溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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 いつもある温もりが感じられなくて、何となく寒くて寂しくて目を覚ました。

 レオン様、と呟いてみたけれどいない。あのかたは朝が早いから当然だったわね、と思いつつも半身を起こすと、見たことのない部屋である。

 広い。そして一瞥してすぐわかるほどに豪奢だ。自分が寝ている寝台はもちろん、置かれた調度品、壁に回らされた手の込んだタペストリ、いくつかの扉。続き部屋や衣裳部屋でもあるのだろう。

 「ここ、どこ?」

 独り言をつぶやきながらとりあえず寝台から下りようとして、からだ中の違和感に気づいた。

 あちこちがとにかくひどい筋肉痛である。
 それに、あらぬところが、はっきり言えば秘所も後ろもなんとなくひりひりとするし、違和感が半端ではない。
 起き上がれないほどではないが、からだも熱くてだるくて、結局またぽすん、と寝台に横たわった。

 ぐっすりと眠ったからもう眠気はなくなっていて当然なのに、軽く目を閉じるとまたすぐとろとろと睡魔が襲ってくる。

 この部屋はエヴァンジェリスタ城ではないはず。となるとどこだろう?誰かに連れて来られた?

 自分がどこにいるかもわからないのにまた眠りたくはない。

 横になったまま体の向きを変え、窓辺に目をやってみた。

 ------差し込む太陽の角度、光の強さからするとお昼過ぎと言ったところだろうか。眠る前がそもそもいつの何刻頃だったのか、それさえも記憶にないのだけれど。アルバの街が見える。でも、いつも見える景色とだいぶ角度が異なるようだ。
 ふだん方角を知るために目印にしている塔が、記憶とは異なったところに見える。

 (たぶん、ユリアスの城?)

 以前通された客間から見た景色がこれに似ていたような気がする。それに。

 (次の日は自分が一緒にって)

 確かそう宣言していたように思う。だからあの場から彼は立ち去ったのだ。

 ……あの場、あの夜を思い出してしまい、羞恥でのたうちまわりそうになった。
 気が狂いそうだ。よくもあんなことを。

 濃密な夜だった。
 シグルド様とユリアスの眼前でレオン様に抱かれ、ユリアスが立ち去ったあと本気になったシグルド様にも抱かれ。
 いつのまにかオルギールが加わって、三人同時にされて。
 気を失い、浴室で意識を取り戻し、浴室でも当然のように抱かれ、それからは代わるがわる誰かが必ず自分を貫き、全身を愛撫され続け、記憶が曖昧だ。

 今後はずっとあんなふうに複数で抱かれるのだろうか。
 理性を飛ばすほど感じて大きな声を上げていた自分は覚えている。私はそれを望んでいるのだろうか。
 
 (それはない。自分から望むなんてことは絶対に、ない)

 私はぶんぶんと頭を振り、寝台の中でひとり拳を固めた。

 からだは反応したとしても私は自分をいたって普通の嗜好(おもに性的なことについて)を持つ人間だと思っている。
 見られて余計に感じたかもしれないけれど、じゃあいつも見られたいかといったら絶対にそんなことはない。
 口や手でもたくさんしたし、後ろまで開発されてしまったけれど、次回からもそれを望むなんてことはやはり絶対にない。

 恋人同士、夫と妻。お喋りをして仲良くして気持ちが高まって、その延長に行為があるのだと信じている。全員参加、とかレオン様が言っていたと思うがそれはどうかと思う。

 ぐるん、とまた寝台で寝がえりを打つと、控えめに扉を叩く音がした。
 姫様、と優しい女性の声がする。

 「どうぞ」

 と声をかけると、静かに扉が開いてしずしずと年配の女性が入ってきた。
 寝台の前にたどり着くと、優雅に深々と一礼する。

 「……あなたは」
 
 私は安堵のため息をついて、もぞもぞと本格的に起き上がった。
 知っている人でよかった。

 「ケイティさ、いや、ケイティ、だったわね?」
 「わたくしめの名前などをご記憶頂けましたとは。恐悦至極に存じます」

 ようやくそのひとは、つまりケイティは顔を上げた。
 柔和な笑み、きっちりと着こんだ品のいい落ち着いた色の衣裳。
 ラムズフェルド公爵家の侍女頭、ケイティだ。

 「お久しゅうございます、姫様」
 「こちらこそ」

 ケイティはあくまでも穏やかで礼儀正しくて優しい。
 とたんに私は自分の姿が気になってしまった。

 ゆったりとした寝衣。以前、ケイティ(このひと)には胸を強調した衣裳を着せられたのだけれど、たまたまだったのかもしれない。だって、ひとが寝ている隙に着せられる寝衣はとんでもないものになってもおかしくないのだけれど、寝衣(それ)は透け透けでもなく露出狂でもなく、柔らかい地厚の練り絹で首までしっかりと覆われているし、いたって好ましいものが着せられていたのだ。胸元で一つだけ、大きめのリボンがちょうちょ結びになっていて、大人かわいい感じでとても素敵だ。

 失礼致します、とケイティは小声で言って私に近づくと、自分の恰好を気にする私の肩にお揃いの羽織り物を着せかけてくれた。
 相変わらず有能な侍女っぷりである。

 少し私に触れた彼女の手がひんやりしてとても気持ちがいい。

 「……姫様はユリアス様がお連れになられたのですよ」

 やっぱり、と頷く私の隣で、ケイティは寝台脇の小卓の上に飲み物の支度をしてくれる。

 「それはいつ?」
 「昨日の日没頃でございます」
 「今は?」
 「その次の日の昼を過ぎたあたりですわ」

 果実水に蜂蜜を足し、ちょっとだけ削り氷を浮かべて杯を渡してくれる。
 思い出したくないほど喘ぎ疲れた喉には、甘くて冷たくてしみいる美味しさだ。

 ------それにしても。
 一昼夜、眠っていたのだろうか。

 「それはもうよくお休みでした。……レオン様、シグルド様、オルギール様までもがそれはもう無体を働かれたとか」
 「ちょっと、それは、ケイティ」

 危うくむせるところだった。
 なぜそんなことまで知られているのか。

 まあいいけれど。高貴なひとに仕える侍女頭ともあれば情報通であろうし、何より私のお世話をさせるために彼女にユリアスが伝えたのだろう。
 しかし「無体なあれこれ」を当然知られている、というのは純粋に恥ずかしいものだ。

 「いや、まあ、無体というか」
 「我が君がかたがたをたしなめ、姫様をお救いしたのですよ!姫様を抱いて戻られたユリアス様はそれはそれはお怒りで。……発熱させるとは何事かと」
 「発熱?」
 
 私は自分の喉や額にぺたぺたと手をあててみた。

 確かに、けっこう熱い。
 ああ、だからケイティの手も、飲み物の冷たさも、殊の外気持ちよく感じたのだろうか。

 「失礼ながら今御手に触れさせて頂いた限りでは、少し落ち着かれているようではありますが。昨日は高熱を出していらっしゃって」
 
 心配そうに、しかしまだ憤りを隠そうともせず、ケイティは言った。

 しかし、二日三日寝なくても耐えうる体力を作ってあるはずの私が発熱して一昼夜熟睡するとは。

 (軍人失格だ……)

 私はそのことにもショックを受けて思わず項垂れる。
 それをどうとらえたのか、ケイティは慌てて私の肩や背中を撫でさすり、

 「ゆっくりお休み頂くためにお世話せよと命じられておりますのに。姫様のご心配を煽るようなことを申しました。お許し下さいませ」
 「いえ、べつになんとも。お気になさらず」

 ケイティをおろおろさせるのは本意ではない。
 けれど、今の短い話には色々考えさせられる。

 もちろん、軍人として軟弱だ!と自分を叱咤したくなる感情。
 相当体力が落ちたと思われる。食うや食わずで行軍したことも何度もあるのに。鍛えなおさなくては。

 それと、ユリアスが私のために怒ってくれたらしいこと。「ゆっくりお休みいただくために」とケイティは言った。つまり、ユリアスは私とのあれこれは二の次と考えていて、私を荒淫による疲労から救い出してくれたわけだ。

 ユリアスは目つきはきつい(←私もしつこいのは自覚している)けれど常識人だ。
 
 私はそう結論づけた。
 他の方々が非常識というのではないけれど、とにかくいろいろ突き抜けている。突き抜けすぎている。溺愛っぷりも、私を抱くそのやりかたも。

 まあ、ユリアスとはまだそういう関係になってはいないから、勝手に決めつけるのは危険だけれど。寝台に入ったら獣になるひとはたくさんいるのだ(高貴なかたがたなのに、あとの三人はそうだ)。

 レオン様には毎晩抱かれているし、オルギールには一昨日の晩、久しぶりに会えて初めて抱かれて、そして昨日の夜がアレだ。シグルド様なんて、初めてが複数、というあり得ない状況だ。

 しばらく、距離を置くのがいいのかもしれない。
 レオン様ともオルギールともシグルド様とも。

 それに、もう一昨日になるのか?暗殺者にも遭遇したのだった。
 あいつらの出身国が、ウルブスフェルと「海の民」を操り、「狂兵」を仕立て上げたやつらだろう。
 広大な城内とはいえ、あんな城の敷地の奥深くに暗殺者を入り込ませてしまうとは。

 ------これからの自分の役割。そして、夫たちとの(結婚が早められると聞いた)距離感の保ち方。
 考えるべきことがたくさんある。

 目を閉じて深呼吸をすると、ケイティが心配そうに、姫様、もう一度横になられますかと声をかけてくれた。

 軽く首を振ってそれを断り、もうひと口美味しい果実水を啜ったところで、また扉の開く気配がして。

 「姫。……起きていたのか」

 穏やかな優しい声。
 
 ふわりと笑みを浮かべたユリアスが入ってきた。 
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