76 / 175
連載
7.-34
しおりを挟む
びくん!と、うっかり物凄く大きくからだを波打たせてしまった。
腰に回された手には不本意だが慣れつつあったけれど、撫でられるとは予想していなかったのだ。
なぜに、そんな、えらく親密な仕草。
「すまない、姫。驚かせてしまったか?」
オーディアル公は律儀に詫びてくれたけれど、拘束を解いてはくれない。
それどころか、すまない、って言っているくせに、やんわり手に力を込めて、私をより引き寄せようとする。
──というより、引き寄せられた。
ひとつのソファにお隣同士、ぴったりくっついて並んで座らされ、はたから見れば滑稽だろうし、私にしてみれば深刻な状況である。
私の右手は彼の大きな右手の中、彼の左手は私の腰をやんわりしっかり引き寄せたままだ。
「ちょっとぼんやりしてまして。……お恥ずかしい」
驚きましたよ!というのもいかがなものかと思ったので、私は無難な回答をした。
ならばいいが、と公は柔らかく微笑んで、長い髪を揺らして顔を傾け、私の髪に軽く頬を寄せた。
……頬ずりですか……居心地が悪い。
素敵な方なのだけれど、こんなに一気に距離を詰められるほどお話もしていないし。
初恋の女性の話は悲しいものだったけれど、手への執着っぷりは不気味なレベルだし。
まあ、嫌悪、するような要素はさすがにないのも事実ではある。なんせ、見た目は「火竜の君」。緋色の髪、青く透き通る、真昼の空のような瞳。顔だけ拝見したら「文学青年」に見えるくらい、繊細に整った顔。線の細い美貌の下は、鍛え上げられた逞しいからだ。
三公爵様は本当にお美しい。
居心地が悪いなりにも、私はわりと冷静に考えた。
私の右隣りで、オーディアル公はなおも左頬を私の髪に当てたままだ。
なんか、黙ったままくつろいでおられるようだけれど、せっかくだからお話をしてみよう。
「オーディアル公」
「姫」
え?と目を見合わせてしまった。
同時に、声が被ったから。
そして、また同時に笑顔を見せる。
ばつの悪い私は多少作り笑い、公爵は余裕で口元だけを和らげて私を見下ろしている。
「どうされた?」
「いえ、、あの、えと」
だめだ。調子が狂う。
私は頭を振って、ちょっと気合を入れなおした。
せっかく、声をかけて下さったのだから、先に公のお話を聞きたい。
「……なにをおっしゃられようとしたのか、伺いたいです」
「俺は、姫の話を聞きたいが」
「公のお話が先です。……先に、お話し下さいませ」
ちょっと上目遣いに言ってみた。自分の年齢を考えれば鳥肌ものだが、やむを得ない。
案の定、公は少しだけ目を瞠ったあと、蕩けるような笑みを浮かべた。
公爵は、オルギールあたりに言わせると、けっこうチョロイひとだと思う。
「姫に、自分の気持ちを押し付けるばかりで、きちんと話をしていないと思ってな」
「話を」
なんと!私と同じこと考えていたのか。せっかくだからお話を、ということですね。
「行軍中、四日目に俺の気持ちは伝えたが」
そうでした。割と一方的に。
とても、真摯に仰られたので、嫌な気はしなかったけれど。
黙って頷いていると、ようやく、ゆっくり、私の腰に回した左手を緩め、拘束が解かれたと思ったのも束の間、その手は私の左肩に乗った。
何も言わずとりあえず続きを待つことにする。
「俺がなぜここまで急激に姫に迫るのか、伝えておきたいと思ったのだ」
「それは、伺いたいですわ」
思わず、力強く合いの手を入れると、オーディアル公は楽し気に、
「もっと早く伝えるべきであったようだな」
と、言った。
──それからは、以前、馬車の中でレオン様から聞いたお話の焼き直しだった。まあ、当事者視点からだったので、心情の吐露はもっと詳しく語られたから、あらためて色々考えさせられたけれど。
幼少期のこと、看病してくれた乳母の娘のこと、自覚がなかったが紛れもなく恋だったと今なら確信していること、そして、彼女の早すぎる死。
「……もっと早く自分の気持ちを自覚していたら、と思ったのだ」
淡々と、公爵は言った。
「彼女のほうが年上だったが、つり合いが取れないわけではない。代々、グラディウスは恋愛や結婚には鷹揚でな。身分が云々、という話も、無いでもないが、本人が強く望めば親も周囲も受け入れる。俺が彼女に思いを打ち明けていたら。彼女が受け入れてくれたならと。何度も、想像した。……あなたに会うまでは」
私に?
彼女のことに思いを馳せていたら、急激にまた話はこちらにふられて、私は目をぱちぱちさせた。
公爵はそんな私を見下ろし、ふ、と口元だけでわずかに笑って、ゆったりと私の左肩を撫でた。
「あなたに初めて会ったとき。まあ、ありていに言えばあなたの手を取って初対面の挨拶をしたときから、俺はあなたに堕ちた。そして、ようやく、彼女の記憶からも解放された。──まだ少年だったから、などとは言い訳に過ぎない。俺が彼女を求めなかったのは、恋してはいたのかもしれないが、運命ではなかったのだろうと。結ばれることはない。それが必然だったのだと」
「……」
「あなたの手に触れて、あなたを見て、言葉を交わして。剣技も気性も何もかも。……吸い込まれるように、あなたに惹かれていった。振り向いてほしい、もっと話がしたい。あなたが欲しい。たとえ」
公爵はちょっと言葉を切って、私の右手をきゅ、と握りなおした。
「既に、レオンのものであっても。俺が、あなたの一番になれなくても」
「それは」
聞いている私の背筋が思わず伸びるほど、一途な声だった。
思考が回っている。洗濯機に入ったようだ。考えがまとまらない。
だめだ。絆されそうだ。
こんなに、気持ちをぶつけて下さるのに。それと同時に、既に一番を諦めてるなんて。ガタイに似合わず健気と言おうかなんと言おうか。
そして、そのような上から目線な自分の思考にもうんざりする。
「俺は、後悔するのはもうごめんだ。想いは我慢しないことにした。だから、こうしている」
ちゅ、と、音を立てずに、そっと、公爵は私の右手に唇をあてた。
──考え込んでしまった。
オルギールがいたら、いちいち理屈をつけるな、感じたままに、って言うかもしれないけれど、私はそういうところ、本当に不器用なのだ。
相手の言葉を記憶し、咀嚼し、自分はどのように思うか、どうすればいいのかじっくりと考え込む。
オーディアル公は、無理に私の反応を引き出そうとするわけでもなく、饒舌に話し続けるわけでもなく、ぴったりくっついて座っている、この距離感というか空気感を楽しんでいるみたいだ。
「……公爵」
だいぶたってから(と思ったのは私だけかもしれないけれど)、私は今度はこちらから声をかけた。
ん?と軽く首を傾げる気配があったので、私は遠慮なく先を続けることにする。
「公爵家の、‘妻の共有’という考え方ですけれど」
気を持たせる芸当はできない。
それに、こんなに真剣に気持ちを伝えてくれるひとに、駆け引きなど失礼だと思う。
避けては通れないこの話題を、私はあえて持ち出した。
「公のお考えは?というより、私のことは、既にそれが前提なのでは?」
私は畳みかけるように言った。
オーディアル公が、この手の話題に嘘をつくとは思わないけれど、どんな陰りも逡巡も見逃さないよう、綺麗な空色の一対の瞳を、目を凝らせて見つめる。
公も、私の凝視を目を逸らさずに受け止めてくれた。
「……まあ、前提と言えば言えるが」
ゆっくりと、言葉を選びながら答えてくれる。
「何といえばよいのか。……妻の共有、が先走ってしまったようだが、俺はあなたの気持ちもからだも欲しい。だから、こうして口説いている」
握った右手はやっと解いてくれたけれど、手の甲を撫でられて、そのまま上に大きな手を重ねられた。
……好きですね、手が。ほんとに。
からだも、とか、ストレートな表現にはちょっと引くけれど、まあこちらの世界の人たちはだいたいこんな感じだ。だいぶ慣れた。
「ようは、‘共有’という制度だけに頼った関係は避けたい、ということだな」
「一番ではなくてもいい、とおっしゃった。私はそれがなんとも」
ロマンチストでいらっしゃる火竜の君に、私は言いにくいことを頑張って言ってみた。
「ああ、さっきそう言った」
公爵の声のトーンは変わらない。瞳にも、揺らぎはない。
「もちろん、一番で唯一と言われたらどんなに幸せだろう、とは思う。でも」
肩に回された手が、今度は私の頭の上に乗った。そうっと、優しく髪を撫でてくれる。
大きな手に似合わず繊細な動き。私が怯えないようにか、緩やかに、あくまでそうっと。
「姫は、レオンを愛しているのだろう?」
「ええ。とても」
「即答だな」
オーディアル公は苦笑気味に言った。
「そこへ、夫のひとりとして入り込もうというのだ。権利で押し入ってもあなたの気持ちは手に入らないだろうから、一番を諦めると言うほかないのさ」
「いつか、公だけを唯一とする女性が現れるかもしれないのに。レオン様にイカれている私のほうがいいのですか?」
これだ、私の疑問の核心は。
共有のことは、どうにかこうにか理解している。理解しなくてはならないと頭で思っている。
複数の男性に抱かれる、というのはぶっ飛びの思想だけれど、それも受け入れようと思っている。なんせここは異世界だ。もっともっと私にとっての色んな非常識が飛び交っていても仕方がないくらいなのに、ある意味、大半は元の世界の常識が通用するのは、僥倖と言える。そう考えることにした。
ただ、公爵様にとってはどうなのか。
既に他の男に惚れている女性を共有して幸せなのか。
「率直に言って、愚問だ」
公爵は断言した。そして、急に私に向けられる瞳が甘い色を帯びる。
甘くなる要素のある発言だとは思わないが……
「真面目だな、姫は。そういうところも好きだ」
手を、髪を、なでなで。
甘!
「いつ現れるかもわからない女性より、俺はあなたがいい。愛した女性が、既に他の男のものだった。本来、諦めるべきなのに、その男も、俺も、グラディウス公爵家の当主だった。公爵家には‘妻の共有’という、稀に発動する有難い制度があった。俺は、あなたの夫の一人になれる。幸運と言わずして何という?」
「前向き……」
「そう。前向きなんだ、俺は」
呆然と呟いた私の言葉を拾って、公爵は平然と言った。
呆けていたので、私の右手に乗っていた彼の手が、ごく自然に、静かに私の顎を捕らえて移動していたことにも、斜め上を向かされたことにも気づくのが遅れてしまった。
しまった。……
「姫、好きだ。愛している」
「オーディアル公」
「姫、頼む。シグルドと呼んでくれないか」
顔が近づく。息が、かかる。というより、焦る私の吐息も、既に彼の口の中に取り込まれている。
ふわ、と唇が私のそれを掠めた。でも、押し付けてはこない。
また、姫、と囁かれる。
甘くて熱っぽい光を帯びた、空色の瞳にくらくらする。
「頼むから、姫。シグルドと」
「……シグルド、さま」
火竜の君の秀麗なお顔と、熱い囁きに陥落して、私は一度だけ、名前を呼んだ。
私が目を閉じると同時に、しっとり、しっかりと、唇が重ねられた。
腰に回された手には不本意だが慣れつつあったけれど、撫でられるとは予想していなかったのだ。
なぜに、そんな、えらく親密な仕草。
「すまない、姫。驚かせてしまったか?」
オーディアル公は律儀に詫びてくれたけれど、拘束を解いてはくれない。
それどころか、すまない、って言っているくせに、やんわり手に力を込めて、私をより引き寄せようとする。
──というより、引き寄せられた。
ひとつのソファにお隣同士、ぴったりくっついて並んで座らされ、はたから見れば滑稽だろうし、私にしてみれば深刻な状況である。
私の右手は彼の大きな右手の中、彼の左手は私の腰をやんわりしっかり引き寄せたままだ。
「ちょっとぼんやりしてまして。……お恥ずかしい」
驚きましたよ!というのもいかがなものかと思ったので、私は無難な回答をした。
ならばいいが、と公は柔らかく微笑んで、長い髪を揺らして顔を傾け、私の髪に軽く頬を寄せた。
……頬ずりですか……居心地が悪い。
素敵な方なのだけれど、こんなに一気に距離を詰められるほどお話もしていないし。
初恋の女性の話は悲しいものだったけれど、手への執着っぷりは不気味なレベルだし。
まあ、嫌悪、するような要素はさすがにないのも事実ではある。なんせ、見た目は「火竜の君」。緋色の髪、青く透き通る、真昼の空のような瞳。顔だけ拝見したら「文学青年」に見えるくらい、繊細に整った顔。線の細い美貌の下は、鍛え上げられた逞しいからだ。
三公爵様は本当にお美しい。
居心地が悪いなりにも、私はわりと冷静に考えた。
私の右隣りで、オーディアル公はなおも左頬を私の髪に当てたままだ。
なんか、黙ったままくつろいでおられるようだけれど、せっかくだからお話をしてみよう。
「オーディアル公」
「姫」
え?と目を見合わせてしまった。
同時に、声が被ったから。
そして、また同時に笑顔を見せる。
ばつの悪い私は多少作り笑い、公爵は余裕で口元だけを和らげて私を見下ろしている。
「どうされた?」
「いえ、、あの、えと」
だめだ。調子が狂う。
私は頭を振って、ちょっと気合を入れなおした。
せっかく、声をかけて下さったのだから、先に公のお話を聞きたい。
「……なにをおっしゃられようとしたのか、伺いたいです」
「俺は、姫の話を聞きたいが」
「公のお話が先です。……先に、お話し下さいませ」
ちょっと上目遣いに言ってみた。自分の年齢を考えれば鳥肌ものだが、やむを得ない。
案の定、公は少しだけ目を瞠ったあと、蕩けるような笑みを浮かべた。
公爵は、オルギールあたりに言わせると、けっこうチョロイひとだと思う。
「姫に、自分の気持ちを押し付けるばかりで、きちんと話をしていないと思ってな」
「話を」
なんと!私と同じこと考えていたのか。せっかくだからお話を、ということですね。
「行軍中、四日目に俺の気持ちは伝えたが」
そうでした。割と一方的に。
とても、真摯に仰られたので、嫌な気はしなかったけれど。
黙って頷いていると、ようやく、ゆっくり、私の腰に回した左手を緩め、拘束が解かれたと思ったのも束の間、その手は私の左肩に乗った。
何も言わずとりあえず続きを待つことにする。
「俺がなぜここまで急激に姫に迫るのか、伝えておきたいと思ったのだ」
「それは、伺いたいですわ」
思わず、力強く合いの手を入れると、オーディアル公は楽し気に、
「もっと早く伝えるべきであったようだな」
と、言った。
──それからは、以前、馬車の中でレオン様から聞いたお話の焼き直しだった。まあ、当事者視点からだったので、心情の吐露はもっと詳しく語られたから、あらためて色々考えさせられたけれど。
幼少期のこと、看病してくれた乳母の娘のこと、自覚がなかったが紛れもなく恋だったと今なら確信していること、そして、彼女の早すぎる死。
「……もっと早く自分の気持ちを自覚していたら、と思ったのだ」
淡々と、公爵は言った。
「彼女のほうが年上だったが、つり合いが取れないわけではない。代々、グラディウスは恋愛や結婚には鷹揚でな。身分が云々、という話も、無いでもないが、本人が強く望めば親も周囲も受け入れる。俺が彼女に思いを打ち明けていたら。彼女が受け入れてくれたならと。何度も、想像した。……あなたに会うまでは」
私に?
彼女のことに思いを馳せていたら、急激にまた話はこちらにふられて、私は目をぱちぱちさせた。
公爵はそんな私を見下ろし、ふ、と口元だけでわずかに笑って、ゆったりと私の左肩を撫でた。
「あなたに初めて会ったとき。まあ、ありていに言えばあなたの手を取って初対面の挨拶をしたときから、俺はあなたに堕ちた。そして、ようやく、彼女の記憶からも解放された。──まだ少年だったから、などとは言い訳に過ぎない。俺が彼女を求めなかったのは、恋してはいたのかもしれないが、運命ではなかったのだろうと。結ばれることはない。それが必然だったのだと」
「……」
「あなたの手に触れて、あなたを見て、言葉を交わして。剣技も気性も何もかも。……吸い込まれるように、あなたに惹かれていった。振り向いてほしい、もっと話がしたい。あなたが欲しい。たとえ」
公爵はちょっと言葉を切って、私の右手をきゅ、と握りなおした。
「既に、レオンのものであっても。俺が、あなたの一番になれなくても」
「それは」
聞いている私の背筋が思わず伸びるほど、一途な声だった。
思考が回っている。洗濯機に入ったようだ。考えがまとまらない。
だめだ。絆されそうだ。
こんなに、気持ちをぶつけて下さるのに。それと同時に、既に一番を諦めてるなんて。ガタイに似合わず健気と言おうかなんと言おうか。
そして、そのような上から目線な自分の思考にもうんざりする。
「俺は、後悔するのはもうごめんだ。想いは我慢しないことにした。だから、こうしている」
ちゅ、と、音を立てずに、そっと、公爵は私の右手に唇をあてた。
──考え込んでしまった。
オルギールがいたら、いちいち理屈をつけるな、感じたままに、って言うかもしれないけれど、私はそういうところ、本当に不器用なのだ。
相手の言葉を記憶し、咀嚼し、自分はどのように思うか、どうすればいいのかじっくりと考え込む。
オーディアル公は、無理に私の反応を引き出そうとするわけでもなく、饒舌に話し続けるわけでもなく、ぴったりくっついて座っている、この距離感というか空気感を楽しんでいるみたいだ。
「……公爵」
だいぶたってから(と思ったのは私だけかもしれないけれど)、私は今度はこちらから声をかけた。
ん?と軽く首を傾げる気配があったので、私は遠慮なく先を続けることにする。
「公爵家の、‘妻の共有’という考え方ですけれど」
気を持たせる芸当はできない。
それに、こんなに真剣に気持ちを伝えてくれるひとに、駆け引きなど失礼だと思う。
避けては通れないこの話題を、私はあえて持ち出した。
「公のお考えは?というより、私のことは、既にそれが前提なのでは?」
私は畳みかけるように言った。
オーディアル公が、この手の話題に嘘をつくとは思わないけれど、どんな陰りも逡巡も見逃さないよう、綺麗な空色の一対の瞳を、目を凝らせて見つめる。
公も、私の凝視を目を逸らさずに受け止めてくれた。
「……まあ、前提と言えば言えるが」
ゆっくりと、言葉を選びながら答えてくれる。
「何といえばよいのか。……妻の共有、が先走ってしまったようだが、俺はあなたの気持ちもからだも欲しい。だから、こうして口説いている」
握った右手はやっと解いてくれたけれど、手の甲を撫でられて、そのまま上に大きな手を重ねられた。
……好きですね、手が。ほんとに。
からだも、とか、ストレートな表現にはちょっと引くけれど、まあこちらの世界の人たちはだいたいこんな感じだ。だいぶ慣れた。
「ようは、‘共有’という制度だけに頼った関係は避けたい、ということだな」
「一番ではなくてもいい、とおっしゃった。私はそれがなんとも」
ロマンチストでいらっしゃる火竜の君に、私は言いにくいことを頑張って言ってみた。
「ああ、さっきそう言った」
公爵の声のトーンは変わらない。瞳にも、揺らぎはない。
「もちろん、一番で唯一と言われたらどんなに幸せだろう、とは思う。でも」
肩に回された手が、今度は私の頭の上に乗った。そうっと、優しく髪を撫でてくれる。
大きな手に似合わず繊細な動き。私が怯えないようにか、緩やかに、あくまでそうっと。
「姫は、レオンを愛しているのだろう?」
「ええ。とても」
「即答だな」
オーディアル公は苦笑気味に言った。
「そこへ、夫のひとりとして入り込もうというのだ。権利で押し入ってもあなたの気持ちは手に入らないだろうから、一番を諦めると言うほかないのさ」
「いつか、公だけを唯一とする女性が現れるかもしれないのに。レオン様にイカれている私のほうがいいのですか?」
これだ、私の疑問の核心は。
共有のことは、どうにかこうにか理解している。理解しなくてはならないと頭で思っている。
複数の男性に抱かれる、というのはぶっ飛びの思想だけれど、それも受け入れようと思っている。なんせここは異世界だ。もっともっと私にとっての色んな非常識が飛び交っていても仕方がないくらいなのに、ある意味、大半は元の世界の常識が通用するのは、僥倖と言える。そう考えることにした。
ただ、公爵様にとってはどうなのか。
既に他の男に惚れている女性を共有して幸せなのか。
「率直に言って、愚問だ」
公爵は断言した。そして、急に私に向けられる瞳が甘い色を帯びる。
甘くなる要素のある発言だとは思わないが……
「真面目だな、姫は。そういうところも好きだ」
手を、髪を、なでなで。
甘!
「いつ現れるかもわからない女性より、俺はあなたがいい。愛した女性が、既に他の男のものだった。本来、諦めるべきなのに、その男も、俺も、グラディウス公爵家の当主だった。公爵家には‘妻の共有’という、稀に発動する有難い制度があった。俺は、あなたの夫の一人になれる。幸運と言わずして何という?」
「前向き……」
「そう。前向きなんだ、俺は」
呆然と呟いた私の言葉を拾って、公爵は平然と言った。
呆けていたので、私の右手に乗っていた彼の手が、ごく自然に、静かに私の顎を捕らえて移動していたことにも、斜め上を向かされたことにも気づくのが遅れてしまった。
しまった。……
「姫、好きだ。愛している」
「オーディアル公」
「姫、頼む。シグルドと呼んでくれないか」
顔が近づく。息が、かかる。というより、焦る私の吐息も、既に彼の口の中に取り込まれている。
ふわ、と唇が私のそれを掠めた。でも、押し付けてはこない。
また、姫、と囁かれる。
甘くて熱っぽい光を帯びた、空色の瞳にくらくらする。
「頼むから、姫。シグルドと」
「……シグルド、さま」
火竜の君の秀麗なお顔と、熱い囁きに陥落して、私は一度だけ、名前を呼んだ。
私が目を閉じると同時に、しっとり、しっかりと、唇が重ねられた。
22
お気に入りに追加
6,156
あなたにおすすめの小説
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
ヤンデレ義父に執着されている娘の話
アオ
恋愛
美少女に転生した主人公が義父に執着、溺愛されつつ執着させていることに気が付かない話。
色々拗らせてます。
前世の2人という話はメリバ。
バッドエンド苦手な方は閲覧注意です。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。