笑んで、私の唇に触れていた指を自分の唇に持ってきてそっと舐めた。
その壮絶な色気にあてられてどぎまぎしていると、無駄に色気を振りまくなと隣から、握られた手元からは姫、こいつは魔物だ誑かされるなと声がして、さらに正面からはそこまで目の前でされては黙ってはおられんなと言いながらユリアスが壇上から下りてきてしまった。
抱きしめられたり顔やら髪やらそこらじゅうにくちづけをされながら、とりあえずウルブスフェルのお土産は無事だ、と私は心の底から安堵したのだった。
******
こんなことがあってからどれほどだったろうか。少なくとも、珊瑚を贈る、贈らないとあれこれ騒いだやりとりはすっかり頭の隅に押しやられてからのこと。
ひとりでのんびりとお茶を楽しんでいると、レオン様とオルギールから贈り物が届けられた。
その頃には毎日恒例のプレゼント攻撃をする贈り主は、三公爵に加えて堂々とオルギールも名を連ねていたから、さして驚きもなく今日は何かしらと運ばせて見てみれば。
「……」
「……あら、これは?」
「リヴェア様、この意匠……?」
私にひとこと断って左右から覗き込んだミリヤムさんもヘンリエッタさんも微妙な顔つきだ。
レオン様からは指輪。オルギールからは首飾り。
二つで、一セット。
「リヴェア様、なんとなく見覚えが」
「同じものをお持ちではありませんでした?」
「やられた……」
私は脱力してソファに倒れ込む。
------アルフから貰ったのと寸分違わぬ葡萄の首飾りと指輪。
店の名と、実物の意匠を知るオルギールがレオン様に吹き込んで結託したに違いない。
「リヴェア様、お手紙もお預かりしておりますよ」
「見せて!」
ただならぬ気配を察知したのか、恐る恐る声をかけてきたミリヤムさんから奪い取るようにしてお手紙とやらを受け取る。
手触りもよく、美しいカードが二枚。
「君の瞳に乾杯。毎日でも使ってやってくれ」
だからスペアを下さったというわけですか。傷むから、と。
……レオン様。あなたというひとは。
「こちらの珊瑚のほうがあなたの色に近い。どうか見比べて」
「あなたの色」って。
……エロ魔王め!
どこまで対抗すれば気が済むんだろう。
いや、これで一区切りだろうか。そう願いたいものだ。
本当にこのひとたちと一緒にいると、うっとりしたりどきどきしたりハラハラしたり。
溺愛されていることは間違いないし、私もこのひとたちのことを心から愛してると実感しているから、うっとりどきどきはいいとして、ハラハラはなぜなんだろう。
……溺愛が高じてヤキモチが酷いから、ではないか。
このひとたちは全員素晴らしい美貌と絶大な権力を持っていて、おそらく皆さま女性遍歴はそれなりと思われるけれど、きちんとお付き合いしたことがないのではないか。恋愛に不器用な私が考えるのも不遜な話かもしれないが。
言っては何だが愛した女性をある意味信用していないし、信用できない。捕まえておく、という愛し方しか知らないのではないか。だから、手に入れた女性を取り込み、下手をすると辞書的な意味で閉じ込めようとする(特に、オルギール!と思ってしまう)。贈り物ひとつも寛容になれない。
慣れて頂かなくては、と思う。
辞令に要した時間からして、アルフが希望を述べ、それがすぐさま聞き入れられたとは思われない。なにがしかのやり取りがあって、ようやく私の親衛隊長就任が決まったに違いない。おそらく、私がユリアスに口添えを頼んでおいたのは正解だったのだろう。
となれば、親衛隊長に任命したのは彼らとはいえ、今後も私の傍に、それも日中は一番傍にいるのがアルフとなると、何かにつけてヤキモチを焼かれてごちゃごちゃ言われる可能性は高い。ともすれば目くじらをたてられて、アルフに当たられても可哀そうだし、私にヤキモチの矛先が向くのもおかしな話だ(と、ここでまた特にオルギールだがな!と考えた)。
まずはあの首飾りと指輪を守ろう。取り上げられてはならない。誰が買ってくれた云々ではなく、あのデザインは本当に気に入っているのだ。
そして、着けたいときには身に着ける。身に着けるたびにひん剥かれてあんあん言わされるのはごめんだ。ウルブスフェルでのことが脳裏に蘇り、思い出すだけでも羞恥で死にそうになる。痛かったし怖かったし、でもその次の朝はとても甘々で……。
頬が熱くなる。
「リーヴァ。あの男から何を貰った?」
気がつけばレオン様の追求が続いていた。
火照る頬を自分で撫でながらレオン様を見れば、鷹のように鋭く光る瞳。私を怖がらせないためにか、口元だけは笑みの形を作っているけれど、かえってそれが恐怖を煽ることにレオン様は気づいていない。
ふる、と寒気が走るけれど頑張らなくては。コレを乗り越えなくては、私はお気に入りの装身具を身に着けることすら許されなくなる。
「首飾りとお揃いの指輪を貰ったの」
「そうか」
まずひとこと、レオン様は静かに応じた。そのままこちらを見下ろしているので、それでこの話題が終わったわけでは無さそうだ。
隣で黙っているオルギールの氷雪の気配が恐ろしいけれど、彼は口を開けばマズいことを言うに違いないので、かえって無言のほうが有難いと心を奮い立たせてそのままレオン様を見つめ返す。
「ちょうど、私も気に入った意匠だったので。とても素敵なの」
「どんな意匠なんだ?」
「黒真珠が葡萄の房みたいになっていて。その上に黒曜石と赤珊瑚の葉っぱがついていて」
「洒落てるな。君に似あいそうだ」
意外にもとても穏やかな反応だ。
私は嬉しくなってしまって、問われるままに、葡萄の房の大きさとか葉っぱは一枚ずつついていて、と細かく説明をした。
「素敵だけれど豪華というほどではないから、室内着とか、普段のお衣裳にぴったりなの。今度見て頂けます?」
「ああ。ぜひ」
レオン様は目を細めて頷き、私の頬に軽くくちづけをした。
そして、君は黒真珠と珊瑚も好きなんだなと呟いているので、ああまた今度から黒真珠と珊瑚をあしらった贈り物が増えそうだと覚悟する。正直、珊瑚のブームは何とかしてほしいところだが、今のお話の流れを壊したくない。なぜだかとてもスムーズだ。没収されたり着けると不機嫌になるということもないかもしれない。
よし!いい感じ!と脳内で快哉を叫んでいると。
「……俺より先に珊瑚を贈っていたとは」
思わぬところから唸るような声が聞こえた。
「?……シグルド様」
椅子に深く腰掛け、ちょっとお行儀悪くのけぞって足を組んだまま、シグルド様は美しい眉根に皺を寄せていた。
シグルド様のこんな顔は珍しい。
「俺より先に、って、それはどうして」
「姫に贈った指輪。あれより先にあの男が珊瑚を買い求めていたのか。ウルブスフェルで」
「……でも、先とかあととかあまり関係がないのでは?」
小首を傾げ、無理をしてあざとさを前面に押し出してみた。
「あの街の特産が珊瑚なのでしょうし、意匠も全く異なりますし。何か装身具を選ぶとなると結局珊瑚か真珠になりますよ」
「まあそうかもしれんが」
「それより私はお気持ちが嬉しかったですわ」
なかなか晴れない眉間の皺を解こうと、私は躍起になった。
はにかんだような笑顔。たぶん、これ、大事。
「思いがけず大規模戦闘になったその後、残務処理に忙殺されたと伺いました。なのに、私へのお土産を選んで下さったなんて。珊瑚だろうが石ころだろうが本当に嬉しい」
「姫はまったく」
可愛いことを言う、犯罪だ、と訳の分からないことを言いながら、シグルド様は素早く立ち上がって私の傍まで来ると、額にちゅうをした(両脇をレオン様とオルギールが固めているから額になったのだろう)。何度も何度も。そのうち、鼻先にも。それが終わると、お馴染みの仕草、つまり私の手をとってぺろぺろする。
渋面は立ちどころにご機嫌顔になり、飛びつかんばかりにこちらへ駆け寄り、あちこちちゅうをしたり舐め回すシグルド様は美しい大型犬みたいだ。
このひとのストレートな感情表現にも慣れた。失礼だけれど可愛らしいかもしれないと思っていると、シグルド様、少々暑苦しいですよとオルギールが文句を言い、ルードはかさばるんだ、もうちょっと距離を取れとレオン様もぶつくさ言っている。
あらあらなにこれいい流れ。
レオン様とオルギール、シグルド様の三名に拘束され、纏わりつかれながらも私は嬉しくてニヤけてしまう。もっと何か嫌味を言われたり抵抗されるかと思った。
そしてとにかく、オルギール。
そう思ってずっと腰を抱く彼をそうっと見上げると、ばっちり目が合ってしまった。何もかも見透かされそうな、心まで丸裸にされてしまいそうな紫の瞳。
いつから見下ろしていたんだろう、と寒くなるが、怯えた様子を見せるとこの何かと不埒な魔王がイヤらしい方向に燃え上がるから、努めて平静を装って微笑んで見せる。
「どしたの、オルギール?」
「珊瑚は特にお似合いですからね。私からも贈るとしましょうか」
口の端を僅かに吊り上げて、オルギールはひっそりと囁く。
心なしか淫らな笑みだ、と感じた私はたぶん正しい。
私はごくりと唾を飲み込み、頭を振った。
「いえいえ、オルギール。もうあちこちからたっぷりと珊瑚は頂きました。もうこれ以上は」
必要ありません、と結ぶ前に、オルギールの長くて形のよい指先が私の唇にそっと触れる。
「私はまだ何もあなたに贈り物をしていない。待っていて下さいね」
「オルギール、ぜひ、珊瑚以外で」
「俺も珊瑚は贈っていない」
横合いからレオン様も口を挟む。
「何か見繕わなくては」
「いえ、レオン様!お忘れではないでしょうか!?」
オルギールに唇を撫でられたまま、私は首を捩じってレオン様を見上げた。
昼食会のとき、シグルド様に対抗して、メインはクッションカットの金剛石だったけれど、回りを真珠と珊瑚が取り巻いている指輪を下さったではないか。
何度も言うが宝石は好きだ。着飾ることも好きだ。
しかし、珊瑚ブームは何とかしてほしい。それに伴う記憶が強烈過ぎて、虚心坦懐に珊瑚を愛でられない自分がいる。
「レオン様、珊瑚はもうお腹いっぱいですわ。それに私、黒真珠も好きですよ」
君は黒真珠と珊瑚が好きなんだな、とさっきレオン様も納得していたはずだ。
それを思い出してほしくて言ったのだけれど、
「そうか?」
レオン様は不服そうだ。
「昼食会の時の装身具は指輪以外、ユリアスの見立てだろう?」
「はあ、まあ」
海の恵みがテーマだったな、と思い出す。珊瑚づくしでくらくらしたのだった。
あれはよく似あっていた、と、ユリアスが満足そうに呟くのが聞こえてくる。
「ならば俺もあらためて何か贈らないと気が済まない」
出遅れた気持ちになる!とまで言われ、私は項垂れた。
ならば、とか意味がわからないが、ようはもう一度珊瑚の贈り物をして下さるということだろう。
仕方がない。殿方の対抗心に関わるならやむなし。
傍らで断言するレオン様の純金色の髪をひと房握り、くい、と痛くない程度に引っ張って分かりましたレオン様、と応じた。
「一点だけですよ?」
お金の無駄遣いはひとのお金と言えども気が引ける。どんなに気の遠くなるほどのお金持ちでも。
レオン様の顔を下から覗き込んで宥めるように言うと、やっとレオン様は微笑んでくれた。
「わかった、リーヴァ。そのうち贈るから楽しみにしていてくれ」
「有難うございます。……オルギールもね。もし珊瑚にこだわるなら一点だけね」
ここぞとばかりに私はオルギールに釘を刺した。
オルギールは自分までついでに約束させられるのはいかがなものなのかと言わんばかりの雄弁な瞳でこちらを眺めていたが、
「わかりました、リア」
ややあって、輝く銀色の髪を揺らして頷いてくれた。
やった!と物凄い達成感に酔いしれそうになるが、顔に出すと意地悪オルギールに臍を枉げられるかもしれないから、ぜひお願いね、とだけ言うに留めておく。
オルギールはそんな私を相変わらずしげしげまじまじと見下ろしていて、うそ発見器にかけられた犯人みたいな気持ちになってしまう。
このひとに尋問にかけられたが最後、やってなくても「やった」といいそうだなと考える。
「……贈り物は喜んで使って頂いてこそですからね。考えてみます」
なんと、オルギールはたいへん穏やかに言った。
何か企んでいるのかもしれないが、今は邪推は止めておくべきだ。余計な波風は立てたくない。
「ありがとうオルギール」
唇を撫でられ続けたまま私はとりあえずお礼を言った。贈り物を頂く前から礼を言うのも妙な話だが「自分のために何を贈るか考えてくれる」ということ自体は純粋に嬉しいことではあるから。
礼など不要ですよ、リア。と、オルギールは最後にはふわりと笑んで、私の唇に触れていた指を自分の唇に持ってきてそっと舐めた。
その壮絶な色気にあてられてどぎまぎしていると、無駄に色気を振りまくなと隣から、握られた手元からは姫、こいつは魔物だ誑かされるなと声がして、さらに正面からはそこまで目の前でされては黙ってはおられんなと言いながらユリアスが壇上から下りてきてしまった。
抱きしめられたり顔やら髪やらそこらじゅうにくちづけをされながら、とりあえずウルブスフェルのお土産は無事だ、と私は心の底から安堵したのだった。
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こんなことがあってからどれほどだったろうか。少なくとも、珊瑚を贈る、贈らないとあれこれ騒いだやりとりはすっかり頭の隅に押しやられてからのこと。
ひとりでのんびりとお茶を楽しんでいると、レオン様とオルギールから贈り物が届けられた。
その頃には毎日恒例のプレゼント攻撃をする贈り主は、三公爵に加えて堂々とオルギールも名を連ねていたから、さして驚きもなく今日は何かしらと運ばせて見てみれば。
「……」
「……あら、これは?」
「リヴェア様、この意匠……?」
私にひとこと断って左右から覗き込んだミリヤムさんもヘンリエッタさんも微妙な顔つきだ。
レオン様からは指輪。オルギールからは首飾り。
二つで、一セット。
「リヴェア様、なんとなく見覚えが」
「同じものをお持ちではありませんでした?」
「やられた……」
私は脱力してソファに倒れ込む。
------アルフから貰ったのと寸分違わぬ葡萄の首飾りと指輪。
店の名と、実物の意匠を知るオルギールがレオン様に吹き込んで結託したに違いない。
「リヴェア様、お手紙もお預かりしておりますよ」
「見せて!」
ただならぬ気配を察知したのか、恐る恐る声をかけてきたミリヤムさんから奪い取るようにしてお手紙とやらを受け取る。
手触りもよく、美しいカードが二枚。
「君の瞳に乾杯。毎日でも使ってやってくれ」
だからスペアを下さったというわけですか。傷むから、と。
……レオン様。あなたというひとは。
「こちらの珊瑚のほうがあなたの色に近い。どうか見比べて」
「あなたの色」って。
……エロ魔王め!
どこまで対抗すれば気が済むんだろう。
いや、これで一区切りだろうか。そう願いたいものだ。
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