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 どうぞまたお越しくださいませ、と、思わぬ大商いにほくほく顔の店主に見送られ、私たちは店を出た。

 相当購入した。もとい、させてしまった。

 葡萄の首飾り、お揃いになる指輪。凝った金鎖に、一つだけ、美しいカッティングが施された飾りパーツを繋いでもらった腕飾り。こちらは、私の分だけではなく、レオン様はじめ公爵様方とオルギールへのお土産に。

 私のは薔薇石(ロードクロサイト)。透明感があって質の良い紅桃色の石に、石の名のとおり精緻な薔薇がカットされていてとても素敵だ。私のだけは、色の好みで石を選んだ(女性の幸せを運ぶパワーストーンだ、というのは内緒である)。お土産の分は、それぞれの瞳の色を選んでみた。レオン様には琥珀、オルギールには紫水晶。シグルド様には藍玉。ラムズフェルド公には翡翠。
 
 ちなみに、俺のは無いのかよ!とアルフが抗議し、何で一緒に来てるひとに土産がいるのよ?と私に反撃され、うなだれたアルフをみかねた店主が「貴女様の選んだ物をお望みなのですよ」とフォローしたため、アルフにも公爵様方と同じ金鎖と、パーツを一つつけた腕飾りがある。柘榴石(ガーネット)にしたら?と言ったのだが、彼は頑固に黒曜石がいいと言い張って、余程気に入ったのか、包装を断り、そのまま身に着けている。(黒なんてちょっとつまらなくない?と言ってみたが、あんたほんとに鈍感だな、と言われた。失礼な男だ。店主は曖昧に笑っていたが私はムカついた)

 持ち合わせが当然足りないだろう、と心配になったのだけれど、訳知り顔の店主は、アルフに向かって、手付を頂けましたら残りはアルバの店でお支払いいただければよろしいですよ、と言ったので、ほっとした。彼は微妙な顔をしていたが、この店の顧客名簿に彼の名前が載っていたらしい。月に一度、アルバの支店の名簿とこちらのとを整合させているとのこと。だから、アルバから離れた、本店のこちらの名簿で、アルフの名前を確認できたのだ。
 ご婦人方にねだられたか、またはいい恰好をして選んでやったのだろう。お顧客様でよかったわね、と言ってやると、憮然としていたけれど。


 「──ありがと、アルフ。素敵なのを買ってくれて」
 「ああ。……」

 美しく包装されたお土産をこれまた美しい袋に納めてもらい、ご機嫌で袋を振り回しながら、私は心からお礼を述べた。
 アルフは先ほどからだんだん口数が少なくなってきて、実はちょっと気になっている。
 他の男へのお土産を、自分に惚れている男に買わせる、というのはあんまりな仕打ちだ、とわかってはいるのだけれど、貴重な機会だし、その分のお金は返すつもりだし、怒らないでほしいのだが。

 「アルフ、お土産の分は後で必ず払うから」
 「わかってる」
 「ごめんなさい、怒らないで」
 「怒ってなんかねえよ」

 確かに、怒っている口調や表情ではない。けれど、店に入った時や、首飾りを選んでくれた時ほどご機嫌ではないことも事実だ。
 紅い瞳は凪いでいて、あまりこの男には似つかわしくない、というか、見覚えのない表情で私をずっと見つめている。

 先ほどより日が落ちてきたようだ。完全な日没まではまだだいぶあるだろうが、石畳に伸びる影が長く伸びていて、時の移ろいを教えてくれる。
 日没にはおそらく夕食が始まる。シグルド様がお待ちだろうし、何より心配させてはいけないから帰らなくてはならないのだけれど……。

 「喉、渇かないか?どこか入ろうぜ」

 唐突に、アルフは言った。
 確かに、あたりには食堂も茶店も色々ある。よりどりみどりだ。素敵なお店もある。
 ぐらりとするけれど、食事の前には飲み物は欲しくない。胃液が薄まって、食事がおいしくなくなってしまう。

 「せっかくだけれど、私」 
 「リア。……頼む」

 アルフは続きを言わせないためにか、断ろうとする私に被せ気味に言った。
 
 「リア、……頼むから」

 もう一度、言われた。懇願するような声。
 
 「……ちょっとだけ、だからね。もうすぐ帰るから」

 この顔と声を振り切れる女子がいたらお目にかかりたいものだ。
 チョロイ自分にため息をつきながらも、港町でお茶なんて本当なら嫌なはずがない。

 「アルフ、私、あのお店がいい」

 あっと言う間に気持ちを切り替えた私は、宝飾店近くの、ちょっと気になっていた茶店を指さした。



 柔らかな薄緑色と白に塗られた優美な内装。
 入口から店内を横切って、店の奥へと移動すれば、総硝子張りのサンルームのようにした一席が、一段高いところに設けてある。硝子越しには港が一望できてとてもいい眺めだ。夕食間近だからか、店内にはひとは少ない。
 特別席、というほどのものではないだろうが、店のひとににこやかにその席へ座るよう促され、私はアルフに椅子を引かれて腰を下ろした。

 「……アルフって、もしかしていいおうちの息子さん?」

 運ばれてきた薫り高いお茶を頂きながら、私は以前から思っていたことを口にした。
 お魚や貝が描かれた素敵な茶器を手に、アルフは目線だけをこちらへ向ける。
 男っぽい彼の手が茶器を持っている図はシュールなものかと思いきや、意外にもしっくりと馴染んでいる。この男は、荒っぽい口調のわりに、ちょっとした挙措、振舞いは粗野からは程遠い。優雅、とまではいかないまでも、育ちの良さをうかがわせる、滑らかなものだ。

 「さっきも、椅子を引いてくれたし、甲冑を身に着けていてもそんなに耳障りな音を立てないし」

 私は遠慮なくお菓子に手を伸ばした。
 オレンジピールみたいな、果物を加工したお菓子はとてもおいしい。
 柑橘系の果物の風味を生かしたまま、シャリシャリとたっぷりと白い砂糖が塗してある。
 夕食前なのでケーキ類は断ったけれど、これならいくつも食べてしまいそう。

 「……まあ、な。……リアほどじゃもちろんないが」

 お菓子をつまみ、お茶を頂く私に向けられるアルフの目は、本当に優しい。

 「けっこう手広く商売をやってる。エヴァンジェリスタ公領には直営の農場なんかもあって、まあ羽振りはいいだろうな」

 やっぱりね。
 私は深く頷いた。それなりにひとを見る目はあるつもりだ。

 「おうち、継がないの?」
 「出来のいい兄貴が二人もいるからな」
 「あら!」

 お兄様。
 さぞかし、かっこいいお兄様達だろう。

 「でも、そんなに手広いのなら。一緒におうちを手伝えばいいのに」
 「兄貴達にも親父にもうるさく言われたが」

 アルフはそのときのことを思い出したのだろう。しかめっ面になった。
 オルギールの無表情な美貌とは対極にあるひとだなあ、と思わず考える。
 くるくると、表情がよく変化する。

 「俺は愛想が言えないし、言う気もない。商売には決定的に向かないんだ」
 「……そうかもね」

 いらっしゃいませ、とか、毎度ごひいきに、とか、お世話になっております、とか言っているアルフを想像しようとしたけれど、不可能だった。ありえない。

 「三男坊で気ままにさせてもらったからな。剣術、馬術、一流どころの教師をつけてもらったらけっこうイイ線いったんで、軍人になったのさ」
 「なるほど」

 で、あとは噂通りなのだな。
 いいところの出身だから、初めは「武官」だったのに、痴話喧嘩の末に一般兵になった、と。
 まあ、今回の件でまた武官に復帰だろうし、ある程度出世もするだろうけれど。
 ちょっと乱暴な言葉遣い、それにそぐわない思いのほかなめらかな身ごなし。さっきのお店でわかったけれど、貴金属、宝飾品もそれなりに目利きみたいだ。そしてこの見た目。

 「あなたがモテるわけがわかった」

 うっかり、私は思ったことを言ってしまった。

 「なんだよ、いきなり」

 音をほとんどたてずに茶器を置いて、アルフは椅子にふんぞり返るようにして、足を崩した。
 そんな仕草も、バックグラウンドを聞いてから見れば、ちょっと可愛らしい。

 「それはリアのほうだろ」
 「いやいや。私は皆様にとって物珍しいだけよ」
 「珍しい?」

 ……っと、危ない。
 私が異世界から来たことを知っているのは、三公爵様とオルギールだけだ。

 でも、本当にそう思っている。
 非モテ女子だった私は、国を飛び出してからはそれなりに男性から声をかけられるようになったけれど、それでも傭兵なんかやっていたせいで付き合ったのはあの上司がひとり。
 こちらの世界へ来たらやたらにちやほやされるけれど、たぶん、なんとなく毛色が変わっているからだろうと思う。
 自分で言うのもアレだが、私の見てくれが悪くないことはとっくにわかっている。でも、生まれた国では、そんなものまるで役に立ちはしなかった。長身過ぎる。そして理屈っぽくて不器用。重くてうざいんだそうだ。女子力がない、と。

 ……嫌な事、思い出してしまった。

 「まあ、珍しいかもな」 

 何を思ったのか、アルフはちょっと目を細めて言った。

 「かわった女だよ。大した剣の腕前、馬術、体術。統率力。なのにお姫様で」
 「お姫様なんかじゃない」
 「お姫様だよ」

 お客は少ないとはいえ、場所を気遣ってか、とてもちいさな声で彼は言った。
 ちいさくても熱の籠った声は、私の鼓膜を通じて全身にじんわりと浸透してゆく。

 「……トゥーラとか、グラディウスとか、関係ない。強くて美しくて……そうやってときどき自信なさそうな顔するだろ?守ってやりたくなるんだ、リア。……俺の、お姫様」

 なんてこった。急にまた口説かれた。
 異世界男子は、まったく。本当にどんな顔をしていいのやらわからないくらい、こちらが赤面するような台詞をすらすらと言ってしまうのだな。

 「今の顔なんて、喰っちまいたいくらい可愛い」

 もうやめて下さい。
 恥ずかしくて、適当にあしらえない。間が持たないので次々とお菓子をつまみ、口に放り込む。
 気に入ったみたいだな、俺のも食えよ、と、アルフは自分の皿も私の前に押しやってくれる。

 「気を付けろよ、リア。鏡、みせてやりたいくらいだ。そんな顔、そのへんでむやみに見せるなよ」
 「──まったくです」

 少し離れたところから、ここにはいないはずのひとの声がした。

 「……オルギール」

 サンルームの窓から差し込む夕日を受けて、眩く光る純銀色の髪を無造作にかき上げながら、二つ名のとおりの凍てつく空気を身に纏った氷の騎士・オルギールが、そこに、いた。
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