溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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 ふんわり酒精の香りがする、見た目よりも柔らかい唇が、私のそれに重なった。・・・ほんの、一瞬。

 ------ごんっっ!という鈍い音と同時に、急激にアルフの気配が遠のく。眉間を押え、地面に転がっている。驚きすぎなのか、痛みのあまりか、声も出さずに。

 私は、頭突きをかまして難を逃れたのだ。・・・いや、一瞬、遅れをとっている。逃れたことにはならないか。被害は最小限で済んだ、というのがせいぜいか。

 アルフに対する私の先入観は、かなり修正すべきなのだろう。
 彼は有能、有望だし、信頼に足る奴かもしれない。少し言葉を交わして、更にそう思うようになった。
 けれど、いきなり告られた挙句、一気にくちづけまで許せるかというと、別問題だ。
 距離は詰めすぎだし、すぐ手を取ろうとするし、今のことだって、要注意である。直情径行過ぎる。

 「・・・私、もう行くね」

 私はお尻に引いていた彼の上着を手に、立ち上がった。
 直ぐに着るかな、と思ったのだけれど、アルフは仰向けになって眉間や目元を押えたまま黙っている。
 そこまでひどい頭突きではなかったはずだけれど。
 心配、はしなくていいだろう。礼を言いたくて、とか言ってたくせに、熱くなって告白してきて、挙句にちゅうまでしようとしたのだ。
 
 それにしても。
 彼の言葉はとても真剣だった。冗談で言っていたのではないことは、よくわかった。それを、無視して立ち去っていいのだろうか?
 気を持たせるつもりはない。まったく、ない。
 でも、こんなとき、なんて言ったらいいのか?正しい答えはないのかな?気持ちを知っていてくれるだけでいいなんて。それを真に受けておけばいいの?わかりました、知っておきまぁす!でいいのか?

 私はしばし考え込んだ。
 もう行くね、と言ったことをしばし忘れていた。

 「・・・ちくしょう、・・・」

 しばらくすると。地の底を這うような声が、足元から聞こえてきた。
 ------見れば、アルフは、まだ、顔を手で覆ったままである。

 「そんなに、痛かったの?」
 思わず、やっぱりちょっと心配になった。
 「・・・でも、あなたが突然あんなことをす、」
 「もう行くんだろ!?」
 「うっわぁ」

 ・・・びっくりした。
 叫ぶように言って、がば!と彼はみごとな腹筋力で半身を起こした。
 眉間は・・・ちょっと赤いだけだ。

 凄い目で私を睨んでいる。
 さっきまで、あんなに甘ったるく語っていたのに。

 「何よ、あなた。・・・大きい声出さないで」
 「カッコ悪いところ、いつまで見てんだよ!わかったよ!あんたがまるでその気じゃないことは!」
 「いきなり逆切れしないでよ、やかましいわね」
 
 私は思わず言い返した。
 理不尽だ。怒鳴られるいわれはない。
 
 「大人なんだからもうちょっと落ち着いて話したら?子供みたいに、やっかましい」
 「誰がガキだと!?」
 「あなたよ!他にいる?告ってると思ったら迫ってくるし怒鳴るし、疲れるひとは嫌い」
 「・・・あんたが鈍感過ぎるんだよ」
 「あなたが直情径行なの」
 「馬鹿にしてんのか」
 「このままだとそうなるわね」

 レベルの低い売り言葉に買い言葉となり、私もアルフも遠慮なく思い切り睨み合った。
 
 この男、イケメンなだけだ。暑苦しい脳筋だ。スマートな応答の仕方を悩んだ私、損した気分だ。

 次は何と言ってやろうか。どうしてくれよう。

 ------気くたびれして、むしゃくしゃしていたのかもしれない。
 私は、後になって思えば、必要以上に苛々していたのだろう。尚も言葉で集中砲火を浴びせてやろう、と口を開きかけたその時。

 「・・・その辺で止めておいたらどうだ、トゥーラ姫」

 横合いから、皮肉っぽい、響きのいい声がかけられた。

 芝生が柔らかいせいか。
 次元の低い言い争いに夢中になってしまったせいか。

 ひとの近付く気配に、迂闊にも全く気付かなかった。

「・・・ラムズフェルド公。・・・」

 ユリアス・ラムズフェルド公爵が、きつい、暗緑色の目を光らせて、護衛も連れずにそこに立っていた。

なぜこんなところに。
 ・・・いや、いてもおかしくないけれど、護衛も連れず、庭園のこんな奥まで。

 意表を突かれて、挨拶も忘れて立ち尽くしていると。

 「なんでここにいるのか、とでも言いたそうだな」

 面白くもなさそうに、彼は言った。
 つくづく、いつも不機嫌そうな男である。

 「誰しも、気まぐれのひとつくらいあるだろう?・・・それよりも」

 暗緑色の瞳が、一際鋭くなった。
 単に皮肉っぽい美青年、と見えていたのが、威厳を漂わせた貴公子へと、身にまとう雰囲気が一気に変わる。
 鋭い視線が、アルフに向けられた。 

 「------お前は、確か」
 「アルフ・ド・リリー。トゥーラ准将の別動隊の隊長を拝命している」
 
 立ち上がったアルフは、軽く頭を下げた。公爵を相手に、相当不遜ともいえる態度だ。
 部下の非礼は上官の不徳。私は少しハラハラしてラムズフェルド公を見たけれど、意外に彼は気にしてはいないようだった。
 視線は、鋭いままだったけれど。

 「そう、思い出した。・・・派手な痴話喧嘩で武官を解任された男だったな。いい腕をしているときいたが、・・・准将の麾下に入ったか」

 お偉いラムズフェルド公にまで知られているとは。・・・よほど、有名なのか。何をしておったのか、アルフは。
 私は、半目になった。
 アルフは憮然としているけれど、反駁はしない。本当のことなのだろう。

 一方、公爵は、それが素なのか、皮肉気に口元を緩めている。

 「まあ、励むことだ。武官本来の仕事でな。・・・しかし今は、攻守逆転というか」

 彼は今度は本当に面白そうに------そんな目は初めて見た------私をちらり、と見て、

 「姫に襲われたか」
 「「違う!」」

 アルフと私、思わず同時に叫んだ。
 冗談でもなんてことを言うのだ!

 「俺が黙って女に襲われるように見えますか、公」
 
 色男の沽券に係わるらしく、アルフは抗議した。

 「どうして、そうなるんですかっ!?」

 私にとっては不名誉だ。失礼だ。身持ちが悪いことで有名な色男・アルフを私がなぜ襲う、と?

 「そこは、女性である私の心配が先なのでは!?」
 「普通の女性なら、な」

 とうとう公爵はくっくっと笑い出した。・・・笑ってますよ、このひと。というか、普通に、笑えるんですね、このひと。

 レア笑顔。天然記念物?
 ・・・それに。年相応というか、若々しくって、結構かっこいいような。

 思わずまじまじと彼を見つめてしまった。とても、失礼なことを言われたと思うのだけれど。
 髪と瞳の色がアレだから、とにかく正視しないように心がけていたので、彼をきちんと見るのはたぶん片手で数えられるほどだ。
 
 半ば呆然として、笑う公爵を見ていると、公爵は、すい、と長い腕を伸ばした。

 「------その上着」

 整えられた形の良い指で、私のほうを指し示す。

 「そろそろ返してやったらどうだ?・・・姫が剥ぎ取ったのか?」
 「・・・え?」

 そういえば、さっきまでお尻に引いていたアルフの上着を、私は握りしめていた。
 アルフはアンダーシャツ姿。それに、公爵が来たとき、私は立っていて奴は芝生に半身を起こしたところだ。

 確かに、これはそう見えても・・・って、不可抗力だ!
 私はアルフに向けて上着を放り投げた。奴は黙ったまま、それを空中で受け止め、速やかに着用した。

 「少し座っていましたので、彼が敷いてくれたのですよ!」
 「レオンには、黙っておいてやるぞ」
 「違いますって!そもそも、」

 ・・・いや、待て。
 事の次第を語ろうとした矢先、私は我に返った。

 頭を冷やそう。奴を庇うわけではないが、迫られたあと口論になったのは確かで、このあたりの話を詳細に語るのはよろしくない。奴にとっても、もちろん私にとっても。いつも、私の男あしらいが不器用なことを、レオン様には面白がられ、オルギールには鼻で笑われ。そんな私が、有名なスケコマシを襲うとか、私が迫ってるとか思われたら・・・考えるだに恐ろしい。

 結論。立ち去るに限る。

「・・・そもそも?」

 ラムズフェルド公は面白そうに先を促したけれど、私はそれに乗ることなく、不満と抗議と我慢の意を込めて、ふんっ!と鼻を鳴らした。
 ついでに、奴にしては珍しく、無表情で黙り込んだアルフをひと睨みしてやった。奴は、顔色ひとつ変えなかったけれど。

 「参りましょう、ラムズフェルド公」
 
 公は私とアルフの顔を交互に見ると、

 「まあ、いい」

 と言って、なんと、驚くべきことに(今夜は驚きの連続だ)、私に手を差し伸べた。エスコートしてくれるらしい。・・・明日は雨どころか雹が降るかもしれない。

 彼の手に重ねた私の手を、公はゆるく握って、優雅に踵を返した。滑るような、洗練された身ごなし。感じ悪い印象しかなかったラムズフェルド公だけれど、意地悪なことさえ言わなければ、やはりとても魅力的な青年公爵だ。

 彼の見事に整った横顔をこっそりと眺めていると。

 「------アルフ・ド・リリー隊長」

 ゆっくりと歩き出しながら、ラムズフェルド公は振り返らないまま呼びかけた。

 「ここで見聞きしたことは不問に付してやるが・・・二度は、ない。地位が欲しくば厳に身を慎め」

 ずしりと、腹に響く声だった。

 たぶん、公爵は、全部聞いていた。
 そして、背後で立ち尽くしているだろうアルフからの応えはなかった。 

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