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9.-21

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 次の日。つまり、シグルド様からたいへん美しい困った指輪を頂いた次の日。
 朝も早くから私は多忙を極めた。

 ……といっても、お仕事ではないので「忙しい」というには少々気が引けるが。

 まず、朝。
 朝食後から、ケイティ以下その子分らしい侍女も含め計三名入室してきたかと思えば、「ご入浴を」と言う。表向き「療養」となっている私の毎日は、自分で予定をたてない限り気儘かつ怠惰なものであり、朝から風呂に放り込まれる理由がわからない。

 なぜかと問えば、「ご昼食に備えて」とのこと。

 シグルド様が「昼食をご一緒に」と言って下さっていたけれど、よく聞けばユリアスもレオン様も参加する豪華メンバー決定なのだそうで、ずいぶん厨房長が張り切っているらしい(さらに、オルギールも`私も参加させて頂きます’と有無を言わさぬ口調で割りこんできたのだとか。ケイティ談)。

 で、「ラムズフェルド城にご滞在頂いている姫様のためにこのケイティが腕によりをかけて」ご準備のお手伝いをさせて頂きますと言い張り、朝から入念な入浴となったのだ。

 高級エステだと思えばひとにからだを手入れしてもらうのも気にはならないが、侍女たちの熱意が少々暑苦しい。昼食を終えるまでは侍女たち以下城内の者が張り切るわけか、とげんなりしているうちに、湯殿に放り込まれ揉まれ磨かれ髪も手も足もアソコもココも手入れされ下ごしらえ終了。

 昼食の衣裳の支度まで多少ご休憩を、と言われ、楽な着衣で一息ついていたら珍しい客人の訪問を受けたのだ。
 ……客人、というより請願、とか、陳情、と言ったほうが正しいか。

 ケイティは、前日以上前からの伺いもなく私を訪ねるのは非礼だと言って静かにお怒りだったけれど(貴人を訪問するのはそれが礼儀だそうだ。私を貴人、扱いはやむなしとしても現状は暇にしているから硬いことは言わなくてよいと思うのだが。ちなみに空き時間があれば襲来する公爵様方やオルギールは勿論別格である)、知りあいの少ない私を訪ねてくるなど、それも私がラムズフェルド城に滞在していることを知っているなどいったい誰なのかと思えば。

 「エヴァンジェリスタ公爵様の副官のかただそうです」

 私に代わって応対した侍女さんがそう言った。

 「お二人いらっしゃって」

 かなり、二人から圧を受けたらしい。侍女さんは困惑顔だ。

 「ぜひとも、ひとめなりとも、何卒お会いしたい、非礼は承知している、お叱りはどのようにでも受けると」
 「身元は確か?」

 私は尋ねた。
 私が知らなくて相手は私のことを知っている。この世界、まだまだ知己は少ない。「副官だ」と名乗られて不用意にほいほい会ってはいけないのだろう。そこだけは、確認しておかないと。

 「会うのはちっとも構わない。けれど、私はその方々を存じ上げないから」
 「副官のご印章をお持ちですし、こちらのお城の兵士がお二人のお顔も名前も存じ上げておりました。間違いございません」
 「……じゃ、客間にお通しを」
 「姫様!」

 ケイティの柔らか鋭い声がとんだ。
 侍女は飛び上がり、私は思わず眉を顰める。
 ……忠義で有能な侍女はしばしばめんどくさい。

 「何、ケイティ?」
 「伺いもなく突然訪れ姫様にお会いしたいなど」
 
 前例を作ってはならん、ということらしい。
 私は頭を振った。

 「いいの、ケイティ。レオン様の副官の方々。通常なら当然そのようなことはわきまえているはず」
 「それは……」
 「そこをあえて無礼を承知で来ている。それも二人、というのだから、よほどのことなのでしょう」
 「それは仰る通りですが、しかし」
 「次回からはそれなりの手続きを踏まえるように、と釘を刺せばよいでしょう?」

 だから会いましょう、と私は畳み掛けて、行儀と礼儀にうるさいらしい侍女頭を黙らせた。
 基本的にはユリアス、さらには私の言うことは彼女の中で絶対優先、らしいので問題はないはずだ。

 ケイティはちゃんと納得してくれて、ただし客間は貴人を通すところだから謁見室に通しましょうと言うためそこは従っておいた。

 ……で、非公式の面会だし、私は普段着(でも十分ご立派なお姫様仕様の衣裳である)で彼らの待つ部屋へと場所を移し、入室すると。

 茶褐色のくせ毛の短髪、薄い金色の直毛の短髪。中肉中背、歳は二人とも四十半ば、といったところか。髪の色以外は驚くほど背格好の似た二人の男性が、椅子から飛び上がって私に向き直り、一瞬口を開けたもののすぐに米つきバッタのようにぺこぺこと頭を下げ始めた。
 
 突然のアポなし訪問をひとしきり詫びまくるため、めんどくさいのでそれはもういい、次回があればその時は手順を踏まえるようにと言って、お詫びをぶった切って用件を尋ねてみたら、

 「トゥーラ姫様。こちらへのご滞在はいつまでとお考えなのでしょうか」

 茶褐色が(グイド・カエタノ、と名乗った。名前か苗字どちらかはたぶん忘れると思う)、もといカエタノ副官は言った。

 「いつまでって」

 そんなのは決めてはいない。

 「なぜあなた方がそのようなことを知りたいの?」
 「恐れながらトゥーラ姫様。我らをどうか哀れと思召して」

 金髪が(マヌエル・ガリーニ、と名乗った。同上、である)、もといガリーニ副官が蜻蛉が切れるほど深々とお辞儀をして言う。

 「姫様がこちらへいらっしゃってからというもの、閣下のご機嫌がそれはもう、すこぶる、何というかそれはそれは」
 「すぱっと!言って下さいな」
 「恐ろしく不機嫌でいらっしゃって!」

 意を決したように、カエタノ副官は断言した。

 「不機嫌。……」
 
 あとは堰を切ったように彼らの「針の筵(むしろ)生活」が語られた。
 超絶有能で気さくで尊敬する公爵閣下でいらっしゃるが、オーディアル公の帰還式典の次の日から(ぶっ通しの複数プレイで私が熱を出してから、ということか)ご機嫌斜めとなり、今ではご機嫌が悪すぎて恐ろし過ぎて近習の者も緊張のあまり不手際と粗相が増え、かえって公爵閣下の怒りを買い、何から何まで自分たちが御用を務めなければならなくなった。
 カルナック大佐殿ならいざ知らず、公爵閣下が業務に没頭なさり始めると自分たちの能力ではついてゆけない。今は歯を食いしばって何とかしているが近習の仕事まで増えると限界である。……以下略。

 つまり、有能すぎるレオン様が暴走してブラック職場と化している、という話だった。

 心なしか、というか完全にやつれた二人は、いかにも有能そうだし実直そうだし、平時なら颯爽と仕事をするいわば高級官僚、と言った役どころのはずなのに、お気の毒なことである。

 念のために、今はよく二人とも時間がとれたものね?と少し意地悪く聞いてみれば、レオン様が武官と剣の稽古をするとかで一刻の猶予ができたため、二人で私に陳情に来たとのこと。

 わざわざ二人でくるとは。そこまで事態は切羽詰まっているのだろう。
  
 私はため息を吐いた。

 私をユリアスの下から連れ去ろうとする二人、とばかりに、傍に控えるケイティは彼らを敵認定したらしく、「さあ姫様そろそろお時間が」と言ってさっさと二人を追い払おうとするため、二人もまたしても繰り返し非礼を詫びながらよろめきつつ扉へと向かう。

 「……カエタノ殿、ガリーニ殿」

 慌ただしく立ち去ろうとする彼らに、私は声をかけた。
 
 「姫様。……」
 「あなた方のお話は心にとめておきます。決して無碍にはしません」

 のろのろと振り返った二人の顔が、ぱあっと雲間から日が差したように晴れやかになった。
 わかりやすい人たちである。
 そして、言うまでもないがケイティは表立って逆らいはしないが能面ヅラである。
 このひとも有能だがしばしばわかりやすいひとである。

 「けれどもね。私の滞在は諸般の事情による(本当のことなど言えるはずがない)ものだから、今は‘折りを見て’としか答えようがありませんので、わきまえて下さい」
 「それは無論」
 「仰せのとおりにて」
 
 肩を落としつつも、健気にも彼らはしっかりと頷く。
 実情を「私に聞いてもらう」ことが本意だったのだろう。

 「レオン様が厳しくお仕事に臨まれて、あなた方にも要求するものが多いのは期待の表れ。言うまでもないですけれど。どうかもうしばらく耐えて、レオン様を支えて差し上げてくださいな」
 「もったいないお言葉でございます」
 「そのようなお言葉、望外の喜びにて」
 「……さあ御二方とも。姫様にはあとのご予定もありますので」

 ユリアス命の侍女頭、ケイティは声を張り上げ、ありがたいだのもったいないだのと言ってひたすら涙ぐんでいる副官二人を衛兵に引き渡した。
 はっきり言えば最後は追い払った感じである。

 
 ------こうして謁見室を出てまた自室へ帰り、もの言いたげなケイティもその子分たちも下がらせてぼうっとしようとしたら、次の来訪者がやってきた。

 「カルナック大佐がいらっしゃいました」
 「……お通しして」

 私は立ち上がった。ソファだとすぐにお膝抱っこにされるから椅子へ移動しておこう。

 やれやれ。昼食まではまだだいぶあるのですが。
 かわいそうな副官たち、鬼上司のレオン様。いろいろ考えたり想像しようと思っていたのに、息つく暇もないらしい。
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