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 せっかく二人まで減らしたのに。

 少し残念に思ったがもちろんおくびにも出さず、私は新たな闖入者を一瞥した。
 
 特徴のない傭兵装束の男。急いでいたのと、壁の中は階段?でも上ってきたのか、肩で息をしている。
 それにしても。・・・壁が割れた。
 彼の出てきたのは扉ではない。優美な絵が描かれている石造りの壁がいきなり割れた、というより隠し扉があって、そこから来たらしい。

 「おい、何してる!?もうグラディウス軍が来てんぜ!」
 
 ぎょろりと目を剥いて男は言った。じれったそうに足を踏み鳴らすと、ガチャガチャと甲冑が音を立てる。

 「あんたらだけでトンズラしようってんじゃねえだろうな」
 「それはないさ。我々も護衛はほしいからな」

 長---と呼ばれたから、たぶんやはりこいつがギルド長だろう---は、無意識なのか唇を舐めながら言った。爬虫類みたいな、イヤな顔をしている。というより、爬虫類のほうがずっといい。この男、ひとの理性と、獣の本能をあわせたような、残忍な顔。

 「人質になりそうなやつが来るのを待ってたんだが、とびきりのが来た」
 
 私のほうを見て、顎をしゃくる。新たな傭兵もつられて私を見た。
 全身を舐めるように見られる。気持ち悪いことこの上ないけれど、目を逸らしたら負けだから私もせいぜい男を見返す。目が合った男は、もともと大きな目をさらに見開いた。

 「・・・すげえ美人じゃねえか」
 「筆頭公爵の女だ。それに、グラディウスの姫らしい」
 「それはそれは」

 男はニタリ、と笑った。そして、味方の苦戦を苦々し気に見ていたギルド長も。

 「最高の人質じゃねえか。味もよさそうだ」
 「まったくだ。・・・おっとキアーラ、お前もちゃんと悦ばしてやるから妬くなよ」

 私の手形がついた頬をさすりながら、恐ろしい形相で睨みつける女、キアーラを宥めながらギルド長は言った。

 ・・・まずい。たくさんの足音が近づいてくる。敵か味方かわからないけれど、味方なら御の字、敵ならこれ以上数を増やすのはまずい。

 駆けこんできたくせに、この男は阿呆なことを言って笑っている。殺気がない。私も、この間にほんの少し一息つけたけれど、いつまでも休憩してはいられない。
 先手必勝。無言で腰の刀子を引き抜こうとすると、

 「気を付けろ!!」
 「!?・・・と、危ない」

 投擲の直前、男が身を躱した。今まで私の相手をしていた兵が、ぎょろ目の男を突き飛ばしたのだ。

 「・・・剣以外にえらく物騒な物持ってんな」

 男の纏う空気がかわった。目を細め、剣を抜きはらう。・・・一対一なら到底私にかなうレベルではないだろうけれど、経験はありそうだし、何よりこちらは一人、向こうは三人。おまけに、私はここへ来るまで相当からだを使っている。多少の蓄積疲労はある。

 ・・・足音が、もっと近づいてきた。複数。敵なら厄介だ。久しぶりに、背中を冷たい汗がつたう。時間がない。
顔だけ、ぎょろ目の男に向けながら、違う兵士に標的を定める。
私は思い切って背後の壁を離れ、跳躍した。長剣を握る両手に力をこめ、思い切り振り下ろす。

ザシュ!と鈍い音がした。

「わぁあああああああ!」
 
 肉と骨が断ち切られる音と同時に、長剣を掴んだ腕が宙を飛んだ。今まで戦っていた兵のうちの一人が絶叫と共に床に転がる。自分が狙われたとは思わなかったはずだ。
 返り血も浴びぬ間に身を翻して次の標的の懐に飛び込むと、驚愕のあまりまだ体勢を整えられないもう一人の脇腹を薙ぎ払い、飛び退る。

 「こいつ、この、女、、、よくも、、、ぐあ!?」
 
 激痛に呻き転がる男の傷口をあえて蹴りつけ、気絶させて黙らせてから、私はさっき現れた男に対峙した。

 一気に、あと一人まで減らしたのだ。絶対に、私が勝つ。
 男の目を真正面から睨みつけ、剣を持ち直す。
 男もさすがに無言だ。抜きはらった剣が灯火に照らされる。

 ガン!と剣が交差した。ステップを踏み、さらに距離を詰める。
 ・・・詰めようとした。

 「!?っつ・・・」

 倒れ伏す兵士が落としたのであろう剣を踏み、よろめいてしまった。
 すかさず、足元を剣で払われる。ケガはしたくない。避けるために、やむなく床に倒れ込む。絨毯敷きだから痛くはないけれど、跳ね起きたときには踏み込んだ男が至近距離だ。剣を捨てて、バック転数回でどうにか距離を作る。近づく男に刀子を投げたが、さすがに予測していたのか、剣で落とされる。続けざまに投げることももちろんできるけれど、剣を落とした今、やみくもに使うわけにはゆかない。

 ・・・近づく足音。もうそこまで来た・・・ 
 絶体絶命、と思った。何年ぶりだろう。足音で敵味方を判別などできない。姿を現すまでわからない。

 「とんでもなく強いな、あんた」

 男は言った。追い詰めた獲物をいたぶるような、肉食獣のような眼。
 もう、剣を振り下ろそうとはしない。勝利を確信した顔。
 
 と、言うことは。
 万事休す、か。

 ------一気に近づいた軍靴と甲冑の音は、先ほど割れた壁の中から現れた。あとからあとから。
 十人、いや、十五、六人?
 足音も荒く乱入した男たちは全員傭兵装束。
 さすがに、刀子だけで倒すことができる人数ではない。私は素手でも戦えるとはいえ、武装して甲冑を身に着けたこの人数相手には無理だ。捕まってから、逃げる算段に切り替えるしかないようだ。

 一挙に増えた兵士達を眺めながら、妙に冷えた頭で考えた。

 先頭の男の視線が泳いだ。ギルド長と、ぎょろ目の男、どちらに言うべきか迷ったらしい。
 
 「おせーよ、って!!グラディウスが来てる!包囲されてんの、知ってるだろ!」

 地団駄を踏みながら怒鳴った。

 「あんたらがいねえと報酬の残りもらえねえから来てやったんだ」
 「トンズラここうったってもう無理だぜ」
 
 そうだそうだ、と傭兵達は頷いて同意した。

 「そんなことわかってるよ。な?長」

 私から目を離さず、男は残忍にすら見える笑みを浮かべて言った。

 「人質とらなきゃ、もともと俺らに勝ち目ねえだろ?」
 「人質?」

 男たちの目が、一斉に私に向けられる。
 殺気だった、荒んだ目。・・・女とわかると、とたんに違う獣性を帯びて光る。

 「グラディウスの姫らしいぜ」

 男は親切に解説してやると、やおら剣をおさめ、つかつかと私に歩み寄ってきた。

 「あきらめて俺らと来な、准将サマ」

 最後の一言は明らかに揶揄するような響きだったけれど、私はそんな些末なことに反駁する気はない。 無駄にケガはしたくないし、問答無用で殺されないのなら、きっと活路はある。
 私はのろのろと立ち上がった。とたんに、兵士達がわっと駆け寄り、てんでに私を拘束しようとする。

 とんでもなく強いからお前ら気を付けろ、というぎょろ目の男の声など、耳に入っているのかどうか。彼らの仲間であろう兵士達が、気絶したり目に刀子が刺さっていたり片腕失ったりしているというのに、目の先の獲物、私に夢中だ。鼻息も荒く私の肩を、腰を、両腕を捕らえ、御輿のように担ぎ上げる。
甲冑を着けているからいいようなものの、からだじゅうを無駄になでまわされて気持ちが悪い。

 すげえイイ女、だの、喰いてえ、だのはマシな方で、他にも不快な猥褻な言葉を浴びせられる。
この場を急いで離れなくてはならないことがわかっているから手を出されないだけで、落ち着いたらどのような目にあわされるのか、火を見るよりも明らかだ。

 行くぞ、と勢いを取り戻したギルド長と、残念だったわねと、形勢逆転にとたんに私をあざ笑いながらあとに続くキアーラと、私を担ぎ上げた兵士達。壁の奥へと向かうようだ。狭くて、一人ずつしか並んで入れないらしい。急げ、といいつつも、渋滞が発生している。
 担がれたまま部屋を眺めた。いたずらに豪華な総督の居間。倒れ伏す者と、その者達の流す血痕でひどい有様だ。総督は、何処にいるんだろう?
 今は、おとなしくしよう。そう思っていると。
 
 パチン、と音がした。
 留め金が、はずれる、いや、はずされる音。

 「!?・・・こいつら・・・」

 悔しくて、思わずギリ、と唇を噛んだ。
 脛あて、小手あてが、はずされた。刀子を巻いていた革帯も取られた。胸甲がはずされる。肩あても。暑いし、重いから鎖帷子は身に着けていない。黒い、ぴったりとした地厚の肌着、足通しの下は、ブラの代わりのきつめの胸あてと下穿き。つまり、下着だけ。機動力と持久力重視だから、金属製の武具の下は軽装なのだ。

 「この女、強いからな。武具は邪魔だ」
 「裸に剥いときゃ恥ずかしくて逃げられねえだろうし
 「歩きながらでも脱がせられるだろ」
 「明るいうちに拝みたいもんだ」
 
 生臭い息を吹きかけながら、口々に言う。
 さっきまで私の身を覆っていたものが、あっと言う間にむしりとられ、床に打ち捨てられていく。
 武具がすっかり取り去られると、男どもの無骨な手が這いまわった。肌着の上からとはいえ、何本もの手が尻肉を掴み、胸を揉みしだく。腿を撫で上げられ、担ぎ上げられたままなのに足を開かされ、付け根をまさぐられる。
 
 嫌悪感で口元が歪みそうになるのをこらえて、私は拳を握りしめた。
 目は閉じない。どの男が、何をするか見ていなければ。あとで、後悔させてやる。
 それに、ここで犯されるわけじゃない。
 「あの子」は、もっとひどい目にあった。この程度、なんということはない。
 「あの子」を思い出すと、今の私は、かえって冷静になれるようだ。皮肉なものだ。「あの子」のことで逆上して窮地に陥って、今は「あの子」を思い出して平静を保っている。

 ------もうすぐ、壁穴に入る順番が来る。
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