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7.-6

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 夜が明けていくらもたたないうちに、出発となった。

 名残惜しく、もう一度朝風呂を楽しみ、運ばれてきた豪華な朝食を頂き、古城ホテルを後にする。
 続き部屋云々はともかく、オーディアル公は紳士としての節度を保ったようだし、素敵なお宿だった。
 仏頂面のオルギールがよほど怖かったらしく、朝っぱらから気の毒なほど従業員一同緊張していたけれど、火竜の君がまず穏やかに礼を述べ、また、私も思わず「平時にまた立ち寄らせて頂きたいものです」と口を挟んだら場の空気は一気に和んだので、最後は笑顔とともに見送られて、行軍は再開された。

 「休めるうちに休む」という言葉は、本当だった。

 その後は、街道こそ広々と整備されているけれど、兵達を満足に休ませることができるような大きな宿場町などはなく、小さな村落が点在するばかりだ。街道を外れれば殺風景な平原や雑木林に毛の生えたような森があるばかりで、見た目にもちっとも楽しくない。
 だからというわけではないだろうが、行軍のスピードもぐっと上がった。
  
 夜明けとともに出発して、ひたすら、馬を駆る。たまに、小休止がある。日没と共に野営となる。
 
 その繰り返し。単調なものだ。まあ、私は傍らのオルギールに何でも聞けるし、どうでもいいことを話しかけていたので、決して退屈することはなかったけれど。オーディアル公についても、一緒にいればあからさまに接近してくるけれど、行軍中に顔を合わせる機会は限られている。昼食、夕食のときは必ず彼に呼ばれたり、逆にあちらからの襲来を受けるけれど、それ以外は接することは全くない。そもそも、二万の軍勢が整列して街道を進んでいるさまは長大な竜のようで、全貌が見えないほどの規模であり、それぞれに兵を率いる立場であればなおさら、用事がなければ顔を合わせることもままならないのだ。

 初めての野営の夜にはとにかく驚かされた。

 私の天幕は兵士達が作ってくれる。それは、昼食や小休止の時も同様なのでお任せする。
 夜はどうやって寝るのかな?寝袋?それとも毛布を敷いて地べたにごろり?と想像を膨らませていると、支度が済むまで外に出されていて、「どうぞ」といわれ天幕に入れば、なんと、簡易ベッドが整えられていた。移動カーテンのような間仕切りがあり、手洗いや(早い話がおまるである)、大きな盥(たらい)などもあって、既にホカホカと湯気のたつたっぷりのお湯が満たしてあった。隣には瓶と柄杓も置いてあって、かけ湯ならこれでどうぞ、という感じらしい。
 明らかに特別待遇過ぎる。いくら、私が一軍の将とはいえ。
 唖然としていると、オルギールが解説してくれた。
 ------レオン様はじめ三公爵の意向である、と。できるだけ、私に「戦い」以外のことで負担をかけさせるな。私一人のための荷駄が増えてもたかが知れているから、と。------
 そういえば、出発前に「できるだけ不自由がないように配慮」したと聞かされていたことを思い出す。こんなに甘やかさなくてもいいのに、と、不覚にも少し泣きそうになってしまう。
 オルギールはそんな私に気づいて頭を撫でたり額にくちづけたりしはじめたので、かえって結果的にすぐに頭は冷静になり、公爵様方の心遣いに有難く感謝しつつ、盥のお風呂を頂くことにした。さすがに、「風呂の世話をする」とはオルギールが言わなかったことに安堵しつつ(でも、お風呂上りに当たり前のように戻ってきて、髪の手入れをされた)。

 
 そうして、四日目の夜明けが来た。私の別動隊が、本体を離脱する日だ。

 万事、打ち合わせ済なので、早朝ということもあり、総大将への挨拶はない。朝靄の中、私とオルギール以下八十騎、黙したまま、街道を外れてゆく。どこまでも続く、整備された街道の石畳とは明らかに異なる、草や土、たまに石ころなども混じる平原を斜めに横切ってゆく。

 座標も目印もないように見えるけれど、この世界にも「方位磁石」なるものがちゃんとあって、道案内も兼ねて先頭に立つオルギールには方角はしっかり把握されているらしい。迷いのない様子で相当な速度で馬を駆って数刻が過ぎてからのこと。
 
 「------オーディアル公はリヴェア様になんと仰せで?」

 離脱後初めての小休止。オルギールは唐突に言った。
 
 「仰せ、って言っても・・・」

 不意を突かれて、私は口ごもる。
 そんなに難しい話はしていない。前夜の夕食のあと、オルギールも含めて人払いをされて、ほんの少しの間、二人きりになった。その時のことを言っているのだろうけれど。

 じいいっと、音がするんじゃないかと思うほど凝視する紫の瞳は、あまりに真剣で、私は既に及び腰だ。

 「・・・難しい話はしていないの。くれぐれも気を付けてとか無事でとか」

 噓は吐いていない。本当のことだ。
 でも、オルギールは、目をあわせれば、透視してるのではないかと思うほど、先の先、心の奥底を読んでくるので、怖いからわざと顔を見ないようにして答えた。

 「わりとすぐ、天幕を出て来たでしょう?特に何もないわよ」
 「何かあったとは思っておりません。何を言われたか、お尋ねしているのです」

 オルギールは逃げを許さない構えで直球で尋ねた。
 ・・・というより、もはや詰問レベルである。

 どうでもいいじゃない、とひとこと言えたらどんなに楽か。

 私はため息をついた。顔は見ないように用心しつつ。

 「・・・とにかく、心配して下さっていたわ。笑われてもいい。既に、姫に執着して、自分が笑い者なのはわかっている。こうして出陣してさえ、まだ考えてしまう。自分の傍から離したくない、って」

 言っているうちに思い出して、思わず赤面してしまった。今日も今日とていいお天気で、とても明るい。ちょっとだけ陣を離れ、灌木の陰に二人でいるのだけれど、たぶん、私の顔色はバレバレだ。
 
 でも、仕方がない。オーディアル公は、それはそれは真摯に、まっすぐに、私に気持ちを伝えてきた。
 跪いて、私の手を取ってくちづけて。自分の頬に私の手を押し当てて。ひとしきり、心配と気遣いを口にした後、私の目を下から覗き込んで、愛している、と言ってくれた。心から、愛していると。いきなりレオンと同様に想ってほしいとまでは望まないが、アルバに戻ったら、自分のことも考えてほしいと。

 そして。私を------たとえ、まだこちらの気持ちが伴っていなかったとしても------姫のすべてが欲しい、と、はっきりと口に出して望まれた。熱を持った空色の瞳は真剣そのもので、けれど、明らかに「男」の顔をしていて。耐性のない私は頭が茹ってしまい、壊れた人形のようにこくこく頷くことしかできなかったのだ。後で思い返せば、頷くってことは「了解!」ってことになってしまったのではないかと危惧しているのだけれど。

 「・・・・・・口説かれたのですね。あのかたも行軍中に節操のない」

 身も蓋もない口ぶりで、オルギールは言った。
 常々、副官としてのオルギールの「節操」はどうなのかと言いたいけれど後が怖いので黙っておく。

 「帰途と、アルバについてからが要注意でしょうね。リヴェア様もじゅうぶんお気を付けください」
 
 要注意?気を付ける?
 私が首を傾げると、オルギールはわざわざ私の正面にきて、すとん!と片膝をついた。
 恰好だけは忠誠を誓う騎士のようだけれど、顔が怖すぎてとてもそんなものには見えない。
 ひゃあ!と逃げ出そうとしても両手を捕まえられ、至近距離まで顔を近づけられてしまった。
 大人に説教される幼児のような体勢だ。

 「宜しいですか、リヴェア様。あなたはオーディアル公の想い人としても認知されつつあります」

 知っています。「くっつけ隊」がいますから。
 私は高速で頷いた。

 「・・・実態が伴っていないことも公然の事実です」
 「実態?」
 「肉体関係です」
 「!」

 さらっ、と、オルギールは恥ずかしいことを言った。

 「オーディアル公の周囲は公をせっつくでしょうし、公自身、生真面目な堅物、と言われてはいても、そこは公爵閣下ですからね。押しは強いしあなたは男女のことに関する手管は皆無」

 複雑な気持ちである。男女のことで手練れだと言われるのも嫌だけれど、ここまではっきり鈍くさいと言われるのも。

 「一妻多夫と言ったって、今すぐにというものではない。順序があります。あなたの気持ちが伴わないうちに身を任せる必要はないのです」

 なんて具体的な指導。

 「・・・それとも、リヴェア様」

 急に、オルギールの声が低くなった。銀色の髪が氷に見える。「氷の騎士様」発動である。
 寒い。寒冷地仕様のテノールを私に向けないで。

 「オーディアル公に抱かれたいとお望みですか」
 「望んでません!」

 即答だ。
 なんという破廉恥な質問をするのか。
 火竜の君に見惚れるのも、まっすぐな告白に脳が茹るのも、私がいちおう女子だからである。
 断じて、ヤりたい、なんて思っていない。それとこれとは別問題だ。

 息を吸って反撃に出ようとしたら、

 「------准将閣下!」

 慌ただしい足音とともに、兵士が一人、駆け寄ってきた。
 別動隊の隊員のひとりである。名前は、確か、べ、べ・・・?

 「ベニートか。・・・どうした?」
 
 全員の名前と顔、出自もろもろが頭に入っているオルギールは、立ち上がりながら、私の代わりに尋ねた。

 私とオルギールの妙な体勢は、遠目にも見えていただろうし、どんな憶測をされていたのか知れたものではないけれど、ベニートはプロだった。顔色一つ変えず、

 「糧食を狙う賊を、リリー隊長が捕らえました。お裁きを頂きたく」

 と、簡潔に述べた。

 「アルフが?」
 「賊、と言ったか」

 ちょっとだけ、目を見合わせた後。
 私とオルギールは、ベニートに促されるまま、足早に隊へと戻った。

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