溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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7.-9

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 少年---フィデル、とあとで聞いた---の道案内は的確だった。

 彼を連れてその日は夕刻近くまで馬を走らせ、一泊の野営ののち、更に進んで、望むならトロ村付近で別れるつもりだったのだけれど(聞くべきことは聞きだせたし)、責任をもって山頂までついてゆく、と彼は言い張ったのだ。

 やせ馬に乗って村を出てから一晩さまよって、初めて遭遇したのが私の隊だったとのことで、あんたらでよかった、と彼は小さな声で、けれどはっきりと言っていた。確かに、柄の悪い連中にさらわれでもしたら、男でも女でもろくなことにはならない。本来、物盗りをする子ではないのだろうな。よほど、辛かったのだろう、と、彼の言動を見ていれば容易に想像できる。

 その彼に、役に立つ情報であったら、償いよりも情報のほうが値打ちがある。場合によっては相応の謝礼を払うと伝えると、山頂まで案内をする、と言って律儀に我々についてきて、今に至る。

 
 山菜も茸もあまり収穫の得られない山道ルート、つまり、人々がめったに利用しないルートがあるとのことで、我々はそこを粛々と山頂に向かって進んでいた。詳細に調査、測量させたはずだったけれど、「複数ある登山道は、ほぼ同じ広さ、同じ勾配、一長一短につきどのルートも条件は同じ」との報告があったのみで、フィデルの説明によれば「下りは一本道だけれど、登りは選択肢がある」ことなどは、聞くまでわからなかったのだ。確かに、ウルブスフェル側へ下りるルートの調査に最大の焦点を当てていたから、私の指示にも不備があったのかもしれない。
一応、どの登山道を利用するか、目星はつけてあったけれど、そのルートは、複数ある登山道のうち、比較的一番木が刈り込まれていて、登るときに足元の視界はよいが、トロ村側からとはいえ、麓から目につきやすい、と指摘されたので、急遽、フィデルの推薦するルートに変更したのだ。

 足元は腐葉土に覆われていてアタリは柔らかく、もともとそれほど急峻な山でもないから、騎馬のままの登山もそれほど苦も無く思われたのだけれど、ほとんど人が通らないだけあって、木々があまり刈り込まれていないせいで、不規則にあちこちから飛びだす木の枝の数々、これには少し参った。馬の高さくらいまではまあよいのだが、馬に跨るひとの顔の高さに枝が付きだしてくると、顔をケガしそうだし、目を突きそうでけっこう神経を使う。だから、登り始めて早々に、皆には兜を装着し、面頬を下ろすよう指示した。少し暑苦しいけれど致し方ない。
 
 「------山頂までは、あとどのくらいかかる?」

 私は既に数を数えるのをやめたけれど、目の前に突き出した小枝をぱきん、と折って捨てながら傍らのフィデルに尋ねた。
 予定では、日没前後には山頂に到着。その後、息をひそめつつも休息をとり、深更になるのを待って、半日は早くウルブスフェルの城壁側に到着しているはずの地上と連携しながら夜襲をかける、という予定なのだ。
 右斜め前にはオルギール、左にフィデルがいる。ちなみに、隊長のアルフは殿(しんがり)を任されていて、隊の最後尾だ(俺だって前に居たい、とぷりぷりしていた)。

 「日没の一刻前、というとこかな」

 彼は危なげなく馬を駆りながら答えた。馬術は我々のほうが当然優れているはずなのに、庭、というだけあって、山道に入ってからというもの、馬の操りかたを見る限り我々のそれと全く遜色ない。見どころのある子だ。

 「いまくらいの速さで、そんなもんだよ。遅いか?」
 「いいえ。ちょうどいい」

 あと二刻位ってところかな。すこぶる順調、計画通りだ。フィデルに会ったことが予定外だったけれど、いいほうへ転んだし。

 「フィデル。山頂まで、道の様子も変わらず?」
 「当分はこんな感じだが・・・山頂直前になるともうちょっとなだらかになるよ。で、頂上には大きい窪地もあって風をよけられるしウルブスフェルから見上げても見えにくいし、そこで休むんだろ」
 「まあね」

 私は頷いて、また小枝を払う。木々の青い匂いが立ち込める。
 窪地のことも、当然調査どおり。頭の中に絵がかけるほど詳しく測量してもらったから。特に、頂上から町側への山の様子は。実際、絵もかいてもらったけれど。
 ---ただ、どのタイミングでフィデルを帰そうかな。
 そろそろ、それを考えておかなくてはならない。
 彼は山頂まで案内する、と言い張っていたけれど、到着したら、深更まで休息とは名ばかりの緊迫した待機だ。開戦前の特殊部隊と一緒に非戦闘員がいるべきではない。これ以上、我々の知らない注意事項などがないなら、日のあるうちに下山してもらうべきだ。

 「あのね、フィデル」
 「なんだよ、お姫様」
 
 ?・・・お姫様呼び、なぜこの子が?

 ちょっと気になったけれど、まあいいや。

 「山頂まで、あとは特に気にするところはないのでしょう?・・・報酬は、今ここで払うから、あなたは日があるうちに下山しては?」
 「・・・なんだよ、突然!」

 案の定と言うべきか、フィデルは噛みついた。誰かの予備のを借りたらしい兜ごしに目を光らせて私を睨みつける。
 目線の高さはほとんど同じだ。大柄な男性が多いのこの世界で、私よりちょっとだけ背が高い、と言う程度の彼は少し小柄なほうだ。
 
 「山頂まで、って言ったろ!?なんかあったらどうすんだ」
 「もう教えてもらったから。すごく、助かった」
 「俺が邪魔なのかよ!?」

 普通なら兜を被っていればくぐもりがちになる声は、平時と全くかわりがない。耳元で大声を出されて、彼の馬がびくついている。
 
 「静かにしろ。大声を出す奴は邪魔だ」

 すかさず、情け容赦のないオルギールの声が飛ぶ。
 フィデルは、ンだと!?と、すぐに気色ばんだ。半馬身前を進む、フィデルの反応などまるで意に介さないオルギールの背中に向かって、あんた感じ悪いな!となおもたてつく。
 
 それでも、フィデルは肩をすくめて

 「大きい声出して悪かったよ、お姫様」

 と、意外なほど素直に言った。
 可愛げのする子だ。見てくれもそうだけれど、性格が。
 
 「わかればいいわ。・・・それより」

 私はちょっと笑いながら、

 「なんで私のことを‘お姫様’、と呼ぶの?」
 
 さっき、気になったことを聞いてみた。
 
 「我々は軍隊なのに。私のどこが‘姫’に見える?それとも、男性の中で私ひとりが女性だから?」
 「どっからみたってお姫様だ」

 フィデルは当然だろと言いたげに胸を張って答えた。

 「すっごい美人だしソコの銀髪の男がものすごく大事にしてるじゃないか。・・・そいつ、確かエヴァンジェリスタ公の右腕だろ?それくらい、田舎者の俺だって聞いたことがある」

 さすがはオルギール、有名人。幼少の頃からこの美貌、才能は際立っていただろうから当然ですね。
 
 銀髪の男、とか、そいつ、とか、滅多に聞かない軽々しい呼ばれ方は、当のオルギールにも聞こえているだろうに、彼は黙って馬の歩を進めている。

 「そんなエライ奴が丁重にしてるのを見たら、あんたがお姫様だって俺にもわかるよ。それに、」

 言いかけて、フィデルは口を噤む。

 「それに、何?」

 私は続きを促した。いや、べつに、と言いかけるのをさらに被せて追い込む。

 「それに、何なの?お話の続き、聞かせてよ。言いかけて止められたら気になるじゃない?」
 「・・・アルフが言ってた」

 まあ、いいか。黙ってろとは言われなかったしな、と言い訳のように呟きながら、フィデルはあきらめたように言った。
 
 「・・・アルフが」

 思わず、私は馬鹿のように繰り返す。あの男、他にひとのいないところで私に言うのみならず、こんな少年にまで「お姫様」呼びを披露するとは。不用意な。

 「俺があんたに‘弟に賭けて誓え’って言われたとき。すげえ迫力だったんで、あの男(おとこ)オンナ、おっかない女だな、ってあとでアルフに言ったら」
 
 男オンナ。おっかない。・・・まあそうだろう。想定内。

 フィデルの言葉を黙って受け入れていると、私が怒ったと思ったのか、悪気なかったんだ、今はそんな風に思ってない、と彼は横で無駄に騒ぎ始めた。
 その結果、相当うろたえたらしく、問わず語りにぼろぼろ話し始める。

 「あの時だけだよ、お姫様。・・・つい、そう言ったら、アルフが俺を蹴飛ばして、あいつは‘お姫様’だ。二度と、あいつを悪く言うな、殴られたいかと」
 「・・・・・・」
 「‘お姫様’、が軍服着てるのかよ、って言ったら、物凄く強いんだ、‘お姫様’で‘准将閣下’なんだ、雲の上のひとなんだよ、って」
 
 フィデルの口を通してアルフの言葉を聞かされて、私は複雑な気分になった。

 雲の上のひと。そんなふうに思われているのか、私は。・・・でも、准将はともかく、「トゥーラ姫」のバックグラウンドなら仕方がないのだろう。
グラディウス一族の血を引く姫。------作り物の経歴なのに。

 「雲の上のひとなのに。こんな僻地まで来て、軍を率いて、汗を流すお姫様なんだから、周りの者は命懸けで守ってやらなくちゃならないんだ、たとえ‘お姫様’がどんなに強くても、って」
 「・・・・・・」
 「アルフ、ってひと。お姫様のことが好きなんだね」

 フィデルは、笑うでもなく淡々と言った。
 
 それは知っている。告られたからね。しかし彼も、知りあったばかりの少年にこんなことを言われるとは。「尋問」の間に、何を話していたのか、まったく。

 「俺がそう言ったら、ガキが余計な事ぬかすんじゃねえ、ってまたどつかれたけれど」
 「・・・・・・」
 「アルフってひと、男の俺から見てもいい男だと思うんだ。気さくで、カッコよくて、隊長さん、ってことは強いんだろ?お姫様はそう思わないか?」
 
 熱心に、フィデルは言った。
 なぜ彼を売り込んでいるのだか。短時間に、ずいぶんアルフになついたものだ。

 「それとも、ソコの銀髪の男のほうが好きなの?」

 彼は、前方のオルギールに、顎をしゃくってみせた。

 「綺麗過ぎて人間じゃないみたいだ。お姫様もすっごく美人だけれど。髪の色もおんなじだし、俺はお姫様にはアルフのほうがお似合いだと思うんだよね」
 「・・・・・・フィデル!」

 少年らしい遠慮のなさでずけずけと物を言うので、さすがに私もたまりかねて、少し厳しい声を出した。
 彼はびくりと身を震わせた。

 「話は終わり。あまり、立ち入ったことを言わないで」
 「・・・わかったよ」

 しゃべり過ぎた、と思ったのか、フィデルは悄然と項垂れた。

 アルフは、誰に対しても私への気持ちを隠すつもりはないようだ。
 それに、「命懸けで守る」?私が、「どんなに強くても」? 
 ・・・くすぐったい。・・・けれど、とても、嬉しい。困惑だけではない、初めての感情。
 アルフ自身から真っすぐに向けられる気持ちには、まだまだ大人の対応ができないけれど。
 他人を介して伝えられると、こそばゆいけれど、こちらにも受け止めようがある。
 そんなふうに思っていてくれるのか、と。

 たぶん、私は行軍中に相応しくないユルイ顔になっているに違いない。
 兜を被っていてよかった、と心から思った。
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