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行軍中の初の食事は、なかなかご立派なものだった。
カトラリーを使うような食事ではない、というだけで、いわばちょっといい食材のピクニック(だから戦争だってば)弁当のレベルだ。・・・スパイシーな骨付きのお肉、魚介やお肉や野菜や素材色々のテリーヌようのもの、さっき材料を挟んだの?とでもいいたくなるような、パンは柔らか、素材もしゃっきりしたサンドイッチのようなもの。カップで出される、熱々のスープ。食べやすくカットされた多種類の果物。聞けば、出発の日の昼食だけは、城から持ってきたものをすぐ口することができるので、保存食っぽくないものを食べられるのだそうだ。
ひっきりなしに世話を焼こうとするオーディアル公、あからさまにそれらを妨害しつつも、結局似たようなことをしようとするオルギール、生ぬるい視線を送る給仕の兵士。「なかなかご立派な食事」ではあったけれど、落ち着かなくて味わえていない。
ようやく、食後のお茶を頂きながら、私は夜からはどうやってお食事の誘いを断ろうかと思っていたら。
「姫。・・・今宵は街道沿いで宿の手配がある。食事も、屋根のあるところでもっとお寛ぎ頂けるだろう」
思った通り、夜も当然一緒に食べる気満々で、オーディアル公は言った。
「宿?」
寝台で寝られるのは嬉しいけれど、野営も楽しみではあったのに。
それに、戦争に行くのにそれでいいのか。グラディウス一族、たるんでいないか。
「ずいぶんと、余裕がおありで」
思わず、皮肉っぽい口調になってしまった。
「私、野営のつもりでおりましたのに」
「明日からはそうなる。宿がとれるうちは体を休めることも重要だ」
オーディアル公は私の嫌味たらしい口調など意に介さない様子である。
それどころか、私に空色の瞳を向けて、甘く微笑んだ。
気構えがないと、ついつい口を開けて見とれてしまいそうになる。お美しい妖精王・・・じゃなくて。
「・・・レオンの意向でもある。行程上、宿が取れるうちは取って休ませてやってくれと。で、諸々の手配をしたユリアスも賛同した。特段、ゆとり行程でもないぞ、姫」
「一部の兵だけでも宿を使う分、輸送する兵糧は減りますからね。荷駄が軽くなる。その分、日中の行軍の速度は上がる」
オルギールが続きを解説してくれた。
なるほど。それは確かに理にかなっている。・・・しかし、オルギールを取り巻く気温が急降下しているような。ブリザードが吹き荒れている感じ。・・・火竜の君(いい名前だ!これで行こう!)にみとれるくらい許されると思うけれど。
そろそろ戻るか、と公爵はお茶を飲み終えて立ちあがった。お見送りのため私も後に続こうとするのを、両肩に手を置いて押しとどめられる。
「出発の号令がかかるまで休まれよ。・・・姫、ではまた夜に」
最後は睦言のように囁いて、自然な仕草で頬にちゅっとされた。
鳩豆をくらった顔をしていると、さらに無警戒だった手を取られ、ぺろ、と舐められる。
ひええ!と固まっているうちに、公爵は鮮やかに身を翻し、天幕を出て行った。
慌てて、給仕の兵や護衛達が後を追う。
火竜の君は、こんなキャラだっただろうか?
また夜に、って。・・・夕食のみならず、部屋の配置とか気になるけれど。なんか、ぞわぞわする。
「そういえばオルギール、」
お宿の部屋割りって知ってる?と尋ねようとしたら。
消毒です、と言って、オルギールはどこからともなく持ち出したいい匂いのする濡れおしぼりで、私の頬と手の甲を入念に拭った。逆らえない雰囲気だったので、子供のように顔と手を預け、ごしごしされる。・・・仕上げとばかりに、ほっぺとおでこと指にちゅうされたのだけれど、自分がするのはいいのだろうか。
「どのような部屋かは、存じ上げませんが。いずれにせよ、私がお側に控えておりますのでご安心を」
我々以外に誰もいなくなった天幕で、オルギールは妖しく微笑んだ。
何を言うかこのエロ医者!
一昨日、身動きできない私に何をした!?
「ご安心」できるものか!あなたが一番危険なの!
例によって例の如く言葉にして言う勇気などない。言ったらもっと何か物理的にひどい目にあわされる。だから脳内でさんざん反撃するのが関の山だ。
むすっとしてジト目で睨んでやったのだけれど、まずいことに何かのツボにはまったらしい。
まったく、あなたというかたは、と、色っぽいため息とともにいうが早いか、ちゅううううっ!と肺の中の空気がからっぽになるかと思うくらい強く、唇を吸われた。
「!!!」
不意打ちに、ろくな抵抗もできない。目を白黒させるだけだ。
手の甲を唇にあてながら肩で息をしていると、出立のお時間でございます!と、天幕の外から声がかけられた。
今行く、と、私の代わりにオルギールが声を上げた。そして、ステラを連れてまいりましょう、と言って踵を返す。
──出立してたった半日、何一つ戦ってないのにこの疲労感。夕食も宿もなんか怖い。
昼を済ませたばかりだというのに、今晩の、間違いなく起こるであろうすったもんだを早くも想像してしまい、私は、小休止までは上がりっぱなしだったテンションが急降下するのを感じていた。
カトラリーを使うような食事ではない、というだけで、いわばちょっといい食材のピクニック(だから戦争だってば)弁当のレベルだ。・・・スパイシーな骨付きのお肉、魚介やお肉や野菜や素材色々のテリーヌようのもの、さっき材料を挟んだの?とでもいいたくなるような、パンは柔らか、素材もしゃっきりしたサンドイッチのようなもの。カップで出される、熱々のスープ。食べやすくカットされた多種類の果物。聞けば、出発の日の昼食だけは、城から持ってきたものをすぐ口することができるので、保存食っぽくないものを食べられるのだそうだ。
ひっきりなしに世話を焼こうとするオーディアル公、あからさまにそれらを妨害しつつも、結局似たようなことをしようとするオルギール、生ぬるい視線を送る給仕の兵士。「なかなかご立派な食事」ではあったけれど、落ち着かなくて味わえていない。
ようやく、食後のお茶を頂きながら、私は夜からはどうやってお食事の誘いを断ろうかと思っていたら。
「姫。・・・今宵は街道沿いで宿の手配がある。食事も、屋根のあるところでもっとお寛ぎ頂けるだろう」
思った通り、夜も当然一緒に食べる気満々で、オーディアル公は言った。
「宿?」
寝台で寝られるのは嬉しいけれど、野営も楽しみではあったのに。
それに、戦争に行くのにそれでいいのか。グラディウス一族、たるんでいないか。
「ずいぶんと、余裕がおありで」
思わず、皮肉っぽい口調になってしまった。
「私、野営のつもりでおりましたのに」
「明日からはそうなる。宿がとれるうちは体を休めることも重要だ」
オーディアル公は私の嫌味たらしい口調など意に介さない様子である。
それどころか、私に空色の瞳を向けて、甘く微笑んだ。
気構えがないと、ついつい口を開けて見とれてしまいそうになる。お美しい妖精王・・・じゃなくて。
「・・・レオンの意向でもある。行程上、宿が取れるうちは取って休ませてやってくれと。で、諸々の手配をしたユリアスも賛同した。特段、ゆとり行程でもないぞ、姫」
「一部の兵だけでも宿を使う分、輸送する兵糧は減りますからね。荷駄が軽くなる。その分、日中の行軍の速度は上がる」
オルギールが続きを解説してくれた。
なるほど。それは確かに理にかなっている。・・・しかし、オルギールを取り巻く気温が急降下しているような。ブリザードが吹き荒れている感じ。・・・火竜の君(いい名前だ!これで行こう!)にみとれるくらい許されると思うけれど。
そろそろ戻るか、と公爵はお茶を飲み終えて立ちあがった。お見送りのため私も後に続こうとするのを、両肩に手を置いて押しとどめられる。
「出発の号令がかかるまで休まれよ。・・・姫、ではまた夜に」
最後は睦言のように囁いて、自然な仕草で頬にちゅっとされた。
鳩豆をくらった顔をしていると、さらに無警戒だった手を取られ、ぺろ、と舐められる。
ひええ!と固まっているうちに、公爵は鮮やかに身を翻し、天幕を出て行った。
慌てて、給仕の兵や護衛達が後を追う。
火竜の君は、こんなキャラだっただろうか?
また夜に、って。・・・夕食のみならず、部屋の配置とか気になるけれど。なんか、ぞわぞわする。
「そういえばオルギール、」
お宿の部屋割りって知ってる?と尋ねようとしたら。
消毒です、と言って、オルギールはどこからともなく持ち出したいい匂いのする濡れおしぼりで、私の頬と手の甲を入念に拭った。逆らえない雰囲気だったので、子供のように顔と手を預け、ごしごしされる。・・・仕上げとばかりに、ほっぺとおでこと指にちゅうされたのだけれど、自分がするのはいいのだろうか。
「どのような部屋かは、存じ上げませんが。いずれにせよ、私がお側に控えておりますのでご安心を」
我々以外に誰もいなくなった天幕で、オルギールは妖しく微笑んだ。
何を言うかこのエロ医者!
一昨日、身動きできない私に何をした!?
「ご安心」できるものか!あなたが一番危険なの!
例によって例の如く言葉にして言う勇気などない。言ったらもっと何か物理的にひどい目にあわされる。だから脳内でさんざん反撃するのが関の山だ。
むすっとしてジト目で睨んでやったのだけれど、まずいことに何かのツボにはまったらしい。
まったく、あなたというかたは、と、色っぽいため息とともにいうが早いか、ちゅううううっ!と肺の中の空気がからっぽになるかと思うくらい強く、唇を吸われた。
「!!!」
不意打ちに、ろくな抵抗もできない。目を白黒させるだけだ。
手の甲を唇にあてながら肩で息をしていると、出立のお時間でございます!と、天幕の外から声がかけられた。
今行く、と、私の代わりにオルギールが声を上げた。そして、ステラを連れてまいりましょう、と言って踵を返す。
──出立してたった半日、何一つ戦ってないのにこの疲労感。夕食も宿もなんか怖い。
昼を済ませたばかりだというのに、今晩の、間違いなく起こるであろうすったもんだを早くも想像してしまい、私は、小休止までは上がりっぱなしだったテンションが急降下するのを感じていた。
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