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7.-12

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 アルバへ凱旋したら、ウル・モンティスを測量調査し、報告書をかき上げた者達を褒めたたえなくては。

 地上までの距離は相当あるので一瞬も気は抜けないが、ステラを駆りながら私は心底思った。

 小石交じりの土。地表にところどころ顔を出す岩、木の根。実際よりも少し急な傾斜。
 再現して山を作った作業員たちもさることながら、ここまで詳細に報告してくれた調査隊員のプロ意識に拍手だ。あの山で、さんざん訓練をしたからこそ、後に続く者達も全く危なげがない。馬も、ひとも。
 楽勝だぜ!とか、訓練のがキツイな!と、背後で威勢よく声を掛け合っているのが聞こえる。

 地上は大混乱だ。土煙をあげて駆け下りる我々を、驚愕して見上げる者はあっても、弓箭兵(きゅうせんへい)を向けよう、と言う者はいないらしい。いくら訓練をしたと言っても、地上につくまでは降りるのに必死の我々に、矢が打ち込まれたら、というのをもっとも警戒していたのだけれど、奇襲のパニックは相当のものらしく、今のところその気配はない。地上が近づくにつれ、蠢くひとびとがはっきりと視界に入る。数だけは揃えた傭兵達も、系統立てた動きをする隊は少ないようだ。破城槌の音も遠くから聞こえてくる。グラディウスの大軍が上げる、威嚇するような鬨の声も。

 おかしい。というより、やはり、何がしたかったのか。目的が読めない。本気でウルブスフェルの独立を考えていたにしては、指揮系統がなっていない。傭兵達を「揃えてはみたけれど」というレベル。

 「------ご留意を、リヴェア様」

 斜め右前のオルギールが声を張った。我々が降り立つポイントは、もうすぐそこだ。

 「雑兵の裏に立つものに、警戒なされませ」
 「了解!」

 やっぱり。この戦は、おかしい。

  ------ヒュン!と、矢の音がした。ようやく、誰かが気づいたらしい。ぼんやり我々の強襲を待つ必要はないと。
 しかし、足場の悪い山道を降りる我々は、不規則に体が揺れるので狙いにくいのだろう。矢はまったく的外れな地点に、力なく落ちた。

 「失礼」

 オルギールがすい、と馬ごと私の前に出た。いくつか飛んでくる矢をこともなげに全て剣で払い落とすと、馬の背にかけた弓をとる。

 「・・・わぁ!っ!!!」
 「ぎゃあぁ!」
 「・・・ひけ、こちらが狙われる!!」

 瞬く間に、数名の兵士が倒れた。オルギールが続けざまに矢を射たようだ。先ほどの強弓からすれば、接近戦でも使える通常の弓など、彼にとっては子供の玩具かもしれない。

 カッ!!と、蹄の音も高らかに、まずオルギールと私が地上に降り立った。既に、こちらへ矢を射た者は、我々を遠巻きにしながら後ずさるばかり。その間にも、次々とアルフを始め、後続の兵士達がただの一人も脱落することなく続々と地上へ終結する。

 山肌に沿って立つ総督府を僅かに外して港寄りの平地に降り立つと、私は後ろを振り返った。邪魔な面頬を上げ、居並ぶ兵士を見渡す。

 「夜明けにはグラディウスの勝利を!・・・散開!行け!」
 「承知!」
 「承知!!」

 二度は言わせず、頷いた彼らはすぐさま四騎ずつ市内各所へ散らばってゆく。遠巻きにしていた傭兵達は、剣を振り上げることも忘れて、駆け去る兵士達を思わず身をのけぞらせて通してしまう始末である。

 「・・・お前達」
 「ひいっ」

 オルギールは、兜をとり、その美貌をさらしながら、馬上から剣を突き付けた。
 彼を見慣れている私からすると、オルギールってば殺気の出し惜しみでは?と思う程度のささやかな威嚇だけれど、傭兵ごときにはすさまじいインパクトらしい。
 煌々と輝く月明りに照らされて光る長剣、圧倒的な美貌。
 壮年の男は、声らしい声も上げられないようだ。

 「お前は、確か、その顔、・・・」
 「降伏しろ」

 短く、オルギールは言った。

 「確か、公爵の右腕・・・ぎゃっ!?」
 
 うわごとのように呟く男が、頬を押さえて飛びすさった。
 指の間から赤い血が滴り落ちてくる。

 「早く答えろ。降伏するか、しないか」

 剣の動きは速過ぎて、どうやら、男の頬を剣で撫でたらしい、としかわからない。

 「降伏し、我らに加勢するなら命はとらん」
  
 がらん、と、男はあっけなく長剣を投げ出した。怯えたように周りを見回し、こちらが頼みもしないのに膝をつく。

 「他の者はどうする。・・・命を無駄にしたいか?」

 氷の礫のような声で、最後に付け加えられた一言によって、ばたばたと残りの兵士達が膝をつき、武器を捨てた。
 両手を頭の後ろで組ませ、その間にガイとエルナン---アルフについてきた兵達だ---が下馬して、素早く、捨てさせた武器を集め、跪いた兵士からは、隠し持った武器がないか確認の上、手際よく縛り上げる。

 始めに武器を捨てた壮年の男だけ、縛り上げずにもう一度立たせた。

 「お前は連れてゆく。・・・仲間に、降伏を勧めろ。妙な真似をすれば切る」
 「・・・・・・」

 傷は浅いが、顔から血を流したまま、考えることを止めたように男は何度か頷いた。

 ------なにこれ、と拍子抜けしてしまう。
 何のために雇われている?あまりに、あっけない。いくら、オルギールが軍神と名高いからとはいえ、士気どころか、覇気がなさすぎる。

 「なんなんだよ、いったい」

 基本的に、思ったことを腹に収めておかない男の声がした。
 アルフはとっくに暑苦しい兜を脱いでいて、赤い双眸を細めて胡散臭そうに周囲を見渡している。

 「・・・アルフもそう思う?」
 「こいつら、おかしい」

 いったんは構えた剣を担ぐようにしながら、

 「いくら、俺らの奇襲に驚いたからと言ったって------ここで彼は目線を動かして------二十人弱、いるじゃねえか。これだけいりゃ、とりあえず向かってくるだろ。俺らの倍以上なんだから」
 
 本当にそのとおり。

 「お前達に指示する者は誰?」

 黙っていられなくなって、私は傭兵に尋ねた。
 
 「お前達の雇い主は?」
 「・・・・・・総督だ」

 あっさりと、しかしわずかに悔し気な様子で、小声で紡がれたその言葉は、にわかには信じ難くて。でも、頭のどこかで、その可能性を考えていた自分もいて。
 捕虜となっているはずの総督と駐屯兵達の開放、そして町の奪還が、今回の戦の目的なのだけれど、その「総督」が傭兵を雇っている? 

 消火できずに尚も燃え盛る炎は、真昼のようにあたりを照らして。町から聞こえる馬の蹄の音、激しくなる剣戟の音、逃げ惑うひとびとの声を聴きながら。

 私とオルギール、アルフは無言で顔を見合わせた。
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